268 魔術理論と魔獣魔物生態の授業
次は魔術基本理論の授業だ。
愚痴の多い先生なので、遅れるとまずいから渡り廊下を走って戻った。
ギリギリ間に合って席に座ると、相変わらず文句を言いながら教室に入ってきて、授業を始めた。今日はまともな内容かなと思ったが、何度か脱線してしまった。
ロワルの魔術理論を物知らずの田舎者レベルだと断じていたが、さほど変わらないレベルでどうかと思う内容ではあった。
と言うのも、古代語を勉強していたら、自然と古代魔術式も覚えると思うのだ。そして、そちらの方がより魔術式としては整えられている。詠唱句が少ないのもその理由のひとつだ。また、きちんとしたイメージが出来上がっているからこそ早く魔法にできる。
元々の考え自体がしっかりしていないと、なかなか魔法に乗せられない。
その元々の考え方が、現代の魔術理論ではちょっと追いつけていないのだ。
古代語を勉強していたらこのあたりは補完されると、ある学者の研究書物に書いてあったが、シウも同感である。
シウには、前世の記憶があって、科学や化学などの知識がある程度あり、更に目で見て感じたこともたくさんあったからイメージ力はこの世界の誰よりしっかりしているだろう。
それで詠唱無しでも素早く固まるし、即魔法に乗せることができる。魔力が無駄なく使えるのもそうしたためだ。
ただ、曖昧に火が付くと考えても、火は付くだろうがそれに要する魔力量は膨大となる。ようは魔力の無駄遣いである。
こうしたことを、古代の熟成された魔術式が頭にあれば、多少なりともマシになる。
栄耀栄華を極め、技術も芸術も何もかもが熟成しきった古代の世界が、どういう理由で綺麗さっぱり消え去ったのか分からないが、少なくとも今の時代よりは遙かに色々な物事が進んでいた。
だからこそアーティファクトと呼ばれるほどの技術の高い魔道具も存在するのだ。
そうした古代の世界から物事を学ぶのも大事なことだと思うのだが、現代魔術理論に浸りきっている先生は考えにも及ばないらしい。
最後まで、火は点火と唱えれば付くものだと言い切っていた。
それで付いてしまう火も火だが、そのへん、魔法なので仕方ないのかと思っている。
ただ、良い仕組みではある。
曖昧な考えのせいで、無駄な魔力量を使うため、脳内でイメージしたことがそのまま魔法として移行しないのが「安全」だからだ。
思っただけで魔法に乗ってしまったら、怖い。
どこかにストッパーが必要なのだと思う。
シウは性善説派ではないので、どうしても、人を信じきれない。どこかで壊れる可能性だってあるのだ。
そんな壊れた人の行動に、魔法がついてきたらどうなることか。
魔人や魔獣が、そうだ。
彼等は心の思うままに魔法を駆使し、全てを殺す。
そこまで考えて、シウは古代の世界を想像した。
案外、それが理由なのかもしれないと、考えたのだ。
古代の一世界を築いたオーガスタ帝国が滅亡したのは、便利になりすぎた魔法のせいかもしれない。
悪の本質のままに魔法が行使されたなら、人は呆気なく死んでしまう。
シウのような偏った魔法しか使えない人間でも、やろうと思えば都市ひとつ壊すぐらい訳ないのだ。
だから、この世界を長く平和に続けたいのなら、人の教育こそが一番大事なのだろうと思った。
そうした意味でなら、今の魔術基本理論の授業は良いのかもしれない。
逆説的に、そう考えてしまった。
午後は魔獣魔物生態研究で、研究棟へとトンボ返りになった。
今度は一階だ。
昼ご飯のお弁当を持って早めに来てみたら、同じように教室で食べている生徒たちがいた。
声を掛けたら、どうぞとにこやかに出迎えてくれたので、一緒に食べることにした。
興味津々でお弁当の中身を覗かれたので、多めに作っていたからどうぞと勧めたら遠慮せずに皆に取られてしまった。
意外に好評で、お米普及活動がここでもできそうだ。
そうして和気藹々としていたら、次々と生徒たちがやってきた。
中にはアロンソとウスターシュもいた。
「あれ、シウじゃないか!」
「君もこの授業取ることにしたの」
「……でも一年生だよね。よく研究科取れたね」
との言葉で、お昼ご飯を一緒にしていた生徒たちからびっくりして見つめられた。
「君、一年だったのか」
「道理で小さいと思った」
「俺は小人族だとばかり……」
「おい」
若干失礼な言動もあったが、シウは反論しなかった。
教師はまたしても貴族出身者で、バルトロメ=ソランダリという男性だった。こちらも若く二十八歳だ。アルベリクと同様に領地持ちの伯爵家だ。こちらは第四子で、後継ぎではないらしい。
バルトロメも気さくなタイプの教師で、貴族とは思えないフレンドリーさだった。
「あ、君かあ。もう他の生徒と仲良くなったんだね。良かったよ。異例の一年生だから、苛められたらどうしようかと思った」
「先生、ひどいよ。俺たち苛めないって」
「えー。だって優秀すぎると先輩方に苛められるのが、普通なんだけどなあ」
「バルトロメ先生、それ、自分のことだったりします?」
「あはは!」
「否定しないんですかー」
とまあ、仲良く授業が始まった。
最初のうちは座学がほとんどで、教科書を片手に進むそうだ。
とはいえ、脱線がたびたびあった。
ただし、魔術基本理論の授業とは違って、面白くてためになる話がほとんどだ。
書物にはない魔獣の生態について語ってくれる。
そういった知識はどこから得てくるのだろうと不思議に思って、シウは初めて手を挙げて質問してみた。
「先生、本には載っていないような知識ばかりですけど、どこで調べられたんですか」
「おっ、なかなか鋭い質問だね。ということは、つまり君はここの魔獣関連本は読んだってことだ?」
「たぶん、おおむね読んだつもり、です」
おおーっと生徒たちからざわめきが立った。
「ふむ。君は大変勉強熱心なようだ。良い生徒が入って、僕も嬉しいよ。さて、質問の答えだが」
バルトロメは人差し指を立てた。
「まず、我がソランダリ領は惑わしの森を有する広大な田舎の土地だ」
次に中指も立てて、二本を示す。
「当然ながら魔獣魔物はわんさかと存在する。よって伯爵家としては私兵を多く抱えることになるが、もちろんそれだけでは追いつかない。専門の魔法使い、そして冒険者が必要だ」
更に薬指を立てた。
「森に詳しい者を、屋敷へ招いて講義を受けることも多い。我が領は昔からそうした人々を敬ってきた。その知識が、僕には備わっているんだよ」
あれ、もしかしてと、あることに思い至った。
「それは、獣人族や、狩人のことですか?」
バルトロメは三本指を立てたまま、唖然としてシウを見た。
「……君、狩人を知っているの」
呟かれたので、シウは頷いてから、胸に拳を当てた。本来はいただきますのサインだが狩人同士が山で会った時にすることもある。
バルトロメはその仕草も知っていたらしく、更に目を瞠った。
「……びっくりしたー! 君、狩人と会ったことあるんだね」
「はい。爺様がイオタ山脈で樵をしていて、よく寄ってくれたんです。狩りの仕方も彼等に習いました。薬草を交換し合ったり、家に泊めることも多かったです」
「へえ! それはすごい。じゃあ、魔獣についても話を聞いたりしたんだね」
「爺様の方が詳しかったと思うんですけど、もう亡くなったので。僕は狩りの方法ぐらいです、教えてもらったのは」
爺様が亡くなったと言った時は痛ましそうな視線になった。
「そう。お亡くなりになったんだねえ。それにしても狩りを教わるなんてすごいよ。彼等は余程の事がない限り、教えてくれないからね」
すると、他の生徒が質問してきた。
「でも先生の家には招かれて、話をしてくれるんですよね?」
「うん、そうなんだ。実は大昔にね、怪我を負った彼等の娘を、うちのご先祖様が助けたことがあってね。しかも、治療しているうちに恋仲となって、正妻として娶ったんだ。しかも妾を設けなかったものだから、彼等一族から認められてね。それ以来、事あるごとに助け合っているというわけさ」
「わあ、素敵な話」
女子生徒の誰かがきゃーと声を上げていた。
「素敵だろ? しかも、ご先祖様が妾を作るなって遺言を残してね。おかげで、代々の妻たちはたくさん子供を産まなくてはならないから大変だ。というわけで、多産の家から嫁に来てもらうことが義務付けられているんだ」
「うわあ、急に現実的になった」
生徒たちが笑い出した。
「でも、その代わり、貴族じゃなくても良いってことになってるから、嫁さがしは案外楽なんだよ。まあ、平民だといろいろ手続きしてってことになるけどね」
肩を竦める。貴族の中では型破りなところらしい。
「というわけで、誰か多産の家のお嬢さんをご存知だったら紹介してね」
「やだあ!」
「先生ひどいよ。せっかくの良い話が、嫁さがしになるなんてさ」
「だって、この学校で教師をやるのも、若くて強い魔法使いで多産系のお嫁さん探しをするからってことで許してもらったんだから」
パチンとウインクして、バルトロメは爽やかな笑顔を見せた。
どこまで本当なのか分からないが、授業が楽しいものなのは分かった。
フェレスも、同じ希少獣がいて待っている間楽しそうだし、この科を選択したのは良かった。
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