585 文化祭の後片付け




 ドーム体育館の廊下を歩いて戻り、本校舎に辿り着いたと同時に鐘が鳴った。

「あ、文化祭終了だ」

「もうそのような時間か」

 名残惜しそうな声がシュヴィークザームから漏れて、彼なりに楽しんでくれたことが分かった。

「シュヴィはオリヴェルと一緒の馬車で帰ってね」

「うむ。では、それまではヴェル坊と共にいよう」

「シウは片付けだよね?」

「ううん、一般客の追い出し作業班なんだ」

「あ、そうなんだ」

 大変だなあという顔をされた。シウとは反対に、オリヴェルなどは免除されている。まあ、いくら平等と謳っていても、王族に片付けはさせられないというのが本音、建前として「護衛するのが大変なので」と早めに帰ってもらうことになっていた。

「差し入れ、しておくよ」

「ありがとう。シュヴィ、今日はいろいろ言ったけど、楽しんでくれて良かったよ。また近いうちに料理教室やろうね。お土産も持っていくから」

「うむ。楽しみに待っておるからな。……絶対だぞ?」

 子供みたいな発言に、シウは笑いながら頷いた。



 一般客の追い出しは、他の実行委員メンバーは地道に足を稼いでいたようだが、シウにはとっておきの魔法がある。

 全方位探索で立ち入り禁止区域も含めて、大がかりに≪強化≫をかけ、敷地内目一杯を探索していった。

 これだと生徒との区別がつかないが、そもそも立ち入り禁止区域に入ってもらっては困るので構わない。外側からじわじわと本校舎の門前に向けて追い込んでいく。

 時折、とんでもない方向に歩いて行こうとする客を見付けては、通信魔道具でそのへんにいる実行委員メンバーに連絡した。

 何故分かるのか不思議がる生徒もいたが、忙しさの中で忘れてくれたようだ。


 生徒会室へ行くと、相変わらずティベリオ配下の従者達がいたけれど、実行委員も仕事をこなしていた。

「シウ、さっきは助かったよ。とんでもないところに潜んでいたな」

「そのまま夜を明かして、魔法学校の生徒気分を味わいたかったらしいよ」

 連行した実行委員メンバーが教えてくれた。

「まだ中等部ぐらいの子だったよね?」

「はい。まさかロッカーのごみ置き場に入り込んでるとは思わなかったですよ」

「そろそろ、追い出し完了かな」

「でしょうね。後は各クラスの片付けと、撤収完了届ですね」

「うはー、まだ締めの仕事があるんだー」

 みんな、疲れているのにどこかハイテンションだ。

「よーし。一度、休憩入れるぞ。みんな、差し入れのポーション飲んでおいて。あと、打ち上げではインゼルゲッテ店の子牛肉シチューが届けられるから、楽しみにね」

「うわ、本当ですか!」

「超一流店じゃないですか。やった!」

 ティベリオは生徒を煽るのが上手い。皆、やる気になって更にテンションが高くなってしまった。

 苦笑していたら、ティベリオに呼ばれた。

「シウは若いから、もう戻っても良いんだけど、どうする?」

「最後までやってこそ、仕事なので」

「そう言うと思ってた。よし、じゃあ、撤収確認、頼めるかな?」

「ついでにもう一度、一般客の気配探知もしておきます」

「助かるよ」

 何人かに声を掛けて、各自持ち場を決めて本校舎に散った。

 校舎外は、上級生達が受け持ってくれた。日も落ちてきて暗いので、そのようにしてくれたのだ。

 女性陣も残っているが、彼女達は何かあってはいけないので生徒会室で事務処理だ。

 続々とやってくる撤収完了届や、売上表などをチェックしていた。


 完全に夜の帳が降りても、展示室を片付ける明かりが消えることはなかった。

 順次、追い立てるように作業を早めてもらうが、疲れているのか動きが鈍い。

 なので、これはダメだと思うクラスは一旦作業を中止させて、明日やってもらうことにした。

 ただ、教室を借りて展示ブースを作っていたところは今日中に明け渡さないと、明日の授業に差し支える。

 ちなみに古代遺跡研究科なのだが、こちらはシウも関係していたので片付けを手伝った。

「外の庭は後でもいいのに、何故教室内を後回しにしたの?」

「だろ? まさかフロランが逃げてると思わなくて、さっきここに来て俺達もびっくりしたんだ」

 ミルトの手にはフロランのローブが握られていて、悪びれもせずに笑っているフロランが「だって」と言い訳にならないことを口にしていた。

「お腹が空いたから、ちょっと食べに行こうと思っただけなんだよ」

「今日はサロンも食堂も、もう閉めてるよ」

「えっ、そうなの?」

「その話、しただろ、フロラン!」

 わあ、ごめんごめんと、頭を庇って俯いているフロランを見ながら、シウは口を開いた。

「ところでアルベリク先生は?」

「逃げた」

「あ、逃げたんだ……」

 教室の展示ブースはアルベリクとフロランの2人が担当していたので、この2人が消えると片付けられない。

 みんな、呆れながら、書類をまとめて教室を元に戻す作業に励んだ。


 魔獣魔物生態研究科も、本校舎の教室を借りている口だが、こちらは生徒数が多いことと皆が協力し合っていたので片付けも他のクラスよりはスムーズに行っていた。

 バルトロメが魔法袋を貸し出ししてくれたおかげもあって、手っ取り早く厨房器具などを入れて運べたのも良かった。

 シウが見回りに行った頃には教室に浄化を掛けて綺麗にしているところだった。

「あ、終わったんだね」

「お疲れ様ー、シウ。見回り?」

「うん。さっきまで、片付けの手伝いもしてたんだけどね」

「うわあ。大変だな」

「みんなも終わったら、帰ってね。確認したら、閉めちゃうから」

「了解」

 女性陣は自宅があるものは門前まで連れだって、寮組は男子がお供について戻ることにしたようだ。

 シウも教室内を確認してから、出て行った。


 生徒会室に戻ると、上級生のヴラスタがやってきた。

「なあ、お前確か、戦術戦士科だよな?」

「はい。そうですけど」

「あの設備、全然片付いてないんだけど」

「あれ? まだ残ってますか?」

 床に魔法陣を敷いて、終了時に消えるよう作った術式を組み込んでいたのだ。発動用の魔道具もレイナルドに渡していた。

 木組みはそのまま落ちてしまうが、それぐらいなら彼等でも運べるというので、隅に寄せておいて、後日業者に引き取りに来てもらう算段だった。

「術式の発動に失敗したのかな。ちょっと見てきます」

「一緒に行く。危ないからな」

「あ、はい。すみません」

 走って向かいながら、ブランカがむずかりはじめた。眠くなってきたのだろう。いつもよりも早い時間だが、早めに晩ご飯を食べさせたのと、昼間の騒がしさで疲れたのかもしれない。

「ちょっと待ってください」

「うん?」

「ブランカが眠そうなので」

 ちょこまか自分の足で歩くようになっていたが、疲れたらフェレスの上に乗るなどしていたブランカを、抱っこひもに通して胸に抱いた。

「よいしょっと」

 紐を後ろへ回して、また前に戻して結ぶと、ヴラスタが面白そうに笑った。

「上手いもんだな。でも、重くないか?」

「仕方ないです。まだ子供だし、どこでも眠くなるものですから」

「そうか。そっちの黒いのは? まだ大丈夫か?」

「クロは眠くなったら勝手にここで寝るので。ありがとうございます」

「そうか」

 少し目を細めて、柔らかい笑顔になった。

 それから、走るのを止めて、速足で急いだ。


 現場に到着すると、ヴラスタの言った通り、設備がそのままだ。

 生徒は見当たらず、レイナルドと実行委員のタハヴォ、学校職員が数人話し合っていた。

「先生、魔道具発動しませんでしたか?」

「あっ」

 やばい、という顔をしてレイナルドが視線を逸らした。

「ああ、助かった。シウ殿、彼が魔道具を失くしたというのだが、君なら魔法陣を仕掛けた本人だから発動させられるよね?」

 顔馴染みの施設管理職員が、レイナルドを睨みながら言った。

「あ、はい、できますけど」

 シウもレイナルドを見た。大体のところが分かってきたからだ。

「先生……」

「いや、その」

「まあ、とりあえず小言は後で。先にやっちゃいます、皆さん、離れてください」

「まっ、待て待て、勿体ない! 折角の――」

 後ろで職員の「やっぱり」だとか「全く子供みたいな」という声が聞こえてきた。レイナルドの惜しむような悲鳴も。

 だけれど、シウは全く気にせず、施設を崩した。ついでに、魔法で木組みも並べ替え、端に寄せた。地面を均すところまで、5分とかからなかった。

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