579 生産科の大盛況と食堂での話
昨夜までに、実行委員会として各クラスの出し物を見て回っているせいか、特に楽しい気分にもなれない。
暇なので、早々に生産科の教室へ向かった。
「まあ、早いですわね」
「アマリアさんも」
2人して笑うと、他の生徒の受付を見ながら、なんとなくそれぞれのブースに立った。彼女とは隣り合っているので、椅子を用意して話をする。
「商家からすでに話が来ているんですよね」
「ええ。有り難いことに複数も。今日、見てくださるらしいの。少し緊張しますわね」
「大丈夫ですよ。絶対に子供には受けが良いです」
可動式の手乗りサイズの人形は、男性型女性型と揃っている。顔の造形にも凝り始めて、デフォルメされてはいるがエルフのような美しい顔をしていた。
「高級路線では、式紙を使うでしょう? あれは良い発想だと思います」
貴族や商家の子供など、お金のある家なら欲しがって買うだろう。なにしろ、自分の手で動かせるのだ。しかも組み合わせ方によっては複雑な動きも事前に登録することが出来る。
「式紙も別にして売るという案は、シウ殿の発案ですわ。それに、下位と上位版を作るきっかけは飛行板ですもの」
「え、そうなの?」
「ええ。ああした考え方は初めてでしたわ。驚いて、そして、納得しました。誰もが使える、ということにこだわっていたけれど、それには無理がありますもの。それに上位版があることで、夢を見ることも可能だわ」
「いつか、手が届く、という?」
夢を見るのは良いことだ。
子供なら特に。
「シウ殿も常に新しいことを考えているでしょう? 飛行板の術式も絶えず、考えているようですし。わたくしも常に上位を目指して頑張りますわ」
彼女が話し終わった頃合いを見計らったわけではないだろうが、生産科にも最初の見物客がやってきた。
おそるおそる入ってきたのはがっしりした体系の、いかにも生産系の技術者といった男性だった。やがて、冒険者風の男性達、そして他所の学校の生徒が入ってきた。
鍛冶関係、魔道具屋などの同業者から、使う側の一般人までが意外と見てくれる。
生徒各自のブースにて作ったものを置いているが、その場で直に使えるようにしているからか皆が楽しそうに触っていた。
面白いものから、珍しい魔道具や、便利グッズなど、早速その場で生徒と話をしている関係者も多かった。
そんな中、シウとアマリアのブースは大盛況だった。
アマリアの人形には女性も興味を持ったようだが、むしろ男性の方が熱の入りようはすごかった。
「動くのですかっ!? なんて素晴らしい!」
貴族の子息と思われる青年など、教室中に響くほどの声で喜びを露わにしていた。
「これを売ってくれませんか! ぜひともお願いします。値段はいかようにも、え、近々売り出される? な、なんと! それは素晴らしい!!」
危険を感じたアマリアの従者が彼女をガードして、代わりに説明しているようだが全然声が聞こえないぐらい、その青年は興奮していたようだ。しかも間の悪いことに商談に来た商家とかち合い、さあ契約しろ、早くしろ、どんな内容だ、それでは彼女に分が悪いではないかと邪魔なのか手伝いなのか分からない口の挟み方をしたりで煩かった。
シウの方は少年少女と、若い男性に人気があった。
「歩球板、というのですか?」
「球で歩くってことで、造語です」
「へえー」
実演してみせると、自分も自分もと乗りたがった。念のため、転んでも大丈夫なように肘と膝にガードを付けてもらう。
本当は≪転倒防止ピンチ≫を付けてもらおうと思ったのだが、回収が面倒くさいので不格好なガードを貸し出すことにしたのだ。
「ハンドルは慣れてきたら取り外しも可能です。ちょっとやってみせますね」
教室内では危険なので中庭に出て、100mほどの長方形の専用レーンを作っていたので、そこで走らせた。
「うわー! すごい!」
「早いですねっ」
「競技用だと速度制限はかけていないので、早いです。その代わり安全装置を付けてもらうのが規則ですけど」
「そうか、打ち所が悪いと大怪我になりそうですね」
青年は話が早く納得してくれていたが、少年などは早いことが格好良いと思いがちなようでしきりにはしゃいでいた。
「まるで飛行板みたいだ!」
「飛行板知ってるの?」
「兄貴が冒険者で、購入したんだ。本当は冒険者仕様が欲しかったらしいんだけど、あれは貸し出し方式だからって諦めてた。でも飛行板だけでもすごいよ!」
「そっか」
「なんでも、作った人が安全装置をセットで買ってくれって言ってるらしくって、抱き合わせ商法だーって、ぶつくさ言ってたんだ、兄貴。でもそのおかげで、落ちた時に助かったみたいだから、やっぱり大事なんだなあ。あんたも安全対策考えてて、偉いよ!」
「うん。ありがとう」
同年代の少年に褒められて、素直に嬉しかった。
ところでこの少年は、後になって友人から、飛行板の製作者がシウだと知って戻ってきて平謝りしていた。
謝る必要などどこにもないので、いいよと答えていたがしきりに恐縮していた。
可哀想なので、魔獣魔物生態研究科の食事チケットをあげたら、何故か兄貴と呼ばれてしまった。そう、実は年齢もシウの方が上だったのである。
ところで、シウはたびたび一般客と間違われた。
少年にも言われたが、シーカーに入れる年齢の子供に見えなかったらしい。
生産科で説明している間も、てっきり「主」の従者として代わりに説明しているのだと思っていたようだ。
子供が偉いねえと言われて、初めて彼等の勘違いに気付いた。
ローブもちゃんと付けて、魔法使いっぽくしているのにこれだ。
仕方ないので実行委員会の腕章を目立つ位置に付け替えて、以後過ごした。
食堂へも行ってみたが、盛況だった。
出し物として庭にブースも設置しているが、一般客も食べられるとあってまだ早い時間だったのにフル回転状態だ。
「お疲れ様ですー」
「ああ、シウ君か! いやあ、もう目が回る忙しさだよ!」
とか言いながらも嬉しそうだ。料理長のドルスは笑顔で手を振った。
昨夜までの間に大量の食材を用意して下準備しているので、今のところ大丈夫なようだ。臨時で雇った職員も決められたマニュアル通りに動けている。
「シウがマニュアルだったか? 分かりやすい指示書を作れって言った意味がよく分かったよ。いやあ、楽だ。あと、作業の分担。効率よく動かせるんで、思ったほど慌ててない」
「でも本番はこれからでしょう?」
「そうだな。気を引き締めて頑張るよ。シウ君はこれから食事かい?」
「はい。あ、勝手に隅っこで食べてますから」
「悪いな! じゃあ」
喋りながらも手は動いており、さすがプロの仕事だった。
いつもの場所で食べていると、プルウィア達がやってきた。
「休憩?」
「そうなの。シウも早いのね」
「いつもの時間だと混むだろうと思って」
「わたしも同じ。途中でルフィナと会って、一緒に来たの」
「ここで食べるのは初めてよ。普段は来たとしても2階のサロンだもの」
興味深そうに辺りを見回している伯爵令嬢は、庶民に近い考え方をしているので特に気取った様子もなく席に座った。
「僕が作ったのを食べる? それとも、食堂で頼む?」
「あー、悩むわね。シウの作ったものは美味しいんだもの。でも食堂に来たからにはチケットを買って、自分でトレーを受け取りたいわね」
よし、と席から立ちあがってセレーネと共に食券売場へ行っていた。
「わたしはいいわ。つまみ食いしてお腹いっぱいなの」
「あ、プルウィア午前中当番だったっけ。肉ばっかり食べたんじゃないの?」
「いいのよ。今日ぐらいは」
ツンとそっぽを向いてしまった。
「昼から、デザートめぐりなの。お腹を空けておかないと」
「非日常な2日間になるねー」
「こんな時でもいつも通りのシウが驚きだわ」
何それ、とシウの食べるものを見て笑った。
「オムライス」
「それは知ってるわ。前にもらったもの。美味しかったなあ。……って、そうじゃなくて。いつも通りにお弁当作って持ってきてるのね。どこかのクラスで食べるって考えはなかったの?」
「あ、そうだね。でもなんだか昨夜までに見て回ったせいか、もう食べた気になってて」
「……それはちょっと分かるわ。あんまり新鮮味がないというか、感動する部分ってないわよね」
残念そうに頬杖をついて、プルウィアは庭を眺めた。
「食堂の出し物も、中身は全部食べたことあるものばかりだし」
「だよねー」
「実行委員って案外、つまらないわね」
だれている間に、ルフィナが意気揚々とトレーを持って帰ってきた。その後ろでお付きの人がそわそわと付いてくる。彼等も同じようにトレーを手にしている。
「さあ、食べるわよ」
彼女は楽しそうに、食堂のシステムを満喫しているようだった。
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