393 忍者ごっこと師匠と弟子




 レイナルドの深い言葉に感じ入ったせいか、その後のパターン練習では皆がいつも以上に真剣な態度で取り組んでいた。

 シルト達も文句は言わずに、レイナルドの言う通りの役どころをこなしていた。

 戦士であるシルトに守られ役を命じた時のレイナルドは絶対楽しんでいたはずだが。

「先生、にやにやしすぎです」

 シウがこそっと注意したら、だってなー! と嬉しそうな返事だった。顔は真面目を装っていたけれど。

「それにしても、お前、罠の作り方が毎回凝っているよな!」

「新しい糸を手に入れたので、つい」

「凝り性め」

 森に見立てた木枠に、盗賊が作ったという設定で糸を通した罠を設置したのだが、これが面白いように引っかかっていく。

「シウが盗賊の頭役だといつまでたってもあいつら達成感を味わえないな」

「どうも」

「よし、じゃあ、次は役を変えるか」

 レイナルドは練習を一旦止めると、ノリノリで次のパターン練習を言い渡したのだった。


 2時限目はそれぞれで鍛錬を行うよう言い渡し、レイナルドはシルト達に付きっ切りとなった。新しく入った生徒には、これまでの流れを説明したり、どれだけのレベルか確認する意味もあって毎回行うことだ。

 その間、各自が戦術について話し合ったり、攻撃と防御の練習を行う。

「シウ、新しい技が完成したんだけど、壁作ってもらえないかな」

「いいよ。土にする? 木が良い?」

「土壁で」

 ヴェネリオに言われて、その場に幾つかのタイプに合わせて作り上げた。

 材料はいつものように体育館の端に置かれた素材からだ。

「自宅の壁のぼりはもう完璧なんだ。よし、行くぞ」

 クナイを持って数歩後退ると、勢いを付けて走り出した。そのまま土壁にクナイを投げつけ、ささったところに足を置いて登っていく。次々とクナイを刺して、そこを起点に体を持ち上げるが、素早い動きなのであっという間に天井近くまで作った土壁を登り切った。

「おー、すごい!」

 拍手した。ヴェネリオは口角を上げて笑みを見せると、そのままふわっと足場となるクナイに飛び降りつつ床まで降りてきた。

「風属性魔法を使った?」

「降りる時はね。登る時は使ってない」

「身体能力上がったよね」

「これのおかげで、やりたいことが沢山できてさ。訓練してたらいつの間にかレベルも上がってた」

 シウは、ひそかにヴェネリオと忍者ごっこをしているので、思いついたアイデアを毎回言っている。ノリが良いのか、ヴェネリオも付き合ってくれるので、こうして成果を見せてくれるのだ。

「あと、蜘蛛蜂の糸をくれただろ? クナイに条件付けしておいて、だな。こう、よし」

 ヴェネリオの手に巻いていた糸がしゅるんと飛んで行って、クナイの持ち手にある輪っかへ通った。くるっと巻き付き、ヴェネリオが何度か引くと、突き刺さっていたクナイが外れ、勢いよく戻ってきた。

「な?」

「影身魔法と無と闇属性のレベルも上がったんだ!」

「ああ。この糸がまた魔力が通り易くて、思い通りに動くもんだからさ。あ、お代は要らないって言ってたが、父さんが蜘蛛蜂の糸は高級だって言ってたから、たぶんギルドの口座に振り込んであると思う」

「え、いいのに。試してほしかっただけだから」

「いや、こんな良いのを貰っておいて、タダってわけにはいかない。友達なら尚更だろ」

「あー、うん。でも自分で取ってきたから安くで良いんだよ」

 友達と言われて照れてしまった。頭を掻きつつ、ヴェネリオの言葉を聞く。

「相場だと思う。まあ、父さんのことだから、冒険者から直接買い取る金額で入金してると思うけどさ。商人はやっぱりがめつくないとなー」

「あはは」

 それからも忍者の動きについて語り合ったが、途中で話に混ざってきたクラリーサ達から、

「男の子の面白がる内容って全然理解できないわ」

 と言われてしまった。

 ダリラやジェンマ、イゾッタもそれぞれ剣などの怖い武器を持つくせに、考え方は至って普通の女の子のようだった。

 反対に、騎士とはいえ男性陣は、隠密行動や暗器についてのわくわく感は理解できたようだ。年齢が上のルイジなどは苦笑していたものの、若い護衛などは楽しそうだった。


 授業が終わるとぼちぼち体育館を出始めるのだが、シウはシルトに呼び止められてしまった。

 エドガールと昼ご飯を一緒にしているため、彼も同時に立ち止まった。

「お前は呼んでないぞ」

 怪訝そうにシルトに言われ、エドガールは肩を竦めた。従者のシモーネがムッとしたものの何も言わないのは、主を差し置いて反論してはいけないと考えているからだ。

「じゃあ、そこで待っているよ」

「あ、うん」

 エドガールが体育館の出入り口を指差すと、シルトがまた怪訝そうに言い放った。

「女みたいだな。待たずに帰れば良いだろう」

「……っ!」

 今度はさすがにシモーネのみならず、騎士のキケもむかっ腹が立ったみたいだ。一気に敵対心のようなものが見えた。さすがに剣に触れるなどの行動に出ないところが、大人である。それにエドガールもすぐさま彼等を手で制した。

「言葉遣いが悪いと、君自身が程度の悪い男だと思われてしまうよ。気を付けた方が良い。それに、聞かれたくない話があるのなら、人払いをしてほしいとシウに頼むのが筋だ。それも命令ではなく、お願いだ。わたしは礼儀作法を知らない相手を痛めつける趣味はないから、このまま去るよ。シウ、大丈夫だよね?」

「うん。食堂で待ってて。今日は新作もあるよ」

「楽しみだ。じゃあ、お先に」

 手を振って、騎士達を連れて出て行った。

 大人の対応である。ちなみにエドガールは17歳、シルトは18歳だった。


 闇討ち、仕返し、どれかなと考えつつ、目の前に立つシルトを眺めた。

 コイレとクライゼンは2人とも離れた場所で待っている。その周りをフェレスが楽しげにスキップしているのがシュールと言えばシュールだった。

「にゃ、にゃにゃーんにゃん!」

 遊ぶ? 遊んでやっても良いよ! と言っているが、どう見ても馬鹿にしているようにしか見えない。たぶん天然なのだと思う。耳や尻尾が付いているので、同じように遊んでいい相手だと思っているのかもしれないが。

 まさか騎獣と同じだと思っているわけではないよね、と不安になってきたところで、シルトがようやく口を開いた。

「俺は、お前に負けた」

「……そうだね?」

「つまり、お前は俺より強い」

「そう、だろうね?」

「……となると、俺はお前の下に付かねばならない」

 悔しそうに言われて、シウは思わず半眼になってしまった。

「くそっ、誰かの下に付くなど、考えられないが!!」

「あ、そう」

「王都に出てくる時の約束だったんだ」

「誰と?」

 分かるように説明してほしい。いや、しなくてもいい、と思って手で制しようとしたのだが、早口で語られてしまった。

「長だ! 偉大なる俺の父、ブリッツの長老だ。未来の跡取りを王都へやるのは心配だからと引き留められたが、俺は更なる力を手に入れるためには必要だと言ったんだ。一族には強い長が必要だからな! その許しを得るために、あらゆることをした。親父様はスエラ領都までならまだしも王都など危険だとお止めくださったのだが、その危険こそ俺には必要だった」

 その危険って、別の意味だったんじゃないのかなーと思いつつ、シウはそっとシルトから視線を外した。フェレスが、立ったままの2人の尻尾に狙いを定めている。相手をしてくれないのでちょっかいをかけようと、作戦を変えたらしい。

「親父様は最後には折れてくれたが、その時に、俺より強い男が現れたらその門下に入るよう命じた。そこで師匠の力を学び、強くなれと」

「あ、そう」

「ただし、妙な輩だった場合は従う必要もない。見極めはコイレがすると言って、それで」

 チラッと振り返った。そのコイレは尻尾をパシパシされているが微動だにしていない。クライゼンは顔に焦りが出てきていた。体に匂いを擦り付ける猫のような動作をフェレスにされて、体も揺らいでいる。

「コイレは、シウこそが師匠たるに相応しいと言った。あいつの言うことなど当てにできないが、だが、これは親父様からの命令だ。守るしかない」

「それはまた余計なことを」

「あ?」

「なんでもない。ところで、そこに、僕の意見は?」

「意見とは? それより、俺を弟子にできるんだぞ。すごいことだ」

 想像以上に問題大ありだ、と気付いて、シウはにっこり笑った。

「じゃあ、課題をクリアしてもらってから、弟子入りについては考えることにするよ。それぐらい当然だよね? まさか、師匠になるかもしれない僕に対して、否やはないよね?」

 半分ぐらい意味が分からなかったようだが「あ、ああ」と頷いてくれた。

 シウは、尻尾でクライゼンの顔を叩いていたフェレスを呼んで、体育館から走るように出て行った。

 渡り廊下を走りながら、ぶるっと震えた。とても怖い話だったことに、改めて気付いたからだ。

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