269 複数属性術式開発
水の日は朝から生産の授業で、本当は二時限目からだったが、一時限目の時間に教室を覗いたら数人が来ていて作業していたので、一緒に参加した。
時間が空いていれば勝手に来て作業していいそうだ。
この日は魔法による生産についての座学が主だったが、楽しかった。
シウのやってきたことは間違っていなかったと分かったし、一度基本を押さえると魔法で簡略化できることは良いことだと後押しされた。
魔法を使う生産技術は、時に本職から紛い物と呼ばれることもあるので、肯定されると嬉しい。
ドワーフでもあり本職でもあるレグロだが、そのへんにこだわりはないようだった。
結果が良ければいいのだと何度も言っていた。
実際、本職だろうが魔法を使えれば、それを便利に使う。魔力量の違いで、どこまで使用するかが違ってくるだけだから、それを規制するのはおかしい。そんな風にシウたちに教えてくれた。
ずっと座学だけだとつまらないだろうと、三時限目の半ば頃にはちょっとした技術を披露してくれたり、授業を飽きさせないようにする内容だった。
これも取得して良かった講座だ。
フェレスも、庭が近いので外に出て遊べるのが良い。飽きたら教室の後方に戻って寝転んでいるし、遊んでほしい時は護衛や従者の誰かに尻尾で合図して相手をしてもらっていた。彼等も珍しい騎獣に顔を綻ばせて楽しんでいるようだった。
昼ご飯は食堂でお弁当を広げた。
ディーノに勧めると喜んで食べる。どうやら食堂の味に飽きたらしい。ラトリシアの料理がほとんどなので、たとえシウのお弁当がシュタイバーンのものでなくとも目新しくて良かったようだ。
相変わらず、クレールもカスパルも食堂では見かけない。やはり食堂のサロンではなく、別棟にある貴族専用サロンに足を運んでいるようだった。
午後は複数属性術式開発の授業で、研究コースになるのだが教室は三の棟にあるので本校舎内を移動するだけだ。
研究と言っても、座学が主となる。
教室に入るとまばらに生徒たちが座っていた。
待っていたら先生がやってきて、シウを見付けると手で招いた。
「新しく参加する生徒だ。まだ一年生だが、優秀な生徒らしいので皆も負けないように頑張りなさい」
淡々と紹介された。
皆に挨拶すると拍手してもらったが、どこかおとなしい。
それぞれに簡単な挨拶をしてくれたのだが、どうも生真面目なタイプが多いクラスのようだった。
先生はトリスタン=ウーリヒという五十四歳の男性で男爵位を持っている。複数属性術式の授業を扱うだけあって、基礎属性の全てを持っており、それぞれレベル三もある。
生徒たちのほとんどが基礎属性を幾つも持っていて、反対に固有の個別魔法を持っている者はいなかった。
トリスタンのように全属性持ちでかつレベル三もあるというのは生徒にはなく、大抵バラバラのレベルだった。ただ、魔力量と違ってスキルは増やしたりレベル上げできるので今後増える可能性は高い。
トリスタンもレベル三ずつあるということは、意図して伸ばしたのだろうと想像できた。
一通り挨拶が終わると、トリスタンから名指しされた。
「シウ君、立って」
「はい」
「この研究クラスでは複数属性を使った術式を編み出すのだが、その大前提として幾つか使ってもらう必要がある。そうでないと開発もできないのでね」
「はい」
「何か、できそうなものはあるかね?」
してみせろということらしい。
シウは少し考えて、見た目に分かり易い小さなつむじ風を起こしてみせた。念のため、紙を細かく千切ってから、つむじ風に投げ込んでみる。
「わ、丁寧な風魔法!」
「小さいな。魔力量が少ないのか?」
「でも、これじゃあ風属性ひとつだろ?」
小さく囁く声がした。これではダメらしい。一応風属性を二つ重ねて使っているのだが。
となると、もう少し複雑な方が良いのかと考えて、次の魔法に移った。
人差し指を立てて、その上十センチのところで光を明滅させたのだ。これは闇と光と無属性のレベル二を必要とする。
「なんだ、ただの光属性か」
またしてもダメだったようだ。
仕方なく、もう少し分かり易いものを選んだ。
結界を張って、その中で強めのつむじ風を起こした。これだと見た目にも派手で分かり易いだろう。
先生の横の空いてる空間を、指差して(あくまでもパフォーマンスとして)四角く結界を張った。その中で風が巻き起こる。紙は入れていないが、強烈に強い風だったので空気の流れが分かった。埃も一緒に舞い上がり、目が回りそうな勢いだ。
今度は大丈夫かなと思って振り返ると、生徒たちが皆、シンとしてしまっていた。
「あの……これもダメですか?」
これ以上だと、今ここで使うには困るようなものばかりしか思いつかない。
困ったなあと頭を掻いたら、トリスタンがゴホンと咳払いした。
前を向くと、先生の横のまだ動いている空間を指差して、消すよう促された。
やっぱりダメだったのだと思って、急いで魔法を消去してしょんぼりと席に座った。
そのまま頭を抱えたくなったが、トリスタンに呼ばれて顔を上げた。
「シウ君、これをどこで教えてもらったのかね?」
「え?」
「書物にはないだろう? 君には師匠がいるのではないだろうか」
「……いえ、あの、いないです」
「なに?」
その勢いに、怒られてるのだと感じてシウは慌てた。
「あの、そんなにダメだったんですか? ロワルでは、こうした複合技で魔道具を作っていたんですけど、問題があるんでしょうか」
もしそうなら全てやり直さなくてはならない。
そう思ったのだが。
「魔道具……ああ! そうか、君かっ!」
「は?」
トリスタンはカツカツ音を立ててシウの前まで小走りにやってくると、がしっと肩を掴んで揺さぶった。隣で寝ていたフェレスがちろっと顔を上げて様子を見ている。殺気は感じられないが、もし手を出すようなら、といった表情だ。
「通信魔道具を作ったのは、君かっ!!」
「あ、はい、あの」
思わず、すみませんと謝りたくなる勢いだ。しかし、謝らなくても良かった。
「素晴らしい! ぜひ、あの製作者に会ってみたかったのだ」
「……はあ?」
「さっきの複数属性を合わせた術式も素晴らしかった!! あまりに素晴らしくて止められなかったが、ああ、なんてことだ」
「あのぅ」
「そういえば、さっき、ダメなのかと聞いていたね?」
「はい。だってみんなあまり良いように仰ってなかったし、先生の顔も怖かったので」
「む」
トリスタンは慌ててシウの肩から手を下ろして、自分の顔を撫でた。いや、ごしごし擦り、更には指で頬をつまんで引っ張っている。
なんだ、このおかしな人は、と思ってみていたら、いかにも無理やり笑いましたといった顔でトリスタンがシウを見下ろしてきた。
「生徒たちは、理解が追い付いていなかっただけだ。わたしの顔が怖いのは元々なので諦めてくれたまえ」
「はあ」
「ダメなところなど何ひとつない。素晴らしいよ!!」
そう言うと、また前に戻り、教卓の上から皆を見回した。
「先ほどの魔法を説明しよう。まず最初の風属性魔法だが、あれは風属性を二つ掛け合わせて作っている。レベル二ぐらいだろうか?」
「あ、はい」
返事をしたら、トリスタンは満足そうに頷いた。
「丁寧で上手な使い方だ。魔力量もさほど使用していないだろう」
今度は黙って頷いた。トリスタンが返事を求めているように思えなかったからだ。案の定、そのまま話し続けている。
「次に、点滅だが、君らはあれをただの光属性を灯らせただけと思っただろうが、そうではない。あれは継続して行うためのもので、遠くへの合図として行うにはとても理に適った、ただし難しい魔法なのだ。光属性だけで点滅させようとすれば一々、起動させねばならず、自らの思考も常に割かねばならない。が、シウ君のは光と闇とたぶん無属性もだね? それを継続的に繰り返し行わせたのだ。それにより一度起動させたらそのまま使え、魔力量もかからない。以前から言っている通り、魔力量は起動時に一番必要とするのだ。それを押さえるだけでもすごいことなのだよ」
それを一瞬で見抜いた先生もすごいと、シウは思った。
やはり世界一の学校は違う。
「最後のは言わずもがなだな。結界を基材なしで作り上げることもさることながら、強力な旋風を起こした。八から九ほどの属性を重ねあわせているはずだ」
「あ、七です」
「……信じられない。かなりの節約をしているのか」
「節約にはものすごく頭を使ってます。僕の信条として『常に節約』がありますし」
「おお!」
お互いに見えない握手をした瞬間だった。
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