580 疑似遺跡発掘体験と着せ替え人形




 お昼頃、古代遺跡研究科へ赴き、見張り番に立った。

「早いね?」

「うん。午後から下宿先の人達が来るから、途中で抜けようと思って」

「あ、そうなんだ。じゃあ、僕等、今のうちに抜けてきて良いかな?」

「いいよ。あ、食堂行くなら急がないと混んできてるよ」

「うわお! 急ぐ。ありがと!」

 リオラルとアラバが小走りに出て行った。

 隣りのと言って良いのか、近くの教室で展示しているブースではフロランとアルベリクが交替で見張り番というのか受付に座っている。というか、たぶんフロランはどこかに行くつもりはない。アルベリクもぷらぷらと出かけるかもしれないが、すぐ戻ってきそうな雰囲気だった。

 この2人は勝手に展示室に居座ってくれているので当番表を作らずに済んだ。

 フロラン付きの護衛を1人貸してもらっているので、少ない人数で疑似遺跡発掘体験コーナーの当番を交替で見ている。

 が、こちらもアラバやトルカが大抵いるので、問題はなさそうだった。

 客もなく、ぼんやり座っていたら通信が入った。

 リュカ達が来たようだ。

「(悪いんだけど、今、当番中なんだ。もしよかったら遊びに来ない?)」

 説明すると、見たい見たいとリュカが言ってるらしく、スサ達に連れて来てもらった。


 疑似遺跡発掘体験コーナーは、リュカには面白い代物だったようで、小型シャベルと刷毛を使って一心不乱に発掘していた。

 ソロル達は手持無沙汰だろうと思って、校内見取り図にお勧めスポットを書いて教えてあげた。

「ここの食べ物屋は、貴族が有名店の料理長を引っ張ってきて作ってるらしいから、採算度外視の手頃なお値段で食べられるよ」

「まあ、それは嬉しいです」

「あとはねえ、生産科も面白いよ。宣伝だけど」

 冗談として言ったのだが、スサは真面目に受け取って、絶対に行きます! と宣言していた。

「カスパルは、この教室を貸し切ってるから。ファビアンもいると思うよ。共同でやるみたい」

 この並びの教室は似たような生徒達を集めているため、いわゆるオタクゾーンだ。

 生徒会でも危険地帯として認識している。

 反対に教授会でも、変わった研究者認定されている方々からは熱い視線を受けているそうだ。専門家には高評価なのだった。

 ところで、リュカが遊んでいる姿が校舎内から見えたのか、子供を連れた親子が数組やってきてくれた。

 同時にリュカも満足したらしく、ふーっと息を吐いていたのでお昼ご飯に行っておいでと送り出した。

 親子達はシウの説明を聞いて、やってみたいと乗り気で、子供を中心に発掘体験を楽しんでくれたようだ。

 これが呼び水になったのか、リオラルが戻ってきた頃にはちょっとした騒ぎになっていた。


 発掘体験がすぐにできないということで、良かったらと展示室へも案内した。

 意外とというと失礼だが、大人が興味を持ってくれて発掘された有名な魔道具や、その説明、研究成果などを眺めていた。

 急遽整理券を作って渡したので、順番が来たら呼びに行けたのも良かった。

 発掘の体験も面白かったらしく大抵は笑顔で帰っていく。

 中には子供だましだと言う人もいたが、そんな本格的なものを作れるわけもなく、そうしたことをやんわり説明したら、それもそうかと納得していた。

「いろんな人がいるなあ」

「そうだね」

「ここにミルトがいなくて良かったよ。あいつなら、興味ないなら来るな、ぐらい言いそうだ」

「あはは」

 それからも、噂になったのかどうか分からないが、途切れることなく体験コーナーに来てくれる子供や親子連れがいて、整理券は役立った。

 シウが抜け出す頃にはミルトも来て、盛況ぶりに驚いていたほどだ。

「リュカが楽しそうにしていたのを、見たみたい。子供の遊びには向いてるかもね」

「成る程なー。それでか。てっきり暇だと思ってたよ」

「じゃ、僕はリュカ達と合流するから」

「おー。後で俺も会いに行くよ」

 じゃあねと手を振って分かれた。


 食事を終えたリュカ達と合流し、まずはカスパルの研究成果を展示している教室へと向かった。

 案の定、閑古鳥が鳴いていたが、本人は気にしている風はなかった。

「おや、来てくれたのか」

「はい、坊ちゃま! これが、研究内容ですか?」

 スサ達メイド数人は、目を輝かせて展示物を眺めている。トイレだ。

 彼女達はもう慣れているので、全く気にせず、ああだこうだと話をしている。

 が、偶然迷い込んだ一般客などは、客が入っていることに気付いて足を踏み入れ、そこにトイレがあると知ってびっくり顔で逃げて行っている。

 ファビアンが苦笑しながら彼等を見送っていた。

 そのファビアンの研究内容も大概だった。

 古代語でつらつらと書かれた論文は、マニアックすぎて誰も興味を持てない。

 古代の複雑な魔術式を、どうやったらもっと複雑にできるかを論じているのだ。もちろん理由があって、術式のブラックボックス化のためなのだが、素人には理解できない。

 複雑な形で命令式が飛んでいる理由の説明とか、誰得、というわけだ。

 お友達なのでついでにとスサ達も眺めていたが、ちんぷんかんぷんだと頭を捻っていた。

 リュカがつまらないのを必死で隠している姿が可愛くて黙っていたが、カスパルが目配せしてきたのでシウが連れ出すことにした。

「そろそろ、おやつを食べにく?」

「うん!」

「じゃあ、僕等はもう行くね。スサ達も、もういい?」

「あ、はい。では坊ちゃま、頑張ってくださいね!」

「ああ。ありがとう」

 ひらひらっと手を振って、カスパルはにこやかにシウ達を送り出していた。


 食堂の外庭でソフトクリームを食べた後、シウ達は生産科に向かった。

 教室に入ると、シウのブースが相変わらず人だかりになっており、大変そうだ。

 他人事のように見ていたら、レグロに見つかって呼ばれた。

「面倒くさい。商人が来てるから、お前が直接話をしろ」

 個人ブースなので、本人がいない時は注意書きに従って見るだけにしてね、状態だったのだが無理があったようだ。

 商人とは少しだけ話をして、詳しくは商人ギルドでと、打ち切った。

 用意していた商人向けチラシもなくなっており、再度補充してリュカ達のところへ戻る。

「楽しいですわ。皆さん、こんなことを研究なさっているのですね」

「僕ね、あっちの玩具で遊んだの。面白かったよ!」

 そして、シウのブースの前は素通りして、アマリアのブースに来ると、リュカが目を輝かせた。

「お人形さんだ!」

「まあ、素敵。綺麗なお人形ですね」

 アマリアはいなかったが、彼女の従者と護衛が1人ずつ立っていた。他の客に説明しているので、シウが勝手にリュカ達へ話して聞かせた。

「これ、ちゃんと自立するんだよ」

「わあ!」

「動かせるし、服の着せ替えもできるんだ」

「可愛いね」

「素敵ですわ。このレースのドレスなんて、とても可愛らしい」

 メイド達はうっとりして眺めていた。

「あと、式紙を使うと、動くのもあるんだよ。グスターさん、式紙使って良いかな?」

「どうぞどうぞ。予備もまだありますが」

「アマリアさんにもらったのがまだあるから、大丈夫だよ」

 取り出して、実演してみせた。

「うわあ、うわあ! 動いた!! あ、これ、剣を振っているの?」

「そう。剣は持たせてないから、変な格好だけど」

「面白いね!」

 男性型人形には剣を振る動作をさせて、女性型人形は、別の動きにした。

「まあ! ワルツかしら。お人形がこれほど滑らかに動くなんて、驚きです」

「関節があるからだよ。アマリアさんは、その場で関節付きのゴーレムも作り出せるほどだからね。予め人形の状態にしてあるなら、お手の物なんだ」

 スサ達がきゃっきゃと騒いでいたので、他の客も見に来た。

「可愛い! こんなお人形が欲しかったの!」

「これ、ものすごく難しいんじゃないのか? よく作ったなあ」

「さすがシーカーの生徒だよ」

「誰が作ったものですか?」

 シウが生徒だとは思わなかったらしく、ただ従者か何かが代わりにやってると勘違いした客達に質問攻めとなった。

 護衛のグスターや、ヴィクストレム家から手伝いに来た女性従者も忙しそうだったので、シウが簡単に説明した。

「人形を動かすのに、ここに関節を入れてるんですよ。それで滑らかな動きが可能になってるんです。作ったのはアマリア=ヴィクストレムという生徒で、今は休憩に入っています。彼女の家の従者や護衛の方はあちらで、別の方々に説明しています」

「え、じゃあ、もしかして貴族の女性が作られたのですか?」

 庶民の学校へ通っているらしい少年少女が驚いていた。子供連れの商家の女性も、まあ、と手で口を押えている。それぐらい、貴族の女性がやることとは掛け離れているからだ。

「……でもだからこそ、この造形美なのかしら。とても美しいわ」

 商家の女性がうっとりと、女性型人形を見て呟いた。すると、他の客達も頷いていた。

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