233 王女の悩みと新イベント




 責任感が強かったり、上から押さえつけられて育った人などはちょっとした失敗ですぐに自己否定となり、ある種の強迫観念に陥る。

 カルロッテは思い込みが激しいのか、それとも、王族の中で立場的にいろいろあるのかもしれない。

 学院での立場も微妙なのだろうか。

「勉強をすることが蔑みの対象って、そんなこと言われたんですか?」

「……王女なのだから、そんなに勉学に励む必要などないのではと、笑われました」

「うん、それで?」

「……女が勉強できても意味がない、と。ある貴族の男性は、女に知恵を与えると面倒だから、宝石を与えておけと言っておりました。もちろん、女性のいる場で面と向かって仰ってはおられませんでしたけれど、その場にいた紳士たちは皆、笑っておりましたわ」

「うん。そういう下品な人も、世の中にはいるだろうね」

「学院の図書室で勉強しようとしても、男子生徒たちがやってきて、邪魔をします。王女はそのようなことをされずとも優雅に暮らせるのだからと、無駄なことはしない方がよろしいですよと親切めいた口調で言われましたわ」

 思い出したようで、拳を握りしめている。やっぱり反動なのだ。

「……わたくし、もっと勉強したい。もっと、学びたかったのです。でも、勇気がなくて」

「本当は、魔法学校に入学したかったんですね?」

 カルロッテが静かに頷いた。

「王族の仕来りって、おかしいですよねえ。いえ、貴族もかな。僕には理解できないや」

「シウ、お前そのように無責任なことを」

「いいのです、アルゲオ様。わたくしだって同じように思っているのですもの」

「姫」

 カルロッテは俯いて、だがすぐに顔を上げた。

「わたくし、王族になど生まれたくはなかった。もっと自由に生きられたら良かったと、思っているのですもの」

「その言葉の重みを、理解しているならいいんじゃないですか」

「……世の中には、着るものどころか食べることさえ難しい人もいる、ということね?」

「引き合いに出されましたか? そんな話を聞かせて、諦めさせるんですねえ」

「すごいわ、よく分かるのね」

「物語を読めば大抵、そんなのばかりです。食傷気味なほどで。どうですか、カルロッテ様。僕の持っている『スミナ王女物語』や『アンリエッタ王女の学院生活』を読んでみますか?」

 半分冗談半分本気で聞いてみたら、カルロッテが目を輝かせた。

「まあ、読んでみたいと思っていたの! よろしいの?」

「シウ、お前、そんな俗物な本を」

「アルゲオ、俗物って言うけれど、内容を知っているの?」

「ぐっ……」

「知ってるんだ。すごい。あれ、完全に女性向けの小説だよ。あ、カルロッテ様、他にもいろいろ持ってます。もし、勇気を出して読むつもりなら、お貸ししますよ」

「……ええ、読んでみたい。わたし、いろんなことを知りたいの。勉強したいの!」

 シウはにっこり笑った。

「では、後日、お城まで遊びに行くことになっているので、その時にまとめてお渡しします。ただし、僕が本をお貸しすることの許可を、もらってくださいね」

「あっ……」

 どうしようと途端に顔色を悪くした。また叱られて反対されるかもしれないと考えたのか。

「大丈夫。頑張ってみましょうよ。最悪、いざとなったら、どうとでもなるものです」

「……唆されているのかしら」

 ふふっと小さく笑ったところで、アビスが割り込んできた。

 とうとう我慢ならないといった様子で、青筋が浮かんで見える。

「姫! このような悪い男の甘言に乗ってはなりません! 油断のならない!! 小さい子だと思って甘く見ていたら、姫に遠慮のない物言いばかりして! 姫を惑わし籠絡するつもりかっ!」

「ろ、籠絡って?」

「口答えするつもりかっ!」

「あ、すみません。なんでもないです。……って、アルゲオ、これってやっぱりアウト? 問題あるかなあ?」

 アルゲオは額に手をやって、考え込んでいるようだった。シウの問いかけを耳にして、はあっと深い溜息を吐く。

「まず、護衛の女。お前は主の命に従うべきだ。少しばかり逸脱している。シウは、カルロッテ姫のご友人であり相談を受けていたに過ぎない。お前の態度は行き過ぎだ」

「……はっ」

 悔しそうな顔をしていたが、アビスは膝をついて了承の意を示した。

「カルロッテ姫、シウは王侯貴族に対しての礼儀作法の知識に欠け、呑気で適当な物言いをしますが、本質は良い人間であるとわたしは確信しております。ただ、己を守るのは己だけです。この者だけでなく、周囲の者の言動を信じすぎては己の身を守れません。どうか慎み深く、お考えなされませ。お伺いしておりましたところ、姫には勉学以上の賢明さがおありのようでございます。どうぞ、その賢明さでご判断くだされますように」

 最後にシウを見て、アルゲオは頬を引きつらせつつ言い放った。

「帰ったら説教をさせてもらおう。友人ならば、当然のことだ。そうだな?」

「あ、はい」

 素直に頷いたからかどうか、アルゲオはすっきりした顔になった。

「では、馬場の見学をさせていただこう」

「はい」

 それから四人で、馬も人もいない馬場を、見学したのだった。


 交流会から戻ってきて、すっかり仲良くなってしまったシウとアルゲオを見て、クラスメイトたちはかなり驚いていた。

 仲良くなったと言っても、シウはずっとお説教されていたのだけれど。





 学校が休みとなる風と光の日は、転移して爺様の家の見回りをしたり、コルディス湖周辺で遊んで過ごした。

 こっそりと覗きに行った火竜と地底竜の住処だが、子はまだ生まれていなかった。

 コルやエルは元気そうだったが、新しくできるであろう地下迷宮の周辺を整備し出すと、道から離れているとはいえ人の気配は近くなるので、それだけが心配だった。

 引っ越す気があるならと、コルディス湖の近くに作った小屋も紹介した。本獣は様子を見てから決めるとのんびりしたものだったが。


 明けて風涼しの月の最終週、学校ではまた一大イベントが待っていた。

「えっ、授業の終わりに、やるんですか」

「提案書を出したのはシウだろうが」

「書けって言ったのグランド先生じゃないですかー」

 というやり取りの末に、暇な生徒や指名した生徒などをかき集めて、人工地下迷宮を作ることになった。

 計画書はあるが、誰がいつ入って手伝うかなどの事務作業は面倒だからということで、教師のグランドとリトアラ、そしてシウが交替で現場監督になり、その都度生徒たちへ指示していくこととなった。

 いい加減だなあと思ったものの、計画書通りにやれば大丈夫だろう! との判断らしい。

 念のため、校舎やグラウンドに影響があってはいけないので、闘技場の近くの広場という、学校内でも人気の少ない場所が選ばれた。

「仮設の小屋を作っておきますね。あと、後々、地上部分に建物を建てたりするでしょうから、基礎も作ります」

「おう、頼んだぞ!」

 とまあ、ほとんどシウに丸投げ状態だ。

 なので、シウは知り合いに片っ端から声を掛けた。

 たとえばアレストロなどは生産魔法持ちだから、細々したものを作ってもらえる。

 今回のことで手伝うと、評価の対象にもなると先生から言われているので、意外と皆、乗り気だ。

 少なくとも一年生の一クラス、シウのクラスメイトたちはほとんどが参加を表明してくれている。

「闇属性持ちの子は特に参加お願いしまーす」

 と声を掛けてまわったら、アレストロの従者が手を挙げた。嫌々入った魔法学校で、勉強もイマイチのようだったが、闇属性はレベル二あるとかでやる気になっている。

「じゃあ、罠作り班に入ってくれる? 助かるなあ」

「あ、そ、そうか?」

 エミルは魔法学校に入学して初めて笑顔になったと、主のアレストロに言われるぐらいの、はにかんだ笑みを見せていた。


 他に、以前、演習事件の時に避難した洞穴で活躍した岩石魔法の持ち主にも声を掛けた。

「レイフ、君が穴掘りのメインなんだ。手伝って!」

「う、うん、分かった」

 普段はあまり活躍の場がない土属性の子たちも張り切っていた。なにしろ、大量に地面を掘っていくのなら、彼等ほどの適任はいない。

「固定魔法持ちは、ウルハラ先生のところへ行って再度確認。木属性持ちは植え付ける場所の大きさに注意してね!」

「召喚魔法はどうするんだ?」

「召喚と固定と付与の人はパーティーを組んでほしいんだ。魔道具も使って、簡易転移魔術式を設置してもらう」

「えっ、そんな大がかりなもの、作れるのか?」

「そのために知り合いを巻き込んだから!」

 ふっふー、と笑ったら、周囲にいた人たちが変な顔をした。

「……聞きたくないんだけど、それ、誰?」

「第一級宮廷ま――」

「あーっ!! 聞いてない、聞いていないぞ!!」

「俺もだ。俺も聞こえなかった。さあ、仕事しようぜっ」

「おー」

 逃げられてしまった。

「召喚の人には、他に小さな魔獣の召喚もやってもらおうと思ってたのに」

「そ、そんなことをなさいますの?」

 現れたのはカリーナだった。久しぶりに会うが、お互いに覚えており、会釈しあう。

「一応、トマス先生の指導付きです。やりたくない人は拒否権ありです。さすがに貴族の人が、魔獣は倒せませんよねー」

 召喚の練習の際に、呼び出された魔獣を倒す必要だって出てくるのでそう言ったのだが。

「……ですが、そうした経験があれば、いざという時に困りませんわね」

 と、高位貴族の女性らしからぬ珍しい台詞が飛び出てきた。

 彼女もまた、王都の近くで起こった魔獣のスタンピードに対して、思うところがあったようだ。今回、召喚魔法持ちとして呼ばれたので、その力を試してみたいと決意したらしかった。

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