271 戦術戦士科




 ドーム体育館には中央部分の広い大部屋以外に、それを囲むように小部屋があって、今日はそのひとつに集合するらしい。

 ロッカーにアラリコからの指示書が入っていた。丁寧な地図付きで、下に「頑張りなさい」と几帳面な字で書かれてあった。初日のミーティングルームで見た汚い字とは全然違う。丁寧に書いてくれたのだろう。

 それが余計に物悲しい。

 大体、どう、頑張るのだろうか。

 はあ、と小さく溜息を吐いて部屋の扉を開けた。

 そしてすぐ閉めたくなった。

 いかにもな騎士然とした人が立っているのだ。ほとんどは護衛のようであったが。

 シウのような小さい子供は場違いみたいで、全員が怪訝そうに視線を向けてくる。

 中にはあからさまに強さを推し量ろうとしてか、値踏みする者もいた。

 あの視線が怖いのだ。

 本人にそのつもりはないのだろうが、上から下へと舐めるように眺める目付きは、まるで獲物を捕らえた魔獣のようだ。舌を出して涎を舐めないだけマシかもしれないけれど。

 相手の能力を推し量ろうとするのは良いことかもしれないが、平時にそれは止めてほしい。

 シウは知らんぷりを装って、そうっと部屋へ入ると、片隅に隠れるようにして座った。

 フェレスも同じように隣に座って、くわーっと大あくびだ。

 ひょっとしたらフェレスが一番の大物かもしれない。


 声を掛けられるでもなく、先生が来るのを待っていたら十分ぐらいしてようやく来てくれた。

 待っている間にフェレスの尻尾の毛を幾つも三つ編みしてしまった。

 ほどこうとしたらフェレスが嫌がったのでそのままにしたが、ちょっとおかしかった。

 そうしたくだらないことが楽しいぐらい、この部屋の中はピリリとしている。

「よし、全員集まっているな!」

 あ、やっぱりそういうタイプの先生だ。

 立ち上がって先生の前に向かいつつ、思った。他の生徒たちも前へと歩いてくる。自然と、彼等の視線がシウに突き刺さった。

 部屋の端では護衛たちが胡乱げに見ているし、もう嫌だなーこの空間、と溜息を噛み殺した。

「お、今日からだったな! 新しく仲間になった、シウ=アクィラだ。さあ、挨拶して!」

「はい。シウ=アクィラです。冒険者で魔法使いの十三歳です。ロワル王立魔法学院から来ました。ええと、一年です」

 頭を下げたら「あれ、やっぱり?」という声がした。

 顔を上げると、一人の生徒が近付いてきた。

「やあ。わたしはエドガール=リンドバリだ。同じ青緑のクラスなんだが、覚えているかい?」

「あー、えっと、そういえば?」

 いちいちクラスメイトにピンを付けていなかったので忘れていたが、こうして見ると見覚えがあった。最近は鑑定をしても右から左へ流しているので(特に目新しくないので)、脳内地図にも残していないのだ。

「遅れて入る生徒って珍しいんだよ。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」

「あー、シウよ、敬語は不要だ。ここでは、いや、この学校では年齢も種族も国も関係ない。実力だけが物を言うんだ。よって敬語は不要。気にするな」

 出た。先生はどうやら実力主義の人のようだ。

 シウは曖昧に笑って頷いた。


 エドガールとシウだけが初年度生徒で初めての参加となるが、他の生徒たちは上級生でありかつ二年目や三年目となるらしく、授業を同じように受けられるかどうか見極めたいと言われた。

 上級生たちも幾つかのグループに分かれて指導されるので、特に気にしないでいいと言われたが、一年生二人以外は皆、興味津々で見ている。

 レイナルドと名乗った教師は苦笑しつつ、邪魔にならないよう見学していなさいと指示していた。

「ではまず打ち合ってみようか」

「はい!」

 やる気満々である。エドガールは持参した剣をそのままスラリと抜いた。

 真剣でやるのかーと思いつつ、シウは腰帯から旋棍警棒を取り出した。

 レイナルドはチラッと視線を鋭くして見たものの、何も言わなかった。エドガールが少し困ったように笑っただけだ。たぶん、武器だとは思わなかったのだろう。実際、防具として使う人が大半だ。

 外野も静かになって、誰も何も言わない。フェレスだけがふにゃあーっと大あくびしていた。

「殺すのは禁止だ。それ以外は、どちらかが参ったと言うか、俺が負けと判断した場合だけで試合終了となる。良いな? では、始め!」

 良いな、と聞いたのにこちらの返事を待たずに開始の合図を出してしまった。

 なんて先生だろうと思いつつ、シウはエドガールを見た。

 彼は様子を見るらしく、間合いを計って観察していた。伯爵家の跡取りのようで、となると幼い頃から剣は習っているのだろう、格好だけ見ていると騎士になれそうな実力はありそうだ。

 鑑定の結果、魔力量が七十三もあって、更に水撃魔法がレベル四もある実力者だった。

 ところでこの部屋は結界が薄く張っているだけなのだが大丈夫なのだろうか。

 それともそうしたことも鑑みて行動しろ、というようなことか、よく分からない。

 一から十まで説明されないとダメというわけではないが、基本的なルールが分かっていないのでたまにこうして戸惑う。

 案外ザルなのかもしれず、特にレイナルドの性格を想像すると「適当」で「大雑把」という言葉が浮かんでくる。悩ましい。

 そうしたことをぼんやり考えていたら、レイナルドから叱咤が飛んできた。

「睨みあっててもしようがないんだぞ! さっさと動け!」

 仕方なく、シウの方から動いた。受ける方が楽なので、お互いに待っていたというところもある。

 先に動いたので、エドガールは緊張感を増して剣を構えた。

 真正面から向かい、剣で応じようとしたエドガールの足元を滑ってすり抜け、手を付いて反転したあと、飛び上がった。ちょうどそこにエドガールの剣が真横からブンッと音を立てて振り抜かれた。そのままだと真っ二つになっていただろう。いや、背が低いので首が飛んでいたかもしれないが。

 いいんだろうか、あれ。

 飛び上がって頭上を通り過ぎる時に足で相手の肩を蹴る。反動を使って彼から少し離れた場所に飛び降りると、また屈伸運動で威力を相殺しつつ、反転した。

 勢いついたエドガールがそのままシウの側へと剣を向けてきたが、旋棍をくるっと返して剣に添わせるように滑らせてガードを打った。

 痺れたらしく、一瞬の間ができたので、旋棍をその場所でくるりと回転させて持ち手に戻し、その勢いを利用して警棒を伸ばした。

 またエドガールの後方へ入り込むと同時に警棒を真横に引き抜く。エドガールの脇腹を打ったのだ。完全に倒れず、彼は踏ん張ったがどうしても脇腹の痛みに体が収縮したようだ。左足がガクッと数センチ落ちてしまった。

 それを見逃さずに彼の服を掴んで引っ張るように回した。これには踏ん張り切れず、エドガールの体は左側に傾いた。振り回しながらシウは流れに逆らわず更に回転を付けて反転し、回し蹴りの状態でエドガールの右わき腹にシウの右足膝をぶつけた。

「がっ、げ」

 そのまま引っ張り倒されたエドガールの上に飛び乗り、警棒で剣を持つ手を弾き、更に旋棍を持ち手をひっくり返して首に充てる。

 数十秒締めると落ちる、というところまで持って来るのに、大した時間はかからなかった。

「よし、終了だ! シウの勝ちだ」

 パンパンと手を叩き、終了の合図が出たので、すぐに旋棍を外した。

「げほっ、げっ、う、くっ、がはっ」

 少しの間とはいえ締めたので、喉がやられてしまったようだ。咳き込んで、涙目になっている。

 シウは慌ててエドガールを起こした。

 彼の従者は飛んで行った剣を取りに行っていた。


 様子を見ると、肋骨にひびが入っているようだったので、ポーションを渡した。

「えっ」

「ごめんね。もうちょっと寸止めできると思ってたんだけど」

「あ、いや、試合なのだから」

「これ中級薬だから治るよ。どうぞ」

「……すまない。では、いただこう」

 最初、微妙な顔をしていたが、エドガールは従者が止めるのも聞かずにその場で飲み干していた。

「……治った……? 治ったぞ、まさか」

「あ、治ってるね。良かったー。喉も大丈夫だよね? つい、オーク相手のつもりでやっちゃった。人間相手だと手加減がいるのにね」

 笑いかけると、エドガールの顔が引きつってしまった。


 やりとりを見ていた先生が、笑い出した。

「冒険者と名乗ったが、やはり本物の冒険者というわけか。このクラスの誰よりも実践慣れしているな!」

 よしよし、と座って様子を見ていたシウと、怪我のせいで座り込んだままのエドガールの頭を両方ぐりぐり撫でてきた。

「エドガールも剣捌きは見事だった。が、相手が悪かったな。途中、反動で剣を振り抜いたのも良くなかった。もし相手がシウでなければ死んでいたぞ?」

「あ、はい! すみませんでした」

「そのせいで、慌ててしまい、反応も遅れたのだろう。ただし、失敗は失敗だ。そうだな?」

「はい。わたしの完全な負けです」

「よし。客観的に自分を見られる人間は、伸びる。エドガールも上級生と一緒に取り組むといい」

 先生の言葉に、エドガールは晴れやかな顔になった。

 そして、シウに向き合った。

「さっきは危ないところだった。君が上手だったおかげで大事故にならずにすんだが、わたしの無能さで傷付けるところだった。申し訳ない。それなのに、ポーションまでもらった。本当にありがとう」

 頭を下げてきたので、シウもいえいえと手を振った。

 どうやら同級生とは上手くやれそうだ。

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