394 課題内容と苛めの報告




 食堂ではエドガールが笑いながらディーノ達に授業であったことを話していた。

 その流れでシウも、さっきあったことを口にした。

 すると、クレールでさえ大笑いになるほど、その場の皆が笑い出した。

「やばい!」

「ディーノ、口調に気を付けて。……で、でも、おかしいね! ぶははっ」

「それで課題はどのようなものを出したんだい?」

 くっくっく、とまだ笑いがおさまらない様子で、クレールが目尻の涙を拭きながら聞いて来た。エドガールも興味津々だ。

「『礼儀作法の在り方~初歩編~』の暗誦を30回と、アラリコ先生の言語学の補講に出ることと、基礎体力をつけるために学校敷地内ぎりぎりのところを毎日20周するように言った」

「ひっ」

「それはまた……」

「鬼がいる」

 皆、ひどい言い様だ。

 シウは慈愛の気持ちで課題を出したのに。まあ半分ぐらい、嫌味も兼ねてだが。

「だって、師匠って言っておきながら偉そうだし。他の人に対しても言葉遣いや態度が悪かったでしょ? 誰も教えてくれる人がいなかったんだろうなーと思って」

「教えてはあげないんだ?」

 ディーノが問うので、うんと頷いた。

「忙しいし、あれぐらいの年齢で、かつ人の言うことを聞かないタイプの人に教えるには時間が全然足らないよ。正直楽しくないし、付き合うのやだ」

「珍しいなあ。シウはもっと誰にでも優しいのかと思ってた」

「そうだよ、わたし達を助けてくれた時も、偉そうな貴族だっていたのに」

「命がかかってたからね。比較が違うよ。あと、最低限これぐらいやっておいてもらわないと、自分で気付いてほしい」

「あー、成る程」

「たぶん、コイレあたりが吹き込んでくれると思う。矯正役で付けられたんだろうね」

「でもコイレは確か犬系獣人族だろう? 狼系獣人族のシルトが話を聞くかな?」

「エドも種族は分かるんだ?」

「見れば分かると思うけど」

「えっ」

「なんというのかな、匂い……気のようなものかな?」

 全然分からない。シウは鑑定したから気付いたのであって、言われないと全く気付いていないだろう。

「君、怒りのようなものにも気付かないものね」

「そうなんだよね」

「威圧も効かないって言ってたよね?」

「うん。そのせいで、鈍感だって笑われてる」

 鈍感は当たってるかもね、と頷かれてしまった。

「あー、でも、鈍感な僕でも分かるよ。コイレはお目付け役だね。父親でもある長老に言われたんだと思う。クライゼンが完全な腰巾着だから頼りにならなかったのかも」

「クライゼンは黒狼の方だね。彼も戦士としては強そうなのに」

「その分、知力が足りないんじゃないか?」

 エドガールに、ディーノが突っ込んだ。その通りなので、シウは何も言えなかった。

「つくづく、わたしは幸せだなあと思うよ。キケやラミロ、シモーネがいるからね」

「そうそう。頭の良いお付きがいると幸せだよ。時に厳しいことも言うけれど」

「ディーノはシーカーへ来て、随分のびのびしてるねえ」

「親の目がないとな。それに初年度生だなんて、今しかないだろ? 新鮮なんだよ。クレールもそのうち、のびのびしたくなるって」

「ディーノ様、我が主を唆さないでください」

 クレールの従者エジディオに言われて、ディーノの代わりにコルネリオが謝っていた。


 昼ご飯は、ハンバーガーを提供してみた。

 バンズパンを用意し、中身はそれぞれ好きなものを挟めるようにする。たれも用意してから、各自にサラダとポテトフライを回した。

「これが、白身魚のフライね。タルタルソースや濃いソースが合うと思う。こっちが岩猪と牛の合挽きハンバーグ。照り焼きとか、この色のソースが良いかも。あ、卵やチーズもあるから、サラダ菜と玉ねぎと一緒にどうぞ。他に、火鶏のカツと、岩猪のカツ、まぐろカツもあるよ」

 おおっ、と目を輝かせている。シウが試しに挟んでみると、面白そうな顔をしてコルネリオから取り始めた。その様子を見て、各従者達が主の指示でハンバーガーを作る。

「面白いな、これ」

「こうして食べるのも美味しいよ、シウ」

「わたしも初めてです。こんなに美味しいカツなんて」

 騎士や従者もそれぞれ自分用に好みのものを挟んで食べ始めた。バンズパンにも種類があるので、各種楽しみたいとわいわい騒いで、そのうち従者の手を借りずに自分で挟んだりもしていた。

「ジャガイモを揚げた、これ、フライポテトかい? 美味しいねえ」

「サラダもさっぱりしたドレッシングで口直しに良いです」

「珈琲が飲みたいね」

「あ、買ってきます」

 いち早く食べ終わったエジディオが手を挙げて、走り出した。それを追うように、エドガールの従者シモーネも行ってしまった。

「まだ食べているのに」

「お行儀悪いね、シモーネ」

 笑いながらエドガールが見送っていた。

「あ、そういえば、ディーノ」

「うんぐぐ?」

 頬張りながら返事をされて、苦笑しつつ、思い出したことを報告した。

「プルウィアが教えてくれたんだけど」

「ぷるうぃー? むぐ」

「食べ終わってからでいいよ、返事は。で、彼女が言ってたんだけど、女子寮でもシュタイバーン出身の子が仲間外れにされてるみたいなんだ」

「……んぐ。んん、えーと、女子寮で?」

 クレールの顔が少し陰った。今でも差別はあるようなので、ディーノがいなければ辛い話になるのかもしれない。こういうところがデリカシーのないところなんだよな、とシウは反省した。

 とはいえ、今更謝るのも変だ。どうしようと思っていたが、クレールは大人だった。

「シウ、気にしなくて良いよ。今は大分楽なんだ。あの頃は助けてくれる人の声さえ聞こえなかったけれどね」

「あ、うん。ごめんね。僕、無神経で」

「いいや。君が僕等のことを心配してくれていたこと、ディーノに聞いて知っているよ。今もこうして同郷人のことを気にかけて、教えてくれているじゃないか」

「僕ではどうしようもないから、ディーノに報告してるだけなんだけどね」

「それだって同じことだよ。優しくない人間は、情報を伝えることなんてしない。ましてや、君に情報が集まることもなかっただろう」

「クレール――」

「貴族の事なんて、君には本来関係ないのにね。ありがとう」

「ううん」

 それから、プルウィアから聞いた話をした。

「バルバラさんとカンデラさんなら、確かに同郷だ。下級貴族の出だね」

「男子の方は一致団結というのか、ひとつにまとまったんだけど」

「女子には女子の、陰険な苛めがあるそうだからね」

 エドガールが思い当る節でもあるのか、真剣な表情で返した。そこに、シモーネが慌てた様子で戻ってきた。

「エドガール様!」

「どうしたんだ、って、それはいったい」

 シモーネの白いシャツが茶色く濡れていた。完全に珈琲を引っ被った様相だ。

「店員から受け取った時に、傍にいた貴族の従者にぶつかられたんです。それより、エジディオが!」

 シウはすでに全方位探索でエジディオを見付けていた。感覚転移で見ながら、席を立つ。彼は因縁を付けられているのか、数人の貴族の護衛や従者達に囲まれていた。

 幸いにして主となる貴族家の生徒はその場にいないようだ。

 シウは、皆にはここで待っていてもらうよう頼んで、席を立った。フェレスにも念のため、ここを守ってねと言っておく。これが陽動だったら困るからだ。そうしたことはないと思うが、万が一に備えた。


 エジディオの足元には沢山の壊れた陶器が散らばっていた。中身の珈琲もぶちまけられている。

「これだからマナーのなっていない国の貴族は嫌なのよ」

「あら、違いましてよ。この方はただの従者ですわ」

「そうだとも。こいつは所詮田舎の国の貴族の従者だ。見ろよ、食器さえきちんと持てないんだ」

「魔法のレベルも低いくせに、よくシーカーへ入学できたもんだ。主も主なら、従者も従者だな」

 陰険なことを言っている。

 周囲の人は関わり合いになりたくないのか、遠巻きにしているが、どこか興味津々のようだ。視線だけはエジディオを中心に向いている。

 ざっと鑑定したところ、やはり直接的な苛めをしているのは従者や護衛達だけだった。

 周囲に主と思われる下級貴族が数人、上階のサロンにもいるようだ。

 様子を眺めて笑っている。

 いやらしいなあ、と呆れつつ輪の中に入った。

「エジディオ、遅いから迎えに来たよ」

「あっ、シウ様」

「これ、落とされたの?」

「あ、いえ、その」

「片付けるよ。もう一度、頼んでくれる?」

「……はい。申し訳ありません」

「エジディオが悪いわけじゃないのに」

 にっこり笑うと、エジディオが緊張を解いた。少し、笑って見せて、それから注文所に戻った。店員は困惑したような顔をしていたものの、彼等は庶民なので言われた通り注文された品を出してくれた。

 その間にシウは、床を片付ける。魔法でだ。

「≪消失≫≪浄化≫≪修復≫≪回復≫」

 あっという間に液体は消え、床は綺麗になって、割れたカップなどは元通りになった。

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