231 学院の中は成金趣味




 王立ロワル高等学院には早くて十二歳から、遅くとも十五歳からの子が通うことになるので、年齢幅が広い。王立ロワル魔法学院と同じだ。

 シウのように十二歳の生徒がいるかと思うと、十八歳の生徒だっている。

「なんだ、この小汚いガキは」

 今、正に見下ろされて、見下されている。

 アルゲオがむっとしていたが、シウは手で制した。

「交流会に来た、魔法学校の生徒です。これが、学院の行う『交流会』なんですか?」

「なんだと? 口の利き方に気を付けろよ」

 校舎に入ろうとしたところでこれだった。鑑定すると十八歳の、もうとっくに成人している立派な青年だ。

「学院では、招いた客人に対して、そのような口を利くのですね。勉強になります」

 挑発すると、青年は面白いように顔を赤くさせた。

「シウ……お前楽しんでいるだろう?」

「ちょっとだけ。だって、面白いんだもん。学院って賢い子が通うって聞いていたのに、バカだよねえ」

 さすがにこれは小声で、聞こえないように話した。

 いくらなんでも挑発に過ぎる。

 それに、そろそろ助けが入る頃合いだ。

「おい、そろそろ止めた方がいいぞ。殿下がいらっしゃる」

「くそっ、お前ら覚えていろよ」

 見付かる前に、青年の友人の助けが入って、去られてしまった。

 てっきり、王子様が間に入って助けられるのだと思っていたが、逃げ足の速いことである。ある意味、賢いのかもしれない。

 校舎に入ると、取り巻きを引き連れた王子がやってきた。

「やっぱり、シウだったんだね。僕のところまで噂が流れてきていたよ」

「え、小汚いガキが学院にやって来たって?」

 と冗談半分で言ったら、レオンハルトが顔を顰めた。

「……そんなこと、言われたの?」

「あ、えーと」

「誰だろう。君、聞いていた?」

 近くにいた学院の生徒に声を掛けている。彼もシウたちのやりとりを眺めていたが、王子に声を掛けられて舞い上がっているようだった。

 アルゲオが横で額を押さえているし、これダメなパターンだ、と思ってシウは手を振った。

「冗談です、冗談。すみません」

「……冗談でそんな台詞が出てくるとは思えないけどね。ま、君が大事にしたくないのなら、そういうことにしておこう。ところで、お隣の友達は、初めてかな」

「お初にお目にかかります。アルゲオ=ドルフガレンと申します。アストロ=ドルフガレン侯爵が息子第二子にございます。いまだ未熟な身なれど、王立ロワル魔法学院にて日夜勉学に励んでおります。本日は交流会に招かれまして参りました。どうぞよろしくお願い申し上げます」

「うん。わたしは、レオンハルト=ヒルシュベルガ=シュタイバーンです。あなたのことはお父上から聞いたことがあります。とても勉強熱心なのだとか。シウと友人であるということは、優秀なのだろうね。頑張ってください」

「はい! ありがとうございます」

 最高の礼儀作法を、間近で見てしまった。シウがやるのとは雲泥の差で、流れるような身のこなし方だった。感動してしまってジッと見ていたら、レオンハルトに笑われてしまった。

「どうしたの、そんな顔して」

「いえ、その、すごく綺麗な所作だったので」

「うん。そうだね。さすがはドルフガレン侯爵家の方だね」

「こういうのを見てしまうと、庶民のくせに、って言われても仕方ないなーって思います」

「あら、言われたのかい?」

「割と結構言われますよ。そんな当たり前のことを言われてもって感じですけど」

「君、本当に面白いね。今度、取り替えてみたいよ。立場とか暮らしを」

「えー、嫌です。絶対に窮屈そうだもの」

「シウ!」

 手を引っ張られて、耳元で叱られた。

「口調! 口の利き方! 態度っ、お前はっ」

「あ、そだね。ごめん。王子様、申し訳ありません」

「あはは。構わないよ。ここは学校だしね。君はこの国に仕えている貴族でもその家族でもないわけだから」

 取り巻き連中は目をぎらつかせて怒っているようだったので、シウは丁寧に頭を下げた。隣では同じくアルゲオも頭を下げている。

「礼儀の問題です。申し訳ありません、王子」

「いいよいいよ。アルゲオはシウをあまり怒らないように。シウも、気楽に接してくれると嬉しいな。先日の王城でのパーティーでは楽しかった。またご飯をご馳走してもらいたいし、仲良くしよう」

 取り巻きの方を見てみた。目付きは鋭いが、頷いている。許してもらえたようだ。

「はい、承知しました……」

「ふふふ。あとでお昼を一緒に摂ろう。食堂のサロンで待っているからね。君たち、シウ殿たちに無礼な真似をしてはいけないよ。気を付けておいてね」

「「「は、はい!!」」」

 そのへんにいた生徒たちに声を掛けて、レオンハルトは行ってしまった。

「……ドンだね?」

「なんだ、それは。というか、お前は……っ」

 最後は尻つぼみになってしまって、アルゲオは頭を抱えていた。

 心配して覗きこんだら、はあっと大きく溜息を吐かれて、顔を上げた。さっぱりした顔をしている。

「もういい。そういうものだと割り切ることにした。王子も良いと仰ってくださったのだしな。言葉通りに受け取るのは貴族としてあるまじき姿だが、構うものか。もう知らん」

 さっぱりというよりは、切れていたようだ。

 シウは、ごめんねと言って、アルゲオの歩く後を付いて行った。


 最初にレオンハルトがガツンと言ってくれたおかげで、その後は誰に絡まれるということもなく学院の中を見学できた。

 ただ、誰かを捕まえて質問しようにも遠巻きにされ、近付こうとしても離れられてしまうのが寂しかった。

 仕方なく、アルゲオとあれはなんだこれはなんだと話し合う。

「学院って、魔法学校と違う方向にお金がかかっているよねえ」

「そうだな」

「階段の手すりに金細工がしてあったり、水晶が飾られていたよ」

「窓にも特殊な硝子が使われていたな」

「運営費ってどうなっているの?」

 税金かしらと思って聞いてみたら、アルゲオが何故そんなことをといった顔で教えてくれた。

「基本的に学校運営は国からの補助だが、あくまでも最低限の必要経費だけだ。第一から第五中等学校などはそれだけで運営されているな」

「うん」

「それ以外については、寄付で賄われている」

「ああ、貴族とか」

「我が子が入学する際に、寄付をする。その額で立場を示すということもあって、寄付合戦になることもあるそうだ。大商人も子供を入れる際には寄付するので、運営費は使い放題だろうな」

「はー。だから、魔法学校より学院の方がより寄付が多く、こんな風になるわけだ」

 煌びやかな内装に感心しながら、そんな話をして見て回った。


 教室だけでなく、科目ごとの部屋も見て回る。ただ授業がないので、どういったことをしているのか全く分からない。学院の体育館はさほど広くないし、魔法学校のような激しい魔法の攻撃跡なんてものも見当たらなかった。

 ただ、芸術には力を入れているらしく、美術品が多く置いてあった。

 音楽室も貴重な楽器が多く置いているようでアルゲオがしきりに驚いていた。

 シウが図書館にも寄りたいと言ったら、アルゲオも快く付いて来てくれた。

 ただ。

「……あんまり、数がないね」

「ああ、これほど少ないとはな。ひどいものだ。しかも――」

 言葉を濁していたアルゲオだが、シウははっきりと口にした。

「下品だよねえ、装丁が」

「……まあ、な」

 金ぴかというのか、金銀と言えば良いのか。装丁にお金を掛けすぎた本という感じで、中身そっちのけなのだ。

 一応、コピーしたのだが、ほぼ王立図書館にあるようなものばかりで、それらを豪華にしただけである。

 持っていないのは、よく分からない自慢だらけの日記本など、本とは呼べないものがほとんどだった。

「……芸術とも程遠いよね」

「これを芸術と呼んでは、本物に申し訳が立たないな」

「アルゲオも、言うね」

「無駄なものに金を掛けるのが嫌いなだけだ」

「あ、それはよく分かる。僕ら、似てるね」

「……そうか」

 にこにこ笑って顔を見たら、何故か複雑そうな顔をして見返されてしまった。


 特に見たいところもなくなって、シウとアルゲオは途方に暮れてしまった。

 相変わらず生徒たちは遠巻きにしている。

 さわらぬ神に祟りなし、状態だ。

 仕方ないので、少し早かったが食堂へ行ってみた。

 食堂もまた豪華な造りで、どこの高級レストランだろうという派手さだった。

 どうしても、下品な風に見えるのは金銀が使われているせいだろうか。

「せめて黒檀を下地に金細工を入れるとか、全体を木調で統一して硝子やレースで雰囲気を出せば良いのに」

「金を使うのは、高位であることの証にもなるからな。わたしの家も派手だったろう?」

「うん。オスカリウス邸とは正反対だった」

「あそこはまた質実剛健を地で行く邸宅だから、比較にならんが。……とにかく、我が家よりも下品なのは久しぶりに見た」

 あ、自覚はあったんだ、とシウは心に思った。

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