387 アジア風食材、鍋、海苔作り
市場では他にもシウの記憶を呼び起こすものが沢山売っていた。
醤油や味噌はもちろんのこと、お米などもある。米から作る酒もあった。面白そうなので日本酒も甘いのから辛いのまでまとめて買ってみた。
みりんがあったのも嬉しいことだ。味見をしてみたが遜色なく、シウが自分で作るよりも良い。
醤油は自作のものが気に入っているので大豆だけを購入したが、味噌は店ごとに特色があってこちらも数点ずつ買ってみた。麦味噌も見つけて嬉しい限りだ。
お米はアナに頼んで品種改良のお願いもしているため買わなかったが、味見はさせてもらった。アジア風のパラッとしたものが多くて、パエリアなどに向いているかもしれないと思った。
ところで、広い市場なので隅々まで見てみたのだが、日本以外の、アジア風の食材も多くあった。魚醤もあるしキムチのような唐辛子で付けた漬物もあったりして、面白い。
塩辛も売っていたのには驚いた。
ただし、これらもメジャーではなく、小さな店の端っこに置かれてある。
シウが知っていることに驚く店主も多かった。味見していきな、とあちこちから声がかかったりもした。
「美味しいのに、なかなか広まらなくてな」
と言うので、これらを使ったレシピを公開したらと言ったら、きょとんとされた。
どうやら、単純にそれだけで食べていたようだ。
「塩辛はお酒に合うだろうけど、野菜の唐辛子漬けは、それだけだと辛くて食べられない人も多いだろうからお酒のツマミになる料理を考えて、紹介したら良いんだよ」
「ほう」
「たとえば、塩辛はパスタ、小麦粉の麺に合わせて醤油をちょろっと入れるだけでも良い味になるだろうし。ネギなんかを入れても良いよね」
「ふんふん」
「野菜の唐辛子漬けは岩猪の肉と炒めて卵でとじると美味しいよ、きっと」
「肉と炒めて、卵?」
「味が少しマイルドになるんだ。子供向けには、砂糖を少しだけ入れると良いね」
「唐辛子に砂糖?」
「漬ける時に甘い果実、リンゴとかと一緒にしても美味しくなるんだよ」
「……そりゃまた」
「味わいが深くなるんだ。で、漬かったのを細かく切ってご飯と炒めてみたり。ネギと玉子も忘れないでね。それだけでごちそう味になると思う」
「うーん、すごいなあお前」
他にも、鍋にしたらどうかと勧める。
「体が温まるし、冬には良い食べ物だよね。お豆腐と、野菜の唐辛子漬け、お肉か魚を入れて食べるんだ。ネギも体に良いよ。で、終わったらご飯を入れて卵でとじれば、おじやの完成」
「おじや? ってなんだ」
「ていうか、唾が出て来たぜ。坊主の料理法、絶対美味そうだろ」
周りの店からも人が出てきて話を聞いており、皆、興味津々だ。
「おじやって、リゾットみたいなものかな。雑炊って言う?」
「リゾットなら分かるな」
「残ったお汁に冷えたご飯を入れて、ちょっと煮込むんだ。最後に卵を入れてかき混ぜたら終わり」
「おお、そりゃあいいな」
「人によっては、お醤油を足したり、チーズを入れたり。お鍋ってアレンジ次第で各家庭の味が出て良いよね」
「ふーむ、良い話を聞いたなあ。それに、鍋か? それは良い」
「確か、シュタイバーンで鍋って料理が流行っているそうだぞ」
「あ、俺、知っているぞ。かみさんが大皿だから便利だって言ってたんだ」
と言うので、シウも詳しく説明した。
大鍋を囲んで食べるという発想がなかったらしく、驚いていたものの「家族の味」というところに興味を惹かれたようだ。
シウも、皆から地元の料理法を聞いたり、新たな食材を紹介してもらった。
ネギにも種類が多くあって、お勧めの食べ方を教わる。
港街だけあって、魚関係のレシピは数多くあるようで、豪快な魚料理から、魔海獣の珍味をどうするかなど詳しく聞くことが出来た。
ほとんど1日を市場で過ごしたが、大満足の1日だった。
フェレスも、あちこちで味見をもらうので大満足だったようだ。足取りも軽く、宿へと戻った。
夕方、どうせならと観光気分でヴァルムの街を見て歩いた。宿には追加で連泊を頼んでいたから、晩ご飯までの暇潰しとしても丁度良い。
「このへんは鍛冶屋も多いんだね」
「ぎにゃ」
シャイターンは妹神サヴィアを信仰しているので、サヴィアの持つ、火や物づくりといった力を大事にしている。その為、火を使う職業や物づくりなどの職人が多く集まっているそうだ。
食材が豊富なのも、新たな物づくりへの探求心から来ていると言われる。
その関係で商人も多い。
「食べ物屋さんも多いねー」
「ぎにゃ」
なんとはなしに見ていると、人々の顔の造りが若干、平たく感じた。
「あ、そうか」
考えてみたら、ここがシウのルーツのひとつでもあるのだった。
忘れていたがシウはシャイターン人の血を半分引いているはずだ。
ただ、シウにはあまり顔の違いが分からない。全体として、欧米風の凹凸がある顔に見えるのだ。強いて言えば、鼻が低いのかなといった程度だ。
他国の人間かどうかなど、全く分からない。
シウの顔はシャイターン風だと言われることがあるが、鼻が低いだけで言われているのだろうか。不思議なものだ。
翌朝また市場へ行き、海藻類を売る店へと向かった。
女店主が待っており、言葉通り沢山持ってきてくれていた。見てみると新鮮で採ったばかりなのが分かった。
「もしかして朝早くから行って来てくれたんですか?」
「そうだよ。家族総出で、親戚にも声を掛けてね」
「うわ、すみません。でも嬉しいです。ありがとうございます」
お礼を言うと、女店主はいやいやと恥ずかしそうに手を振った。
まずは先に支払いを済ませ、それから店の裏へ行って、ポルピュラの加工方法を説明した。
「魔法を使いますけど、別に魔法じゃなくても大丈夫です。今は時間短縮のために使いますね」
まずは生海苔を海水でよく洗い、不純物を除ける。その後包丁などで細かく切ってから木枠などに厚さを整えながら漉いていく。天日干しして乾燥させると、完成だ。
「大まかな作り方は、こんな感じです。湿気ちゃうとダメなので作ったら密閉するか、水属性魔法で水分を抜いちゃう必要がありますけど。あとは――」
醤油と砂糖と少しだけ酒と唐辛子にみりんなどを混ぜた調味料を掛け、また乾燥させた。
「こうすると海苔自体に味が付いて、他の食材とも合うんです」
「ちょっといいかい?」
最初に普通の海苔を食べて、ふーんと変な顔をしたが、味付け海苔を食べると目を輝かせた。
「こりゃ、美味しいじゃないか」
店員達も気になるのか、チラチラ裏を覗いてくるので女店主は苦笑しつつ「交替で来な!」と言っていた。
「最初のは、火で少し炙ると香ばしくて美味しいんですよ。酢飯と合います」
「すめし?」
「お酢があるでしょう? ご飯と合わせるんです」
「……へえ?」
知らなかったらしく、その場で魔法袋から取り出した。
お米をその場で炊き上げると、酢と砂糖と塩少々、柚子も香りづけに入れて混ぜた。
「まず、これだけ食べてみてください」
「……あんまり酸っぱく感じないね、それに甘くて美味しい!」
「そこに、昨日買った新鮮な魚を幾つか入れて、で、海苔を炙ります」
「良い香りだ。磯の香りだね」
「そしてご飯に巻きます」
「こりゃまた、変わった食べ物だけど」
言いつつも手が伸びてきた。女店主は口いっぱいに頬張って、それから目を丸くした。
もぐもぐと膨らんだ頬が萎んでいくのを待って、シウに向き直った。
「酢なんて、魚を保たせるのに使うものだと思っていたよ。あれは腐るのを遅らせる魔法の水だ」
「漬物とかにも合いますよね」
「そうさ! それなのに、こんなに美味しくなるとは思わなかったよ。第一、全然酸っぱくない」
「ここはせっかく生魚が食べられる地域だから、勿体ないですよね。新鮮な刺身、お寿司は絶対食べるべきだと思う」
「魚を生で食べることはあったけど、ご飯と合わせるって発想はなかったよ。大抵、油と混ぜたソースでいただくのさ」
「ああ、カルパッチョとか、そういう類の」
「それに酢は野菜のドレッシングでも使うが、酸っぱいからあたしは嫌いだったんだ。でも、酢も良いもんだね。何よりも海苔が美味しい」
炙った海苔はよほど美味しかったらしく、パリパリと食べ続ける。
「味が付いたのも良いが、あたしはこっちの方がポルピュラ本来の風味がして好きだね」
従業員達は、若い子ほど味付けを好むようだった。
「……これ、うちで作ってみても良いかい?」
「あ、どうぞ。海苔はもっと無限の可能性がありますよ。パスタにも合うし、ご飯にだって合う。特にお魚とは相性抜群じゃないでしょうか」
「……うん、これは良いよ。あー、それで、相談なんだけどさ。うちはあんまり儲かってなくて、その、支払いは後でも良いかい? あんた、まだこの国にいるだろ?」
女店主が何故言い難そうなのか、そこでようやく気付いた。シウは慌てて手を振った。
「要らない要らない。自由にして。大体、これが売れるかどうか分からないもの。好きにしてください」
「いいのかい? でも、これは、すごいよ? あたしが勝手にやっていいもんかね」
「どうぞ。仕組みだけ教えただけだし、ここから良いように改良していくのはあなただもの。その苦労の方がよほど大変だよ」
そう言うと、女店主は晴れやかに笑った。その後、要らないというシウに、お土産を山のように渡してくれた。気の良い女店主だった。
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