392 カレーの完成、親切、守る覚悟
その日、普段の食事にプラスして、カスパル達の食卓にもカレーを出してみた。
訝しそうにしていたカスパルだが、ダンともども食べ終わったら、
「体が熱くなって大変だから、夏には向かないな。でもまた食べたい」
と、好評だった。
胃腸が弱っていたメイドには遠慮してもらったが、他の人はほとんどがカレーを喜んで食べてくれた。
それで調子に乗ったシウは、料理長と一緒になってスサに怒られるまで夜遅くまでカレーを使った派生レシピについて語り合ってしまった。
「海老フライとカレー、それは素晴らしい。お、そうだ、これはどうですか。ジャガイモのフリッターとカレー」
「ほくほくして美味しそうー。カツも良いよ。僕は火鶏のカツが良いなあ。あ、ハンバーグにも合うよね」
「それでしたらご飯でしょうな。パンの場合は野菜などが良さそうです。それに応じてスパイスの配合も変えて見ませんか」
「あ、じゃあ――」
「シウ様! それに料理長も! いい加減になさいまし。シウ様、子供は早く寝ませんと。遅くまで起きていては大きくなれませんよ!」
怒られて、襟首を掴んで連行されてしまった。
翌朝、まだカレーの余韻が残っていた料理長は、昨夜飲んでもいないのに酔っぱらったかのようにシウと語り合った名残のせいで、朝から張り切ってレシピ研究に勤しんでいた。スパイスの配合には無限の可能性があるという話をしたせいで止まらなくなったようだ。カレーのみならず、色々な配合を試したいというので、シウからも大量のスパイスを提供していた。
ただまあ匂いが強烈なので、こっそりと消臭機能のある魔道具も渡しておくことを忘れなかった。
あとで厨房内を魔法で改造した方が良いかもしれない。朝っぱらから匂いの攻撃に晒されて、さすがの厨房の人達もうんざりした顔をしていた。
念のため、屋敷を出る時に自分とフェレスに浄化をかけて学校へ行った。
カレーのスパイスの匂いは案外強烈なのだ。
本日は戦術戦士科の授業だからドーム体育館だが、ロッカーとミーティングルームへ先に寄った。同じ失敗はしないのだ。
特に連絡事項はなかったが、プルウィアがミーティングルームにいて、手を振ってきた。
ここで会ったのは二度目で、たぶんシウを待っていたのだろうと思い、彼女に近付いたら首を傾げられた。
あれ、カレーの匂いがするのかなと思って自分の服を嗅いでみた。
「おはよう、シウ。って、何やってるの?」
「いや、臭いかなと思って」
「……臭いの?」
「浄化かけたから臭くないと思うんだけど」
「……ふうん。面白いことするのね、シウって」
変な子、といった目で見られてしまった。それから、あ、と思い出したように口を開く。
「ねえ、この間も気になっていたんだけど、あなた女の子なの?」
「は?」
「だって、胸が」
そう言って指差してくる。
見おろしてみて、ああ、と気付く。
「胸っていうか、お腹だよね、これ」
チュニックの中に手を突っ込んで、袋を取り出した。柔らかい綿入りの袋だ。
「これを入れてるんだ」
「お守り?」
「卵石だよ。温めてるんだ。そういえば大きくなってきたね」
「……は?」
取り出して見せると、プルウィアは更に目を見開いた。
「に、2個とも?」
「うん、そう。シュタイバーンに里帰りしているときに、いろいろあって」
「……すごいわね。ていうか、早く隠して。ダメよ、そんなもの無造作に見せたら!」
「あ、うん」
急かされて慌てて元に戻して服の中に入れた。
「……わたしでもレウィスの卵石を見付けた時は奇跡だと思ったのに」
「うーん、フェレスの時は奇跡だったんだけど、この2つは貰い受けたんだよね」
「あら、そうなの? ラトリシアの貴族みたいに買った、わけじゃないみたいね」
シウの顔色と先程の言葉を思い出して、途中で台詞を変えたプルウィアは、苦笑して手を振った。
「いいわよ、事情は聞かないわ。色々あるんでしょうね」
それよりもと指をちょいちょい振ってシウを呼んだ。
「話があったのよ。ね、バルバラやカンデラって子、同郷じゃない?」
「……えーと?」
聞いたような気もする。顔を見たら分かると思うのだが、似たような名前の人も多いので正直覚えていない。希少獣を連れていたり、気を付けないといけない人には念のためピンを付けてマップ上に記しているが、誰も彼も付けておくと目障りでしようがないのでほとんどやっていないのだ。
「女の子だし、知らないか。あなたそういうのダメそうだものね」
「えーと」
頭を掻くと、肩を竦めて笑われた。たぶん、馬鹿にされたのだろう。悪い意味ではなくて。
「わたし、寮なのよ。で、彼女達も寮なのね。それで、ラトリシア出身者とそれ以外とで派閥があるの。わたしは昔から1人でも平気だから構わないんだけど、彼女達、肩身が狭いみたいで参っているようよ。助けてあげても良いんだけど、ほら、わたしエルフだから余計にややこしくしそうだし」
なんとなく言いたいことが分かって、笑いそうになった。
「男子寮でも問題あったみたいだけど、同郷人同士で結束して頑張ってるらしいじゃない。でも、女子は人数が少ないから大変でしょ。上級生で力の強い人が寮にいれば良かったのでしょうけど、いないみたいね。わたしが分かるのはこれぐらいかしら」
「ありがと。教えてくれて」
「いいわよ。でも残念ね。あなたが女の子だったら、寮に行って助けられたでしょうに」
「残念ながらこれでも男なのです」
胸を張ると、笑われた。
「女装するときは言ってね。手伝うから」
「しません」
「そっかあ。シウがいたら寮も楽しいと思ったんだけどなあ」
その言葉は本気だったらしく、しみじみしていた。1人でも大丈夫と言っているがやはり気疲れはあるのだろう。大変そうだ。
それから、レウィスと少しだけ遊ばせてもらってから、ミーティングルームを出た。
早めに学校へは来ていたが話し込んだせいで遅くなった。
怒られない程度に、ドーム体育館まで走って行った。
いつもの小さい方の体育館室へ入ると、生徒達がすでに揃っていた。
シルト達も来ており、3人で端っこに立っている。
シウを見付けて近付いてきたが、その前にレイナルドがやってきて授業が始まった。
「まずはストレッチからだ。体をよくほぐすぞ!」
シルト達も見よう見まねで動きだす。シウがレイナルドを見ると、彼もまた気付いて頷いた。
「よし、お前たちにはまだしっかりと教えていないからこっちへ来い。基礎を知らずに動いては逆に危険だ」
相変わらずやる気に満ちた先生だ。シルト達に(生徒はシルト1人なのだが)、懇切丁寧に効能などを説明しながらやり方を伝授していた。
授業では、盗賊に襲われた場合の騎士としての動き、騎士ではなく冒険者や護衛が付いていた場合とに分けて説明された。
騎士の場合は、守る相手がいるので無理に倒さずとも良い。それよりは危険を避けて逃げることを優先するようにと教わる。
クラリーサの騎士達は騎士学校を出ていることもあって頷いていた。
護衛の場合も似ているが、依頼が冒険者ギルドから出ているものなどの場合は、倒せる相手ならやってしまった方が良いとレイナルドは言った。
「盗賊相手だと、討伐料が入るからな。冒険者も同じくだ。まあ、冒険者は自分の力量を理解している者が多いからその場で臨機応変に動けるだろう」
どちらにしても、守るべき相手を置いて逃げることだけは許されないと言う。
「ただし、瀕死の状態に陥って、これ以上は無理だとなったら、1人助かる道を選んでも構わん」
「えっ」
生徒達がざわめいた。
「卑怯なふるまいです!」
ダリラがレイナルドに抗議した。他にも騎士達は同じ意見のようだ。
「確かに、仕事を受けておいて守護者を守れないのは力量を見極められなかったそいつが悪い。だが、時に、依頼とは違った『突発的災害』というものがある」
皆を見回して、レイナルドは低い声で語りかけた。
「すでに守護者が傷を負って逃げても助からないだろうと判断したのなら、護衛仕事は放棄しても良い。命ってのはな、捨てて良いもんじゃない。救えるなら、たとえ自分の命ひとつだろうが救ってやらなきゃならねえんだよ」
生きて戻り何があったかを報告する義務だってあるんだぜ、と睨みつけるように皆へ話す。
「大前提として、戦いもせずに怖気付いて勝手に1人逃げる、なんてのはもちろん良くない。敵わない相手だと判断したなら、一緒に逃げる道を探せ。それが仕事を受けるのに必要な覚悟だ。ここには騎士や護衛、従者もいる。その中に本当の意味で覚悟を持っている者はいるか? そして、主はそれに値するだけの資質、そして判断力や指導力を持っているか。そのへんをよくよく考えることだ。とにかく、俺達はただ戦うだけじゃ、だめなんだ。頭を使え。戦士だろうとなんだろうと、考えない奴はそこ止まりだよ」
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