423 小さな王女様の我儘とその原因




 ぷはっと勢いよく飲み干したら、ブランカはいつものようにふぁぁぁと大欠伸をした。

 フェレスが口を開けて待っているので、シウが手渡すとさすがのヴィンセントがびっくりした顔になった。

「な、何をしているのだ」

「あ、お世話係なので、この子」

 説明している間にもフェレスが咥えてブランカを地面に下ろし、丁寧に舐めてあげていた。双方が満足そうな顔をしたので、また受け取って念のため浄化を掛けてから抱っこひもに戻した。

「騎獣に騎獣の世話をさせているのか」

「本人がやりたいと言うので。なんでも、フェレスは自分が一の子分で、この子、ブランカを二の子分にするそうですよ」

「……どこまでが冗談なのか、分からんな」

 いや本気なんですフェレスは、と言いかけたら、子供達の気配がした。

 またしてもメイド達の手をすり抜けて庭に出て来たようだ。

 父であり兄でもあるヴィンセントも気付いたようだった。

「何をしている、お前達」

 いっしょくたにされた男の子の方は可哀想だった。何故なら今回も女の子を止めているからだ。

 手を引っ張っぱられているのに一向に気にしない態度で、シーラが口を開いた。

「ねえ、あなた。その子、わたくしにちょうだい!」

「は?」

「きじゅうなんでしょう? それは王こうきぞくしか、持ってはいけないのよ」

「シーラ、ダメだよ、ダメ」

 ヴィンセントの額に青筋が浮かんでいる。そのへんで止めた方がいいのにと思ったが、この年頃の女の子は口から生まれて来たかのように喋る子が多いので、止まらなかった。

「あなたが持つにはふさわしくないのよ。わたくしは王ぞくだから、持ってもいいわ!」

「ダメだよ、シーラ。こんなちっちゃい子から主を取ったら、かわいそうだよ」

「でも、マリーナがこの子はしょみんだって言ってたわ。しょみんが持っていいものじゃないって言ったもの。わたくしなら、ふさわしいのですって」

 そう言うと目をキラキラさせて、ブランカを覗き込もうとしてきた。

「お人形みたい! かわいいわ。ね、わたくしにちょうだい。ほら!」

 さも当然のように手を伸ばしてきたので、シウは苦笑してしまった。

 それから怒髪天を衝くかのごとくに立ちあがったヴィンセントへ先んじて、口を開いた。

「今のうちに矯正しなおさないと、我儘王女へ育ちそうですね」

「ぐ……っ」

 拳を握って、怒りに震えているようだった。さすがにシーラも父親の怒りに気付いたようで、びっくり顔になってぽかんとしてしまっていた。

「利発そうなのに、育てる環境で変わっちゃうのかと思うと王侯貴族も大変そうですね。僕は庶民というか冒険者なので流民になりますが、つくづく自身の生まれに感謝します」

「嫌味を言うな」

「本音なんだけどなあ。あ、この子は物じゃないのであげられません」

 固まっているシーラに話しかけた。

「生きているんです。たとえばあなたの弟さん、あの子が可愛いから、神様がちょうだいと言ったら、お姉さまのあなたはあげるんですか?」

 シーラが怖い顔の父親から、シウに意識を向けたのは当然だったかもしれない。それを利用して質問したのだ。

 彼女は少し考えて、

「カナンを?」

 嫌そうな顔をしてシウを睨みつけた。

「カナンはわたくしのおとうとです。あげたりなんかしないわ」

「じゃあ、こちらの叔父上、ヴィラル様は?」

「ダメよ! へいかのお子さまなのよ!」

「では、あなたのお父様はどうでしょうか。神様にはお父様を奪ってもいい理由があるんだそうです」

「ダメ! ダメよダメ! どうしてそんないじわるを言うの!」

「あなたが僕に言ったのは、その意地悪です」

 シーラがびっくりして固まってしまった。何を言っているのか分からないという顔をして、シウを凝視している。

「あなたは僕にとてもひどい意地悪を言ったんです。分かりますか?」

「わ、わからないもの。だって、だって」

 笑顔でも、シウの言葉の鋭さに気付いたのだろう、段々と声が小さくなっていく。メイド達が駆け付けて間に入ろうとしたものの、ヴィンセントの客人であることからどうしていいか分からないのだろう、立ち往生だ。

 ヴィンセントも動かずに黙って見下ろしており、冷たい視線で、とても庇いに入れる様子ではなかった。

 勇気を出したのはヴィラルだ。

 シーラの前に立って、震えながら、ごめんなさいと謝った。

「許してあげて。シーラはいじわるしようとしていじわるを言ったのじゃないの。可愛くて、ちょっと欲しいなと思っただけなんです。そうだよね、シーラ。いじわるしようとしたんじゃないよね?」

「う、うん」

 ひくっと喉が鳴って、泣く寸前だ。

「ごめんなさい。シーラもあやまるから、許してください。おきゃくさまにごめんなさい」

「ごめんなさい……」

「うん。よし、偉いね」

 シウが威圧を消して二人の頭を撫でると、後方で世話係と思われる人達が「不敬な」と叫ぶ声がした。それを無視して、シウはしゃがんで二人を見つめた。

「この子を見てごらん。お腹が動いてるでしょう」

「うん」

「生きてるんだよ」

「うん」

「僕のことをとても大事な親のように思ってるんだ」

「親なの?」

「そうだよ。主というのは親と同じこと。その大事な親の下から引き離された赤ちゃんはどう思うかな? 知らないところに連れて行かれて、一生、会えなくなるんだよ。自分の親に、もう会えなくなるんだ」

「……ふえっ」

「よしよし。脅かしてごめんね。でも、これで分かったよね?」

「はい。ごめんなさい」

「ごっ、ごべんなざいっ!」

「ちゃんと謝れて偉いね。すごく勇気がいることだよ。ヴィラル様もシーラ様を守って偉かったね。二人とも、頑張ったね」

 しゃがんだまま見上げると、ヴィンセントが苦々しい顔をしていたものの、先ほどの怒りはもう消えたようだ。

 シウがジッと眺めていることに気付いて、はあっと溜息を吐いて子供達の頭に手をやる。

「シウの言った通りだ。これからはよく考えて口にすることだ。王族であることを肝に銘じておくのだぞ」

「はい」

 シウがまだ見つめていたことに気付いて、ヴィンセントは視線を逸らしながら、続けた。

「……きちんと謝れたことは、偉かった」

「はいっ!」

 褒められたことがないかのように子供二人は喜んでいたので、シウは半分呆れつつヴィンセントに笑った。

「……む」

「王女様や王子様に偉そうなことを言って申し訳ありませんでした」

「構わぬ。お前が謝ることではない。それより、立て。話がし辛い」

「はい」

 立ち上がると、ヴィンセントがシウを一睨みしてからメイド達の後方に視線をやった。

「マリーナというのは誰だ。それと世話係、教育係も出てこい」

 恐怖の時間が始まるらしい。

 シウは関係なさそうなメイドを手招きして呼んで、子供達三人を連れ、近衛騎士のところまで逃げた。

 メイドに、子供達の気を引かせておきたいのでお菓子を食べさせていいか聞いたら、考えた末に頷いてくれた。

 その場に絨毯を敷いて、子供達を座らせたら目を丸くしていたものの、近衛騎士もいるので大丈夫だろうとお菓子を出した。

「味見をしてからなら、食べても良いよね?」

 そう言って次々とメイドや近衛騎士に食べさせてから、子供達にもおやつを渡してあげる。シーラとヴィラルは嬉しそうにお礼を言って頬張り、まだ小さいカナンにはメイドが柔らかいお菓子を食べさせてあげていた。

 声が聞こえないように遮断していたおかげで、お子様達には緊迫した様子は聞こえなかったようだが、ヴィンセントの怒りは相当なものだった。

 いくら相手が庶民のシウとはいえ、キリクが後継者にしたいとまで明言しており――実際はどうあれ――更にグラキエースギガスを討伐せしめた功労者の一人でもある。少なくとも彼等はシウのそうした部分を知っているのだ。知っていて、やらかしたのだから、ヴィンセントの怒りも分かる。

 赤っ恥を掻かされたも同然で、しかもシーラに偏った教育をしていた。

 どのように振る舞うかは本人が決めることで、こう振る舞えと示唆したのはまずかった。特にヴィンセントのような性質の人間には、シーラのあの態度は許せなかっただろう。

 何も清廉潔白であれというわけではない。

 分かっていてやるのと、分からないでやるのとでは違うということだ。

 それならば子供のうちは純粋でいた方が良い。

 というわけで、暫くの間、誰と誰が悪くて誰を罷免するのかなどを、話していたようだった。


 休日なのに呼び出された秘書官も大変で、可哀想になーと他人事のように思いながらシウは子供達と一緒になって遊んだ。

「シーラ様とヴィラル様は五歳なんだね。僕は十三歳だよ。こっちの子、フェレスは二歳なんだ」

「カナンと同じだわ! カナンも二歳なの」

「そっか。同じだって、フェレス」

「にゃー」

 フェレスに三人を乗せてあげるときゃっきゃと喜んでいたので、このへんは庶民だろうが王族だろうが変わりないようだった。

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