390 生産、複数属性、スパイス配合
いつもより遅い時間に生産の教室へ入ると、すでに全員揃っていた。
シウのすぐ後にレグロが来たのでギリギリだった。
授業が始まると、各人が自由に作業へ没頭し始めた。時折レグロの講義が入り、皆が耳だけを集中させて聞くものの、手は作業している。
シウもまた細々とした魔道具を作った。
海苔を簡単に作れる道具や、干物などの乾燥機。別に魔法でできるのだが、なんとはなしに作ってみた。他にも大量の貝殻を砕く粉砕機などだ。消臭効果があると生前テレビで見たことがあるので、粉になる一歩手前までのものと、塗装材として粉にするものとで分けてみた。
レグロには相変わらず妙なものを作ると笑われたが、作りたいものを作る、が信条のクラスなので構わないだろう。
昼ご飯は食堂で、ディーノたちと摂った。
プルウィアに聞いたことを話すと、ディーノの顔が笑顔のまま凍りついた。
「同郷人の悪口か」
「悪口とは言ってないけどね」
「情報操作だろ? ろくなことしないな、あの女」
「口が悪いよ、ディーノ」
コルネリオに注意され、ディーノはコホンと咳払いした。そこにクレールが口を挟んだ。彼はこの話を知っていたそうだ。
「黙っていて申し訳ない。ただ、気分の良い話ではないからね」
クレールの当時の状況は分かっている。ディーノは「いいよ」手を振った。
「情報操作か。恐いなぁ。……わたしは時折、シウが羨ましくなるよ」
エドガールがぼやいた。彼は第一子の跡継ぎだ。貴族は長子の資質に問題がなければ大抵そのまま跡継ぎとする。問答無用で将来が決められているとも言えた。
ちなみに、第一子が女の子で第二子が男の子の場合は、上の子を先に嫁がせるなどして籍を抜く。その後、第二子を跡継ぎとするそうだ。子供が女の子だけの場合は婿を取る。女性が爵位を継ぐ場合もあるが、それは滅多にないそうだ。体力的に仕事がきついという理由もあるが、貴族の世界が男社会だからだ。
どちらにしても、やりたくない立場に就くのは同じである。
「わたしは、小さい頃は竜騎士になりたかったんだ。だけどラトリシアでは、飛竜も操者もあくまで兵の一部というような扱いでね。そもそも騎士は魔法使いよりも階級が低い。近衛ならともかく、伯爵家の第一子が就く職ではないと乳母や家庭教師に叱られたものだよ」
エドガールの言葉を補うように、ディーノが横から説明を加えた。
「シウ、ラトリシアは飛竜みたいな高価な生き物でも使い捨ての道具扱いにするんだ。魔法使いが一番上なんだってさ。騎獣も、個人の持ち物としてなら前線に連れて行けるらしい。シュタイバーンとは色々違うんだよ」
「詳しいね、ディーノ」
「兵站科出身として、各国の『持ち物』については理解しておかないと」
ディーノは得意そうに、けれど真面目な表情を装った。隠し切れていないところが子供っぽく見えて面白い。シウはエドガールたちと顔を見合わせて笑った。
午後の複数属性術式開発の授業も滞りなく進んだ。
自由討論の時間になると、トリスタンに早速実験の結果などを報告する。
「なんとか、使えそうです」
「ふむ。術式は公開できるかね」
「先生になら。これですけど」
紙に書いたものを見せると、トリスタンは猛然と読み進んだ。
「なるほど、おや、これがこうなって。そうか、その為に土属性を重ね掛けしているというわけか」
重力に対する考え方や仕組みについてをところどころで「たぶんこう思う」という、あくまでも想像の範疇だという言い訳を駆使して説明を加え、先生の意見を待った。
「驚いたね。こういう考え方があるのか」
何度も頷き、それからしきりに首を捻った。
「どうしましたか」
「いや、これはとても素晴らしい発表になるのに、君は公開しない、よね?」
「あ、はい」
「そうだろうね。……うん、確かに問題が幾つもあるからね」
ひとつに、と指を上げて先生が脳内に思いついたことをまとめるように、話し始めた。
「あまりに簡単だ。確かに基礎属性を複数所持している者はそれほど多くない。だが、いないことはない。複合技を使える者も、それなりにいるだろう。彼等がすぐに使えるとは思わないが、訓練次第では充分な戦闘能力と成りうる」
つまり、威力がありすぎるのだ。
「うーむ。いや、これを実践に乗せられるのはまだ難しいのか。しかし、土と金と闇さえあれば、最低限のことはできるわけだね」
「水を外しても、それなりの圧はかかりますからね」
「うむむ……」
学者としての意識と、常識的な考え方がせめぎ合っているようだ。
どちらにしても論文として発表する気はない。
「先生、これ、思いつく人は何人かいたと思いますよ」
「うん?」
「ただ、普通に考えて、魔力量が足りないんだと思います。僕はほら、節約するからなんとかなりますけど」
計算上、できることは証明している。
ただし本来の使い方のレベルは下げて、だ。
「だが、魔石を使えば撃てないことはない。そうした魔力増幅専門の魔石もあるからね」
「それです。それだとお金持ちってことになる。で、そんなものにお金を使うぐらいなら、もっと別の攻撃方法を考えますね、僕なら」
「それもそうか」
「僕の実験なんて、それこそ無駄の境地みたいなものですから。発表もしません」
「そう言われると、現実味のない魔術式と言えなくもないが。ああ、だが、惜しい。こういうところが学者気質なのだろうね。君も、どうしても作り上げたくなったのだろう? 君みたいな子はね、将来学者になると良いんだが。むいていると思うし、どうだい? このまま研究室を立ち上げては。教授になるのも良いんじゃないだろうか」
「あ、いいです。お断りします」
「勿体無いね」
「僕、これでも冒険者なんですけど……」
ああ、そうだったっけね、とトリスタンが気のない返事をした。
それから、勿体無いなあとぼやきながら、他の生徒の様子を見にいってしまった。
トリスタンらしくもないが、とりあえず術式に問題点はなかったのだなと勝手に判断し、これで重力魔法を使う言い訳ができたと胸を撫で下ろしたのだった。
授業後は久しぶりに図書館へ寄って、のんびりと読書を楽しんでから学校を出た。
帰宅後は思いついたレシピを試す為に料理へ没頭した。
その中にも懸命に取り組んでいるのがカレーだ。
スパイスの配合なんて全く分からないので、記憶にあるそれらしきものを今まで集めてきていた。肝心要のターメリックは先日手に入れたし、本来は南の地域でしか手に入らないナツメグも、どういうわけか北のシャイターンの市場で手に入った。足りないと思っていたスパイスもすでにまとめ買いしていた中にあったことが判明したので、いざ作ろうと思い立ったのだが、まったくのうろ覚えなので配合に全然自信がなかった。
噂で南のフェデラル国にはカレーと思しき食べ物があるようなのだが、地域が限定されているのか詳しい情報がない。
転移して調べても良いのだが日数がかかるだろう。そうした時間が今のところ作れないので、こうして一から配合して試作を繰り返していた。
しかし、思うように作れない。シウが目指すのは若い頃に食べた流行の喫茶店のカレーや、働いていた鉄工所の奥さんが作ってくれた家庭のカレーだ。
一度だけインドカレーというものも食べに行ったが、口に合わなかった。
あの頃は胃に優しいものしか食べていなかったので、香辛料のきつい部分が体に合わなかった。本来スパイスは体に良いものばかりでできているので薬としても良いのだが、前世のシウには合わなかった。
今のシウなら、辛いカレーも食べられるだろうが、味のイメージは家庭のカレーで固まっている。
「うーん、これでもないなあ」
厨房からも料理人たちが助け船を出してくれて、ああでもないこうでもないと話し合ったりしたが上手くいかない。
厨房は晩餐の準備があるので、そう手は割けず、シウは夜ご飯までの間ずっとスパイスの組み合わせについて考えた。
転機があったのは食事後の片付け時だった。厨房の家僕が、おそるおそる声を掛けてくれたのだ。
「あの、実は俺、父親の仕事の関係でフェデラル国にいたことがあって」
シウが作っているものを見て最初は何か分からなかったようだが、最後の方で匂いを嗅いでもしやと思ったそうだ。
「現地ではカリって言ってたような気がします」
「それだ!」
家僕の手を握ると、びっくり顔で仰け反られてしまった。
「あ、ごめん」
「いえ。あの、俺、俺みたいなの触ると、汚れるから、だから」
「えっ、なんで? 料理で汚れたの? 浄化する?」
「いえ、その」
「あー、すみません。そいつ、前のお屋敷で虐待されていたみたいなんです」
厨房の一人が教えてくれた。
「慣れたと思ってたんですが、まだダメみたいですね。許してやってください」
「全然怒ってないよー。ごめんね、急に触って」
「いえ、あの、すんませんです。俺も、ここに雇われて、頭では大丈夫なんだって分かってるんだけど、急だと前の事思い出して」
聞けば貴族の屋敷で、上の者から順番に下の者へのストレス発散として虐待が横行していたようだ。家僕たちの面倒を見ている厨房のまとめ役が教えてくれた。
「じゃあ、話だけ聞いても良い? あっ、お仕事の時間終わりかな? 疲れてるなら明日――」
「いえ、俺で役に立てるなら! あの、その、俺、いつも、美味しいもの分けてもらってるし、だから」
彼にとっては勇気を振り絞った声掛けだったようだ。そんなにまで勇気を出してシウに発言したのは、普段から差し入れと称して皆に料理を分けていた、そのことへの感謝からだそうだ。
そうしたことを、たどたどしい言葉で教えられた。
食べ物は偉大だなと思う。トラウマを乗り越えて、話しかけてもらえるのだから。
その食べ物のことを、シウは熱心に聞いた。これで完成したら彼に一番に食べてもらいたいと思いながら。
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