578 文化祭初日の暇な午前の前半戦




 風の日となり、文化祭が始まった。

 昨夜は遅くまで準備で走り回っていたが、夕方にはなんとか形になった。

 そして夜のうちに全員で最終チェックをして、学校側の確認も終わり解散した。

 さすがのシウも疲れたような気はしたものの、やっぱりいつも通りに寝て、いつも通りの時間に起きると、いつも通りの状態となっていた。

「連日大変そうでしたのに、お疲れになりませんねえ」

 スサは驚いて、支度の出来たシウを見て笑っていた。

「今朝もお早いですね。学校へはいつもの時間に参られますか?」

「少し早めに行こうかと思って。スサ達は午後から来るんだよね?」

「はい。今日と明日、交替で参ります。リュカ君も一緒ですから、途中で会えると良いのですけど」

「通信魔道具を使って呼んでくれる?」

 来たら分かるのだが、それは黙っておく。

「よろしいのですか?」

「うん。時間が空いていれば、案内したいし」

「では、念のため到着しましたら連絡いたしますね」

 楽しみです、とにこやかに笑った。

 カスパルの個人展示も結局なんとか通ったので、ブラード家に勤める彼女達としては見ておきたいのだそうだ。もちろん、文化祭自体も楽しみらしいが。

「リュカが起きてくるのを待ってたいけど、もう行くね」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 フェレス達もいつも通りにしか見えないが、おめかしバージョンのスカーフを付けている。ブランカは女の子らしく首輪にリボンを付けているし、クロは蝶々を模した細工物を羽に付けていた。軽いものなので違和感はなく、本人も嬉しそうだ。

 当然ながら、フェレスは猫の鞄を背負っている。

 これが彼のオシャレなのだ。恐ろしいことに「とてもいけてる」と思っているらしい。シウのセンスも大概悪いので、そのへんが似てしまったのかもしれない。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。



 学校へ到着すると、受付担当の生徒がいて、シウを見て驚いていた。

「早いなあ!」

「先輩も。寝てないんじゃないですか?」

「あー、うん。もうここまで来たら寝ない方が良いかと思って」

「じゃあ、差し入れしときますね」

 ポーションを出すと、とても喜んでいた。

「うわ、助かる。有り難くいただくよ。あ、生徒会室に差し入れあるから、勝手に持っていってだって。ティベリオ会長の実家からの支援。他にも大貴族から寄付やら支援物資があるから遠慮しないでな」

「はい。じゃあ、先に生徒会室覗いてみます」

 忙しいようなら、手伝わなければならないだろう。

 そのつもりだったが、生徒会室では見たことのない人でいっぱいだった。

「あれ?」

「あ、シウか! 早いなあ」

 ティベリオが目敏く見つけてくれた。

「実家でぼやいたら、秘書や従者を貸し出してもらってね。差し入れの仕分け要員も必要だったし、他貴族の差し入れも含めて分配させてる。シウも持って帰るんだぞ。帰りに寄って、あ、アイテムボックス持ちだったな? おーい、カーネリア!」

「はい!」

「シウに渡してやって。それと、生徒会の手伝いはもういいから、文化祭を楽しんでおいで。実行委員の持ち回りの分だけ頼むよ」

「あ、はい。分かりました」

 これだけ人がいたら、生徒会の仕事は大丈夫だろう。実行委員の仕事も本メンバーで回せるようだ。あとは、交替で見回りなどをするだけなので、その間だけ仕事をすることにして、他は楽しんでいいということだった。

 ということは、早めに出てきてしまったが、時間が余るということだ。

 さて、どうしようかとぶらぶら歩いていたら、バルトロメに見付かった。


 魔獣魔物生態研究科では魔獣を使った料理を披露する。

 その横の教室では研究成果を展示しているが、たぶん、ほとんど入る人はいないだろう。冒険者や同じ研究者ぐらいが興味を示すぐらいだと踏んでいる。

 当初、計画では食事をした人が強制的に入るよう、道を作っていたのだが実行委員会に却下されていた。

 見たい人が見る。それが当然の流れだ。無理やりはいけない。

「でもさー、ちょこっと帰りの通路を変更するだけなんだけどなー」

「先生、それはダメだって言われたでしょう? 今朝になって変更するとか、ばれたら怒られますよ」

「……やっぱり、そうだよねえ」

「プルウィアに言ったら、ものすごーく怒られますけど、良いですか?」

「あ、ダメ。ごめん、今のなし。なかったことにして!」

 すでにクラスでも頭角を現しているプルウィアなので、バルトロメはすぐさま降参した。

「ところで、下準備終わってます? 僕、レシピ計画にしか参加できなかったので、当日の時間行程が気になって」

「そのへんはね。僕よりしっかりしている生徒が多くて助かるよ」

「……ですね」

「うん」

 にっこり微笑まれてしまった。

 しっかりしていないという自覚はあるようで何よりだった。

「そろそろ、アロンソ達も来るよ。昨日のうちに仕込みは済んでいるし、朝からやることと言ったら、お皿の準備などだけだね」

「でも、今更だけど肉ばっかりなんですよねー」

「そうだね。魔獣に絞ったからね!」

「不本意だ」

「君、ずっとそんなこと言ってるね」

「肉食男子じゃないので」

「……相変わらず、面白い言い方するね。肉食男子ね、ふふ、じゃあ肉食女子もいるのかな」

 むしろ肉食女子の方が多いぐらいですよ、とは言わなかった。

 怖いので。

 誰とは言わないけれど。

「あら、シウ。バルトロメ先生まで? 早いですね!」

 プルウィアがにこやかに登場した。

「生徒会で仕事があったら手伝おうと思ってたんだけど。でも追いやられちゃって」

「あ、わたしもよ」

「なんだ、2人とも。それでこっちに来たのか。てっきり一番に来たんだと思って感動してたのに」

「拗ねないでくださいよ、先生。それより、今日は邪魔しないでくださいね」

「……ひどい生徒だ」

「だって、先生、なんにもできないんだもの。不器用って問題じゃないです。あれで魔獣の説明ができなければ、良いところないですよ?」

「プルウィア、もうそろそろ、そのへんで」

「え?」

 バルトロメが撃沈しているので、適当なところで止めてあげた。

 彼女からすれば、バルトロメの爽やか好青年なところは全く「良い」部分には入らないらしい。

 考えればエルフは美男美女が多いらしいので、見慣れているせいか美しいものへの耐性が付いているのかもしれない。内面を重視しているのは良いことだが、割と言葉を選ばないので、時々シウでも慄いてしまう。

 まあ、プルウィアもシウには言われたくないと思っているようだが。


 その後、まだ担当時間でなかったこともあって、教室を離れた。

 研究棟で時間を潰そうにも、あそこは立ち入り禁止ロープを張っているので、実行委員会の人間が行くわけにもいかずぶらぶらと歩いて回った。

 この2日間の文化祭で、シウが科の出し物に参加するのは生産科と古代遺跡研究科、魔獣魔物生態研究科だけだ。

 戦術戦士科は土台作りや設備設置などを請け負ったので、当日は不参加にしてもらった。どのみち客は来ないと、生徒達の総意では決まっている。

 なんとなく暇なので見回りをしながら本校舎内を行ったり来たりして、使用されている外回りを廻ったところで文化祭が始まった。

 構内アナウンスがティベリオ会長の言葉で流され、一般客も続々と入場していることが告げられた。


 念のため、こっそりとドーム体育館横の広場に出向いてみた。

 レイナルドが仁王立ちして客を待っていたようだが、担当の生徒以外に人は集まっていないようだった。

 冒険者ギルドにもお願いして、文化祭があることを大々的に宣伝した張り紙をしてもらったのだが、時間が早いのか影も形もない。

 目が合うと怖いので遠くからそっと見て、その足で本校舎に戻った。


 本校舎ではローブを付けていない、つまり見るからにシーカーの生徒ではない一般人が増えていた。庶民も多く、庶民なりの目一杯のオシャレをして来ているようだ。ちょっとした娯楽になっているらしく、楽しそうに笑っている。

 中にはおっかなびっくりで、魔法がどこかに仕掛けられているのでは? ときょろきょろする人もいた。

 もちろん、そうしたものは一切ない。

 魔法学校だからといって、特別なことはないのだ。仕掛けもほとんど、存在していないぐらいだ。新魔術式開発研究科の教室ぐらいではないだろうか。変な術式を掛けているのは。

 庶民の他には王都内の魔法学校の生徒も団体で参加しているようだ。ぞろぞろと並んで歩いている。お揃いのローブと制服を着ているので分かりやすい。

 学生は制服で参加する決まりでもあるのか、ローブを付けていない制服の子も多かった。一般の学生らしい。

 生地や、帽子の有無などで、高等学校か一般中等学校かの違いが分かった。

 彼等の中ではそれぞれに階位があるのか、態度が大きい者もいて見ていて気持ちの良いものではなかった。ただ、巡回中の生徒会メンバーが注意していたので、ホッとした。

 シーカーは、外から来た者に対しても「平等」を謳っているのだ。

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