270 楽しい授業と楽しくない授業




 トリスタンはその後、複数属性術式について熱く語ってくれた。

 鬼気迫る顔で話すので怖いのだが、気持ちは熱い男のようだった。

 四時限目はひたすら彼の話で終始した。

 続けて五時限目が始まると、生徒同士のディスカッションとなった。

 先生が褒めたせいもあって、シウの周囲に集まっての議論だ。

「どれぐらい複合技が使えるの?」

 聞いてきたのはクラスリーダーのアロンドラ=ファルンヴァリという女性で、十九歳の伯爵家第二子ということだった。本が好きらしく、従者に本を何冊も持たせている。

 そのうちの一冊を取り出してきて、開きながらの質問だった。

「数えたことがないから……」

「じゃあ、攻撃では何があるの?」

 ぐいぐい突っ込んでくる。シウは曖昧に笑った。

「攻撃はあまり、ないかなあ。生活魔法を考えるのが好きだし」

「生活魔法?」

 見下すような視線を感じた。魔法イコール攻撃だと考える人は多いので、それも仕方ないのだけれど、ちょっとだけ寂しい。

 そこに、オルセウス=アマナと名乗った男爵の第二子の青年が間に入ってくれた。

「アロンドラさん、生活魔法だって庶民には大事ですよ」

「そう? 国を守るのは攻撃魔法だと思うのだけれど」

 心底から思っているらしい。この国出身ならそう考えるのも仕方ないのかもしれない。

 二人が話している間に、エウルという青年がソッとシウに囁いた。

「ごめんね、シウ君。アロンドラさん、勉強好きなんだけど、たまに突っ走って周りが見えなくなる感じで。悪気はないんだ」

「うん。ありがとう」

「でも、君の複合技すごかったよ。僕ももっと安定して使いたいんだけど、机上の空論というのか、考えた術式を上手く起動させられないんだよね」

「調整するの難しいよね。訓練あるのみ、だと思う」

「シウ君も? だったら、僕もまだまだやれることあるなあ」

 二人でほのぼのとした会話を続けていたら、アロンドラが復活してきた。

「一番簡単だと思う複合技って何かしら?」

「浄化じゃないでしょうか」

「……浄化って、ただの水魔法ではないの?」

「使ったことはないんですか、って、あ、そうか。貴族の方はメイドや従者にさせるんでしたっけ」

「……よく知っているわね」

「知り合いの高位貴族の方が、そう仰っていたので」

 ふうん、と値踏みするように見られた。彼女は悪気はないのだろうが、良く言えば無邪気、悪く言えば思慮に欠けるところがある。言葉より、態度が雄弁に語っている。

 どうも先生の言葉が信じられず、シウのことを「変な子」だと思っているようだ。

 尋問とまではいかないものの、さっきからの質問にも不信感が籠っている。

「浄化は水と光属性それぞれレベル一で使えます。ただの水洗い程度にしかなりませんが。光を混ぜることで殺菌しているんです。洗濯物をして太陽に当てて干すのと、部屋干しでは匂いが全然違うんですけど、って、それも分かりませんよね。うーん、良い喩えが思いつかないなあ。僕、庶民なので、発想が違うんでしょうね」

 ということにして誤魔化した。

 彼女はまだ気にしていたようだが、エウルが手招いてくれたのでそちらへ行った。


 数人の生徒たちと集まって、術式をお互いに紙へ書いていく。

 エウルとその数人は庶民出身で、ディスカッションが始まるといつも集まるのだそうだ。

「他にも簡単なのってあるかな。浄化は使うんだけど、思いつかないや」

「回復や、無音があるね」

 答えると、お互いにどんなものになるか書き出していく。なんでもかんでも聞かないところが、良い。

 それぞれ答えを見せ合って、ああだこうだと詰めていくのも面白い。

「どう? こんな感じだと思うんだけど」

「うん、合ってる。って、僕が言うのもなんだけど、たぶんそれで使えると思うよ」

 そう言うと嬉しそうに笑った。

「回復は良いよね。使えると魔法使いには便利だ」

「光と水属性各レベル一で簡単な回復になるしね」

「え、そんなに少なくて良いんだ?」

「うん。健康な人が楽になるぐらい、かな。光が二、水が一で体力の回復になるよ」

「へえ。術式はこうかな」

「僕はこうやってるけど」

 見せ合いっこをしていると、他人の考え方も分かって良かった。

 なんでも簡略化して節約するシウのやり方も良いだろうが、他の人がどこで詰まっているのか知れると、魔法の考え方そのものが見えてくる。

 トリスタンも見回りに来て、あれこれとヒントを出したりして、楽しい授業だった。



 木の日の朝、ロッカーへ行くとまたしてもアラリコからの呼び出し状が入っていた。

 教室へ向かう道すがら執務室へ立ち寄ると、

「悪いね。よく考えたら授業で会うのだったな。忘れていたよ」

 と、笑われた。

 少し早いが教室へ一緒に行こうと言われて、歩きながら話を聞いた。

「専門科目のね、戦術戦士の担当教師が、やっぱり君に取得してほしいということなんだ。専門もある程度は取らないといけないのだし、受けてみないかね」

「……はあ」

「気乗りしないのは分かるが。なんなら、戦略指揮でも良いんだよ」

「あ、そっちは絶対に嫌です」

 ヒルデガルドとかち合いそうで、アラリコの言葉に被せるような勢いで断った。

 何か思うところがあるらしくアラリコは頬を緩ませて頷いた。

「なら、やはり、戦術戦士科を受講すべきだ」

 召喚術はスキルを持っていないので無理だし、他にない。

 仕方なく、了承した。

「はい。分かりました。えっと、どの時間が空いてますか」

「火の一時限と二時限目か、あるいは金の一時限と二時限目、土の四時限と五時限目だね」

「結構空いてますね」

「うん、だから人が欲しいわけだ」

「なるほど」

 シウのような子供でも、余っているなら欲しいのか。人集めって感じだなと脳内で考えつつ「金の日で」と答えた。

 これで火の日から金の日までほぼみっちり入った。金の日は二時限目が終わるとあとはないので午後からは完全に空き、そうなると土の日も完全休みなので週休三日半だ。

 週末いろいろやれそうだなと脳内計画を立てる。

 図書館にも行きたいし、計画メモだけが増えていった。



 この日の魔術基本理論の授業は休講となった。

 教室まで行っていきなりだったので、生徒たちでいろいろと噂し合っていた。

 暇になったので、シウは図書館へ足を運んだ。

 大図書館よりも更に地下があると思われる部分を重点的に歩いて、探知をかけていく。強力な結界がかかっているので、無理やり解除もできず、ちょっとずつの探知だ。

 こうしたことはシウの得意とするところで、全方位探索の魔法を編み出した時と状況が少し似ていた。

 魔法を細く細くしてゆっくり潜り込ませていくところなど、緻密な作業が必要だ。

 焦らずに少しずつ解析していき、その間は本を読んだりして過ごした。


 昼ご飯は相変わらず多めに作ったお弁当を持っていき、ディーノとコルネリオとで食べた。念のためパンも作って行ったのだが、ディーノはおにぎりだけ手を出して、パンはおやつにと袋に入れて持って行った。コルネリオはその場で全部食べ尽くしていた。


 午後の魔術式解析作成では、習得の遅い生徒と、早い生徒、それから勝手に暴走する生徒という組で分けられてしまった。

 何故かシウは最後の暴走組に入れられた。カスパルのせいだ。たぶん、お供扱いされている。というよりももしかすると暴走を止める役かもしれない。

 彼は一歩も二歩も先に進んでいるので、授業お構いなしで、解析した魔術式を古代語にするには、というようなお題を自分自身に課して好きなようにしていた。

 先生も匙を投げているのか、割と勝手にさせており、シウを猫の子をつまむように引っ張り上げると黙ってカスパルの横に連れて行き座らせていた。

 仕方なく、カスパルが熱中しすぎると止める、という役割をこなした。

 その合間に授業を聞くというスタイルだ。

 今のところ、授業内容は知っている事柄ばかりなので良い気分転換にはなった。

 稀に先生から「ここがポイント」というのを聞いていればいいだけなので、楽と言えば楽でもある。

 試験があっても満点を取る自信があった。





 翌日は嫌々、戦術戦士科の授業が行われるドーム体育館へ向かった。

 魔法使いのほとんどが受け身であり、後衛であるのに、なにゆえ戦士になるのか。それは戦士タイプの人間に魔力が備わっていたからだ。

 体育会系と言えば良いのか、暑苦しい人に多いのも特徴だ。

 良く言えば素直で単純、グラディウスのようなタイプ。

 悪く言えば直情的で脳筋、ケルビルのようなタイプ。

 ロワルの魔法学校で戦法戦術科の教師だったグランドなどはさっぱりした気性だったが、やっぱり暑苦しかった。人工地下迷宮を作る際にも本人が一番ノリノリだったくせに、計画書などは全部人任せだった。

 なんとなく嫌な予感がする。

 反対にフェレスは尻尾を振り振り楽しそうだ。

 まあ、何も考えていないだけだろう。

 シウは渡り廊下を歩きつつ、ゆっくりとドーム体育館へ向かった。

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