391 冒険者仕様飛行板のレンタル制度




 木の日は相変わらず課題だけなので、学校には行かず冒険者ギルドへ顔を出す。受付のある広間にはタウロスがいて、シウを見付けると笑顔で話しかけてきた。

「今日も大変いい日だな!」

「あ、うん」

 タウロスはぐふぐふと笑いながら背中を見せた。鞄を背負っている。つまり、先日手に入れた鞄が嬉しくて自慢したいのだろう。シウに見せても仕方ないのだが。

「似合ってるね」

「そうだろう! この形もいいんだ。革も味わいがあってなぁ。洗練されているし」

「洗練されてますか」

「冒険者って仕事を分かっている人間が作っているはずだ。男心をくすぐる仕掛けもある。ポケットの造りを見てみろ、ほら! 嫁は武骨だって言ってたが、そうじゃない」

 女性向けには丸みを帯びた形や、内側に多くのポケットを作る。アリスの鞄もそうだった。しかし、冒険者向けの場合は外側にもポケットを作る。すぐ取り出せる位置だ。かといって中身が落ちてもいけない。このあたりは使い方の違いである。ともあれ、タウロスが気に入ってくれたなら、作ったシウも嬉しい。

「で、今日はどうした? 依頼を受けるのか」

「ううん。飛行板のことで来たんだ。訓練場で様子を見てもいいかな。それと少し思いついたこともあって」

「おう、いいぞ。俺が行こう」

 足取り軽く、タウロスが先を進んだ。周囲には微笑ましく見守る職員たちがいた。これまでの様子が想像できる。シウも彼等と同じ気持ちになって、タウロスの後を追った。


 訓練場ではクラルが冒険者たちと共に練習に励んでいた。

 クラルに風属性はないが、試作品として冒険者仕様のものをギルドに貸しだしているから、それを使っている。

 観察してみると意外と様になっていて使いこなせていた。

 しばらく観察していたが、一人がシウとタウロスに気付くと、次々と練習を止めて近付いてくる。

「おう、シウ。これ、すごいな!」

「この間、試しに森で使ってみたんだが良さそうだ。もう少し練習を積んで万全にしてから、実戦で使うつもりだ」

 それぞれが感想を教えてくれる。

 使いこなせている者などは、高さ三十メートルを問題なく飛べているそうだ。念のためにと《落下用安全球材》も購入したと言っている。それだけ危険な使い方をするつもりなのだろう。

「これのおかげで、上空からの攻撃が容易にできる。もう少し使い慣れたら、大勢での使い方を考えようって言ってるんだ」

「やりようによったら、魔獣の群れを追いこめるからな」

 もうすでに、飛行板を組み込んだ戦い方を編み出しているようだった。

 そこで質問してみた。

「速さはどう? あと、安定してる? それから、冒険者仕様の飛行板だと魔石の使用量も増えるけど、それでも使いたいと思えるかな? ようは見合うかどうかってことだけど」

 その質問に、それぞれが思うところを話してくれた。

「速さは充分だ。もし早く飛びたいなら、冒険者仕様があれば良い。だが、俺たちの戦い方では速さを求めないし、今のままでも充分だと思う。というか、たぶんまだ余力があるんだろうな。怖くてさすがに二級の奴も全力で飛べないと言っていた」

 二級の人まで使ったのかと思って、少し驚いた。

「安定はなあ、だって飛ぶものだろ? 多少揺れるのは仕方ない。ある程度の速度が出たら安定するし、問題は浮上して飛び始める数秒だろうな」

「そればかりは仕方ないんじゃないのか? 馬だって、最初の出だしは揺れる」

「馬の方が揺れるな! ははは」

 最後に、肝心の質問の答えを、代表してタウロスが教えてくれた。

「冒険者仕様は、正直早く出してくれって言ってる奴等が多い」

「そっか」

「飛んでるこいつらを見て、男心がくすぐられるんだろうな。みんな涎を垂らしてるぜ」

「正直、俺たちも、そっちを買いたいぐらいだ。これでも充分なんだがな。自力の魔力を減らさないで済むのはかなり有利だ。魔石を燃料とするが、思ったほど減らない。むしろこれで済んでいるのか、っていうのが俺たちの意見だ。術式の事はさっぱりだが、他の魔道具と比較したら、よく分かるよ。こりゃあすごい代物だってな」

 うんうんと数人が頷いた。

「なにより、魔石を入れ替えたらいいだけってのがすごい。まるで古代聖遺物だよ」

「あー、うん、それを参考にしたから」

 燃料として使う考え方は前世から持ち込んだものだが、古代聖遺物と言われるものも魔石を燃料、いや電池のようなものとして使っている。

 なのでシウの作ったものが画期的だと言われながらも問題視されていないのは、前例があるからだ。魔道具の中にはこうしたものも最近増えてきている。

 幾つかの意見を聞くと、シウはタウロスに確認してギルド長室へ向かった。

 相談したいことがあったのだ。


 突然お邪魔したのに、アドラル本部長は機嫌よくシウを迎え入れてくれた。

「やあ、シウ殿。今日は何かな」

「実は冒険者仕様の飛行板のことでご相談に」

 アドラルは目を輝かせて前のめりになった。一緒に来ていたクラルがお茶を用意し、タウロスと共にソファの後ろへ立つ。

「そろそろ本格的に売り出すのかな?」

「そのことですが、売るのは止めようかと思っ――」

 話の途中で思わず区切ってしまった。なにしろ止めよう、と言ったところでアドラルが顎を落としたのだ。唖然とした顔で、良い歳の男がするものではない。

 シウは慌てて手を振った。

「あ、いえ、そういう意味じゃなくて」

「シウ、そりゃあどういうことだ」

 タウロスが背後から剣呑な様子で口を挟んできた。クラルも息を飲んでいる。

「個人に売るのは止めようと、いう話です。実はですね」

 シウも前のめりになった。するとアドラルが更に身を寄せてきたので、なんだか密談している風になってしまった。

「訓練場で話を少し聞きましたが、思ったよりも使い勝手が良さそうです」

「そうだろうそうだろう」

 うんうんと頷くアドラルに、シウは続けた。

「これを個人で買うには、必要経費としてはいささか高すぎます。燃料としての魔石代のこともありますし」

「ふむ」

「なので、ギルドで一括購入してくれませんか?」

「え?」

「冒険者にしか使ってほしくないなら、これほど良い預け場所はないと思います」

「と言うと、それは」

「僕は冒険者ギルドにしか卸さない。そして、これらをギルドが貸し出すんです。低額で」

 アドラルがまたぽかんとした顔になった。今度はそれほど大きな口を開けていなかったが、後ろからは絶句している空気を感じた。

「燃料代は本人持ち。その都度入れ替えて、使います。万が一、本体を持ち逃げしたり、誰かに売り渡したら――」

「罪とする、か。それは、いいぞ」

 タウロスが後方から声を掛けた。その声は弾んでいた。

「発信機も埋め込めます。盗難対策は大丈夫です。そして、これが一番ですが、管理し易くなります。僕の側のメリットはそれで、ギルド側は」

「低額で貸し出すことでいずれは元が取れる上に、討伐依頼などで使うことを指定できるってわけか」

「未処理案件を減らせるかもしれませんね」

「お、そうか、それもあるな」

 タウロスとクラルがお互いに感心している間に、ようやくアドラルが元に戻った。

「ということは、だ。無駄な心配も減るということか。いや、ルール造りはしたものの、これを使って悪さをする奴が出てきたらと心配していたんだ」

 冒険者から盗賊に落ちる者もいる。飛行板なら大胆な行動も可能だ。

「冒険者仕様の方は威力がある分、怖いからな」

「……その提案は、願ったりかもしれん。いや、言われると、それしかないと思える」

「ギルドで管理してくれるなら、メンテナンスも楽でしょうしね。担当の職員に修理方法を教えることも可能です」

「そうかね、それは素晴らしい!」

 念のため、他の職員たちや引退したギルド長たちに相談して、結果を報告すると言ってくれた。

 長い間気になっていたことが片付きそうなので、シウもホッとした。



 お昼ご飯は久々に市場の裏にある食堂の店で食べ、市場でも買い物を済ませてから屋敷へ帰宅した。

 そこからまたスパイスの配合を繰り返し、夕方前にようやくこれだと思うものが完成した。家僕からも、以前食べたものとは違うが、こちらの方が美味しいと太鼓判をもらったので、早速カレー粉にしてから、作ってみた。

「うわあ、なんだか香ばしい匂いがします」

 スサがリュカを連れてやってきた。勉強していたが、鼻の良いリュカが集中力を失ってきたので来たそうだ。

「いい匂い!」

「ほんと、なんだか食欲がわいてくるわ。さっきおやつ食べたところなのに」

「これ、薬でもあるからね。滋養強壮に良いんだよ」

「そうなんですか?」

「そう。他にも良いものがあるんだ。体を温める機能をもった食材がたっぷり入ってる。生姜とかね、ニンニクも入れたよ」

 大量の玉ねぎを炒めて、まろやかにするためにリンゴも摩り下ろした。テレビのCMではないが、やっぱりリンゴが入ると違う。

 味見をしてみたが良い感じだった。

 サラッとしたカレーではなく、とろみのある家庭向けカレーの出来上がりだ。見た目は茶に近い黄色のシチューだが、シチューに抵抗のない人たちなので大丈夫だろう。

 パンとご飯で味見と称して提供したら、皆、おそるおそる口にした。

「……美味しい!」

「辛いけど、美味しい、あれ、甘い? 面白い!」

「薬っぽいのかと思ったけど、こうして食べたら全然違うなあ」

 メイドも料理人たちにも好評だった。そして、一番最初に食べた家僕は。

「あの時食べたカリよりも、ずっとずっと美味しい。俺、俺……」

「お前がシウ殿に教えてくれたからできたんだぞ! すごいな! ありがとう!」

 料理人たちが声を掛けると、家僕は涙を流しながら何度も頷いて、美味しい美味しいと、全部食べていた。

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