238 迷宮の正式稼働とザフィロの恋
明けて火の日。朝早くから、学校関係者たちとシウが人工地下迷宮の稼働チェックを行った。
稼働チェックには視察と称して騎士学校の学院長も来ていた。他にも知らない名前の者がいたが、後で予算関係の役人と、軍部の事務方だと教えてもらった。やはり、視察なのだそうだ。
やりすぎた感のある人工地下迷宮だったが、おおむね視察者の間では好評だった。
シウよりも、グランドが嬉しそうで、張り切って皆を案内していた。説明にも力が入っていたが、事務方の人たちには彼の説明は不評のようだった。煩かったらしい。
本格運用は、翌日の水の日からだ。
言いだしっぺのグランドが、一番最初は自分の授業で使うと言い張ったのでそうなった。授業を受ける生徒たちもわくわくしており、より授業に身が入りそうだ。
「俺、昨日は眠れなかった」
この台詞は生徒ではなくグランドで、生徒たちは苦笑していた。
「よし、お前ら! 今日は思う存分やるぞ!」
「おーっ」
付き合いの良い生徒たちなので、グランドに合わせて拳を突き上げていた。
その間、シウとマットは補佐というのか補助として、地下迷宮の調整を始めていた。
グランドが地下迷宮での注意点や、使い方などを細かく説明している間に、迷路のパターンを作るのだ。
話し合いの結果、一番最初なので娯楽色が強い形にしてみた。簡単すぎても子供扱いされて嫌だろうとの配慮からだったが、後になって失敗したことに気付いた。
生徒の誰一人として到達点まで辿り着かなかったのだ。
「お前ら、やりすぎだ」
とグランドに怒られてしまった。
「あと、ケルビルはやらなさすぎだな」
やる気のないケルビルは罠の設置がうまく作動するかを確認するための係にしていたのだが、本当にただ見ていただけだった。
罠にかかった生徒が転んで怪我してもそのままにしているので、シウたちとは別にグランドから叱られていた。
午後、兵站科の授業でも、地下迷宮は全く関係ないのに今後の兵站計画のためにと称して見学に行くことになった。
すでに違う科目の授業で使われていたので、本当に見学するのみだったが、空いた時間を縫うように皆で迷路を進んで楽しんでいた。
途中、シウが現場監督をしていたことを知っている先の教師が、ぜひ説明役にと呼んだので兵站科の授業を抜けることになったが、最終的には合同で授業が行われた。
これで単位が取れるのだから不思議だ。どこで辻褄を合わせる気なのだろうか。
「地図作成作業は地下迷宮に限らず、どこでも必要ですよ。できれば斥候の人ができるといいですね」
「斥候は、罠の発見もしなければならないから、大変だね」
合同授業の相手、特殊科の隠密クラスの面々が真剣な顔をしている。この人たちは将来斥候になる率が高いので、地下迷宮を授業に取り入れることにしたようだ。
「僕らは地図作成が得意だし、教えようか?」
ディーノの提案に、隠密クラスの生徒は喜んでいた。反対に斥候の心得や技術などを教わることで話がついて、合同授業は進んだ。
結果オーライで、利点があって良かった。
翌日も同じように、説明役で呼び出されそうになった。単位を落としたくないので断ったら、教師から「手伝っておいで、評価単位つけるから」と言われて押し出されてしまった。ちなみに兵站科だ。この科はゆるゆるである。
午後の研究科ではさすがに呼び出されることもなかった。
ただし、金の日の午後、授業の手伝いをするために戦士科の準備をしていると、こちらも合同授業と称して他のクラスがやってきて、結局説明役に駆り出されてしまった。
週末の土の日、シウは商人ギルドに行った。
遅くなったが特許の申請に来たのだ。
「やあやあ、シウ君!」
案内された部屋で待っているとギルド長のフェリクスが入ってきた。ついでザフィロとカタリーナも入ってくる。
「今日も申請してくださるとか。いやはや、本当に有り難い。どうだろう、ぜひ今度、商人同士の会合があるのだが参加してみませんかな」
「ええと、お断りします……」
「ギルド長、だめですよ」
ザフィロに注意されて、フェリクスは残念そうにがくっと肩を落としていた。
「やっぱり無理か。ギルド会員から、ぜひ誘っておいてほしいと頼まれていたのだが」
「すみません」
「いや、まあ、しようがない。それに君は特許申請のみで、自ら商取引に乗り出すわけではないからね。これ以上は強引に誘えないか」
ふうと大きな溜息を吐いて、フェリクスは部屋を出て行こうとした。が、途中でアッと声を上げて振り返る。
「そういえば、そろばんだったかね? あれは素晴らしい。わたしも使っているが、とても良いよ。本当に助かっている」
「そう言われると嬉しいです」
「ではな。もし気が変わったら、連絡してくれたまえ」
そう言って今度こそ本当に出て行った。
「悪いね、シウ君」
「いえ。商人の方って情報を大切にするそうで。先日、冒険者ギルドの仕事で王都内の護衛を受けたんですが、その時にも商人さんたちに捕まってしまいました」
「ああ、商取引の護衛だったんだね。それは大変だっただろう」
ザフィロが笑う。
カタリーナも苦笑しつつ、書類をテーブルに広げた。
「商機を取り逃がさないのが良い商人ですからね」
目をきらりと輝かせる。
「さて、本日はどのような特許になるのかしら」
「君、目が怖いよ」
「あら、ザフィロ、あなたそんな口を利いていいのかしら」
「すみません!」
カタリーナの方が先輩らしい。
ところで、ザフィロは折衝担当だとかで普段は挨拶しかしないのだが、とシウが視線を向けると。
「個人的なことなんだけどね。君にも報告をと思って」
恥ずかしそうに頭を掻いて、ザフィロは目を伏せる。どうしたのだろうと思っていたらカタリーナが笑う。
「ふふふ。シウ君に対して照れてどうするの。あのね、彼、ようやく結婚の申し込みを受けてもらったそうなの」
「えっ、じゃあ、クロエさんと結婚?」
「うん、そうなんだ。君にもほら、付き合うきっかけになったというか」
「去年いろいろあったもんね」
もう一年になるのだ。誕生祭の時には本当にお世話になった。
「そっかあ。結婚するんだあ。おめでとうございます。……なんだか最近、僕の周りは結婚づいているなあ」
「え、他にも誰か結婚したの?」
というので、カタリーナもわくわく顔だったから、ベルヘルトとエドラの恋物語を話して聞かせた。
肝心の特許は、保温鍋、保温皿などですんなりと受理された。ちまちま申請しているので、まとめてやった方がいいのかと相談したが、思いついたものがあればすぐさま申請してほしいと前のめりになって言われたので、やや引きつつも了承した。
ザフィロとクロエの結婚式はまだ先になるとのことで、その時には招待してくれるそうだ。
「あ、だけど、僕、ロワルにいるのは今年いっぱいなんだ」
「え?」
「来年はラトリシアに行くことになると思うんだよね」
「あっ、まさか、シーカー魔法学院に?」
「たぶん。今年卒業できたら、だけど」
「うわあ! すごいなっ」
「本当に、なんてことなの。シウ君、まだ一年生よね?」
二人して大騒ぎになった。
「じゃあ、それまでに結婚式をしよう! クロエにも言っておくよ」
「あら、そんなこと言って早めようって魂胆ね? 古式ゆかしく婚約期間を設けようだなんて言われたんでしょう? ふふふ」
カタリーナにからかわれて、ザフィロは顔を赤くしていた。
「いやあ、でも、別に早めても良いって言っていたしね」
「それをやせ我慢して、婚約期間を作るって言ったのよね? で、後悔してたんだから。まだまだねえ、ザフィロは。折衝担当になって何年になるの」
「商売上の折衝と、女性とは違いますよ」
ちぇ、と拗ねるザフィロに、カタリーナが追い打ちをかけた。
「そんなこと言ってるからダメなのよ。女性相手にこそ発揮しなきゃ」
そこでシウにウインクして見せる。彼女は深い笑みを見せて、ザフィロに言い聞かせた。
「ちょうど良い材料もできたことだし、腕の見せ所ね? シウ君にこそ参加してもらわないとダメなんだから、彼がロワルを出ていく前に式は挙げなきゃだめよ」
「は、はいっ!」
ガッツポーズをしたザフィロに、カタリーナは楽しげに頷いた。
「……これ、僕も頑張らないとダメってことだよね?」
「あら、どうして?」
「結婚式の前倒しが決まったのに、僕が卒業できなくて来年もロワルにいたら、なんとも微妙なことになるじゃない」
「あら、そうね。じゃ、二人とも頑張りなさい!」
バンと背中を叩かれてしまった。もちろん、ザフィロもだ。
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