234 人工地下迷宮
穴掘りして出てきた土は全て、リグドールがゴム弾の芯にしてしまった。
リグドールは土属性持ちであり木属性持ちなので、今回の人工地下迷宮作りでは大活躍だ。
硬い岩盤が出てくるとレイフに出張ってもらい、協力して迷路を作っていく。
斜めに伸びた通路も作ったので大変だったようだが、交流会などよりも余程楽しいと張り切っていた。
「補強はどうやるんだ?」
「固定魔法持ちの人に、土を固定してもらう」
「……そ、そんな使い方なんだ?」
普通は罠などの魔術式を固定するのに使う魔法だから、驚かれてしまった。
「発想の転換だよ。わざわざ木板や金属で補強しないでいいから楽だよー」
「うん、だね」
「リグは茨の作成、順調?」
「あ、そっちは楽勝。茨の鞭を作るのにかなり練習したからな。ばっちり」
「あれ、地味に痛いんだよね……」
リグドールの横ではアントニーが複雑そうな顔で愚痴を零していた。
「でも、ここで作っておくと、後々の授業の時に役立つよ」
と黒い笑みを零したら、アントニーもにやりと笑った。
「そうじゃなかったら、手伝わないよ。ふふふ」
「おぬしも悪よのう」
「……ていうかさ、たまにおかしなこと言うよな、シウ」
いつもはノリノリのリグドールに、ばっさりと切られてしまった。
召喚魔法持ちのカリーナが来てくれたことで、同じく召喚魔法を持つアリスが嬉しそうだった。他は全て男子たちだったので、一緒の作業がし辛かったようだ。
二人は魔獣魔物学の教師トマスと共に、小さな魔獣を呼び出す召喚魔法を練習している。それが自在にできるようになれば、魔術式に起こし、最終的な点検を受けて、魔術式を魔石に付与する。これを、イベント部屋に放り込んでおくという仕掛けだ。
部屋に入るのは本人の意思で、その部屋自体に結界を張っておく。安全のため、人だけが転移できる魔道具も隅に設置しておくつもりだ。
その転移魔術も生徒たちがまず試行錯誤した上で、提供された魔術式と照らし合わせてから魔道具に付与し、固定する。
何度も使い勝手を確認し、安全に転移できるか実験を繰り返していた。
シウも水の日の午前はほとんどグランドの補助として闘技場にいたので、半分以上は人工地下迷宮の現場監督として立っていた。
隣り合っているので、気楽に行けるのが良い。
たまに戦法戦術の授業にも拘らず、その生徒たちが手伝いに入ったりもしていた。
これも授業の一環だとグランドは言っていたが、明らかに嘘である。
水の午後も、兵站科が一科目あるだけでそれ以降は空いていたので、ひたすら土掘りを手伝った。
補強が追い付いていないところはひそかに固めていく。空気穴と非常脱出路は立坑で別に作り、こちらは金属壁で補強した。
全体的な通路自体は生徒たちに作ってもらうが、大掛かりな工事になりそうなところはシウがやってしまう。
建物ができるであろう基礎部分も作ってから、翌朝学校に行ったら「小人さんがいる!」と騒ぎになっていた。
この世界でも、突然何かが出来上がっていたら「小人さん」扱いされるんだなあと不思議な気持ちになったものだ。
人工地下迷宮の作成は、日を追うごとにお祭り騒ぎの体を成してきた。
使うのは戦法戦術や戦士科ぐらいだと思っていたが、他の教師も使用したいということで参加し始めたのだ。
手伝えば評価につながるとして、生徒たちも積極的に参加するし、やり始めたら面白いということで――なにしろ本物の『実践』授業だ、しかも安全な――空いた時間には集まるという図が出来上がっていた。
こうなると学院長も、地上部分の建物を、本格的に作った方がいいのではと思うようになったらしく、業者を入れてそちらも作成に取り掛かった。
地上の建物には受付や、怪我を負った場合の治療室など、ギルドの小型版とも言える施設を作っている。
生徒たちからもいろいろな案が出てきて、生徒会では取りまとめを始めた。
シウが休みの日も出て作業をしていると、噂を聞きつけたらしい生徒がポツポツとやってきた。特に寮組は敷地内にあるので、年中校舎内に入り浸っている高学年の研究科の生徒から聞いて、来たようだ。
「シウ、一人でやってたの?」
ディーノとコルネリオ、ボリスとランベルトがやってくる。
ランベルトは手に大量の食べ物を持っており、差し入れてくれた。
「冒険者ギルドで差し迫った仕事はなさそうだったし、先週の休みで急ぎの仕事もやっちゃったから」
「ようするに暇だったんだ?」
「あはは」
「暇だと、普通は遊ぶんだけどね」
「遊んでるよ」
「……君、将来、仕事中毒になるんじゃない?」
ディーノに注意されてしまった。元日本人の悪い癖が出ているようだ。シウは頭を掻いて、休憩することにした。
「楽しくて、つい」
「気持ちは分かるけどね。なんでこう、男ってこういうのが好きなんだろうね?」
ディーノも分かるらしい。
「僕のクラスメイトなんて、罠を作るのが楽しくてしようがないって、授業そっちのけで作っていたよ」
「あはは」
「生産魔法持ちの子は、可動式扉の開発に夢中だったね。確か、迷路をいくつもの型に変えられるよう、考えているんだって?」
「迷路ですからねー」
慣れられたらお終いなので、迷路は何パターンにも作り変えられる仕組みだ。
「アスレチックも作りますよ」
「ああ、なんでも新しい考えの施設? なんだってね」
「人工森や、地下水路、木組みの練習場など、です」
それぞれの目的に応じて、広めの部屋も作っている。さすがに本物の地下迷宮ほど大きな空間とはいかないが、教室よりは広い、講堂ぐらいの大きさはある。
「考えてるなあ。でも魔法を使っても大丈夫なのかな」
「あまり攻撃力が高いと崩れますよ。一応、衝撃吸収とか、阻害の魔術式を施す予定ですけど。でも、それって普通の地下迷宮でもありうることでしょう? そうしたことを学ぶのにもちょうど良いですよ。攻撃力が高いからってガンガン使っていい場面なんて、そうないですよ、実際には」
「ま、言えてるな。戦場でも、周囲に人のいない状況なんて、そうはないし」
「魔法に頼らず、戦術を立てて勝つ、というのがそもそもの狙いですからね」
本来の目的を忘れそうになるが、一応ここは授業で使うのだ。
そのため、攻撃されて耐壁が崩れても自動で元に戻るような仕掛けを作ってみたりと、至れり尽くせりだ。
同じ仕組みでゴーレムも作れそうだなと、シウは考えていた。
土と金属性持ちで、かつ生産魔法が使えるのでできる気がする。
あまりやりすぎると怒られるかもしれないので、また今度にしようとは思ったが。
翌週も引き続き、地下迷宮の作成にかかりっきりで、完成したのは土の日となった。
ほぼ二週間かかったことになる。
夕方に完成して、その時手伝っていた生徒たちと万歳して喜んだ。
まだ片付けも残っているし、チェックも済んでいないが、とにかく計画通りに作り終えたのだ。
その夜は、学校側の配慮により、参加した生徒たちなら遅くまで残ってもよしと了解を貰ったので、早速打ち上げが始まった。
地上部分に作った建物もほぼできていたので、そこでパーティーだ。
「扉、すっごく頑張って作ったんだ!」
「あの扉は良いよね」
生産組が喜んでいる横で、闇属性組が罠について語り合ったりと、皆楽しそうだった。
「シウ君、わたしたち、飛兎を召喚できたんですよ!」
「まさか本当に召喚できるなんて思っていなかったわ。ねえ、アリスさん」
「嬉しそうですね」
「それはもう! できれば精霊を召喚したいところだけれど。わたくしはレベル一だから無理ねえ」
「小さいのも無理なんですか? 希少獣も?」
「小さくても精霊は精霊だもの。最低でもレベル四はないと。ただ、希少獣なら、やれるんじゃないかしら。今回、魔獣を召喚できたのだから」
「おおー。じゃあ、はぐれ希少獣を呼べると良いですよね」
「ええ。でも希少獣ってほとんど主がいるでしょう? 契約済となるから、滅多にいないでしょうね」
「意外といるんじゃないのかなあ」
実際に、主のいない希少獣を知っているシウは、曖昧にそう答えた。
皆で協力し合って作り上げるというのは楽しいものだ。
生徒たちも楽しかったらしく、その日は遅くまで騒ぎに包まれた。
あとは週明けに安全かどうかのチェックを、学院長や教師たちとシウで行い、大丈夫なら水の日の戦法戦術科上級クラスで使い始める。
上手く運用できるようなら、戦士科など、他の授業でも取り入れていく。
演習事件があってから、もっと実践に即した授業も取り入れた方が良いのではという声が教師の中からも上がっていたようだから、機運に乗ったのだろう。
シウは来週を楽しみにしつつ、週末の忙しい予定をこなすことにした。
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