422 王宮へご招待




 シウが1人で王城へ行くものと思っていたが、朝早くにテオドロが馬車を寄越してくれて、王宮まで一緒に行ってくれることになった。

「付添いは止めた方がいいけれど、わたしが送ってきたという事実を見せることも大事だからね」

「お世話かけます」

「なになに、楽しいものだよ」

 そう言って、新調した抱っこひもの中の、レースおくるみに包まれたブランカを見て微笑んだ。

「こうなればぜひ殿下に祝福をもらうと良い。そうすれば万全だ」

「頑張ってみますー」

 溜息を吐きながら笑ってみせると、テオドロも苦笑していた。綱渡り気分だね、と言うので、綱渡りを知っているのか聞いたら「サーカスがあるからね」と返された。この世界にもサーカスがあることを知って、わくわくした。

「でも夏にならないと来ないよ。ラトリシアは本当に冬が厳しいからね」

 とのことだった。

 楽団などがやってくるのも夏なので、きっと今よりもっと賑やかになるのだろう。

 暗い街並みを通り過ぎながら、そんなことを思った。


 王宮へは招待状を見せるまでもなく、すんなりと通してもらった。

 テオドロがいたこともあっただろうが、話が末端まで届いていたのだろう。

 逆に言えば、シウの存在は門兵などに知られているというわけだ。

 見たことのある騎士に連れられてヴィンセント王子の部屋へ向かうと、途中で奇異の目で見られることが何度かあった。

 それを無視してフェレスと共に部屋へ赴いた。

 以前にも通された客間へ入ると、隣りの部屋に幾人もの気配を感じた。

 小さなものもあって、子供もいることが分かった。

 やがて廊下から王子がやってきて、シウの前に立った。

「お久しぶりです、殿下。拝謁の栄に――」

「社交辞令は良い。それより、飛行板の、うん?」

 背の高いヴィンセントにはシウの胸元がよく見えただろう。

「……それは何だ?」

「卵石が孵ったばかりなので、手放せないから連れてきました。ブランカです」

「……希少獣か。それはまた」

 チラッとフェレスを見てから、ヴィンセントは珍しく言葉に詰まっていた。いつもの矢継ぎ早でせっかちな態度はどこへやら、何かを高速で考えているようだ。

 しかも、彼が言葉を発しようとしたところへ、先程の気配が飛び込んできた。

「きしょうじゅう? 卵石なのっ!?」

 女の子がまず飛び出てきて、それを抑えるように手を握っている男の子、つられて出てきた赤ん坊に近い幼児の3人だった。後から世話係のメイド達も慌てて追いかけてくるのだが、ヴィンセントを見て硬直していた。

「見せて! 赤ちゃん見せて!」

 シウの周りをぐるぐる回って、女の子が手を伸ばそうとしたので、慌てて抱っこしていた腕を上げた。

「シーラ、ここで何をしている。はしたないぞ」

「だってお父様! 今日遊んでくださるおやくそくだったのに!」

「シーラ、ダメです」

 男の子がシーラの手を引っ張るが、彼女は頭を振って嫌々をした。

「はなして、ヴィラル!」

 ようやく歩けるようになったという感じの幼児は、メイドがそっと抱き上げて隣りへ運び込んでいたが、残された2人はヴィンセントの強い視線に晒されていた。もっとも、ヴィラルと呼ばれた男の子は場の空気を読んで縮こまっているが、シーラと言う女の子は全く気付いていない。

「シーラ、お前にとってヴィラルは叔父上だ。その態度はなんだ」

「……だって」

「同じ年齢だろうと、叔父は叔父だ。教師は一体どんな教育をしているのだ。ヴィラルも、シーラに敬語など使う必要はない」

「あ、あの、でも」

「誰かがそうしろとでも言ったのか? お前はわたしの弟だ。良いか、妾の子だろうとも、国王の息子であることに代わりはないのだ。堂々としていろ」

「は、はい」

 まだ小さい子にそれはないよなーと思いつつ、シウはそろっと結界を解除した。

 小さい子は時に何をするか分からないので、突撃された時は怖かった。

 こんな大騒ぎなのに静かなブランカは大物だと思う。というか、マイペースなのかもしれないが。

 ホッとしていたら、父親に怒られてシーラが泣き始めた。ヴィラルがおろおろと慰めている。

「おい、こいつらを早く連れて行け。客人の前だということが分かっているのか?」

「も、申し訳ございません!」

 世話係らしい青年や女性、そしてメイド達が慌てて2人を隣室に連れて行った。

 その際にシウをしっかり観察していくのも忘れないあたり、さすが王宮で働く人達である。


 ようやく落ち着いたので、勧められて椅子に座った。

 ドッと疲れたような気がするのだが、それはヴィンセントも同じようだった。

「……あのような目に遭う可能性もあるのに、よく連れて来たな?」

「問題が起こる前に殿下に話をしておこうと思ったんですけど」

「……念のため、それがお前のものだというものを見せてみろ。どうせ用意万端なのだろう?」

 頭の良い人は話が早くて助かる。シウは頷いて、魔法袋から書類を2つずつ取り出した。怪訝そうな顔をするので、お腹の中のもうひとつの卵石も取り出した。

 ヴィンセントが頭が痛いといった顔をして手で額を押さえる。

「シュタイバーンで、もらってほしいって言われて拾ったものです。主なしの状態で生まれてくるのが憐れだと言って」

「……いろいろと聞きたいことが山のようにあるが」

「お許しください」

「だろうな」

 誓言魔法による証明書や登録証を見て、溜息を吐いた。

「どこにも付け入る隙がないとはこのことだな。末恐ろしい子だ」

「ありがとうございます?」

 よく分からなくてそう答えたら、眉を顰められてしまった。


 その後、近衛騎士達と共に庭へ出た。

 彼等は練習を繰り返して、今では冒険者達と遜色なく乗れるようになっていた。

 ヴィンセントも問題なさそうに乗ってみせたので、おーっと拍手した。

 練習したのかもしれないが、ヴィンセントは運動神経が良いのかバランス感覚に優れていそうだと思った。

 そのことを伝えると、心持ち、頬が緩んだ。

「お前が世辞を言うとは思えないから、素直に受け取っておこう」

「殿下は乗馬も幼い頃に習得されておりましたから、やはりこうしたことはお得意なのですよ」

 とは近衛騎士の弁で、こちらはおべっかだと分かる言い方だった。そのせいか、ヴィンセントの顔がまた元に戻ってしまった。

「冒険者仕様の飛行板は貸し出し方式にしたのだな? 貴族が悔しがっていたぞ」

「あは。そうですか」

「性悪な子だ。ルール作りにも1枚噛んでいるのだろう?」

「はい。あと、早く飛ばすための付属品も作って見ました。こっちの方にも取り付けられるから、使ってみます?」

「……しかも、心得ている。まだ成人前とは思えないな」

 呆れた顔をするヴィンセントに、魔法袋から≪把手棒≫と≪落下用安全球材≫を取り出して渡した。

「あ、ついでにお土産も持ってきてたんでした」

 昨日のうちに作っていたお菓子を取り出したら、片方の眉を上げて興味なさげに一瞥して無視された。

「ラム酒が混ぜられた大人のお菓子です。あと、ウィスキーが入ったチョコです」

「……大人の食べる菓子だと?」

「甘味が相当控えられているので、珈琲にも合いますよ」

「……そうか。よし、茶の用意をしろ」

 誰にともなく言うと、ものすごい早さで庭にテーブルが用意された。

 どこで誰が聞いているのだという感じだが、全方位探索によって、お庭番のような人がいることは分かっていたので、伝言ゲームで伝わっているのだろうと思った。


 お茶の用意がされている間に、≪把手棒≫の使い方を説明する。

「乗ってみせても良いんだけど、今はこの子を抱えているので」

「構わぬ。ベルナルド、お前なら乗れるな?」

「はい。お任せください」

 やっぱり部下に先にやらせるんだなーと思っていたら、用意が出来たようだ。

 お毒見係なのか、メイドがいて先に含んでいた。

 目を輝かせていたので美味しかったのだろう。良かった。

 ヴィンセントも珈琲とラム酒入りのチーズケーキを食べてくれた。ウィスキー入りチョコレートは近衛騎士が食べていたが、2つ目は禁止されていた。酔うといけないということらしい。

 シウとフェレスは、ヴィンセント(の秘書)が用意してくれていたお菓子をいただくことにした。

 食べ終わる頃にブランカが目を覚ましたが、やっぱり匂いにつられたのかもしれない。笑いながら、ヴィンセントに断って授乳を始めたら、近衛騎士まで身を乗り出して見に来た。

「赤子の頃はこんな感じなのですね……」

 成獣になってから譲り受けることがほとんどで、躾前の幼獣時代を知らないのだ。

「なんと、これほど可愛いものなのか」

 羨ましそうに眺めているので、可哀想になった。せっかく卵石を譲り受けても、生まれてきたのが騎獣ならば専門部隊に預けなければならない。そこでしっかり躾けて育ててもらってから成獣となって引き取るのだ。

 働いていれば、1日付きっ切りで育てるわけにもいかないから案外良いシステムなのかもしれないが、可愛い盛りを見られないのは悲しい。

「わたしも今度卵石を見に行ってみようか」

 近衛騎士達の私事を耳にしても、ヴィンセントは怒ったりしなかった。

 彼の表情は変わらず冷静だったけれど、その目はしっかりとブランカを見ていたので、たぶん、そういうことなのだろうと思う。

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