586 事務処理で残業、それから打ち上げへ




 愕然とするレイナルドを、職員が連行していく。

 シウたちは呆れ顔で本校舎に戻っていった。

「すごい魔法だな」

「お前、あれなんなんだよ……」

 タハヴォとヴラスタが目を丸くしながら話しかけてきた。

「設備の下にあらかじめ魔法陣を組んでいたんです。場所を決めて、その上に土壁やら木組みの設備を作ったので、解除は意外と簡単なんですよ」

「つってもさあ。大体、最後の地均しとか、すごすぎるだろ」

「魔力量高いの?」

「いえ、僕はかなり低いです。その分、術式の簡略化を研究していて」

「へえ、なるほどそれでか」

「それでも滅茶苦茶だろうが。ほんと、訳わかんない奴だな、お前」

「ヴラスタ!」

「だって、騎獣を二頭に小型希少獣一頭持って、大がかりな魔法の行使ができてって」

 シウは苦笑した。

「騎獣はたまたまだし、魔法自体は大がかりに見えただけで本当に簡単なんです」

 信じてない目で見て来るので、生徒会室に戻ってから簡単に紙に書いて説明した。

「ほら、魔法陣自体は面倒くさいけど、さして問題ないでしょ?」

「……ほんとだ」

「あと、これ、節約して、きっかけの発動魔力だけだから――」

「ああ! そうなのか」

 発動用の魔道具に魔核を入れていたので、説明ができて良かった。

「お前自身の魔力量はほとんど使ってないのか。それに、この術式、難しいかと思ったけど、説明してもらったらすごく分かりやすいな」

「ちょっと、ヴラスタ! サボってないで書類整理を手伝ってくれないかしら」

「あー、悪い。もうちょっと待って。なあ、シウ、じゃああの地均しはさ」

 マイペースな発言をする彼に、声を掛けたオッタヴィアという女子生徒がむっとしたようだ。シウが慌てて間に入った。

「その話は後日ね。今は実行委員会の仕事だよ。遅くなってるんだから、女性を早く帰してあげないと」

「あ、そうか」

「ごめんなさい、オッタヴィアさん。すぐそっちに行きます」

「え、ええ。いいのよ。シウ殿、その、あなたも小さいのに遅くまで大変よね」

「ごめんねー、シウ君。オッタヴィアも疲れてるのよ。ほら、ヴラスタ、さっさと書類整理をやる!」

 スザナという女子生徒が発破を掛けて、にこやかに対処してくれた。

 彼女の横に付いて、書類の確認作業を行い始めると、小声でまた謝られた。

「ヴラスタ、空気の読めないところがあるから、真面目なオッタヴィアと衝突するの。巻き込んでごめんね」

「いいえ。僕も説明を始めっちゃったから」

「どうせヴラスタが突っかかったんでしょう? 最初から態度悪かったし。手伝いに来てくれてる子に、みっともないところ見せちゃって恥ずかしいわ」

「人それぞれだし、気にしてないから良いです」

 肩を竦めながら書類を素早く仕分けていると、スザナが溜息を洩らした。

 どうしたのかと横を見ると、頬に手をやってシウを見つめていた。

「大人ねえ。ヴラスタに見習わせたいわ。ところで、シウ君は何歳?」

 久しぶりに聞かれてしまった。シウは笑って答えた。

「今月の終わりに十四歳になります」

「……えっ、ほんと?」

「はい」

「まあ!」

 その感嘆符ありきの声はなんだと思ったが、言葉は飲み込んだ。

 こうしたやりとりも、久しぶりであった。



 生徒会室にはティベリオからの差し入れが、他にもオリヴェル、教授陣などから大量に届いた。

 超一流店の子牛のシチューはティベリオ家の者がサーブしてくれて、他の差し入れを含めてコース料理風だ。

 食べたのは生徒会室のテーブルの上だったけれど、とても美味しい晩餐となった。


 食事の後もひたすら仕事をし、今日中に終わらせたい金銭関係がなんとか確認を終えるところまでいった。

 売り上げの一部を神殿などに寄付し、残りは各クラスの催し物で得たものなので戻す。活動費に充てるなり、打ち上げなどに使っても構わない。

 ただ、金銭のやり取りであるため、問題がなかったかどうかをチェックする必要があったのだ。

 後々、一般客から苦情が来ても困るので生徒会として把握しておきたいということもある。

 写しを取ったりと、各自分担して仕事を終えた。

「よし、じゃあ、残りは明日だ。寮組は、女子を護衛しながら帰ること」

「はい!」

 プルウィアも寮組なので、男子たちと共に帰った。

「さて、自宅組はこの後どうする? 予約している店があるけど、行くかい?」

 寮組がいなくなって聞くあたり、ティベリオは確信犯だ。

 生徒たちの大半が手を挙げていた。

 ただし、女子生徒は強制帰宅だ。馬車持ちでない、つまり貴族ではない女子や、貴族でも貧乏な家の子は、馬車持ちが送っていくことになった。

「シウも来るだろう?」

「良いんですか? 僕、庶民だけど」

 あと、フェレスもいるんだけど、と視線を下に向けた。

「もちろん、大丈夫だよ。個室にしてもらってるし、懇意にしている店なんだ」

 じゃあ、行こうかなと返事をすると、いそいそと彼に連れていかれた。シウはどうやらティベリオの馬車に乗るようだ。



 馬車は中央区の貴族街に近いところで止まった。

 落ち着きのある店で、レストランというよりはバーに近い雰囲気だ。

 子供が入って良いのかなーと思ったが、ティベリオを始め、メンバーがスタスタ入っていくので付いて行った。

 上手い具合に他の客から見えないルートで個室に通されて、使用人からも特に注意は受けなかった。そうした教育が徹底的に行われているのか、視線でさえも嫌な思いはしなかった。貴族向けの店としては珍しい。

 男子生徒ばかりで、かつシウ以外は全員成人していることもあってお酒を頼んでいた。

 ウェイターはシウには酒類以外のメニューを見せてくれたが、せっかくなので軽めの林檎酒を、フェレスにはオレンジジュースを頼んだ。

 寝こけているブランカを見て、ウェイターが毛布を持ってきてくれたので、空いているソファに巣を作ってあげたらクロが早速乗り込んでいた。なんだ、眠かったのかと笑ってしまった。

「可愛いねえ、幼獣は」

「本当だ。二頭とも寝ちゃってる」

「フェレス君はまだ大丈夫なのかい?」

「あ、はい。もうちょっとは起きてますよ。戦闘になったら徹夜もできますし、案外タフです」

「すごいんだねえ」

 幾つかツマミになるような食事も出て、林檎酒を楽しみながら皆と話をした。

 煙草を吸いたい者は別室のスモーキングルームへ行ったが、割とすぐ戻ってきた。

「本物の紳士たちが陣取っていて、若者が来るところじゃないって返されたよ」

 と笑っていた。

「あー、それにしても大変だったね」

「でも楽しかったよ」

「まだ、参加した全生徒の意見は集まっていないけれど、おおむね良い評判のようだね」

「発表の場が、研究会だけでないというのが良いんだ」

「一般人に見てもらえることがね。実際、魔道具開発の生徒たちは、使う側の人の意見を生で聞けて良かったと言っていたよ」

「ああ、それは分かる」

「冒険者とも直に話してみて、何が必要な魔法なのか、分かったところもあるね」

「そういう意味では、シウは現場で実践していたわけだから、先を進んでいたわけだ」

 ティベリオがシウを引き合いに出したので、苦笑いになった。

「現場って、ああ、冒険者をやっているって噂は本当だったの?」

「そっちじゃなくてさ。ほら、飛行板のことだろ」

「ああ! あの噂の!」

 へえ、とシウをまじまじ見てくる生徒がいて、曖昧に笑った。こうしたところは日本人らしいシウだ。

「あれ、乗ってみたいけど、街中の飛行は禁止なんだよなあ」

「あ、だったら、あれはどうだ? シウが作ったんだよね、えーと」

「歩球板?」

「あ、そうそう。生産科に面白いものがあるって友人に誘われて、見にいったんだ。いやあ、どれもこれも面白いものがたくさんあったけれど、特に君の歩球板という乗り物、あれは楽しかった! 順番待ちが多くてちょっとしか乗れなかったよ」

「それは僕も見たよ。楽しそうだったなあ。競技用もあるんだって?」

「へえ、だったら僕もそれを買ってみようかな?」

「他にも動く人形があったり……文化祭、楽しかったな、本当に」

 しみじみと、生徒の一人が口にする。

「忙しかったけど、充実していたね」

「いろいろ勉強になったよ。実行委員としてもだし、文化の祭り、ってところがさ」

「面白い発想のクラスの催事もあれば、つまんないところもあったね。どの授業を取るか、判断材料にもなったんじゃないかな」

「下級生には良かっただろうな」

「いや、楽しかったよ。またやりたいな……」

 誰かの言葉に、ティベリオが笑顔になった。

「来年もまた、やればいいじゃないか。僕は卒業しているから、次の生徒会長が仕切って、やればいい」

 皆が顔を見合わせた。そして、誰ともなく静かに笑い、それから酒を飲んだのだった。

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