230 聖獣と希少獣と学院訪問




 リデルは、羨ましそうに見ていたアルゲオにも特別だと言って、乗せてあげていた。

 彼が乗る時はさすがに問題があるということで、大人が四人がかりで運んできた階段を使って乗っていた。騎乗帯はリデルが嫌がったので付けていなかったが、馬にもドラコエクウスにも乗り慣れているアルゲオは上手に乗っていた。

 後でリデルから、アルゲオは騎乗が上手いと褒めていたと聞いて、ほんのり頬を染めていた。嬉しかったようだ。

 結局、お昼ぐらいまで遊ばせてもらい、その場の皆にお礼を言って辞去した。


 遊び足りないフェレスのために、また昨日のことでお礼とお詫びをしようと、午後はカッサの店へと足を運んだ。

 お土産も持って行ったからか、オーナーのカッサも、リコラたちからも苦笑するだけで文句を言われることはなかった。

 フェレスは騎獣たちに、今日はスレイプニルのおばさんに会ったと報告し、更に遊んでもらっているので、シウも騎獣たちのお世話をさせてもらうことにした。

「毎回、思うけどさ。浄化の魔法が上手だよな」

「そうかな?」

「無詠唱だしさ。魔法学校生はすごいな」

「そうだねえ」

 獣舎の中は気持ち良く過ごせるようによく浄化をかけるが、あまりシウがやるほどには綺麗にならないそうだ。手作業も多く大変な仕事となるが、ここで働く人たちは嫌な顔ひとつしない。

「シウがくれたブラシも、みんな気に入ってるぜ」

「良かった。あ、新しいのも作ったんだ。どうかな」

「おっ、ドラコエクウスには気に入られそうなブラシだな。馬にはちょっと痛いか」

「これ、鬼竜馬の尻尾で作ったんだ。フェレスも気に入ってるんだよね」

「またすごいの持ってきたな」

「闘技大会へ行った時に、偶然手に入れたんだ」

「へー。そんなお高いもの売ってたのか。ていうか、高かっただろうに。……恩賞貰ったのかもしれんが、無駄遣いしたらだめだぞ?」

「あ、ううん、えと、ありがとう。でも買ってないから。偶然、走っていて、で、狩ったんだ」

「……そうか。よし、俺は何も聞かなかったことにするぞ!」

 リコラはブラシを受け取ると、早速ドラコエクスのアロエナへと近付いて行った。アロエナの番であるゴルエドがちょっと邪魔するような仕草をしたが、リコラは気にせず「はいはい、どいたどいた」と追い払っている。

「ゴルエド、どうかしたの?」

「ああ、アロエナがな、妊娠したんだ」

「え、そうなんだ?」

「たぶんな。兆候がある。だから、ゴルエドが気にしてるんだよ。大丈夫だって、ゴルエド。お前の奥さんを綺麗にしてやるだけだ。疲れるような仕事はさせないよ」

「がうっ」

「よーしよし」

 宥めながら、アロエナをブラッシングしてやる。彼女は気持ちよさそうに身を任せており、ふぁーっと欠伸までしていた。

「希少獣同士の妊娠ってあるんだね」

「ま、少ないがな。希少獣は卵石から生まれるせいか、繁殖に興味のない奴が多い。主を持っていると、よりその傾向が強いらしいしなあ。こいつらは買い受けた希少獣だからかな? でも、ないわけじゃないんだぜ」

「生まれる子は卵石じゃないんだよね」

「ああ。諸説いろいあるけど、卵石を生む親ってのは本能で分かっているみたいだな。これから産み落とすものが特別な個体だってことに。ほら、神子と同じ仕組みじゃないかって言う人もいるそうだぜ」

「神子……」

「たまたま自分の腹に、特別な存在が宿ってしまった。それだけのことだ。神様からの贈り物だな。それを人の世で育てさせる。実際、希少獣も人が拾って育てることがほとんどだものな」

「神子も?」

「そうだぜ。最近はとんと聞かないが、勇者と同じぐらい珍しい存在だよな。見付けたら即、神殿行き。聖獣と似てるよな。聖獣も見付けたら即、王族行きだ」

「だね」

「強い個体は、強すぎるから獣の姿のまま産み落とせないんだっていう説、俺は信じてるんだ。卵石の状態でようやくこの世に産み落とせる。それを育てるのが人っていうのが、面白いけどな」

「うん」

「学者によっては、全く違う生物だって言い張るのもいるけどなあ。よし、終わり!」

 ブラッシングを終える頃にはアロエナはうとうとしていた。そんな彼女にゴルエドが近付いて匂いを嗅いでいる。

「ほら、お前も横になれよ。気持ち良いぞー」

「がう」

 ゴルエドも素直に従って、リコラのブラッシングを受け始めた。目がとろんとしている。

「おー、こりゃいいな。こんなに喜ぶとはな」

「予備もあるからね。事務所に置いていくね」

「ありがとよ。昨日は大変だったが、お釣りがくるな!」

「こっちこそ、いつもフェレスと遊んでもらってるからね。教育的指導も受けて、助かってるよ」

「ははは。あいつ、おバカだもんなあ」

 噂されたからか、離れたところにいたフェレスが飛んできた。

「にゃ!」

「こら、静かに。アロエナたちが寝てるんだから」

「にー」

 尻尾を垂れさせて、その場に座り込んだ。

「ほら、みんなと遊んでおいで」

「にゃ」

 はーい、とまた走っていった。ゴルエドが片目を開けてチラッとフェレスを見、ふうっと溜息のような鼻息を吐く。子供だなあという視線だけれど、そのうち本物の自分たちの子供を見ることになる。それを想像すると面白くて、シウは声をおさえて笑ったのだった。





 翌週の土の日、学校は朝から大騒ぎだった。交流会のために、一旦学校へ集まってから、それぞれの学校へと向かうことになっている。

 シウはフェレスを学校の獣舎に預けたまま、アルゲオと二人で学院へ向かった。

 一年生は他に学院へ行く者がおらず、上級生たちが歩く後ろを二人でひっそりと付いて行く。

 同じ東上地区にあるのでさほど歩かずに済んで、あっという間に到着した。

 外観は、魔法学校よりは洗練されているように見える。

 魔法の授業があるせいで魔法学校は頑健な石造りが多く、どこか堅苦しいイメージなのだが、学院は王族が通うこともあってか白塗りの美しく瀟洒な洋館風だ。

 正門の門構えも凝った造りで、一々門番が数人がかりで開けていた。

「そういえば」

「うん?」

 きょろきょろ見ていたら、隣を歩くアルゲオが小声で話しかけてきた。

「父上に先日のことを申し上げたら、すぐさま離れを改築して、リデル殿に入っていただくことにした。何がお好きか分からないのであらゆるドレスを用意してご案内したのだが、とても喜んでおられた」

「人型だとどんな感じなの、リデルって。おばあちゃん?」

「……いや、母上よりも少しお若い感じだった」

「え、そうなの?」

「何故驚く」

 鑑定して年齢を知っているからです、とは言えなかった。

「下げ渡しって言ってたから、てっきり王族の女性がお亡くなりになったのだと。で、主替えをするぐらいなんだから当然お年を召しているとばかり」

「確かに、高齢ではあるらしい。が、人型だとあまり年齢を取らないのだそうだ。本人も仕組みは分からないと言っていたが」

「へえ」

「リデルの件では、父上からお礼を申し上げるようにと言付かっている。ありがとう」

「ううん」

 首を振った。アルゲオはシウに向き直って、ふと、笑った。

「父上は貸し借りなしになってしまったと残念がっていたが、その様子だと知らずにやっているな?」

「え?」

「まあいい。シュターデン家のことだが、話は通しておいた。結婚も認可されるだろう。陛下も面白がって、いや、許可されるとのことだ。年齢が年齢なのでと本人たちが恥ずかしがっているそうだから、大っぴらに招待状を出してのパーティーということにはならないそうだが、一緒に住むことは可能となった。良かったな?」

「あ、うん。じゃ、身内だけでパーティーの準備するかあ」

「……するのか?」

「だって、お祝いしてあげたいし。フェレスの成獣の時も知り合いがみんな集まってくれてお祝いしてくれたし、そういうものじゃないの?」

 逆に問い返すと、アルゲオが面食らった顔になった。

「……分からん」

「ふうん。でも、アルゲオもきっと成人の時はお祝いされるんじゃない? 結婚の時も」

「そう、だろうか」

「お兄さんたちはどうだったの?」

「兄は一人だ。確かに、兄の時は盛大にやったが、あれは後継ぎだから」

「アルゲオだってお祝いしてくれるよ。だって、アストロ様、僕にアルゲオをよろしくって言うぐらいなんだから」

 庶民のシウに言うぐらいなのだから、大事にしているだろう。

 考え方が多少、庶民とは違っていても。

「ところで、アルゲオも来る?」

「は?」

「エドラさんとベルヘルト爺さんの結婚パーティー。やるとしてさ、アルゲオも来る? オリヴァー誘っても一人じゃあ、来れなさそうだし」

「む。それもそうか。なら、行っても良い」

「うん。じゃ、計画がちゃんと立ったら、また詳しく教えるね。あ、到着した。門から校舎まで広いなあ!」

 驚いていたら、隣で、はあっと大きな溜息を吐かれてしまった。


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