389 エルフの少女と希少獣ウルラ




 水の日はいつも通り、早い時間に学校へ行った。

 ロッカーへ寄り、ミーティングルームへ顔を出すと生徒全員への連絡が書かれている。

「朝凪ぎの月の最後の週がまた休みなのか。本当に休みが多いなあ」

 それでなくても成人した貴族の子弟が多いため、休む生徒も多い。仕事を持った人が学校へ通うのはなかなか難しいため、こうした休みを取り入れているのだろうか。

 シウが学ぶクラスでは皆勤賞の人が多いけれど、貴族が好む授業などでは全員が揃うことは滅多にないと聞いた。木の日のシウが、課題だけ出されて授業に出席しないですむのもそうした人が多いからだ。


 確認を終えてミーティングルームを出ようとしたところで、呼び止められた。

「ねえ、あなたシウ=アクィラよね?」

 振り返ると、数度しか見かけたことのない少女が立っていた。

「そうだよ。プルウィアさん」

「わたしのこと、知っているの?」

「同じクラスだから」

「……あまり顔は合わせないけど」

「最初に自己紹介したでしょ。クラスで。それに、忘れようがないもの」

 にっこり笑うと、彼女は何故かムッとした顔になった。

 それから睨むようにシウを見つめる。

「そんなにエルフが珍しいってわけ? どうせあなたも、わたしの見た目に惑わされているのでしょうね」

 首を傾げたが、彼女はそのまま続けた。

「なんでこんなやつに、わたしが小間使いみたいなことしなきゃいけないのよ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、プルウィアはぶっきらぼうに言い放った。

「ククールスから伝言よ。野暮用でルシエラへ戻るのが遅れるけど心配しないで、ですって。たぶん、護衛の仕事は受けられると思う、だそうよ。意味、分かる?」

「うん。伝言頼まれたんだね。ありがとう」

 素直にお礼を言ったのに、彼女はまたムッとしたようだ。

 どうも彼女の地雷が分からない。

 それよりも、だ。

 シウはずっと気になっていたことがある。

 最初の挨拶の時から、ひそかに声を掛けてみたかった。

「あの、少しだけ良いかな?」

「何よ。あなたもナンパなの? 小さい癖に、ませてるわね」

「え? そう、なのかな。えっと、その、可愛いね、ウルラ」

「……え?」

 プルウィアの肩に止まってこちらをこそっと見ている灰がかった白いウルラは梟型の希少獣だ。彼女と違って興味津々でシウやフェレスを見ている。その仕草が可愛かった。

「わぁ、本当に可愛いね。色も素敵だし、羽艶も良くて可愛がってもらってるんだねえ」

「ホゥーオゥー」

「そうなんだー、良かったねえ」

「ホゥーホゥー」

「彼女が好きなんだね」

 思わず近付いて、彼女そっちのけで話してしまった。飼い主の事が好きらしく、毎日撫でてもらって幸せだと教えてくれた。

 すると、彼女が体ごと向きを変えてシウを見た。

「……あ、うちの子と、話したかったの? ていうか、何を言っているか分かるの?」

「なんとなくだけど。この子、プルウィアさんが好きなんだって。毎日ブラッシングしてもらって気持ち良いし、幸せだって言ってるよ」

「そ、そうなの」

「ホゥーオゥーホゥー」

「今度は、何と言ったの?」

「フェレスに乗ってみたいって。柔らかそうだから足で踏んでみたいんだって」

「えっ、でも、その、その子、フェーレースよね」

「プルウィアさんが良ければ、フェレスなら大丈夫だよ。ね、フェレス」

「にゃ」

 どうぞ、とどこか自慢げに背中を見せた。尻尾で興味を引くのも忘れない。

 途端にウルラが目をくりくりさせた。チラチラとプルウィアを見るので、彼女も折れたようだ。いいわよ、と手にウルラを移してから、フェレスの背にソッと乗せた。

 その時に、フェレスへお願いもした。

「この子まだ小さくて、失礼なことするかもしれないけど」

「にゃ。にゃにゃにゃ」

 プルウィアが振り返ってシウに問うような視線を向けたので、笑って通訳した。

「子供は大抵失礼だから大丈夫だ、というようなことを言ってるね」

 本当は、小っちゃい子はめちゃめちゃにするけど何してもいーんだよーと言ったのだが、まあ概ね合っているだろう。

 最近、卵を温めているせいか母性ならぬ父性に目覚めて、小さいものはすべからく守るものだと認識している。フェレスも成長しているのだ。

「ホゥー」

「にゃ」

「ホゥーホゥー」

 きゃっきゃと喜んで、ウルラがフェレスの背中を頭から尻尾近くまで移動して飛び跳ねている。その様子が凶悪的に可愛くてうっとりしてしまった。

 フェレスも喜んでもらえるのが嬉しいらしく、尻尾であやしたりとサービス精神旺盛だ。

「……レウィス、人見知りするのに」

「レウィスは生まれた時よっぽど軽かったんだね」

「え?」

「軽いって意味だよね?」

「……そう、なのかしら。ただなんとなく、村で聞きなれた言葉だったから。……ああ、そういえばそういう意味で使ってたのかしら?」

 思い出すようにして、それから苦笑した。

「そっか、古代語なのね。エルフなのに、知らなかったわ」

「魔法学校でも習わない?」

「古代語は苦手で。シーカーだと取らなくても良いから、全然勉強していないわ」

 ある意味、はっきりした人だ。

 まあ、特に将来進む道に関係ないなら、覚える必要のない科目だけれど。

「あなた、すごいわね」

 それから笑顔で手を差し出してきた。

「ごめんなさい。わたし、態度が悪かったわ」

 その手を取って、握手しながらううんと首を横に振った。それから、まだ時間があるなら少し話をと言われ、またミーティングルームへと戻った。

 もちろん、レウィスを背中に乗せたフェレスも一緒にだ。


 プルウィアは打ち解けると途端に、先程感じていた見えない壁のようなものを取り払ってくれた。あれは警戒心から来ていたようだ。

 シウには威圧などが通じないため分からなかったが、どうやらかなり敵対意識を持って接していたらしい。最初に彼女から謝られた。

 そして、何故そうしたのかを教えてくれた。

「わたし、戦略指揮科を取っているのよ。そこでヒルデガルドと話す機会があってね。今はちょっといろいろあるからあまり会話はないんだけど、最初の頃、同じクラスメイトということもあって話しかけられたの」

 そこで、シウについてや他の同郷の生徒について、大きく間違った話ではないものの――どうかすると情報操作のように――悪い感情を持つような感じで噂を聞かされたうだ。

「その、子供だから礼儀作法に疎くて、女性に対して遠慮のないことをするとか、ね」

 当たっているだけに耳が痛い。

 たぶん、魔獣スタンピードの時、彼女を助けた際の行動に対してを言っていたのだろう。確かに高位貴族の女性に対する態度ではなかったと思う。

「ヒルデガルドは庇うようなこと言ってたわ。従者というのかしら、女騎士が悪く言って、それを宥めるような感じね。でも後から、女騎士の意見を肯定していたなって思ったから、わたしもそのイメージのまま思い込んでいたのよ。今は彼女の意見を聞くことはないのだけれど、最初に刷り込まれた感情って怖いわね」

「ヒルデガルドさん、正義感あるからね。ありすぎて、問題を起こしてるんだけど」

「……そうなのよね。わたし、エルフだしこの国の貴族事情なんて知らないけれど、それでも目や耳にするもの。あちこちで問題を起こしてるから、ちょっと付き合いを考えなきゃって思ってたら、相手の方から話しかけてこなくなったわ」

「悪気がないだけに、周りも困っちゃうんだよねー。でも、ヒルデガルドさんの言ったことも本当だよ。僕、女性に対してデリカシーがないんだって」

「で、り?」

「えーと、繊細な心配り? 良くも悪くも同じ人間扱いして、男女平等って分かる? そういう態度になるから、貴族の女性からすればマナーの悪いやつってことになるみたい。プルウィアさんも気になったら注意してね。僕、山奥で爺様に育てられたせいか、どうも女性への気遣いが足りないんだ」

「……今のところ、ないわよ。それに、あなたのその、なんていうのかしら、同じ人間扱いっていうところ、わたしは好きだわ」

「そう? 良かった」

「……男女平等って、良い言葉ね。わたし、そういうの好きよ」

 やわらかく笑う。先ほどの顔とは全然違った。

「エルフだからってずっと注目されていたし、自分で言うのもあれだけど、わたしって美人でしょう? シーカーに入学してからも、次から次へと男性が声を掛けてくるものだからうんざりしてたの。しかも、彼等はどこか女を下に見ているのよ。そう、最初はそうした態度にヒルデガルドさんも怒ってたんだわ。わたしを助けようとしてくれてね」

「そうだったんだ」

「ただ、ちょっと行き過ぎてたから、一度もういいわよって止めたの。ああ、そうね、それからだったかしら。話しかけてこなくなったのは」

 視線を天井のあらぬところへ向けながら、思い出すように話してくれたプルウィアは、話し終えるとシウに向き直った。

「わたし、そのでりかしー? がなくても結構よ。よろしくね。あ、そうだわ、あの変人のククールスと友達なんですって? それもあって、つい先入観があったのよね」

「彼、良い人だよ?」

「でも村を出てきて冒険者やってるのよ?」

 なんだか同じようなことを言っている。ククールスもプルウィアをお転婆だのと言って、笑顔で貶していた。

「エルフの村を出て頑張ってる同士じゃない。仲良くしたら良いのに」

「……そう言うなら、してあげてもいいけど」

 唇を尖らせて、どこか少女めいた顔で不満そうに言った。

 この人が、見た目は16歳で実年齢80歳なのだから、エルフというのは不思議なものである。

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