582 文化祭2日目の飛び入り調理




 文化祭の2日目も、朝早くに学校へ向かった。

 門前で受付係をやったが、そんな時間に一般客が来るわけもなく(もちろん時間外なので来ても入れないのだが)暇だった。

 入場時間直前には専門に雇った人が来てくれるので、生徒は本校舎内へ入る。シウも交替して、午前の早い時間を生産科の当番として過ごした。



 生産科の当番が終わると、急いで魔獣魔物生態研究科の展示室へ向かった。

「手伝いに来たよー」

「良かったあ」

 アロンソとウスターシュが同時にホッとした声を上げた。

 午前のうち、手伝えるなら来るとは言ってあったが不確定要素だったのだ。

「実行委員の仕事、午前は入らない? こっち手伝ってもらえるなら、助かるんだけど」

「うん。今のところ緊急事態もないし、大丈夫だよ」

「いやあ、昨日思った以上に売れてしまって、作り置きしていた調理分がないんだ。昨日から慌てて作ってるところなんだけどね」

 見れば、下準備は終わっているものの、調理に至ってないものが半分ぐらい残っている。圧力鍋もフル稼働しているようだが、間に合わないらしい。

「昨日そんなに売れたんだ?」

 驚きつつもエプロンを付けて、厨房にしている小部屋へ入った。

「思った以上にね。火鶏の唐揚げや、スパイス揚げ、照り焼きなんか、あっという間になくなったよ。岩猪のステーキも飛ぶように売れるし、僕等もびっくりしてる。あ、あと、肉だけじゃ物足りないっていうんで、今日はパンも用意してきた」

 急いで王都内のパン屋に走って注文したようだ。

「うーん、じゃあ、米飯も用意していい?」

「もちろんもちろん! 絶対に合うよね!」

 と言うので、大釜を取り出して米を炊く準備を始めた。作り置きを使わないのは、見た目のド迫力さを示すためもあるが、炊ける時の匂いを広げるためだ。

 岩猪のスジ肉が大量に余っているようなので、先にこれも使ってしまう。

「あれ、それ、打ち上げでカレーにして食べるんじゃなかったのかい?」

「肉が足りないようだからメニューに入れてみるよ。牛すじ肉の味噌煮込みの、岩猪版だね」

「ああ、前に一度もらった……あれは美味しかったね。でも確か煮込むんだろう?」

 圧力鍋が全部塞がっているのを、アロンソが見回して残念そうに眉尻を下げる。

「大丈夫。こういう時こそ、魔法だよ」

「そう? だったら任せちゃおうかな。もう、このへんの材料は好きにしてくれていいから。バルトロメ先生からも追加で肉を提供してもらったから、解体してくるよ」

「うん。こっちは任せて」

 セレーネやステファノ、キヌアなどが厨房に残っているものの、料理などしたことのない者ばかりだ。手順通りのものしか作れない。

 急遽、増えたレシピにはシウが対応するのが良さそうだったので、1人で勝手にやらせてもらうことにした。


 保管庫代わりにレンタルしている冷蔵の魔道具内には、さすがに肉だけではまずいと思ったのか急遽仕入れられた付け合せ用の野菜なども入っていた。

 量が分からず、適当に仕入れられたらしいそれらを見て、使い切るためのレシピを脳内で考える。

「肉が出過ぎて足りないんなら、主食や野菜で誤魔化す、だよね」

 単純だけれど奥の深い野菜炒め定食なども良い。味を濃い目にすれば、ご飯も進むだろう。

 柔らかめのフランスパンには切込みを入れて、キャベツの千切り、炒めた玉ねぎ、トンカツを入れる。甘辛いタレをかけて終わりだ。

 お米とパンと、両方のレシピを考えながら、次々と揚げたり焼いたりを繰り返す。

 野菜もパンに挟むもの、付け合せ用と準備した。残った芯や皮は細かくしてスープの具材にする。

 そのうち、匂いが廊下に充満していったようで、まだ昼前なのに客が入ってきた。

 ルフィナ達女性陣がウェイトレスを買って出てくれたので、男子1人をマネジャーとして、残りが配膳に回る。

 当番の他の男子は、下げてきた皿を浄化したり、荷運びなどの裏方をやった。

 途中プルウィアが顔を出し、手伝ってくれようとしたのだが、彼女もまた厨房の中では大変役に立たなかった。

「……外で呼び込みしてこようかしら」

 と言うので、アロンソが頼むから止めて、と泣きそうな声で叫んでいた。

 なにしろ、大入り状態で満席、空くのを待つ人が廊下にまで並んでいたのだから。


 昼時になると、もっとひどい状態になった。

 急遽、厨房代わりにしている小部屋の廊下側の出口を、テイクアウト専用窓口にした。

「どうするの?」

「簡単に手で持って食べられるバーガー類だけ、ここで売るんだよ」

「えっと」

「メニューをザッと書いたから、プルウィアは手渡しとお金の受け渡しね。ウェンディは僕の手伝い」

「分かったわ」

 元々、肉を出していた食堂の方は、調理済みということもあって皿にセットするのは男子でもできる。

 シウはテイクアウト専用係として、作りながら出すという作業をこなした。

 こういうのはロワルの祭りでも屋台をやったので慣れているし、何故か楽しいのでウキウキと作った。

「えーと、この照り焼きバーガーとポテトのセット3つ!」

「了解。ポテトはこっちの保温器から、この紙に入れて渡して」

 ウェンディが戸惑いつつもセットした。その間に、バルトロメから提供された三目熊の牛肉に似たような部位と、岩猪の肉を合挽きにして作ったハンバーガーを焼く。

 薄いパテにしているので焼くのはあっという間だ。

 後はレタスを挟んで、ソースとマヨネーズを塗って終わり。

「できたよ」

「はい、こちら照り焼きバーガーのセット3つです!」

「おお、美味そう!」

「俺もこっちでいいや。えーと、甘めのソースが照り焼きか……普通のと、あ、俺はマスタード味ので頼むよ。セットな!」

「こっちはカレー味のセット、2つ。昨日、食堂で食べたカレーってのが美味しかったんだ」

 食堂待ちの客だけでなく、新たにテイクアウト用の窓口にも人が集まってきた。

 初めて食べるであろうものなのに、意外と飛ぶように売れている。

 廊下に大きめのメニュー表を張ったのだが、絵と共に味の雰囲気も伝えたからだろう。

 こうした新しいものに挑戦するのは若者が多かった。

 食堂は親子連れや、年配の人で占められている。まあ、その年配の人も、大きなステーキをぺろりと食べるのだから、この世界の人間は健啖家だ。


 テイクアウト用窓口を作ったおかげで、少しスムーズな流れとなって、待ちくたびれてイライラする客も減ったようだ。

 窓口にプルウィアを配置したのも良かった。

 珍しいエルフの少女の姿に、皆が嬉しそうだった。


 昼時を過ぎてもまだ尚忙しかったけれど、目が回るほどではなくなってきた。

 様子を見て、交替でクラスメイト達にも昼ご飯を食べてもらう。

「アロンソは何がいい?」

「僕はスパイス揚げバーガーがいいな。マヨネーズたっぷりで」

「了解」

 レタスをたっぷり挟み、マヨネーズも望みどおりに掛けてあげた。付け合せはコールスローが良いというので、彼はマヨネーズ好きなのだろう。

 ウスターシュは、火鶏胸肉の茹でたものにマスタードを効かせたソースを掛けるサンドイッチ、こちらはキュウリの細切りを入れているのでシャキシャキ感がある。

 男子生徒はこんな感じで食べやすく、かつかぶりつけるものを選んでいた。反対に女子は、貴族の出が多いので「はしたない」という意識があるらしく、お米を使った丼系を選んでいた。こちらだとフォークスプーンで食べられるので、多少マシらしい。

「わたしはステーキ丼ね。オンセンタマゴとやらを付けてくれるかしら」

「いいよ。野菜はついてないから、スープを一緒にね」

「はあい」

「あ、わたしはツクネ丼がいいわ! 真ん中にある半熟卵が美味しいのよね」

「あなたはまだ後でしょう? 交替なんだから」

 プルウィアが手を揚げて、セレーネに却下されていた。


 そんな風に、忙しいながらも和やかになってきたところで、爆弾が落ちた。

 文字通り、爆弾のようなものが、空から落ちてきたのだ。




 騒がしさがあるのは、シウも全方位探索で知っていた。

 その中心が人の渦を集めながら、あちこち彷徨っているのもなんとなく感じていた。探索の枠外だったけれど、全方位探索の成り立ちから自然と感じられるものがあるのだ。

 強化しようかなと思ったところで、生徒会のメンバーで実行委員でもあるグルニカルが走り込んできた。

「何かありました?」

 急用かなと思いつつ、厨房から顔を出したら、息せき切った様子で叫んだ。

「空からっ、裏門付近の広場にっ、せっ、聖獣、様がっ!!」

 慌てて≪強化≫した。すると、マーキングされた問題の聖獣がうろうろと彷徨っているのが視えた。

 感覚転移してみると、周辺にはどうしたらいいのか分からないらしい生徒達と、いち早く異変に気付いて駆け付けた実行委員のメンバー、ヴラスタが付いて歩いている。

「あー」

 頭を抱えそうになって、でもそれをしたいのはきっと目の前の彼だろうし、ヴラスタ達だろう。

「たぶん、知ってる聖獣だと思うので、迎えに行きます」

「あ、やっぱり、そうか! ティベリオ会長が、すぐにシウを呼んで来いって言ったんだけど、そうかそうか、良かったぁ……」

 走って疲れたのか、その場に座り込んでしまった。後を追いかけてきた彼の従者達もぜーぜー言っている。

 シウはすみませんと謝って、クラスメイト達にも断って、校舎から離れた裏門へと走った。

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