232 王子様と王女様
給仕が来てくれるような、高級レストランといった風情の食堂内を見学していると、二階部分のバルコニーから人が降りてきた。
「シウ様、アルゲオ様でございますね? レオンハルト殿下がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
従者というよりは秘書といった風情の青年が声を掛けてきた。
物腰が丁寧で柔らかく、ほんの少しだけ分かる程度に微笑んでいる。完璧なプロだ。
感動しつつ、シウとアルゲオは彼の案内するまま螺旋階段を進んだ。
二階はサロンになっており、奥に個室があるようだった。テラスもあって、大きな窓からは外からの光が降り注いで明るかった。ここだけは別世界のようだ。
全体的に白い内装で、床は白大理石が敷かれている。全体が白くて光も入ってきたら眩しく感じるだろうが、ところどころに緑が配置されており、目を和らげていた。
置かれている家具も明るめのナラ無垢材でできているようで美しい。ソファはそれぞれ違ったデザインで、革張りのしっとりとした質感が見て取れる。
「ここは、ホッとするね」
「ああ。素晴らしい」
「僕、ああいう家具は好きだなあ。部屋に置いてあるのも同じ素材なんだよ。アンティークだから飴色になってね、とても深みのある綺麗な色をしているんだ」
「……君は、意外に芸術に理解があるのだね」
「意外って、ひどい」
ぷっと膨れてみせてが、すぐに笑った。
「身近に置くものにはこだわっているだけだよ。丸みを帯びた家具だったり、柔らかいものが好きかなあ。でも、楽器関係は全然だめ。それに、僕、音痴らしいし」
「そういえば、最初の頃チラッと聞いた詩吟は、まるでだめだったな……」
思い出したようにそんなことを言う。覚えていたとは驚きだ。というか、そんなもの、記憶から消去してほしい。シウは眉をへにょっと下げた。
ソファに座って待っていると、奥の個室のひとつからレオンハルトが出てきた。
アルゲオが先に、続いてシウも立ちあがった。
「やあ、待たせたかな。悪いね」
「いいえ」
アルゲオが答えると、レオンハルトはそうかい? と小首を傾げてからソファに座るよう手で示してくれた。
素直にソファへ座ると、レオンハルトは笑みを零した。
「ようやくシウと話ができるよ。こっちに来てくれて良かった。ジークは今頃悔しがっているだろうね」
「ああ、ジークヴァルド様は騎士学校でしたね」
「うん、そう。ふふふ」
にやにやと嬉しそうに笑う。仲の良い兄弟だ。
「あ、そうだ、もうすぐカルロッテも来るんだよ。一緒で良いかな?」
「はい」
「もちろんでございます」
その後、二言三言話していると、螺旋階段から見知った顔を先頭に数人が上がってきた。
カルロッテ達だ。
レオンハルトが彼女に手を挙げて呼び寄せると、残りの者たちはその場に待機となった。
「じゃあ、お昼にしよう。こちらだよ」
と、カルロッテをエスコートしながら、レオンハルトがサロンの奥の個室へと入っていった。
幾つかあった個室のうち、入ったのはテラス側だった。
こちらも大きな硝子戸になっており、半分開いたところから風が入ってきていた。結わえている薄布のカーテンが揺れている。その向こうに隠れて、護衛らしき男たちが立っていた。学校内でも王族を護衛しなくてはならず、大変だ。
食事は至って普通のものだった。王城のパーティーに出たような、凝ったものばかりではなかったのでホッとした。
礼儀作法に関しては、おおむねなんとかなったようだ。
良い見本が目の前に何人もいるので、慣れたというのもある。
シウは料理に専念しつつ、話を聞いた。
レオンハルトの話の大半は、料理についてだった。
ジークヴァルドの胃の調子も良くなったようで、新たな料理を知りたいそうだ。
その間、カルロッテは一言も喋らなかった。
食事が終わると、丁寧にお礼を言って辞去した。
レオンハルトも忙しいようだし、シウたちもそろそろ帰り支度をしなくてはならない。
食堂を後にして、最後の見学は馬場にでも行ってみようと話をしていたら後ろから声を掛けられた。
シウは分かっていたけれど、探索など掛けていなかったアルゲオは驚いたようだ。
なにしろこの学校のロビーからこちら、誰も話しかけてこないのだから。
「ああ、カルロッテ様。どうされましたか」
聞くと、彼女は取り巻きたちを置いて近付いてきた。
「あの……お話を少し……。お供させていただいてもよろしいでしょうか」
「いいですよ。でも、彼女たちは良いんですか?」
「護衛の者だけ、連れて参ります。アビス、あなただけ来て」
「はっ」
護衛兼従者のような格好をした女性だ。鑑定すると名前欄が「ウルラのアビス」となっていた。隠密魔法のスキルがあるし、王族に従う秘密の忍者一族といった感じだろう。
面白そうでわくわくしてしまった。本物の忍者かと思うと感慨深い。
その考えが伝わったわけではないだろうが、笑っていたせいかアビスには不審そうな目を向けられてしまった。
「これから、馬場へ見学に行きます。大丈夫ですか?」
「……本当はお連れしたくありませんが、姫の命令ですから」
ぼそっと小声で答えられた。嫌われてるようで寂しいが、しようがない。
「では、参りましょうか」
綺麗に掃除されている石畳を歩いていく。両隣には常緑樹の中低木が植えられており、枝を落としているので見通しも良く、多少人工的すぎるとは思うが、美しい景色だった。
歩きながら、カルロッテはやはり押し黙ったままで、アルゲオも不遜があってはならないと考えるのか話しかけてこなかった。
仕方なく、馬場の手前にある厩舎へ到着する直前に、シウから声を掛けた。
「お話が、あるんですよね?」
「……ええ」
「なんでしょうか」
カルロッテは何度か口を開きかけたものの、また閉ざしてしまう。そんなに言い難いことなんだろうか。不思議に思ってアビスに視線を移したが、彼女は何も知らないようで、しかも王女の態度の原因がシウにあるかのような視線になってきた。
ようするに、段々とシウを睨み付け始めたのだ。
えー、僕は何もしてないのに! と言い訳しようか考えたところで、ようやくカルロッテが声を発した。
「魔法学院とはどのようなところですか」
まともな話だった。
交流会として、あって当然の会話というか、質問だ。
驚きつつもシウは笑顔になって答えた。
「そうですね、学院と比べると建物は石造りで頑丈です。魔法の授業があるので、壊れても大丈夫なようにと頑強な造りにしているようです。学院のように、綺麗な石畳ばかりということはなく、ところどころに魔法攻撃の跡があったりしますね。広場はたくさんあって、専用の闘技場、体育館も大中小と三棟建っています。ただ、校内に魔法阻害などの処置は施されていません。基本的に、生徒の良識を信頼しているからです。そのため、故意に魔法を使って損壊させたり、人を傷つけた場合は相応の処分が下されますけどね」
俯いていたカルロッテが、途中から顔を上げ、最後には瞳に光を宿してシウの顔を見ていた。
興味がある証拠だ。
「授業の内容についても?」
「ええ、ええ。良ければ聞かせてくださいませんか」
「はい。まず最初に、入学前の試験では最低限の学科とともに魔法の素質があるかどうかを調べます。水晶によって基本属性などを調べたあと、実際に使えるのかどうかなど、検査をしてから入学が決まるわけです」
カルロッテが、すいしょう、とゆっくり呟いた。
「一年生は基礎学科だけではなくて必須科目も受講しないといけないので、詰め込みになります。授業の組み合わせを考えるだけでも一苦労なんです。先生と相談しながら、決めて行き、飛び級できるものがあれば皆、とっとと試験を受けて上に行きます」
「まあ、そんなに簡単に飛び級できるものなの」
「はい。僕もだけど、アルゲオ、彼です、先ほどの食事時にもご一緒させていただきました――」
アルゲオが高位女性に対する挨拶をして、頭を下げた。
「彼も飛び級をたくさんしてます。基礎学科は全て、最初の頃に免除されてます。魔法学校では基礎学科を免除される子が多いですね」
「優秀なのね」
「学院の方も、賢くて優秀だから入学されるんでしょう?」
「……学院は、王族や貴族だったら問答無用で入れるのではないかしら」
「そのようなことはございませんでしょう」
アルゲオが口を挟んだ。ずっと聞き役に徹しているかと思ったが、入ってきたのはフォローするためだろう。
「学力が足りないと、さすがに落とされます」
カルロッテは視線を地面に向けて、小さく苦笑した。そうね、と呟く。
「申し訳ありません。差し出がましいことを申し上げました」
「いいえ。わたくしの方こそ……ただ、学力があっても、賢くない者はおりますから」
「カルロッテ姫――」
「勉強をすることが、蔑みの対象になったりしますもの。今朝のことでもそう。あなたたちに対して卑怯なふるまいをしていたわ。……それを止められないわたくしなんて、もっと、卑怯です」
「姫、それは――」
アルゲオが首を振ったが、カルロッテは悲しげな顔をして、俯いた。
「兄上様はすぐさま、調査を命じられて、そのような者には相応の罰をと仰っておられました。わたくしにはそんな力さえない。知恵も、働きませんでした。同じ、卑怯者なのです」
「うーん。カルロッテ様は、ご自分がダメだって思い込んで堂々巡りになってるんですねえ。でもこの世の悪いことが全部あなたのせいなわけ、ないんですよ?」
ギョッとした顔で、アルゲオとアビスがシウを見た。カルロッテはぽかんとしてシウを見ている。
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