267 新たな講座、古代遺跡研究
困ったねえと、アラリコが思案する。
「召喚と治癒の先生方は初年度生徒は取りたくないと仰っていたし」
「研究科だとどこが空いてますか」
「古代語魔術式解析なら大丈夫だが」
「あ、そこは来年あたりにしておきます」
カスパルより先に入ったら、拗ねられそうな気がして断った。アラリコにも思うところはあったのか、苦笑していた。
「新魔術式開発は、子供は欲しくないと言われたし」
すごい断り文句だったのだなと、アラリコの発言を聞いて笑った。
意外と年齢によって許可されないものらしい。
史上最年少で入ったと言われている生徒は、どうやって学んだのだろう。確か数年で卒業したという天才だったはずだが。
「遺跡なんて興味ないだろうしね……」
「遺跡!」
「おや? 興味あるかね? あんな少数派の研究室」
「それは古代遺跡研究ですか?」
「そうだが。では、入ってみるかね? 来る者拒まずだよ、あそこは」
「入ります」
面白そうな気配がして、頷いた。
アラリコは更に書類をめくって、幾つか提案してきた。
「あとは、そうだね、魔獣魔物生態研究、人体研究、複数属性術式開発などの研究室なら入れるだろう」
「うーん。じゃあ、魔獣魔物生態研究と複数属性術式開発でお願いします」
「そうかね。人体研究は嫌かい?」
「嫌というか、苦手です」
前世でのつらい記憶が蘇るので、いわゆる外科的な意味での医療内容に携われる自信がないのだ。
体が弱かった分、人体の構造については知っていたが、だからといってそれを生かせる心の強さはシウにはなかった。
「君にも苦手なものがあるのだね」
ふうん、と面白そうにシウを見て、それから肩を竦めた。
「では、そちらの研究科と合わせて、全部で三つか。どれも空いているそうだから、時間割を決めようか。今ここで決めてくれると話が早くて助かるのだがね」
「はい」
アラリコは思い立ったら即行動タイプのようだ。
合理的に動くことが好きなシウとしては親近感を覚えつつ、すみやかに時間割を埋めていった。
早速、古代遺跡研究科が火の日の一時限と二時限目にあるので、行ってみることにした。
アラリコから紹介状がてらの書類も渡されたので、自分で持っていく。
五の棟の三階渡り廊下から研究棟へ行けるのだが、地面に降り立って歩いて行った。
せっかく森のようにして木々を配置し、美しく整えているのだからどんな感じにしているのか目で見てみたかった。渡り廊下だと、景色が切り取られて見えるので面白くない。
歩いているといろいろ計算されて作られていることが分かった。
雨の多い土地だからだろう、地面は雨水が溜まらないような工夫があちこちになされている。人が歩く通路には丸みを持たせて固めているようだ。こうすると水は自然と端に流れていくので通路に水が溜まらない。
排水性の高い細かい砂や砂利を使っているし、探知してみると側溝の途中に雨水桝を設けている。
木々も美しく配置され、庭師が丁寧な仕事をしているのが窺えた。
春になると小鳥たちもやってくるのだろう。小さな鳥小屋も設置されていた。
花壇もあって、地面を歩いていくのも良い気分転換になる。
そうして歩くうちに研究棟へ到着した。もちろん、一階からでも入ることができる。
研究棟は実験棟と並び、V字型で建っている。東側が研究棟で、西側が実験棟だ。
右側に入り、二階へ上がって一番奥の部屋が古代遺跡研究科だった。
ちょうど手前の控え室から教師が出てきたので、挨拶して書類を渡した。
男性教諭は手紙の内容を読んでから、慌ててシウを見下ろして、それからまた手紙を読み直した。
「えーと? えっ、え? 本当に?」
またシウを見て、びっくりしたように目を見開いた。
そんなに驚かなくても、と思ったが、どうも相当不人気の講座らしい。
先生もちょっと残念な感じだ。
「いやあ、そうか! 入ってくれるのか! やあやあ、よろしく! じゃあ、早速教室へ行こう!!」
手を取って引っ張って行かれた。
教室内には十人しかいなかった。しかも、その内の四人は護衛や従者のようだ。
数合わせのためか前の方に一緒になって座っている。
「皆さん! 今日から新しく生徒が入りました!!」
さあと背中を押された。先生のノリには付いていけないものがあるが、シウは皆の前で頭を下げ、きちんと挨拶した。
「シウ=アクィラと申します。冒険者で魔法使いの十三歳です。ロワル王立魔法学院から来ました。この学校には、世界一蔵書数が多いと言われる大図書館目当てで来ました。よろしくお願いします」
全員から、気持ち良く拍手して迎えてもらった。
「ささ、どうぞ座って。僕はアルベリク=レクセル。レクセル伯爵の、あー、第一子なんだけどね! 放蕩息子なんだ。あ、二十五歳だよ」
いかにも探究熱心な学者タイプの先生だった。まだ若いのに教師に抜擢されるのはすごいが、跡取り息子がこれで良いのだろうか。
「前任の先生が遺跡から帰ってこないので、急遽講師の僕が教えることになったんだ。でもこのメンバーでの授業は慣れているから、大丈夫だよ」
「はあ」
「先生ー、そんな風に言われると余計に不安ですー」
女性が手を挙げて注意した。どこか、親しみを感じる物言いだった。年齢も若いので、友達先生といった感じなのだろう。
アルベリクは、そんなあ! と情けない声を出しつつ、順番に紹介していくよう告げた。
クラスのリーダーは二十一歳の青年で、フロラン=レヴェーン。男爵の第二子で鑑定魔法がレベル三ある。他にも幾つかあって、相変わらずシーカー魔法学院のすごさが分かる。
アルベリクからして、鑑定魔法がレベル四あるのだ。更に金と土と無属性魔法がそれぞれレベル二あった。
他には、リオラルという青年も二十一歳、アラバとトルカという女性は二人とも二十歳で友達のようだ。
獣人のレーゲンのミルトとクラフトも共に二十歳で、クラフト以外は生徒たちは鑑定魔法持ちだった。クラフトはどうも従者兼用で来ているようだ。
ところで、この獣人なのだが、鑑定したらミルトは狼と犬のハーフのようだった。犬の獣人には会ってみたかったので嬉しい。もちろん、失礼になるのは分かっているから耳や尻尾を触らせてほしいなんて口が裂けても言うつもりはないが、ちょっぴり気にはなった。
挨拶が終わった頃に、違和感を覚えた。
あ、誰かが鑑定を掛けたな、と分かってそちらを向く。
フロランと、後ろからはアルベリクだ。同じく鑑定魔法がレベル四あるミルトは使っていないので、性格の問題らしい。
困ったような顔をしていたらしく、ミルトがシウの顔を見てから、アッと声を上げて立ち上がった。優しそうな風貌が一瞬で変わった。
「先生、それにフロランも! 鑑定かけただろ!」
「いやあ、だって」
「つい、癖で」
「鑑定されたくない奴だっているんだ! そう話しただろ!」
「それは獣人たちの場合だろう?」
まあまあと穏やかな声でアルベリクが反論していた。フロランは悪びれもせずのほほんとして笑っている。
まあ、人間同士なら、鑑定魔法持ちに見られてしまうことは多々あるので、あまり気にしない。気にするのはむしろ見られて困るような「悪」の側だと受け取る場合もあった。
「それでもだ! 人間だって妨害用の魔道具を持つ奴だっているんだからな」
「はーい」
二人とも反省はしていないようだった。
シウは苦笑しつつ、ミルトにお礼を言った。
「ありがとう」
ミルトはびっくりしてシウをまじまじと見て、それから少し顔を赤くしてから席に座った。その横でクラフトが不思議そうにシウを見上げていた。
「でもさあ、鑑定しても妨害されたよ」
「すごいよね。あんなに綺麗に妨害? されたの初めてだ」
「遺跡並?」
「そう、そうなんだよ!」
二人が興奮して話し始めたので他の面々も興味津々で話に加わり始めた。
ああだこうだと話し合い、答えが出たところで代表してフロランから質問された。
「もしかして、古代魔道具持ってる?」
目が輝いているところ大変申し訳ないが、そうしたところで嘘をついても仕方ないので、シウは残念そうに頭を振った。
「えーっ」
やっぱり研究科というのは多かれ少なかれ、変人が集まるのだろうか。
物事の全てを、そちらに持っていくところが面白い。
その後、じゃあどうして妨害できたのか、というところを追求されなかったのだから。
彼等は遺跡にある、妨害魔法について語り始め、授業なのかマニアの会話なのか分からないような内容が二時限目まで続いたのだった。
それでも古代遺跡に関する話は面白そうで、発掘に出かけて帰って来なくなった教授の気持ちも少し分かった気がした。
今後、楽しくなりそうな授業だというのが、シウの第一印象だった。
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