576 週末の過ごし方、リュカの師匠選び




 土の日は午前中は、ウンエントリヒの港市場へ出向いて買い物をしてから処理を済ませ、午後は学校へ行った。

 文化祭実行委員会の手伝いをしたり、戦術戦士科の土台作りをして過ごした。

 レイナルドの姿を見ると相変わらずフェレスは微妙な顔をするが、根に持っているわけではないようなので勝手に遊ばせておく。時折、噛んだりしているようだ。もちろん、甘噛みで本気ではない。他の人にはやらないので、意外と好きなのかもしれなかった。

 レイナルドは絶対違うと言い張っていたが。



 風の日はヴァルムの港市場と、少し離れているが隣りのカルト市場に行った。ついでに、ハルプクライスブフトの市場にも寄る。

 どちらもフェレスは連れて行けなかったが、クロとブランカを置いて行ったのでもう拗ねることはない。むしろ面倒を見なければと責任感を持って対応していたようだ。

 午後からはフラッハの港市場と、普通の市場の両方を巡ったけれど、こちらはフェレス達を連れて行った。

 偽装しているが、ここはラトリシアからも遠く離れているので特に問題ないだろうと思っている。

 買い物を済ませると、この日はコルディス湖に転移して夜まで森で遊んだ。

 訓練がてらの遊びはフェレスもリフレッシュになったようで、夜、しきりに楽しかったねーと鳴いていた。

 フェレスに合わせるよう、ブランカもみゃあみゃあ鳴いており、クロが首を傾げて踊るように飛ぶ真似をしていたのが可愛かった。



 光の日も午前中はコルディス湖周辺で過ごしてから、午後は爺様の家に転移してフェレスに見回りを頼み、シウは仕入れたものを処理したり調理して過ごした。

 家の外ではクロとブランカが元畑で遊びまわって泥だらけになっている。

 今は育てている野菜などはなく、種だけ保存していた。

 いつか、戻ってきたらまた自給自足できるようにしたいと思っているが、いつになることやらだ。


 フェレスはかなり遠くまで見回りに行っており、時折、感覚転移で確認するのだがハラハラした。

 この近辺で彼より強い魔獣はいないと思うが、騎獣としては低位なのでやはり心配だった。

 あらかた調理も済んだところで、フェレスを呼び戻す。

「にゃ!」

 戻ってきたフェレスは、楽しかったー! とむふーと鼻息荒く答えていた。

「楽しいのはいいけど、心配だから気を付けてね」

「にゃにゃ」

 分かったー、と本当かどうか分からないような返事をして、体を擦り付けてきた。


 そこから夕方までは一緒になって遊び、晩ご飯前に転移してブラード家へ戻った。

 夜はリュカと一緒にお風呂へ入り、フェレスが風呂へ飛び込んで水を飛ばす遊びを始めてしまい、きゃっきゃと楽しく騒いだ。

 こうなるともう終わらなくて、クロも水遊びは好きなものだから羽で水面をバシバシ叩いて散らかすし、ブランカはまだ上手に泳げもしないのに飛び込んで溺れてはフェレスに助け出させるという遊び? を繰り返していた。

 リュカも潜水を始めるし、大騒ぎだ。

 風呂から上がると、スサに怒られてしまった。

「のぼせますよ。どれだけ入っているんですか」

 騒いだことはばれていないが、長すぎて遊んでいたことはばれたようだ。

「さあ、すぐには寝られないでしょうが、湯冷めしてはいけません。ベッドの上で横になってください。その代わり、美味しいレモネードを用意しましょう」

「わーい! ありがとう、スサさん」

 リュカが手放しで喜んだ。

 レモンはシウが森で採ってきたものだ。この時期のレモンはまだ青いのだが、酸味が瑞々しくて美味しい。蜂蜜も採取したので料理長に渡していたのだ。

 まだ眠れないリュカをシウのベッドに連れて行き、クロやブランカと共に寝転んだ。

 フェレスは床のお気に入りラグの上でごろんと横になった。

 暑いようで舌をだらんと出して、へそ天状態だ。

「もうちょっとしたら、ブラッシングするね。レモネード飲んでから」

「にゃ……」

 クロもばてており、ベッドの上で横になっているが、鳥が横になっていると怖いので止めてほしい。普段は座った状態で寝ているのに。

 ブランカだけ元気だ。リュカの周りをぐるぐる回って、時折ちょっかいを出しては捕まえられている。その度に「みゃ!」と喜んでいた。


 レモネードを飲みながら、リュカは週末会いに行った薬師ギルドの様子を教えてくれた。シウが付き添うつもりだったのだが、ソロルと2人で行ってみると本人が言い出したので任せた。ついでにミルトも気になったのか後を付けて、結果的には一緒に付き添ってきたらしい。

「師匠になってくれる人、見付かった?」

「うーん。まだ分かんないの」

 シウの作ったストローでちょろちょろと冷たいレモネードを飲みながら、リュカは考え考え、続けた。

「すごく優しいお顔の人と、目がこんなになってるのに僕を見ていないような人、あと、ちょっと怖いお顔の人がいたよ」

 目がこんなになっている、というところで片方の手を使って実演してくれた。ようするに笑っているような目だ。目じりが下がった状態なのだろう。なのに、見ていないということはよろしくない。リュカを見ていないという意味でもあるし、子供に心を隠せていないということは腹に一物あるタイプだ。

 子供の直感は大事なので、リュカの話をしっかり聞いた。

「優しいお顔の人はねえ、いっぱいお話してくれて、ハーフでもいいよ、子供もいっぱいいて楽しいよって言ってくれたの」

 ソロルやミルトは彼が良いのではと、勧めてきたそうだ。

 なのに決めかねている。

 ということは、リュカは気になっているのだ。彼に決めても良いのか、悩むということは、心のどこかに理由がちゃんとある。

「怖い顔の人はどうだった?」

「……あのねえ、えっと、あんまり喋ってくれなかったの。それでねえ、俺のところに来たら甘やかさないぞ、って怒ったの。でも全然怖くないの」

 どうしてかな? と首を傾げる。

 シウは助け船を出した。

「それは、本当には怒ってないからだよ。もしかしたら、リュカのために言ったのかもね」

「僕のため?」

「そうだよ。甘やかしてたら、それが当たり前になって、将来偉そうな大人になっちゃうかもしれないでしょ?」

「あ、おとうが言ってた! 厳しくするのは、大人になった時のためだって。甘えるのは夜だけだぞって、おとうの前だけだって」

 思い出したのか、少し涙ぐんで、教えてくれた。

「……リュカ、シウにいっぱい甘えてる。スサおねえちゃんにも、ソロルおにいちゃんにも」

「それは、家族だから良いんだよ。身内に甘えるのは特権だからね。でもほら、厳しく怒る時もあるよね? さっきもスサに怒られたし」

「あ、そうだったね!」

 にっこり笑って、袖で涙を拭いた。それから急いでレモネードの残りを飲み干し、少し考えてからリュカは話を続けた。

「僕、厳しくしてくれる師匠にしようかな。あのね、ミルト先生のお爺さんに似ていたんだよ。こーんな顔して子供を怒るの! でもね、後で髪の毛をね、ぐしゃぐしゃってしてくれるの!」

「本当に優しい人は、そんな風に不器用なのかもね」

「ぶきよう?」

「上手く、優しさを表現できないんだよ。良いお爺さんだったんだね。その怖い顔の人も、もしかしたら良い先生になれるかも」

「……僕、あの先生にお願いしようかな? 大丈夫かな?」

「頑張ってお願いしてみようよ。あと、どんな様子か見学させてもらおう」

「けんがくってなあに」

「仕事の様子を見せてもらうんだよ。どんな様子か、目で見て感じられたら、リュカも心配が吹き飛ぶんじゃない?」

 それからガラスのコップをテーブルに置いて、リュカの目を真正面から見て言った。

「もし、合わないなって思ったら、また別の先生に頼むこともできるんだ。無理だけはしちゃダメだよ?」

「……うん。でも、僕、頑張る!」

 むんっ、と拳を握って張り切って答えた。

 やる気が漲っているようだった。


 その後も、熱が冷めるまでの間、話を続けた。

 薬師ギルドには沢山の本があったこと。それが全部、薬に関するものばかりで驚いたこと。読めない字もあって勉強をもっとしたいと思ったこと。

 それから、ミルトが街を連れて回ってくれた話もした。

 これも校外学習だと言って、カフェにも入ったそうだ。

 ソロルが恐縮しながら入っていたので、緊張したのはリュカだけではなかったと笑って教えてくれた。

 カフェでは店員に変な目で見られたようだが、ミルトが睨みを利かせてくれたらしく差別されることはなかったようだ。

 冒険者ギルドも覗いたが、そこでは誰1人として差別するような視線や発言はなかったらしい。多種多様な人種が会員になっているからだろう。また他国を知っているのも冒険者には多い。

 ちょっとだけ、冒険者にも憧れたようだ。

 そんなことを報告されながら、やがて眠りについた。

 フェレスも寝てしまったのでブラッシングは取りやめにし、シウも横になった。

 そのうち、いつの間にか寝ていたのは、リュカの体温が横にあったからだろう。いつもよりも随分早い就寝となった。

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