583 きちゃった! 聖獣様
シウが研究棟よりも向こう、寮に近い裏門近くの広場へ辿り着いた時には、すでに聖獣を囲む人の輪が分厚くなっていた。
掻き分け、すり抜け、やがて人々の足元を潜って行ったら、さすがにフェレスのような騎獣が横を通り抜けるので騒ぎになり、輪が乱れて道が開けた。
「おお、シウか!」
「シュヴィ……」
感覚転移で視てはいたが、なんとまあひとりでやってきたようだ。
「何やってるの?」
「いや、おぬし最近忙しいと言って来ないので、我から会いにきてやったのだ」
偉そうに胸を張られてしまったが、そこに威厳は感じられず、このままだと皆の聖獣ポエニクスに対する尊敬だとかがガラガラ音を立てて崩れ落ちそうな気がした。
仕方なく、黙って彼の腕を取り、引っ張って行った。
途中、ヴラスタとすれ違ったので、頭を下げた。
「すみません、騒がせて。責任もって首に縄を付けておきます」
「はっ!? お前っ、聖獣様に」
あ、そうか。言葉通りに受け取られてしまった。
シウは頭を掻いて苦笑いで否定した。
「いや、田舎のジョークなんです、冗談。本当に縄なんて付けませんよ。友達なのに」
「あ、そうか。……はっ!? 友達!?」
「とにかく、面倒見ますんで。この集まった人達をなんとか立ち入り禁止区域から連れ出してください。すみません」
後から応援も来るのでと伝えながら、腕を引いていたはずのシュヴィークザームがさくさく歩いていくので、シウは引っ張られながら振り返ってヴラスタに告げた。
彼はその場で立ち止まり、なんとも言い難い表情でシウを見送っていた。
本校舎に近付いてくると、飛んできたところを見ていない一般客や生徒達は不思議そうにシュヴィークザームを見るだけで、近付くことはなかった。
ただ、本能的に、真っ白い姿の人間は「聖なるもの」という意識があるせいか、あれ? まさかね? といった感じだ。
「服を着ていて良かったよ」
「我は露出狂ではないぞ」
「それ、カリンに聞きました?」
「うむ。おぬし、面白い言葉をよく吐くな」
案外と、他の聖獣とも仲良くしているようだ。
引きこもりのくせにと思ったが、今こうしてここにいることを考えると、そうでもないのかと考えを改める。
「ところで、ヴィンセント殿下に出て来ることを伝えてる? まさか勝手に来てないよね?」
顔を覗くと、そっと視線を外された。聞こえなかったフリをしたかったらしいのだが、真横なのでそれは無理だ。
とうとう、本校舎近く、丁度古代遺跡研究科の疑似遺跡発掘体験コーナーの前に到着した。
「あれ、シウ、当番だったか、い」
間の悪いことにアルベリクがいて、彼は領伯の後継ぎでもあるし教授でもあるため、冷静にすぐ判断できたようだ。
「聖獣様?」
上から下まで見て、それからハッとして、王族に対する第一級礼を取ろうとした。
「よいよい。我は王族ではない。ただの獣よ」
その割には偉そうなんだけどと思いながら、シウはアルベリクに小声で囁いた。
「おしのびを楽しみたいようです。ただの我儘なので、そういうのは要らないですよ」
「シウ~。それはちょっと」
まずいんじゃないのー、という目で見られたのものの、全く気にしていない様子のシュヴィークザームを見て諦めたようだった。肩を落として、姿勢を戻す。
「せめて、変装するぐらいしてほしかったけど」
「何故、我が変装するのだ」
「騒ぎになるもの。あー、後でヴィンセント殿下に怒られるんだろうなー」
「なに、我が庇ってやろう」
「何言ってるの、怒られるのはシュヴィだよ」
「む」
動きを止めて、一拍の間の後、それもそうかと納得するかのように頷いていた。相変わらずマイペースな人、いや聖獣である。
そうこうしているうちに本校舎内に入った。
そこでティベリオもようやく駆け付けてきた。ついでにどこかで拾って来たのか、オリヴェルも一緒だ。
「せ、聖獣様っ」
「おお、チビか。おぬしもシウと同じ学校であったな」
「は、はい。ところで、あの、空から落ちてきたと聞きましたが」
「む」
無表情だけれど、むっとしたのが分かる程度に目が動いた。
「我は鳥であるぞ。落ちたりなどするか、馬鹿モンが。そっと目立たず、裏門とやらに降り立ったのだ」
「は、あの、申し訳ありません」
「目立たずって、完全に目立ってるって。大体こっそり抜け出してきて、絶対にみんな心配しているよ。可哀想に、カレンさんがシュヴィの代わりに怒られるかもね」
「……カレンは里帰り中だ。怒られるはずもない」
「あ、だから、見張りがなかったんだ」
「そうだ。近衛の騎士どもに我の気配など読めるものか」
自慢げに胸を張ったところで、シウの冷たい視線に気付いて、ハッと我に返ったように姿勢を正した。
「……噂で聞いたのだ。シーカーで面白いことが行われていると。誰でも入場して良いと聞いたので、どうしても来てみたかったのだ。それにシウが王城へ来ないのが悪いのではないか。せっかく我の料理の腕前も上がったというのに」
「ようするに、寂しかったの?」
「む」
「でも、それならそうと、ちゃんと言っておかないと。無断で抜け出すのは良くないよ」
「我は聖獣ポエニクスだ。誰に何を断る必要があろうか」
「そのへんは僕は分かんないけどさ。ただ、大事に思ってくれてて、護衛なりなんなり付いてくれてるんでしょう? みんなも仕事なわけだし、心配かけちゃダメだよ」
「……我に護衛など必要はないのだが」
「気持ちの問題じゃない? 嫌なら嫌って言っておけばいいのに。勝手にしてるのだとしても、シュヴィだって顔見知りなんだしさ。一言断っておいても良いと思うよ」
傍で聞いていたオリヴェルも必死で頷いていた。
ティベリオは面白そうな顔をして、ひとつ頷くに留めたようだ。
それらを見て、周囲にどんどん集まってくる人垣をチラリと眺め、シュヴィークザームはしゅんとして俯いた。
「ま、反省したなら良いんだけどさ。一応、連絡入れておくね?」
告げると、隣りでオリヴェルが「兄上、怒るだろうなあ」と呟いていた。
ヴィンセントは、通信魔道具でも静かな怒りというのか無言の圧力を伝えてきた。シウからの報告を黙って聞いていたのに。
それでも、せっかく来たので案内しますねとシウが告げたら、大きな溜息を吐いた後、一言「よろしく頼む」と返してきた。大人の対応だ。
その場では怒るということもなく、シュヴィークザームに通信を代われ、と言い出すこともなかった。
通信を切ると、シュヴィークザームがおそるおそるシウの顔を伺うので、子供か! と突っ込みそうになってしまった。
「ヴィンセント殿下の了解は取ったし、見て回ろうか」
「いいのか?」
「いいよ。折角来たんだし。あ、ティベリオ、会長。午後の見回り当番ですけど――」
「シウは外しておくよ。手配はグルニカルに任せる。じゃあ、聖獣様のお相手は君に任せて良いかな?」
「はい」
「では、聖獣様、ごゆっくりお楽しみください。ただし、本日は一般客も沢山いらしてますのでご面倒なことがあるかと思います。くれぐれも、シウの指示通りにお願いいたします」
「……分かっておる」
ティベリオはにっこり微笑んで、礼儀正しく頭を下げ、颯爽と持ち場に戻って行った。
オリヴェルは残っている。
万が一を想定して王族にいてもらうことにしたのだ。
「じゃあ、どこ行こうか。ご飯は食べた?」
「まだ食べておらん」
と言うことで、オリヴェルを連れて自分の陣地、すわなち魔獣魔物生態研究科のブースへと連れて行ったのだった。
突然現れた王族と聖獣に、アロンソ達はぽかんとしていた。
「緊急事態って、こういうことだったんだね」
「うん。なんか、ごめんね?」
惚けているクラスメイトは使い物になりそうにないので、代わりにシウが注文を取った。
「うーむ、どれが良いだろう。ヴェル坊は、どれにするのだ?」
「わたしは、この野菜と岩猪の重ね焼き定食にしてみます。野菜の触感が面白いと書いてありますので興味がありますね」
岩猪の薄切り肉と野菜をミルフィーユ状態にしたもので、外側はパリッとしていて美味しいのだ。
シュヴィークザームは散々悩んだ末に、火鶏のスパイス揚げハンバーガーセットを頼んでいた。
特別に葡萄オレも出してやると、喜んで飲んでいた。
面白いのだが、シュヴィークザームが現れると、魔獣魔物生態研究科のメンバーが飼っている希少獣達がジーッと見つめており、食後に連れて行くと興味津々で遊んでほしそうにしたことだ。
恐れ多いという気持ちよりも、好き! という気持ちの方が強いらしい。
シュヴィークザーム自身も、可愛い子達だ、と頭を撫でたりしていた。
希少獣のトップに君臨すると言われているポエニクスなので、やはりどこか愛される要因のようなものがあるのだろう。
フェロモンかなと思って、近くによって匂いを嗅いでみたが、特にそうしたものは感じられなかった。変な目で見られたぐらいだ。
まあ、フェロモンがあったとしても、獣のように嗅覚は優れていないのでシウには分からないだろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます