235 結婚のお祝い




 週末の風の日、午前中は商人ギルドに顔を出して、打ち合わせや新しい技術の特許申請などで時間を使った。

 もうすぐ誕生祭があるのでまた出店はやるのかと聞かれたが今回は不参加とした。昨年と違って友人もたくさんできたので、約束があるのだ。


 午後はエドラの屋敷へ行き、大掃除とパーティーの準備を手伝う。

 夕方から、ベルヘルトとエドラのささやかな結婚パーティーがあり、手伝いを買って出たのだ。

 何度か来て掃除はしていたが、今回は全部任せてもらえるそうなので、遠慮なくやりたい放題にさせてもらった。

 と言っても魔法が使えるので、あっという間に終わるのだけれど。

「なんとまあ……」

 老執事は驚いて唖然としていた。

 今まではあまり勝手なことをして親切の押し売りになってはいけないと思っていたが、今回は結婚パーティーを行うという大義名分があった。シウからは自重という言葉が消えていた。

「外観がこうも変わるとは思っておりませんでした」

「……結構、汚れるものなんですね」

 シウも驚いた。こぢんまりとした屋敷だったが、汚れが取れただけで瀟洒な別荘という雰囲気になった。

 庭師たちも驚いて呆然としていた。この庭師たちはエドラの知人で、以前からボランティアで庭を綺麗にしている人たちだ。

「あー、時間が勿体無いから、作業を続けようか」

「そうですね……」

 そうして、門前から続く道を掃除したり、周辺の道路なども浄化していった。

 もちろん、屋敷内も綺麗にしている。


 飾り付けは、シウが教室でリグドールたちに相談していたら女子たちが手伝いたいと申し出てくれたので、屋敷内でやってもらっている。飾りを作ったりするのは女子で、取り付けるのは男子だ。女子の手前張り切っている。

 アルゲオがどう話したのかは知らないがオリヴァーも早めに来て、エドラと何度も頭を下げ合い、それから皆と一緒に手伝いをしていた。

 彼等は親の許しを得たものだけ残って、お祝いパーティーにも参加する。こういった時に女子は大抵早く帰るものだが、今回は欠けることなくクラスの女子全員が参加していた。

「本当にいいの? 遅くなるよ。もちろん、送っていくけどさ」

 と、飾り作成チームに話をしたら、ヴィヴィが理由を教えてくれた。

「だって、こんな素敵な話ってないじゃない。宮廷魔術師が、不遇の扱いを受けていた貴族の女性を救うために声を掛け、しかもそれが幼い頃から憧れていた女性だったなんて。助けるための結婚だったはずが、いつしか愛が芽生えて本物の結婚になった! なんて、すごいわ」

「……エミナも同じこと言ってたなあ」

「エミナさんって? 恋人ですの?」

 ベアトリスが質問してきたので、首を横に振った。

「ううん。下宿先の、姉みたいな人。あ、結婚してるからね」

「なんだ、そうですの」

 残念そうに肩を竦めている。

「……でも、主人公が高齢でもいいの?」

「それが逆に胸が熱いのよ! かたや、第一級の宮廷魔術師、今まで結婚もせず仕事に打ち込んできた男よ。でも初恋の人のことは忘れてなかったの。長い間寂しく一人で過ごしていて、老い先短い人がようやく一世一代の大舞台に立ったのよ! そして残り少ない短い時間を――」

「……ヴィヴィ、結構ひどいこと言ってるよね」

「ヴィヴィさんったら」

 アリスが近付いてきて苦笑した。

「でも、素敵なお話ですから。わたしたち、貴族の生まれの女性なら身につまされるお話なんです。それに恋のお話って、やっぱりどきどきします」

「男子は、宮廷魔術師に会えるって騒いでいたけどね」

「ふふふ」

 口元に手をやって、アリスは小さく笑った。

「……でも、エドラ様には本当にお幸せになってほしい」

「そうだね。生活も少しは楽になるだろうけれど、そうじゃなくて、苦労した分、心がね。まあ、お相手はちょっとどうかと思う人だけどさ」

「そうなんですか?」

 見たら分かるよ、と言ってシウは肩を竦めた。なにしろ、子供のような老人なのだ。


 主役の一人、ベルヘルトが到着したのは夕方より少し前だった。

 がっちこちに緊張して、歩き方がおかしい。

 大丈夫かなと心配するぐらい様子が変だ。

「あれ、いいんですか?」

 今回もお付きとして護衛騎士を率いてダニエルがやってきた。お忍びではないので、護衛騎士のみならず、憲兵も多くいる。彼等は屋敷の周りに配置された。

 今日以降、ベルヘルトはこの屋敷でエドラと共に暮らすことが決まっている。だから、交替で憲兵が立つ。屋敷内にも騎士の仮眠室が作られており、離れには厳選して雇った家僕たちが住むことになっていた。住み込みのメイドは本宅に余っている部屋があり、そちらに住まう。

 全体的にこぢんまりした屋敷とはいえ、それぐらいの部屋数はあるのだ。

「朝から神殿でも緊張なさっていたけれど、ほら、あちらでは神官から許可をもらうだけだからまだご実感がわかなかったのだね。ところが、着替えられている最中からね。……勢いで申し込んだものの、彼女は本当は嫌なのではないか、とか、珍しく恋の相談をされてしまったよ」

 ダニエルは完全に楽しんでいるようだ。

「はあ。でも、お手紙のやりとりぐらいはしてるんでしょう?」

「それがねえ、恥ずかしいと仰って、式の段取りやこれからの生活に必要な屋敷の改築についての事務的なものしか送っていないようなんだ。困ったものだよね」

「僕でも思い付くのに」

「うん、本当に」

 ダニエルが紳士的な柔らかい笑みで頷く。彼のようにスマートにとは言わないが、もう少しなんとかすれば良かったのに、と思ってしまう。

 ただ、気恥ずかしいという気持ちは分かる。そもそも、独身だったシウに偉そうなことを言う権利はないのだった。

 幸いにしてエドラはずっと大人で、精神的にもしっかりしている。彼女がきっとベルヘルトを支えてくれるだろう。


 夕方から始まったパーティーは和やかに始まった。

 仲の良い人たちや手伝ってくれた人を誘うということで、同じ宮廷魔術師でも呼んでいない人が多い。

 エドラも実家に許されたとはいえギクシャクしたままのようで、シュターデン家から来たのはオリヴァーだけだった。

 代わりに、代々の庭師たちやその家族、近所で何かと手伝いを申し出てくれた貴族の奥方やメイドたちがお祝いに駆けつけてくれた。

 シウや、その友人という立場の子供もいて大勢でお祭り騒ぎのようだったが、終始和やかなムードだった。

 主役であるベルヘルトはかっちんこちんに固まっていたが、エドラが何くれとなく世話を焼いていたら顔を赤くして動きを再開させていた。

 今日ばかりは大きな杖による「ドン」も見られなかった。

 途中、国王から祝いの花束が届いたり、王族一同による祝いの品が届くなど、サプライズもあった。

 呼ばれていない宮廷魔術師たちからも連名で祝いの品が届いたので、案外まともなのだなと思ったりした。


 宴もたけなわになってくると、ベルヘルトやエドラの周りに人が集まり始めた。

「おめでとうございます!」

「こんな素敵なお式に出席できて嬉しいです」

 子供たちに囲まれて、ちやほやされるとベルヘルトも嬉しそうだった。

「わしが小さい頃は、そりゃあもう勉強漬けの毎日じゃった。今も研究三昧じゃ。魔法使いというのは常に頭を使わんといかんぞ」

「はい!」

 憧れの宮廷魔術師、しかも第一級という、国で最上位の天才に話しかけられて生徒たちも喜んでいた。

 そうしてベルヘルトの周りには男子生徒が、エドラの周りには女子生徒が自然と集まっていた。

「エドラ様、素敵なお式でようございましたね」

 老メイドや、近所の奥方達が涙を流して喜んでおり、女子生徒たちも一緒になってきゃあきゃあと騒いでいる。

「お召し物も素敵です、エドラ様!」

 一際高い声を出したのはマルティナだ。彼女はドレスなど、女性の服装にとても興味を持っている。

「まあ、そうかしら。でも、派手すぎないかしら……」

 嬉しいような、それでいて困惑げに頬に手をやっている。

「とんでもないことですわ! とても洗練されていて、淑女だからこそ着こなせるお召し物だと思います。わたしなんて、服に着られてしまいますわ。こんな素敵なドレスが着こなせる日が来るのかしら……」

 心底思っているらしく、頬を赤らめ、ほうっと溜息を吐いていた。

「まあ、ありがとう、お嬢さん」

 にっこり微笑んで返すと、今度は近所の奥方が興味津々に質問した。

「エドラ様、こちらのお召し物はどちらで?」

 仕立て先が気になったようだ。確かに、派手すぎないがこうした場に相応しい落ち着いた形の、良いものに見えた。シウにはドレスのことなど分からないが、本当にエドラに似合っているのだ。老婦人が着る最高の一品に見える。

「これは、ベルヘルト様がご用意してくださったの。わたくし、このような場に出られるドレスを持っておりませんでしたし、それにおばあさんが婚礼衣装だなんて恥ずかしいと思いましてね、お式はお断りしましたの」

「まあ、そんな。なんてことを仰るの!」

「……ええ。ですけれど、ベルヘルト様が、お式の用意はすべて自分がするから気にしないようにと、仰ってくださって。まさかこんな素敵なもの――」

 感極まって、エドラは瞳を潤ませていた。

 ハンカチで抑えながら、エドラは柔らかく微笑んだ。

「わたくしには派手じゃないかしら、似合わないのではと、さっきまでずっと悩んでおりましたの。……でも皆さんに、お褒め戴いて、わたくし、それがとても自慢に思えたのよ。これはベルヘルト様が贈って下さったものなの! って。恥ずかしいわ」

 これには女性陣達もうっとりしたようだ。皆、同じように目元が赤く、中には泣いてしまった女子生徒もいた。

 それにしても、ベルヘルトもやる時はやるのだなーと、感心してしまった。

 シウはチラッと彼の方に視線を向けた。そちらではベルヘルトによる、魔法についての講義が始まっているようだった。

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