577 慌ただしい文化祭準備




 山粧うの月の最後の週は文化祭準備で始まり、終わった。週末も2日手伝いに入ったので、最後の光の日はフェレスともどもリフレッシュのために山籠もりしたほどだ。

 明けて、草枯れの月となり、この週も忙しさで始まった。

 ほぼ授業は行われず、文化祭準備に奔走したのだ。

 次回からの授業が詰め込みになるのではと心配したが、考えれば途中参入してくる生徒や、1年次だろうが3年次だろうが関係なく混合で行われる授業内容を考えたら、さほど問題はないのかもしれない。

 それにしても、以前から不思議だったのだが、どこで辻褄を合わせるのだろうか。

 どれだけ学べば科の卒業認定が取れるのか。

 なにしろ、シウはすでに3つも専門科を飛び級している。論文は提出したけれど、それでいいのか、と思わずにはいられない。

 クラス担任のアラリコが言うには、大図書館レベルの内容を把握してれば、大抵は認定可らしいが。

 それで良くないのが戦術戦士科だったり、新魔術式開発研究科だったりするのだが、これは先生の能力に依るからだろう。

 彼等の頭の中にあるものまでは、大図書館の知識で補えない。

 考え方もそうだが、授業を受けて分かることも多かった。


 先生の能力に頼った授業と言えば、生産科も独特なクラスだ。

 レグロから卒業認定はもうしてるぞ、と言われた時はちょっと驚いた。

「えっ、じゃあ僕は勝手に授業を受けに来ているんですか?」

「うん? まあ、そうとも言うのか。とにかく、無理して来なくても良いぞ。いや、来たかったら来ていいし。お前の作るものは面白いから、他の生徒の発想にも役立っている。俺も見るのが楽しいからな!」

「そ、そうですか」

「言い忘れていたのを、今さっき思い出してな! ははは」

 とまあ、こんな調子で適当さが出ている科も、ある。


 金の日は、午前中の戦術戦士科では場所の設営が完了していたので、組手の段取りなどを打ち合わせた。

 興が乗ったらしく、レイナルドが授業さながらに張り切って生徒達と乱取りを始めてしまった。時間もないのに何をやっているんだと思ったが、途中でクラリーサに注意されて我に返っていたようだ。

 午後の新魔術式開発研究科では普段通りの授業が行われた。

 たぶん、ヴァルネリの頭の中には文化祭の「ぶ」の字もないだろう。自分に関係のないことは脳内から消去するらしい。

 全く関係なく、いつもの早足進行で授業は進んだ。


 この日、生徒会および文化祭実行委員会のメンバーは泊りがけの仕事となった。

 もちろん、女子生徒は寮なり自宅へ帰ったけれど、プルウィアなど寮組は割とギリギリまで参加していた。男子生徒に寮まで無理やり送られていたぐらいだ。

 土の日もまだ授業を受ける生徒はいるが、全体の割合から言えば少数なので、彼等を無視して大がかりな設営が始まった。

 表門や裏門から一般人を受け入れるので、案内標識を付けて回ったり、立ち入り禁止区域にはロープを張ったりするなどした。

 立ち入り禁止区域でも、絶対に入ってはいけないような場所は結界魔道具を設置していった。その間は生徒も立ち入らせないので、よほどの場所だけとしている。たとえば、薬の保管庫や、開発中の魔道具がある倉庫、研究中の古代魔道具などが置いてある執務室などだ。

 ヴァルネリの執務室の資料保管庫にも結界を掛けた。本人がやると言い張っていたが、信用できないので勝手にして、かつ、誰も入れないようにしたのでものすごく文句を言われてしまった。

「やっぱり入る気だったんだ」

「うっ、いや、そうじゃなくて」

「文化祭期間中は、一部を除いて全面的に強制休業です」

「僕はその一部だ!」

「一部っていうのは、毎日毎日面倒を見ないと枯れてしまう植物を育てている研究者とか、菌の繁殖のために毎日餌を上げている先生などだけです。あと、騎獣の世話をしている方とか。ヴァルネリ先生の研究は毎日やらなくても大丈夫。もう教授会で決まったことなんだから、諦めてください」

「くっ、僕にそこまで言うなんて」

 彼の秘書兼従者のラステアとマリエルが、後ろでパチパチと手を叩いていた。

 彼等の告げ口によって、シウがやってきたので共犯者なのだが、どうやら全面的に矢面に立たされたのはシウだけのようだ。

 苦笑しつつ、教務棟を後にした。


 シウ達のような初年度生の実行委員はこうした雑用に追われた。

 腕章を付けて走り回っていたせいか、あちこちで声を掛けられることも多かった。

「あっ、お前、シウって言ったよな? 頼む、ここを手伝ってくれ!」

「なんですか? もしかして、設営まだできてないんですか?」

「生徒会と同じこと言うなよなー! 一度やり直しを命じられたんだ」

「え、今頃ですか?」

 それは大変だと、心配になったら。

「エルフの女子生徒がさ、こんな危険な土台で門を作るなって怒って……」

 思い出したのか青年は渋面になってしまった。

 よく見れば、確かに杭打ちもしていないただの石を土台にして大がかりな門を構えている。風が吹けば危険極まりない。

「あー、再三に渡って注意されてたクラスですね。彼女、委員会でもすごく怒ってましたよ?」

「うっ……」

 思い当たるらしく胸を押さえていた。

 上級生の一般クラスで、ドーム体育館側の外庭にて「希少獣と遊ぼう」という展示をやるところだ。貴族が多く、家で飼っている希少獣を連れてくるのだそうだ。魔獣魔物生態研究科でも一度は考えた案で、思いつく人は多いようだった。

「しようがないなあ。じゃ、時間もないので、杭を打ちます。材料はどこです?」

「……それが、もうなくて。今からじゃ仕入れ業者も無理だと断られたんだ。どこかに余ってないか?」

「それが目当てですか」

「頼む!!」

 貴族の子息らしいのに頭を下げてきたので、珍しいこともあるものだと苦笑して、了解した。

「じゃ、後で均しておいてくださいね。えーと、このへんのを使うか」

 地面があったことが幸いした。土属性魔法で下から土を抜き出し、水を合わせて重力魔法で圧縮した。

 ガッと音を立てて、更にはみしみしと言いながら土が四角く固まるのを目の前に、上級生はぽかんと口を開けて驚いていた。

「退いててくださいね。杭を打ちます。≪打撃≫あとは、≪固定≫かな」

 コンクリート状にして、四角い土台を太く設置した。鉄筋を予め埋め込んでおいて、飛び出ている部分を丸く曲げておく。

「ここの鉄筋に引っ掛けて、柱を立ててください。撤去したのを再利用したらできますよね? これなら安定してると思います。あと、希少獣達が盗まれないように、ちゃんとナンバリングするとか見張りを立ててくださいね?」

「えっ、あ、ああ」

「じゃあ、僕はこれで」

「あ、おい、その、ありがとう」

 いいですよ、と呆れ半分で手を振って離れた。


 生徒会メンバーや実行委員会メンバーからも、同じようなことがあったと報告された。

 手伝わされたり、手伝わなければならない状況だったりと、大変だったようだ。

 何故かプルウィアだけはそうしたことがなかった。

「どうしてかしら?」

 おかしいわね、と首を傾げている。

 ミルシュカがこっそり、

「だって彼女、怖いんだもの。皆、避けてるのよ」

 と、笑って教えてくれた。

「憤怒の少女って言われていたよ。ものすごく愚痴られたんだ」

 とは、グルニカルだ。

「ただし、笑顔で言うものだから、どこまで本当なんだか」

「男は美女には弱いわよね~」

「美女が嫌いな男っていないだろ」

「あら、美女が気にならない男なら、いるわよ」

「どこに?」

 ストレスが溜まっているのか、2人とも能面のような顔をして手を動かしながら、小声で会話をしている。怖いものだ。

 関わらないように話だけ聞いていたら、突然ミルシュカがシウを向いた。

「ほら、ここに」

「え? 僕?」

「そうよ。美女と並んで仕事しているのに、全く気にしてない少年が1人」

 にっこり微笑んで、ただし目は笑っていないが、そんなことを言った。

 それまで小声だったのに、普通のボリュームになったせいかプルウィアが気付いて、なに? とシウ達を見た。

「ミルシュカ先輩の横で仕事しているのに気にしていないってこと? ダメですよ、先輩。シウったら、てんでお子様なんだから。お世辞のひとつも言えないんですよ。気にしちゃダメです。たまに失礼なことも言うらしいし、気にしない方が良いんです」

「あら、そうなの?」

「だってほら、そのせいでヒルデガルドさんが女扱いしてくれないって拗ねて怒ったんだから」

「……ぷっ」

「あの騒ぎをその説明で片付けちゃうんだ? プルウィアさん、すごいね!」

 噴き出したのはミルシュカで、プルウィアに突っ込んだのはグルニカルだ。さっきまでの疲れた顔も消し飛んで、笑顔になっている。

「まあ、でも、美女の中にわたしが入っていて嬉しいわ」

「本当に。お世辞も言える後輩で良かったね」

「グルニカル? あなた、いい加減その口を閉じないと許さなくてよ?」

「はい! とっとと仕事をします!」

 そこで笑いが起きて、少しの間、生徒会室の疲れも吹き飛んでいたようだった。

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