237 王子様と料理の数々




 柔らかいパンや、惣菜パン、それにおかゆなども用意する。

 少量ずつ食べられるようにビュッフェスタイルにしたのだが、それぞれの入れ物に保温効果のある魔法を付与していたのも良かった。やはりただの陶器や金属ボウルよりは効果があるのだ。

 料理人はそれら容れ物に関しても気になるようだった。

 もしかして魔道具として特許申請したら広まるかなと聞いてみたら、ぜひお願いしますと返されたので、心の中にメモしておく。

 それよりも目の前の料理だ。

「美味しい! ハンバーグ、というのか。これは柔らかいのに肉汁が溢れてきて、とても美味しい。色々な味がする。ちゃんと肉の味なのに、ソースが絡まると幾らでも食べられそうだ」

 肉は嫌いではないが食べていると胃が重たくなると言っていたので、豆腐を混ぜたハンバーグにしてみたのだが、良かったようだ。たぶん、肉をよく噛んでいないのも問題だったろうから、とりあえずとしてハンバーグを出してみた。今後は食べ方も直していくと良いだろう。

「うん、本当に。面白い味のものもあるけれど、どれも美味しいね。カルロッテはどう?」

「わたくし、お肉は苦手だったのですけれど、これは食べられます。特にこのトマトソースのものが美味しいです」

 トマトはフェデラル国が原産地で、あちらではソースにもよく使われているらしいがシュタイバーンでは馴染みがなかったようだ。

「ああ、うん、それも美味しいよね。不思議だなあ。今まではトマトなど、サラダかスープで飲むぐらいだったのに」

 レオンハルトは、料理人たちにも声を掛けた。直答を許すと言っているので、緊張しつつも彼等は意見を述べる。

「これ、どう思う?」

「はい。とても驚きました。特にこの野菜鍋とやらは、肉の旨味で煮詰めるのはよくある手法ですが、こちらは塩を使わずに、ことことと煮込むのです。しかも肉ではなく骨で煮込んでおりました。野菜も大量に使っており、味や栄養がしみだしているようです」

「ふうん。手間がかかるのだね」

「料理には下拵えがございますので、手間も料理のうちでございます。しかしながら、このような発想はございませんでした。恥ずかしい思いでいっぱいです」

「うん。でも、君たちはこの国の伝統を守って作っているのだから、新たに冒険するのは難しかったろうと思うよ」

「殿下――」

「でも、どうだろう。これから新たなことに挑戦してみても良いんじゃないかな。少なくとも蒼玉宮では、そうしたら良いよ。僕等も、これはちょっと、と思ったら遠慮なく言わせてもらう。そうして良いものを作っていこう。いつかそれが、この国の伝統の味になるんじゃないのかな」

「ははっ」

 料理人は深く頭を下げていた。

 その間も胃が弱いのはどこへ行ったのか、ジークヴァルドが次々と料理を制覇しようと食べていた。

「この魚やエビも面白い食感だなあ。上にかかっているタレがこってりしているのに、美味しい」

「兄上様、こちらの焼いたお魚も美味しいですわ。さきほどのポン酢ダレと大根おろしがとても合います」

「うん、食べてみよう。ああ、俺はこれが一番好きかもしれん。油を使ってないからかな」

「さっぱりしているのに、食が進みますわ」

「やはり、このお米も良い。最初は変な食感で、つぶつぶしていて妙だと思ったが」

「おかゆは食べていらしたのに」

「あれはソースのようなものだと思ったんだ。まさか主食だとは思わなかった」

 二人ともわいわい言いながら食べていた。


 お米を広める会は、無事終了した。

 もとい、ジークヴァルドにさっぱりおかずを食べさせる会、だ。

「なべ、も美味しかったな」

「鍋は色々な食べ方があるので、自分流を作れるのが良いですよ。体も温まりますので、冬にはぴったりです」

「ふむ。それにはやはり、温め機能の付いたものが必要ということだな」

「そうですねー。自分用に作っていたので、もう少し使いやすくするために魔術式を変更させて、特許申請しておきます」

「うん、そうしてくれ。楽しみだ」

 それにしても、とレオンハルトが苦笑する。

「君は、興味を持ったらなんでも手を出すんだねえ」

 あははと頭を掻いた。

「聞いたぞ、シウ。お前、魔法学校に人工の地下迷宮を作ったそうじゃないか」

「あれ、ご存知なんですか?」

「そんなすごい話、知らないわけないだろう」

 ジークヴァルドが腹をさすりながら満足そうに上を向いた。ふうと、息を吐いているのは苦しいからだろう。

「騎士学校にも欲しいぐらいだ。いいなあ」

「あれは、生徒みんなで作ったんですよ。大変でしたけど、楽しかったです」

「計画したのは君だって聞いたけれど」

「あー。先生と悪乗りしただけなんです。まさか本当に承認されると思っていなかったので、趣味全開で計画書を作ったら、やれるならやっていいよって」

 カルロッテが羨ましそうに話を聞いている。彼女はこうした時、あまり口を挟まない。

「楽しそうだね。学院では有り得ないよ」

 肩を竦めるレオンハルトに、そうでしょうねと相槌を打った。

「そもそも、学院に地下迷宮の練習施設なんて要りませんよね」

「それもそうだ」

「それを言うなら、騎士学校にはあっても良いんじゃないのかなあ」

「ジークはよっぽど地下迷宮に興味があるんだね」

「そりゃあそうだよ。騎士として腕を上げるには、手っ取り早いもの。本物の地下迷宮にも行ってみたいけど、無理だろうし」

 止められることは分かっているようだ。王族は制限があって、本当に同情してしまう。

 ある意味で、不幸だ。

「あ、でも、兵士や騎士の訓練に地下迷宮を使う案が出ていますよ」

「えっ、そうなの?」

 ジークヴァルドが食い付いてきた。

「オスカリウス辺境伯と、そうした話をしたので。あそこの領地では当たり前みたいです。で、先日の魔獣スタンピード事件のこともあって、あの跡地を地下迷宮として稼働させるにあたって、兵の訓練にも利用しようと画策しているようです。もちろん、冒険者も入れないと運営できないでしょうから、仕組みは考えないといけませんが」

「へえ、そうなんだ」

「前倒しとして、ブロスフェルト師団から交替で、オスカリウス辺境伯の地下迷宮で訓練するって話もあるそうですよ。って、こういう話はしても良いんでしょうか? 僕、いまいち、政治的なものが分からなくて」

 すみませんと謝ると、レオンハルトは笑って手を振った。

「いいよ、それぐらい。僕等もこうした情報を教えてもらえると有り難いしね。まだ本格的に国政への参加はしていないから、情報が遅いこともあるんだ。やはり、知らないよりは知っていた方が、良い」

「知識は力なり、ですね」

「うん? 面白い言葉だね。なるほど、確かにそうだ。知識は、力にもなるね。うん」

「あー、古い時代の、哲学者の言葉で、本来の意味とは若干違うんですが――」

「そういえば、シウは古代語も勉強しているんだよね。それで面白い言葉もよく知っているんだね」

 そうとも言えるが、シウは曖昧に笑って頷いた。


 その後もしばし歓談は続き、帰る際にはジークヴァルドから「今度は遊びに行っていいか」と言われてしまった。

 どうだろう? と思ってレオンハルトを見たが、彼は肩を竦めただけだった。

 その為、カルロッテに言ったように、同じことをジークヴァルドにも言った。

「了解を取ってくださいね。できればご両親の。許可があれば良いですよ」

「そうか、分かった」

 カルロッテと違って独り立ちを促される立場の王子だから、案外大丈夫なのかもしれないが、念には念を入れて、だ。


 相変わらず、カルロッテは二人の後ろで羨ましそうな顔をしていたが、口は挟まなかった。

 その代わり、フェレスに触れている。

 フェレスにこっそり、寂しそうだから相手をしてあげてと言ったら、本獣も暇だったらしくてゴロゴロ甘えに行っていた。カルロッテも最初はびっくりしていたが、大きな猫だと思えばいいと言われて、嬉しそうに触っていた。

 騎獣など驚くほどのものもないと思うのだが、女性はほとんど騎獣に触れる機会はないようだ。

 先日、ドルフガレン家で出会ったスレイプニルの元主も、王族としては破格のお転婆だったというだけで、普通は女性が聖獣や騎獣を持ったりはしないらしい。

 貴族でも女性が騎獣を持つのは、魔力量の高い、魔法使いの勉強をする者ぐらいだそうだ。それもかなり稀ではあるし、そもそも高貴な女性が魔法の勉強をすること自体が珍しい事なのだった。



 夕方に王城を後にし、晩ご飯はスタン爺さんたちと一緒に摂った。

 慌ただしい休みの二日間を、エミナが聞きたがったので、質疑応答も含めて夜遅くまで教えてあげた。

 スタン爺さんは早々に寝室へ行き、ドミトルに引きずられるようにして帰るまで、エミナは王城の話を聞きたがっていた。

 もちろん、昨日の結婚パーティーのことも。

 エミナはうっとりして、今度そのお話を書いてみたい! と興奮していた。

 彼女の二つ目の夢が作家なので、本当にやりそうで怖い。

 ちなみに一つ目は冒険者になることだ。皆の大反対にあい止めたそうだが、半ば本気だったらしい。魔力量が少ないので諦めたと本人は言っていた。

 三つ目もあるのと言うので、聞いてほしいのだろうと思って振ったら、頬を染めて、

「お嫁さんになることだったのー! きゃーっ!」

 これである。

 テンションが高すぎて、ついていけない。しかも、こんな状態だがお酒を一滴も飲んでいないのだから恐ろしい。

 ドミトルはシウに頭を下げながら、彼女を連れて帰った。

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