424 祝福と不死鳥との出会い




 ヴィンセントが振り返った時に見たものは、フェレスに乗った子供達と青い顔の近衛騎士だった。

「絨毯を敷いて、何をしているのかと思ったら」

「おやつも食べさせていました。あ、毒見はしてもらってます」

「……今更お前が暗殺などするとは思っておらん」

「毒見と称して、皆さんにも食べてもらったんです」

 無粋だなあという言葉を飲み込んで、にこにこ笑って言ったら、ヴィンセントは溜息を吐いて後に続く言葉を押し殺していたようだった。

「世話係を変えることにした。シーラ、これからわたしもお前の勉強の進み具合を確認しよう。自分の目で見るのが一番安心できる」

「いいんですか、お父様!」

 嬉しいとその顔が言っていた。

 こんな無表情で能面みたいな顔の父親でもやっぱり父親なのだろう。

「お前、妙なことを考えていないか?」

 どうやら顔に出ていたようだ。シウは苦笑して首を横に振った。

「……確かに、今日はシーラと会う約束をしていたな。それで拗ねたというのも原因だろう。悪かった」

「いえ。危ない橋を渡って良かったです」

「それを嫌味と言わずして何と言うのか。まあ、良い。それよりも、問題が起こる前にやってしまおう。……そのものの名、ブランカ、おぬしは主をシウ=アクィラとして、一生を共に過ごすがよい。風の神サヴェリアの名の下に、ヴィンセント=エルヴェスタム=ラトリシアが祝福する」

 人差し指で胸に縦1本を描くと、その手でブランカの額、そしてシウの額に置いた。

「すてき!」

 シーラが手を叩いて喜んだ。

「覚えておくがいい。これが祝福を与える行為だ。おいそれとやってはならんが、それはこうした大事な時に効力を増すからだ。良いな?」

「「はい!」」

 興奮してシーラとヴィラルが頷いていた。

 シウは笑顔で会釈した。

「ありがとうございます。おかげで、ブランカの件も落ち着きます」

「用意周到にあれだけの書類を用意しているくせに、どうだかな」

 そうは言うものの、助かったことは確かだ。本心からのお礼であることも。

 ヴィンセントも分かっていて言うのだろう。彼らしいと言えば彼らしかった。



 それからは飛行板に≪把手棒≫を付けての乗り方指南や、新しく特許申請したものを見せたりして過ごした。

 昼ご飯の後、ヴィンセントは先触れを出さずに今度こそと聖獣の部屋へと連れて行ってくれた。

 そんなことしても相手は聖獣だから気配を察知して隠れるだろうにと思ったが、黙ってついていった。

 案の定隠れていたらしいが、何故かヴィンセントはシウ達を聖獣の部屋に置いて自室へ戻って行ってしまった。

「後で迎えに来る。この部屋の中なら自由にしていて構わん。勝手にしていろ」

 それはないなーと思ったが、置いて行かれたのでしようがない。

 応接室でぽつんと待つことになった。

 気配はするので隣室のどこかにいるようだが、相手は聖獣なのでおおよその場所しか分からない。超上位種でもあるので、こうした強力な探知は地道に練習するしかないのだろう。幸いにしてシウには魔法学院の地下図書館の更に地下にある禁書庫を踏破した経験がある。あれを組み合わせて全方位探索を強化してみた。


 フェレスが部屋の中の匂いをふんふん嗅いでいる間に、シウはソファへ座って勝手に休憩をしていた。

 目を瞑って探知の精度を上げていると、良い具合にカチリとはまる瞬間があった。

「あ、これかあ」

 細い細い蜘蛛の糸よりも細い空間探知能力と、鑑定魔法の複合技でできた新生全方位探索だ。

「範囲は前と同じぐらいだけど、これなら寝ていてもできそう。自動化もあるしなー」

 相手がこちらを気にしているのも分かったが、覗きのようなので気にしないことにした。

 やがて、ブランカが目を覚ましてみゃうみゃう鳴き出したので、また授乳することにした。

 すると、聖獣がいてもたってもいられないと隣室から出てきた。

 真っ白い青年が走り寄ってきて、シウなど眼中に入らないとばかりにブランカを覗き込んだ。

「ふにゃふにゃ、うるさいぞ」

「みゃ……?」

「くっ、赤子だと思って傍若無人な」

 いや、赤ちゃんですから。さすがに空気は読めないと思う、と言いかけたがギロリと睨まれてしまった。

「早く、乳を飲ませてやれ」

「はい」

 哺乳瓶の口を咥えると、ブランカは聖獣など気にすることなく勢いよく飲みだした。

 その姿を聖獣もジッと見ている。うるさいと言いながら、その目は思慮深く優しい。希少獣の王とも言われているので、その下につくものには家族のような情愛を抱くのかもしれない。

「ぷぅ……ぁぁ、みぁぅ……」

 ふうと満足して息を吐く。面白おかしくて笑いながらフェレスに渡すといつものように受け取って舐めはじめた。

「む、フェーレースが面倒を見ているのか」

「やりたいと言うので」

「そうか」

 舐め終わったら戻されたので、シウが受け取って浄化を掛け、また抱っこひもの中に戻した。

「……それはなんだ?」

「抱っこひもです。常に抱えていられるし、お互いに体温を感じられるので良いです」

「ふむ。なるほど、それは良いな」

 普通に話してくれているが、どうも変人の匂いがする。

 シウの勘は当たるのだ。

「ところで、お前は以前にもここへ来たな?」

「来ました」

 居留守をつかわれました、と内心で続ける。

「……我の毛が欲しいと持って行った奴だ。不届きものだな」

「はい。すみません」

「変な奴だ。今までここに来た貴族どもとも違う」

 首を傾げつつ、シウは青年を見た。鑑定し続けていると睨まれたが、するなとは言われなかった。

「分かったか?」

「どうして怒らないんですか?」

「見えるとは思えん」

「……シュヴィークザーム、さん。ポエニクス。85歳――」

「待て。待て待て。分かるのか?」

「えーと、基本的なことしか。魔力が……ええと、高いなあ、あ?」

「もういい。分かった」

 ものすごい魔力量に、驚いてしまった。各属性魔法も使えるし、さすが聖獣のトップだ。

「鑑定魔法の持ち主でも、普通は見えないのだが。レベル5になっても精進を止めなかったのか」

「止め時が分からなくて、つい癖でずっと使っていたらこうなりました」

「ふむ。遮蔽も上手いものだ」

「あ、見えてます?」

「表面的なものだけだな。完全に隠れて見えないものもあるが、何かあることだけは分かっておる」

「わあ。えっと、でもそれ――」

「隠しておるのだろう? お互いに秘密ということにしようではないか」

「はい。ありがとうございます」

 話していて気付いたのだが、ヴィンセントの話し方はどうやら彼に影響されたようだ。

 似たような話し方をするので笑ってしまいそうになる。

「どれ、話を聞いてやろうではないか」

「……え?」

「うん? 我に話があるからここへ来たのではないか?」

 齟齬があるようで、困ってしまった。

「えーと。元々は褒美に何が欲しいか聞かれて、あなたの抜け毛が欲しいと言いました。で、それはもう貰ったんですけど、ヴィンセント王子、殿下が、会わせてやると言った手前引くに引けなくなったのか、リベンジで連れて来たんだと思います。ここで待っていろと言って、置いて行かれただけなので、たぶんですけど」

「……そうなのか」

「別に不老不死のためにあなたの毛が欲しかったわけじゃないですよ。ある本で、最高級の薬の作り方が載っていたので、作ってみたかっただけです。でもあとドラゴンの鱗が足りないんですけどね」

「……それはまた。もしや禁忌の薬では?」

「そうかも。『時戻し』って名前の薬ですね」

「なにゆえ、それが作りたいのだ」

「単純に、備えです。僕はリスのように溜め込む性格で、備えあれば憂いなしということで、常に危険などに備えて安全をストックしておきたいんです。たぶん、一度戦火にあって何もかも失った経験があるからかもしれません。当時は、結局何も持たずに身ひとつで生きていたけれど……結局、何も残らなかった。物だけでなく、人との関係も」

 戦争のせいにしてはいけない、元々の性格もあるのだろう。だが、あの虚しさを経験して、いつ死ぬかわからないほどの病弱さが、前世のシウをどこか飄々とした存在にしてしまった。

 前世で孤独死したシウは、支えようとしてくれた人の手が見えなかった。自分で勝手に、孤独へ陥っていたのだ。究極の引きこもりだった。

「……ふむ」

「今は大事なものが沢山できて幸せなだけに、失うのも怖くなった。だからこそ自分に出来得る限りのことをしておこうと思ったんです。それでダメならしようがないけれど、できたことをやらないのは、後悔するなんてものじゃないと思う。大事なものを残して死ぬなんて、死ぬに死にきれないです」

 フェレスとブランカを見て、しみじみ思う。

「なるほど。それならば良かろう。お前からは子供ゆえの純粋さと同時に、歳を取ったものの深淵さを感じる。きっと若くして苦労したのだろう。お前ならば我の毛を使っても構わぬ」

「ありがとうございます?」

「なんだその答えは。ええい、これだから若い者は!」

 怒られてしまった。

 シウは真剣に謝って、なんとか彼に許してもらった。

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