388 食材の整理、自然で天然、お弁当
その日は午前中で市場を後にし、転移で爺様の家へと飛んだ。
フェレスは森の見回りに行くと言うので任せて、シウはずっと家で食材の加工を行った。ついでに調理もする。
調味料などはすぐ使えるように、瓶へ入れておく。
魚などの素材は半数以上、調理済みにした。残りはレシピを思いついた時に作ろうと思う。
蕎麦も味を見ながら、白い状態のもの、皮付きのものなどに分けて粉にした。
今回の料理で一番時間がかかったのが蕎麦だ。捏ねるのにも技がいるのだなあと痛感した。試行錯誤を繰り返して、ようやく納得いくようになったのは夕方頃で、慌てて半分を麺の状態にまで持っていった。あとは食べる時に湯がけば良い。
カレー粉はまだ足りないスパイスもあるので配合はぼちぼち考えようと、戻ってきたフェレスと共にルシエラ王都まで転移した。
楽しい週末の次は学校の授業だ。
朝からお弁当を作ったが、リュカ用には小さい入れ物へ詰め込んで、他の人には大皿へ盛った。出かける時に賄い室を覗いてみると、メイド達が自分用のお皿にちまちまと並べていた。お弁当風にしているらしい。可愛らしくしてみたり、きちっと並べたり、性格によって盛り方も違う。
シウはセンスが悪いという自覚があるので、帰ってきたら彼女達に教えてもらおうと思った。
服装についても、学校へは適当にローブを羽織ったりしているが、街中を歩く際の服についてはスサの監修で決まったパターンのものしか着ていない。
これじゃあいけないよなあと思いつつ、研究棟へ向かった。
研究棟に来るとホッとするのだが、それはたぶん、ダサい人が多いからだ。
服装に頓着しない人が多い。
貴族出身でもよれよれの格好をしている人もいて、慰められる。いや、あそこまで行くと注意されるので、シウも真似はしないが。
「どしたんだ、シウ」
「自分の美的感覚に打ちのめされてるところ」
「……いきなり何を。そういえば週末は出掛けたんだよな? リュカが教えてくれたぞ」
「うん、あっちこっちと行ってきた。寂しがってなかった?」
「寂しいのを我慢してるって感じだったな。でも、最近明るくなってきたし、子供らしくなってきたぞ」
「そっかあ」
その他にもミルトは、リュカの学習の進み方などを報告してくれた。最初は年齢の割に知識もなくて困惑していたようだが、乾いた砂が水を吸うように、学習しているとか。
「あいつ、獣人族としての能力も高いぞ。そのうちマナー以外に体術なんかも教えたいんだが、いいか?」
「リュカのやる気を引き出してからだよ」
「分かってる」
護身のためにも体術を覚えるのは良いことだ。ただし、心の傷が残っているかもしれない。慎重にしたかった。
「シウは優しいな」
黙っていたクラフトが、話に入ってきた。
「お前みたいな人族は初めて見る」
「そう?」
「ただ、優しいだけじゃない。甘えさせてばかりかと思っていたが、きちんと躾けもしているしな」
チラッと教室の後方にいるフェレスを見た。
いや、それはどうだろうとシウは苦笑する。
「フェレスに限っては、甘やかしていると思うよ。自覚あるもん。最低限のマナーは覚えさせたけど、それだけだね。でもいいんだ。あの子はあれが自然体で楽なんだし、一生連れ添う相手だから責任は僕が持つよ」
「……そこが、すごいんだよなあ」
ミルトが頬杖をついて溜息を洩らした。
「責任、なあ」
「どうしたの?」
「ミルトは、人に教える立場になって、いろいろ思うようになったってことさ。大人の階段を上っているんだ。気にしなくて良い」
クラフトが少々冷たく聞こえる声で言う。しかしその顔は笑んでいた。
ミルトを見ると、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「どうせ、俺はまだ子供だよ」
「……ミルトってもう20歳だったよね?」
あれ? と首を傾げたら。
「シウは、時々空気読めないよな! お前も天然だぞ? フェレスに負けず劣らずさ」
プンとむくれて席を離れて行ってしまった。
唖然としていたら、クラフトに肩を叩かれた。
「人は本当のことを言われたら、むかっとするもんだ。それが聞きたくない自分の悪所だったら余計にな。つまり、ミルトは気恥ずかしくて席を立ち、お前は自分自身を恥じていないということだ」
「はあ」
「俺、お前のそういうところ、好きだぞ。そのままでな」
「うん、その、分かった」
つまり、クラフトはシウの失言を大丈夫だと言ってくれたのか。
そして気にするなと、言いたかったのかもしれない。そう受け取ることにした。
いよいよ来週末に迫った合宿の準備について、本日も入念な計画を練り直す。
行程はほぼ決まり、あとは装備品などについてを確認した。まだあと1日授業はあるが、見直しと言うのはいつまででも出てくるものだ。
しかも話が脱線しがちな古代遺跡研究科の面々なので、軌道修正しつつ話し合う。
「冒険者ギルドからぎりぎり2人ならと連絡をもらったんだけど皆もそれでいいかな?」
「仕方ないよね」
「そうね」
「僕の所の護衛を少し増やすことと、リオラルが父君から護衛を2人付けてもらえるそうだから、あとは――」
「俺もミルトの従者だが、護衛として役立てると思う」
フロランの視線を受けて、クラフトが手を挙げた。
「うん、よろしく頼むね」
それからフロランはシウに視線を移した。
「シウも、お願いします」
「うん」
「あ、あと、フェレスもだね。僕等と一緒に遺跡潜りしようね」
「ぎにゃ」
「……どうかしたの? 鳴き声が変だよ」
怪訝そうにフェレスを見るフロランに、シウは慌てて手を振った。
「あ、なんでもない。ちょっとした遊びの延長なんだ。気にしないで!」
シウがフェレスを見ると、焦った顔をして、鼻歌で誤魔化すかのように鳴いた。
「に、にゃ、にゃにゃにゃ~にゃんにゃにゃにゃんにゃ!」
「……まあ、別に問題ないならいいんだけど。健康には気を付けてね」
「はい」
「にゃ」
礼儀正しい返事をして、授業が終わった。
午後はいつものように魔獣魔物生態研究の教室で昼ご飯にした。
海苔巻きのおにぎりを幾つも作って、中にはいろいろな食材を入れた。天ムスにしたり、鮭をほぐしたもの、昆布の甘辛煮、出汁をとった後のおかか炒めなどだ。
ご飯が苦手な人もいるだろうとパンも作っていたが、お米を広める運動は着々と進んでおり、全員がおにぎりを食べていた。
彼等の買ってきたパンも机の上にはあったが、自分で買ってきておいて食べていない。
「だって、お米美味しいんだもん」
「ねー。この、オニギリ? 慣れたらすっごく美味しい。それにノリもパリパリしてて面白い食感」
「最初、磯臭い気がしたけどね」
「あー、魚が苦手だもんね、セレーネは」
「だけど、お魚がこんなに美味しいとは思わなかったわ。わたし、鮭のおにぎりが良い」
「僕は天ムスだなあ」
「海老ってこんなに美味しいんだね」
わいわい騒ぐ皆に、シウは説教めいたことを口にした。
「みんな、野菜も食べないと。偏ってるよ」
「はーい」
「サラダが苦手なら、スープやジュースもあるからね」
「シウ、お母さんみたいだよ」
メルクリオが苦笑した。彼はステファノの従者兼、生徒として入学してきた青年だが、出身は庶民だ。この魔獣魔物生態研究科のクラスの生徒では珍しい庶民出だった。
後はセレーネが商家出である。
「メルクリオのお母さんもそんな感じ?」
「最近実家に帰ってないけど、そうだね。野菜を食べなさいって毎回言われる」
「貴族のお母さん達は言わないの?」
シウが皆を見回すと、それぞれ首を横に振った。
「言うとすれば乳母かなあ。それも小さいうちだけだね。10歳頃になれば、礼儀作法としてフルコースで食事をするから残せないし」
「僕もステファノと同じだなあ」
アロンソが言って、それから苦笑する。
「でも学校に来てから自由に食事できるようになったら、食べたいものだけになっちゃって。寮生活だからまだ健康を維持してられるんだよね」
「じゃあ、それなら、はい、野菜スープ」
シウがカップを手渡すと、苦笑しつつアロンソが受けとった。
「やっぱり、シウはお母さんだね。僕、小さい頃は乳母が本当の母親だと思っていたんだよ」
その顔はどこかしんみりしていた。貴族の家では親子関係の愛情が希薄だと言うので、そのせいだろう。
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