236 蒼玉宮へのお招き
後でダニエルにドレスの真相を聞いてみた。
全部任せるようにとエドラに手紙を送った後、ベルヘルトは結婚パーティーの大変さを同僚たちから聞かされて、ダニエルや国王に相談したそうだ。
孤児に近い彼にとって、近しい存在がそれぐらいしかなかったのだ。
そうしたら、話を聞いた国王が王妃に相談し、王妃は自分の贔屓の仕立屋に、超特急で最高のドレスを作らせたようだった。もちろん、エドラの人となりを調べてから、年齢も考慮したものを仕立屋は作った。さらに祝いに必要な品々、結納品なども揃えさせた。
気の利かない、しかも変人で独身生活が長いベルヘルトが相手ではエドラも困るだろうからと、秘書をやってエドラ家の執事と打ち合わせをし、屋敷の改装などにも着手した。
人を新たに雇うのもすべて王妃の指示で、信頼のおける秘書と老執事による面接で決めたようだ。万が一のことを考え、老執事の後を任せられる執事見習いも雇うことにした。
老執事はこれが最後の大仕事になるかもしれないと張り切っており、以前よりも元気になったそうだ。
「ベルヘルト様はご家族には恵まれなかったけれど、その分、周りの人に恵まれているね。シウ君や、そのお友達も駆け付けてお祝いしてくれる。王妃様もお忙しい中、楽しそうに動かれていたよ。陛下は最後まで驚いていたけれどね」
「良かったですね。それに、ようやくご自分の家族が持てて」
「あ、そうだね。本当だ」
ふふふと、互いに笑い合った。
幸せなお祝いムードは長い間、続いていた。
翌朝、光の日は遅めにエドラ宅へ、いや今はベルヘルト宅でもあるが、お邪魔して片付けを行った。
起こしてはいけないとこっそり行ったのだが、結婚したばかりの二人はすでに起きており、二人仲良く庭を散歩していた。
手を繋ぎ、時折顔を見つめ合っては微笑んでいるので、見ているシウの方が恥ずかしくなって、早々に退散した。
その後、少し早いがフェレスを連れて王城に向かった。
招待の手紙も届いていたので、それを見せる気満々で行ったのだが、特に誰何されることもなく通行証だけで簡単に通されてしまった。
相変わらずデルフ国とは違ってザルなチェック体制だ。さすがに、王族が住まう天覧宮へ入る時には止められたが。
その後、王族でも未婚の子が住む蒼玉宮へと案内された。宮殿が数多くあって迷うがマップはすでに脳内で出来上がっている。
迷路みたいで面白く、こうした本格的な迷路を作ってみたいものだと、先日来からの作成癖で考えてしまった。
シウを待っていたのはレオンハルトとジークヴァルドだった。それからカルロッテ。
挨拶をすると三人とも、にこやかにシウを迎え入れてくれる。
「ここは宮がたくさんあって迷いますね」
「そうでしょう? 多いんです。使ってない宮もありますよ。父上は妾をあまりお作りにならない方でしたからね」
それを普通に妾腹のカルロッテの前で言えるのが驚きだ。王族や貴族が当たり前に思っていることが、庶民には不思議だった。
「陛下は家族が離れて暮らすのはおかしいと仰ってね。だから、男子はこの蒼玉宮に、カルロッテたちは藍晶宮に住んでいるんだよ。一番近いのでね。姉上は偏屈なので一人寂しく紅玉宮にお住まいだけれどね」
「ということは、離れているんですね?」
「そう。お忍びで殿方が通ってこないか待っているのだよ。ふふふ」
冗談のようだが、レオンハルトの言うことは時々怖くて頷けない。どこまでが冗談か分からない時があるのだ。
「お婿さんを取るとか言ってましたね」
「そうそう。ただ、来てくれる人がいるのかしらね」
パチッとウインクされた。何が言いたいのか分からないが、どうも政治的な匂いがするのでシウは賢く黙っていることにした。
「ところで、本日はお昼ご飯を共に、ということでしたが、僕が作るってことですよね?」
「うん。そう。ちゃんと厨房の者にも了解は取っているからね。興味津々のようだよ」
にこにこと笑ってレオンハルトが言う。如才ないタイプというのか、おっとりしている割には次男坊らしいちゃっかりした面もあるようだ。
「俺、お前の料理が楽しみでさ、ずーっと待ってたんだぞ」
反対にジークヴァルドは末っ子男子らしい、闊達さがある。
「それはどうも。ちょうど良い野菜も手に入ったし、いろいろ作ってみます。えーと、でも、その前に」
二人の後ろで淑やかに立っていたカルロッテを見る。
「カルロッテ様、例の件、どうでしたか?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
「なんだい、例の件って。もしかして逢引の約束かい?」
そんなことは露ほどにも思っていない様子のレオンハルトが穏やかに尋ねる。ジークヴァルドが若干驚いた顔をしていたが、慌てて顔色を元に戻した。王族として、感情を態度に表してはならないと常々教育されているのだろう。
「違います! 兄上様ったら」
「ふふふ。では、なんだろう? そういえば先日、ハンス兄上に何かお願い事をしていたようだね」
「はい。やっぱりご存知だったんじゃないですか。あの、シウ様、ちゃんと了解はもらいましたの。ですから」
「だったら、お渡ししておきますね。ちょうど良いので、レオンハルト様の前で、ご覧いただきましょう。カルロッテ様にご迷惑をおかけしてはいけないので」
と言って、背負い袋を床に下ろす。その中から、約束していた本の数々を取り出していった。全てテーブルには載せきれなかったので、ソファにも置いた。
「……すごい、数の、本だね」
「庶民の読む本がほとんどですよ。王城の図書室には置いてないものばかり、厳選してきました」
「というか、こんな容量の大きいアイテムボックスを、よくも無造作に持てるなあ」
「そうでもないですよ。最近は多く出回っているそうだし」
しれっと嘘をつく。いや、実際に魔法袋は出回ってきているのだ。ベリウス道具屋からも売り出しているし、なんと空間魔法の持ち主たちが挙って魔法袋を作っているのだ。
つまり、宮廷魔術師たちのことである。
お土産に渡したグララケルタの頬袋を、なんだかんだで研究して作り上げたらしく、他の研究者とも協力して出来上がったそれを、面白半分、小遣いにもなると売りに出したところ、即、売れたそうだ。
そうしたわけで、内職のように空間魔法持ちの宮廷魔術師たちが作っているので、徐々にではあるがロワル王都にじんわり普及していた。
「それにしてもさ。……いいなあ。俺も欲しい」
「王族なら、持ってないんですか?」
「王族、何人いると思ってるんだよ。大体、俺は将来が不安だから騎士学校に行ってるんだぞ。第四子なんて貴族よりも始末に負えないんだからな」
「あはは。ジーク、正直に物を言い過ぎだよ」
窘めつつ、レオンハルトは肩を竦めた。
「わたしも第三子なので、微妙な立場なんだよねえ」
その間もカルロッテは本を嬉しそうに見ている。どうやって運ぼうか思案しつつ、読みたいのを我慢しているようだ。何度かぱらぱらっとめくっては閉じるを繰り返していた。
「でも、一番微妙なのは姉上だな。早くハンス兄上にお子様ができると良いんだけど」
そうした話を聞きながら、シウは本をもう一度仕舞った。今度は別の魔法袋にだ。
カルロッテが、あっ、と宝物を取り上げられた子供のような顔をした。
シウは苦笑して、
「これ、お貸ししておきますから、運び終わったらまた返してください。急ぎませんし、誰かに言付けてくださって結構ですからね。あ、賄賂じゃないので、気にしないでください」
カルロッテと、後半はレオンハルトに向かって言った。
カルロッテはホッとした顔で頷き、レオンハルトは苦笑していた。
その後、シウは厨房を借りて、料理人たちと一緒に数々の料理を作った。
魔法も取り入れての作業だったため、早く進んだが、料理人たちは目を皿のようにして鬼気迫る勢いで見ていた。
魔法を取り入れる方法など斬新だったようだ。
「庶民の奥方はこのようにして家事にかかる時間を短縮されるのですね」
などと間違った方向に受け取って、感心していた者もいた。
胃もたれしやすいジークヴァルドのために、シウは消化に良いものやさっぱりしたものを中心に、あれこれと作ってみた。
「これは野菜鍋です。火鶏の出汁で野菜を煮たもので、たっぷりの栄養が入っていますが、あっさりと食べられます。タレは、胡麻ダレ、酢醤油ダレ、トマトダレとあります」
酢醤油はいわゆるポン酢だ。それに大根おろしを入れてみた。
大根もこの国にはあるし、そろそろ出回ってくる季節だ。
誕生祭の終わった頃から多くなる。
今の時期のものは少し辛みがあるが、それでも美味しい。
「こちらは牛と岩猪の肉を半々にして潰したものを、パン粉や豆から作ったお豆腐にみじん切りの玉ねぎを混ぜて作った、ハンバーグというものです。味付けは、右から順番にこってり、ややこってり、さっぱり、甘めとなっています」
野菜から作ったソースダレ、トマトベースの野菜煮込みソースダレ、ポン酢大根おろし、照り焼きと四種類作った。
料理人たちには、他にもいろいろ教えた。ソースにも種類はいろいろあって、しかも醤油を使うとなるととんでもない数になる。
とにかく、ソースを替えるだけでも全然違うということを知ってほしかった。
特に醤油ベースのものはさっぱり感を味わえるので良いと思う。
この国のソースは基本的に小麦粉を使った白系が多く、チーズ入りなど、少々胃に重たいものが多いのだ。あとはベリーなどの酸味が勝ったソースだ。
デルフ国ほどこってりしていないし、くどくもないのだが、あっさり食べたい人には毎日が辛いことだろう。
そして、さっぱりしたい場合は、大根おろし、となれば醤油だ! の発想で、シウは今回挑んでみた。
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