421 悪乗り忍者ごっこと餌付けと招待状




 授業は悄然としたシルトを無視して進み、後半の乱取りになったらシウはクラリーサやヴェネリオと対戦した。

 その間は鳴き疲れて寝付いたブランカをフェレスのお腹に乗せていた。

 ジッとして動いちゃダメだと言ったからか、フェレスのところへ戻った時にはプルプルして震えていた。変な格好のまま固まっていたようだ。

 笑ってブランカを受け取ると、フェレスは面白い格好で起き上がり、しばらく妙な歩き方をしていた。


 ところでヴェネリオはシウとの悪ふざけが高じて、本格的に忍者っぽいものを目指して奮闘していた。

 服装も真っ黒いものに変えたし、壁のぼりも完璧で、レイナルドも感心していた。

 そのうち野外授業では城攻め特訓をやるかもしれない。

 悪乗りしたシウがまた新しい忍者グッズを思い付いて紙に書いたら、そのままヴェネリオに没収されてしまった。たぶん、彼の馴染みの鍛冶屋に持っていくのだろう。



 昼ご飯に食堂へ向かっていると、シルト達が後ろからそろーっとついて来ていた。

「何?」

 振り返ると、よく気付いたな! と威勢のいい声が返って来たけれど、シウの腕の中を見て分かり易くしょんぼりしてしまった。

 シルトは放っておくとストーカーになるタイプだなと内心で決めつけて、適度にあしらっておかないと将来ブランカが襲われる、もとい返り討ちにするかもしれないと思って手招いた。

「ちゃんと礼儀正しくしていられるなら、一緒に昼ご飯してもいいけど。どうする?」

「します」

 きちんと頭を下げたので、連れて行くことにした。

 隣りではエドガールが苦笑していた。


 いつもの席にはいつものメンバー以外にも顔見知りとなった生徒達が集まっていた。

「よう、シウ。今日はギリギリだったんだな」

「どうしたの? また味見するの?」

「いや、新作メニューの一部公開ってことで、半額で出すみたいなんだ」

 ディーノがそう言って、食券を見せてくれた。

「さすがに大人数の味見を用意できないってことだね。で、彼等もシウ達の分をまとめて買ってくれたんだ」

「あ、そうなんだ。ありがとう」

「おかげで、完売したみたいだ。あ、支払いは済ませているからな」

「え、じゃあ」

「いつも食べさせてもらってたんだから、これぐらい払わせてくれよな」

 男前の発言で、シウは有り難く受け取ることにした。

「ハンバーグって、前にシウが考案したレシピだろう? これ特許取ってなかったんだな」

「レシピに特許ってそもそもおかしいんだけどねー」

 厳密には作り方のレシピについては取っている。どこかの誰かが独占しないために、だ。料金は発生しないタイプで、広める為だけに取っている。

 ちなみに、同じ理由でカレーなども登録している。

「三種類作ったそうだから、人気がなければどれか消えるみたいだ。投票制だって。これもシウがやったのと同じからくりだね」

「うん、そんな話したから」

「相変わらずだなー」

 話しているうちに昼時の鐘が鳴り、食堂カウンターが開いた。シウにはブランカがいるので、顔見知りの生徒達が取ってきてくれることになった。ディーノやクレールには従者がいるので彼等が取りに行く。

 シルト達も普通に食堂のメニューを買って持ってきていたが、シウ達のメニューを見て物欲しそうな目をした。

 それでも何も言わないところを見ると、相当レイナルドに絞られたのが分かる。以前の彼なら寄越せと言いそうな気がした。

「半分こにしようか?」

「え、でも、いいのか?」

「お弁当は持ってきてるし。あ、そうだ、そっちを食べる? これは僕が味見しないとダメなんだよね、たぶん」

「そうだよ、シウ。君が考案したのだから君が食べないと。料理長に怒られるよ」

「やっぱりそうかー。じゃ、同じハンバーグを、っと、あったあった」

 お弁当とは別の、以前作ったハンバーグを取り出して、シルト達3人に渡した。

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

「わたし達にまで、申し訳ありません」

「……ありがとうございます」

 クライゼンは困惑げに頭を下げたが、他の2人は嬉しそうだった。尻尾が揺れていたからだ。

 そして、食べる頃には全員が尻尾を振ることになった。

 こうしてみると獣人族は分かり易くて良い。

「美味しい! なんて柔らかくて美味しいんだっ!」

「うん、分かったから、君らもうちょっと静かにしような?」

 ディーノに怒られて、少しムッとしていたシルトだが、シウがジッと見つめているのに気付いて顔を背け、それから小さい声で謝った。

「悪い……」

 皆が思い思いにハンバーグ定食を食べていると、ブランカが匂いにつられたのか目を覚ました。

 みゃぁみゃぁ鳴くので、お腹が空いたのだなと哺乳瓶を出して飲ませると、勢いよく飲み始めた。

 途端に、全員がスプーンやフォークを止めて、見始めた。

「んぅっ、んくっ、んっ」

 前足が宙を押しながら飲む姿に、それぞれがメロメロになっていた。

 一番はシルトだったと思う。ハッと我に返ったどこかの生徒が、シルトの顔を見てギョッとしていたから。

 それぐらい、ブランカが破壊力抜群の可愛さでもあるということだ。

 親バカだけれど、そう思うシウだった。



 午後、屋敷へ戻るとロランドから手紙を渡された。

「招待状……」

 嫌な予感がして裏返すと、王族の封蝋がされていた。

「あー」

 中を見てみると、約束通り飛行板を習得したので見せてやる、というようなことを持って回った言い方で書かれてあった。

「ロランドさん、ヴィンセント王子に誘われてるんですけど、行った方が良いんですよね?」

「さようでございますね。お断りすることは許されません」

 ロランドも困惑顔だ。後見人のキリクもいない今、1人で遊びにおいでと言われている以上はシウが行くしかないし、カスパルもまだ跡を継いでいないため厳密には貴族ではないので付添いもできない。

 仕方なく、この国での代理人テオドロに話だけ通しておこうと手紙を書くことにした。

 手紙はロランドに添削してもらい、リコが届けてくれた。丁度良いからとソロルも一緒に連れて行っていた。貴族家とのやりとりを覚えさせるためだそうだ。

 ほどなくして返事を貰って2人が帰ってきた。

 その頃にはカスパルも帰宅して、ロランドと一緒になって手紙を見てくれた。

「今回は私的なお誘いだから、1人で行っても良い、か。もし不安なら付き添うが、あまり過剰な対応をすると嫌がられる傾向にある――そんな人柄なのかい?」

 カスパルに聞かれて、思い出しつつ頷いた。

「神経質っぽい人ですね、あの王子」

 良い大人の男性を王子と呼ぶのに、未だに違和感があるが、これはシウの勝手なイメージだろう。

「猜疑心も強そうだし」

「だったら、テオドロ殿に付き添いを頼むのはやはり良くないか」

「そっかあ。しようがないので、1人で行ってきまーす、明日」

「フェレスはどうする?」

「連れて行くよ。1人って書いてるけど、僕にとってフェレスは一心同体なのは彼も分かっていると思うし、ていうか覚えてるよね……?」

「顔を繋ぐ原因となったのだから、覚えているだろうが」

 カスパルも眉を顰めていた。

 王族の傲慢さを知っているからだ。

 こちらが知っていても相手は忘れていることなど多々ある。

「……まあ、頑張れ、シウ」

「はーい」

 溜息を吐いたら、カスパルとロランドに笑われた。

「ところで、手土産用に何か用意させよう」

「あ、作るからいいよ。何か、捻りのあるものにしようっと」

「いいのかい、それで」

「いいよもう」

 改めて買いに行ってもらっても、所詮は王室御用達の店のものとなるからありきたりだろうし、むしろ目新しくて良いかもしれない。

 王子のお付きの人は怒るかもしれないが、急にお呼ばれしたシウの身になってほしい。

 ということで、厨房でストレス発散すべくやりたい放題で作り倒したシウである。


 段々興が乗ってしまい、晩ご飯もシウが作ってしまった。

 料理長も褒めてくれたのでそのままカスパルの食卓にも出したが、喜んでもらえた。

 作ったのは和製中華シリーズで、酢豚やエビチリなどだ。スープに蟹玉あんかけなど、思い出しながら作った割には意外といけた。

 食べ終わってから餃子を作っていないことに気付いて、愕然とした。

 中華と言えば餃子だと思っているシウにとって、忘れてはならないものなのだ。

 イメージとしてビールも併せたい。シウはビールをほとんど飲んだことはなかったが、かつての同僚たちは美味しそうに飲んでいた。

 これはやはり作るべきだなと思って、心のメモに書き込んだ。

 それはそうとして、料理を作るとストレスが発散されるのは何故だろう。

 不思議なものだ。

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