584 文化祭の楽しみ方




 希少獣達と戯れた後、腹ごなしにと歩きながら教室を眺めて行く。

 オリヴェルがシウのクラスの話をしたせいで途中生産科にも寄った。

「おお、これは面白い!」

 展示物兼、実演機として置いてあった歩球板をあまりに熱心に見つめるものだから、先に並んでいた客人がシュヴィークザームにどうぞと渡してくれた。

 彼は遠慮なく受け取って中庭に作ったコースで遊び始めてしまった。

 客人に謝ったのはシウだ。お詫びにと蜂蜜玉をあげると喜んでいた。

「飛べるくせに、そういうの面白い?」

「うむ。王城の廊下で走らせてみたい」

 ダメでしょ、と内心で突っ込む。その横でオリヴェルが意見を口にした。

「競技用のものは安定感はないけれど、早いね」

「早さを追求すると、安定感はなくなるんだよ。構造上の問題で。それに、不安定な方が面白いんだ。人間の業だね」

「……若いのに、相変わらず妙なことを言う子だ」

 呆れた口調でシュヴィークザームに言われてしまった。


 次に行ったのは、食堂の外の庭だ。

 この時間はデザートを主に、出している。

「おお、あれは以前食べたことのある冷たいクリームだな!」

 いそいそ並んで買おうとしている。オリヴェルの従者が代わりに買いに行こうとしたが、オリヴェルと共にそれを止めた。

「ああいうのも楽しみのひとつだから」

 そう言うと、迷いながらも了解してくれた。

 食堂の料理人達は、他にパンケーキや、スイートポテトなども提供していた。食べやすいクレープは、シウがレシピを教えてあげたものだ。アレンジは料理長がしていた。

 テーブルで待っていると、シュヴィークザームがトレーに沢山乗せて戻ってきた。

「おぬし達の分もあるぞ」

 ふふんと、嬉しそうに言い放つ。お付きには食べやすいようにと考えたのか、小さなスイートポテトを、オリヴェルやシウにはソフトクリームを持ってきてくれた。

「フェレスはパンケーキが良かろう。クロとブランカは半分こにするが良い」

 ブランカはシュヴィークザームのソフトクリームを狙っていたようだが、

「む、これはいかん。腹を壊すぞ」

 と止められていた。

 それでもしつこくまとわりつくので、仕方なく少しだけ分け与えていた。もっとと欲しがるブランカの気を紛らわせるため、ポケットから自らの羽を取り出して片手で遊んでもくれた。


 次は、また本校舎内をぶらぶらだ。

 シウは見回りぐらいで中を詳しく見ることはなかったが、オリヴェルは意外とあちこち見たらしくて上手に説明している。

「あ、ここのクラスも面白いよ。シュヴィークザーム様、入っても良いですか?」

「うむ」

 そこは戦略指揮科のひとつでクレールのいるクラスだった。

「サハルネ先生の方か」

「シウは実行委員だから内容は知ってた?」

「大体は。ここのクレールとは同郷で、友人なんだ」

「ああ、そうなんだね」

 話していると、ちょうど当番でクレールが中にいてシウが来たことを喜んでくれた。

「やあ、シウ」

「お邪魔します」

「うん、大歓迎だよ。ええと、その――」

 シウの後ろの大物2人を見て少々戸惑ったらしいが、気にしないでと目配せしたら納得顔で承知してくれたようだ。

「ほう。模型か。緻密で、美しいな」

 有名な過去の決戦場跡を模型にしているのだが、話に聞いていたよりもずっと繊細な代物となっていた。凝り性の生徒がいるのだろう。森や川なども、本物に似せている。

「シュヴィークザーム様、こちらに面白い盤上遊戯があるんです。お好きでしたよね?」

「うむ」

「戦略用なので、一般的な物より難しいですが、どうですか?」

 と言うのはやってみませんか、という意味だ。

 その申し出に、シュヴィークザームは受けて立った。

 よし、と腕まくりをして盤が設置されているテーブルに近付き、座った。

 2人対戦なのでシウは横で見ていたが、なかなか白熱した面白い戦いとなっていた。陣取り合戦に個々での争いを混ぜたゲームで、陣取り部分が本筋で個々の争いが点数式のものとなっている。

 当然、本筋だけで終わらないので同時進行であちこちに争いが勃発する。兵站にも関わってくる、なかなか本格的なゲームだ。

 勝ち抜き戦もあったらしいが、もう終了したそうだ。

「そういえばニルソン先生の方は見てみた?」

 クレールに聞くと、苦笑で首を横に振られた。

「いや、わたしは行ってない」

「そっか。僕も書類申請の時と、見回りで外から見ただけなんだよね」

 過去の戦争を引き合いに出して、もし自分ならと仮定した戦略の立て方進め方を書き連ねたパネルが表示されているそうだ。生徒達の自信満々に書かれた書類を見て、ちょっと笑ってしまったのは内緒である。

「そういえばプルウィアさんが、敵情視察に行くって実行委員の腕章付けて突撃したらしいのだけどね」

「うわあ」

「追い返されたそうだよ。敵は入ってくるな、と言って」

「……ここまでくるともう喜劇だよね」

「まあ、シウぐらいだよ、そう言って呑気に笑ってるのは。プルウィアさんはぷりぷり怒っているし、このクラスの生徒も真似された内容があると言って先生に直談判してた」

「そうなの?」

「友人の友人に見に行ってもらったみたいだね。当初の予定と違って模型があったりしたそうだよ。申請時と違うって、プルウィアさんも実行委員の役員に報告したらしいね」

 ニルソンは、そのへんプライドがないらしい。

 それとも、客の入り具合を比べて、負けたと思って慌てて突貫したのかもしれないが。

「プルウィアもほっとけば良いのに。相手にするから腹が立つんだよ」

「シウはそのへん、達観してるね」

「争い事、嫌いだもん」

 相手しないですむなら、しない方が気楽だ。同じ土俵に立つ必要もない。

 もっとも、戦わざるをえない時には、当然勝つために全力で立ち向かうつもりだが。

 そんな話をしていたら、ゲームが終わったようだった。

「これを考えたのは誰だ?」

 シウ達のところへ歩いて来て、シュヴィークザームが質問してきた。

 他に当番の生徒がいないのでクレールが答える。

「サハルネ先生担当の、戦略指揮科クラス全員です。土台は、その、お恥ずかしいのですがわたしです」

「そうか。とても面白かったぞ。だが穴もまだあるな?」

「あ、はい。点数の数え方、枠外での出来事などですね」

「そう。そのあたりを改良して、製品にできたら、我が真っ先に買ってやろう」

「……えっ、本当ですか?」

「我は嘘は言わん」

 シュヴィークザームとしては最大の褒め言葉だと思う。耳打ちしたら、クレールは顔を真っ赤にして、それから破顔した。

「ありがとうございました! もう一度考え直して、製品化まで持っていきます! そうしましたら、ぜひ、献上させてください!」

「うむ」

 ひょろっと背の高いシュヴィークザームが上から目線で頷く。そんな対応でもクレールには嬉しかったらしく、赤い顔のまま頭を下げていた。

 なんとなく、時代劇ドラマの副将軍を思い出してしまった。


 このあたりで、夕方近くになっていた。

「終了時間まであまり時間がないけど、他に行ってみたいところある?」

「そうだのう。面白い見世物も、美味しい食事も楽しんだ。ふうむ。他におぬしらのお勧めはあるのか?」

 本校舎を歩いて移動する間に、オリヴェルのお勧めスポットも制覇したので彼からは意見が出てこなかった。

 シウは少し考えてから、ドーム体育館へ足を向けた。

「変な人がいるけど、気にしないでね」

 注釈を付けつつ、到着した。

 何故か人が沢山集まっている。いや、何故か、はないか。

 昨日の件で、冒険者などに話が伝わったらしく、関係者各位が集まってきたのだ。

「シーカーって魔法使いの学校だろ? なんでやたら強いんだ」

「誰もあの先生と生徒に勝てないのかよ」

「いや、モーアは生徒に勝ったそうだぜ」

「スピーリトのモーアか!? やっぱりすげえな」

 というより、2級の冒険者が本気を出して勝ちに行くところが、すごいのだと思う。

 さすがにリーダーのガンダルフォは参加しなかったようだが、冒険者の意地を賭けて? モーアが挑戦したらしい。

「あれは、なんだ?」

「あー、アスレチック、運動競技の設備、でしょうかね」

 ふうん、と興味があるのかないのか分からない返事をしながら、シュヴィークザームは参加型となってしまった身体能力を示すための設備類に目を向けている。

 まさかやりたいなんて言わないだろうなと思ったが、元引きこもりの彼が言うはずもなかった。

「あそこの、黒づくめの青年は、面白い動きをするな」

 指差したのはヴェネリオだ。シウの悪乗りが高じすぎて、忍者そのもののスタイルが標準装備になっている。

 今、彼は完全に忍者ルックだ。

「生徒であろう? 王族の諜報員に空きがあれば、すぐ入れそうだ」

「本当に、素晴らしい動きですね」

 諜報員やっぱりあるんだ。当たり前のように返事をしたオリヴェルに、シウはチラッと顔を向けた。

「後で声を掛けておきましょうか」

「そうだのう。それとなく、将来について聞いてみても良いのではないか?」

「はい」

 本気なのかと呆れつつ、決めるのは忍者、もといヴェネリオなので口を挟むことはしなかった。

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