581 希少獣観察、アスレチック競技、見回り




 生産科で充分な時間を掛けて見て回った後、他の教室を覗いて研究成果を眺めたりして、最後に本校舎の外側でやっている希少獣の触れ合いコーナーへ向かった。

「あ、シウだったな! 昨日は助かったよ。おかげで、間に合った」

 上級生の青年が気さくに話しかけてきて、シウの連れを見てにっこり笑った。

「ようこそ、いらっしゃい。ゆっくり遊んで行ってください」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 スサとリュカに挨拶されて、青年は嬉しそうだった。

 門を潜って中に入ると、希少獣がいかにも住んでいそうなエリアが作られていた。

 森林風に誂えた木々は、大型の鉢植えごと運んだようだ。それを隠すように下草を生やしている。このへんは木属性持ちの魔法使いが頑張ったらしい。

 岩場のコーナーではカプレオルスや、カペルがいて、下に作られた水場ではテストゥドが日向ぼっこしている。

「うわあ、可愛いね!」

「まあ、あちらにはリスがいます!」

「タミアだね。あっちは猿型のシーミアだよ」

「この子はなんていうの? このとげとげの子」

「イレナケウスだよ。希少獣になると、賢くて言葉を理解しているんだよ」

「クロも賢いもんね」

 ねー、とシウの肩の上に佇むクロへ話しかけている。

「きゅぃ」

 小首を傾げるクロを見て、皆が笑った。

 フェレスだと、賢いと褒めたらてれてれになって喜んでいるところだ。

「あ、おっきい子もいるよ! ソロルお兄ちゃん、あれ、乗ったことあるよね!!」

「ドラコエクウスだ。そういえば、ロワルでは楽しかったなあ」

「いっぱいお世話して乗せてもらったもんね。僕、兎馬に1人で乗ったんだよ」

「今度、馬に乗せてもらいましょうか?」

 うんうん、と嬉しそうにリュカが頷いている。

 ソロルも下男として働く上で必要だから、馬に乗る練習をしていた。騎獣に乗った経験が、乗馬をより易くしているようだった。

「君達、ドラコエクウスに乗ったことあるの?」

 案内係の青年が話しかけてきて、ソロルがはいと返事をしていた。

「へえ、そうなんだ。いいなあ。僕も乗ってみたいんだけど」

「え、こちらはどなたの騎獣なんですか?」

「クラスメイトのお兄さんのなんだ。特別に貸し出してもらってるから、勝手に乗れないんだよね」

「そうだったんですか。わたし達はシュタイバーンの王都へ行く機会があって、あちらの騎獣屋でお世話のお礼にと乗せてもらったんです」

「ああ、成る程。あっちは自由に乗れるもんね。羨ましいなあ」

 ソロルが普通に貴族の子息と思しき青年と喋っているのが、嬉しかった。

 いつもおどおどとして、自分がブラード家でちゃんとやれているのか不安に思っていた彼が、今ではしっかりしている。

 リュカもそうだが、ソロルもまた根を張りつつあるのだなと思った。


 触れ合いコーナーを出て、帰宅するにはまだ少し早いというので、どうするか聞いてみた。

「できましたら、シウ様のクラスの出し物が見てみたいです」

「あとは、魔獣魔物生態研究科の肉ばっかり出している飲食店か」

 肉ですかー、とスサが眉を下げた。他のメイドも同じだ。お昼をしっかり食べているし、デザートも途中で食べているのでお腹はいっぱいらしい。

「……あとは、戦術戦士科の、組手かなあ」

「まあ、なんだか面白そうですね!」

「僕、見てみたい!」

 あ、そうなんだ。見るんだ。

 心の中で返事をしつつ、曖昧に笑って彼等を案内することにした。


 ドーム体育館近くの広場には、冒険者風の男性達がチラホラと見えた。

 腕を組んで生徒の組手を見ているようだ。

「あれは何?」

 リュカが指差したのは組手をしている生徒達ではなく、その後ろに広がるアスレチックだ。障害物が半端なく複雑で大きかったりするが、基本的には前世で見たものと似ている。

 そこを何故か、一般客と共に競争しているレイナルドや生徒達がいた。

「よーし、今度も俺の勝ちだ!」

 当初の目的が違って来ているのだが、良いのだろうか。

 大体、先生が目立ってどうするのだ。

「待て待て。俺も参加させろ」

「そうだぞ、お前らだけ楽しんでどうするんだ」

「しようがねえな! その代わり怪我しても自己責任だからな!」

 いや、良くない。

 良くないのだが、結果的に楽しそうなので良いことにしようか。

「面白そう! シウもあんなことしているの?」

「うーん、ちょっと違うんだけど。あ、あの土台を作ったのは僕だよ」

「わあ、すごい!」

 というか、今回、シウはあちこちで土台作りばかりしていたような気がする。嫌でないから構わないが。

 リュカは、レイナルド達のアスレチックを競技か何かだと思って、手を叩いて喜んでいた。

 通りがかった人も、なんだなんだと面白そうな顔で近寄ってきた。

「飛び入り参加も可能なのかな?」

「冒険者なら絶対、負けられないだろ。お前出ろよ」

「よし、俺がやるぞ!」

「俺も出る」

 参加型競技になってしまった。こういうのはアリなんだろうか。

 見なかったフリをしてあげたいのだが、一応グルニカルに連絡してみることにした。

 通信魔法を使って伝えると、突然の通信にびっくりしていたが、理解を示してくれて「とりあえず後でレイナルド先生に釘を刺しておくよ」と言ってくれた。

 こういう場合、やはり治癒魔法が使える職員か生徒を配置していた方が良いらしい。

 やっぱりかーと思いながらも、目の前の楽しそうな風景を見ては、強く言い出せなかった。

「お前、化け物かよ! なんちゅう体力だ」

「おい、本当に先生か? お前、冒険者やれよ」

「こっちの生徒も早かったなあ」

「お前のその飛び道具見せてくれよ。見たことないぞ」

「暗器かよ」

 ヴェネリオの忍者ばりの動きには、現役の冒険者達も驚いていたようだ。和気藹々と武器について語り合っている。

 レイナルドは1人勝ち状態らしく、胸を張って自慢げだ。

 途中交代でやってきたエドガールが、仕様の変わった様子に唖然としていた。



 夕方、リュカ達を門まで送っていくと、その後は実行委員として見回りを行った。

 ルイスと合流して一緒に見て回ったが、立ち入り禁止区域に入ろうとする一般客がいて困った。

 生徒でも違反者がいるので、しつこく説明して帰ってもらった。

 こういうのは案外真面目そうな生徒の方が守らないので、大変だ。本人に悪気がないので尚更に。

 また、泥棒目的なのか、教務室へ入ろうとする一般客もいた。どう見ても怪しい風体の男なので門を出るまで見送ったりもした。

 念のため、引き継ぎ時に申し渡しておく。

 情報を一括するため、生徒会室へは度々顔を出したが、相変わらずティベリオの手の者がいてまとめてくれていた。

 なんだか、どこかの会社か何かのようで、居心地が悪くて早々に出てしまった。

「あれはないよなあ」

「本職だね、あの人たち」

「まあ、おかげで、楽ができたけど」

「ルイスは見て回れた?」

「まあ、それなりに。でも昨日のうちに充分見て回ったせいで、本番どうでも良くなってしまって」

「あ、それ、僕も」

「シウもか」

 笑い合っていたら、プルウィアとウェンディもやってきた。

「あら、見回り終わったの?」

「ああ」

「仕事はなし?」

「ティベリオ会長のところの人達が張り切っちゃって。出番ないよ」

「ああ。あれね。会長としてはメンバーに本番ぐらいは楽をしてほしいってつもりだったんでしょうけど」

 ここまで手伝ってきたので、当日も仕事をしたかったらしい。

 プルウィアは将来仕事人間になりそうな気がある。そう、シェイラのような。

 思い出して笑っていたら、プルウィアに怪訝そうな顔で見られてしまった。

「なあに、いやらしいわね」

「え、いやらしいの?」

 ウェンディが笑いながら突っ込む。

「思い出し笑いをする人はいやらしい、ってククールスが言ってたの。違うのかしら?」

「そんな風に言うこともあるね」

 シウが肯定すると、ほら、と胸を張った。ウェンディとルイスが同時にその胸を見た。それからソッと視線を外す。

「でも、シウに限ってはなさそうよね。まだまだお子様のようだし」

 ツンと顎を反らしてから、プルウィアはウェンディとルイスを睨むように見て、それからシウに視線を向けて笑顔になった。

「将来、どうなっちゃうのか、今から楽しみだわ!」

 そうだね、とシウも笑顔で返した。

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