575 土台作り、他科の出し物、煙に巻く




 木の日は、パン切り機だけを持って王城に向かい、門兵に預けてから帰ることにした。手紙も送っているので、受け取ってくれるだろう。

 それ以外は商人ギルドへ行ったり、森でフェレス達と遊んで過ごした。


 金の日、戦術戦士科の授業では、レイナルドが申請した場所に土台作りをするため移動した。

 ドーム体育館の横、小さいが基礎体育学などで使用することもある広場だ。

「ここを借り切った。ここに設備を作って、身体能力を披露する。組手は中央だ」

 手書きの図を見せられて、つまりシウに作れということなのだなと把握して、苦笑いだ。他の生徒達も、皆がシウの肩を叩いて頑張れと言ってくる。

 組手の披露は各自がスケジュール表に、ここならばと名前を書きこんでいた。レイナルドの受け持つクラスは他にもあり、聞いたことのない名前がずらっと並んでいた。

「先生、基礎体育学からも生徒を引っ張って来たんですか?」

「攻撃防御実践も。戦術戦士科の生徒の名前以外にも、名前が書いてある」

 どちらも必須科目で、一般学でもある。

 クラリーサが呆れた様子でレイナルドを見ていたが、彼は気付かないふりをしてそっぽを向いていた。

 怪我でもしたらどうするんだと、詰め寄っていたが、レイナルドは最後まで逃げ回っていた。

 その間に、シウは着々と土台を完成させ、材料がある分だけで木組みなどの設備を作ってしまった。



 食堂では各々のクラスの出し物を話し合ったりしていたので、必須科目や一般しかまだ受けていない初年度生が羨ましそうに聞いていた。

 科目別ではなく、クラスで出し物をするところもあったが、初年度生クラスではなかった。まだそこまでは仲良くなれていなかったり、シウ達のクラスのように個々が忙しすぎて参加できる人間が集まらなかった、というのもある。

「でも、ゆっくり見て回れるから楽しいんじゃないのかな」

 クレールが同じ初年度生に話している。

「戦略指揮科なんて、先生同士で合同でやれば良いものを向こうの先生が対抗意識を燃やしてね。巻き込まれる生徒は困ったものだよ」

「クレール達の戦略指揮科クラスは何やるんだい?」

「模型を使って、過去の戦略を説明したり、新たに考えた方法の発表だね。でも、面白いのは一般の人同士が人形を使って争う盤上遊戯かな。生徒の皆で考えたものなんだ。特許も申請しているから、ぜひ遊びに来てよ」

「あ、そういうのなら興味あるよ。僕は、盤上遊戯系は好きなんだ。白黒駒競技や、昔の戦術遊戯盤なんて、得意中の得意だよ」

「おー、そういう人大歓迎だよ。ぜひ、仕組みの穴を探してほしいな」

「俺は得意じゃないけど、できる?」

「できるとも。基本的な使い方は簡単に、応用で組み合わせて難しくなるよう調整しているんだ」

「勝ち抜き戦なんてやると面白そうだね」

 などと、楽しげに語らっていた。

 プルウィアも同じ戦略指揮科なので、システムを考えた一員らしく、鼻を膨らませて自慢げに説明していた。そうした彼女の姿も可愛らしく見えるようで、男子生徒達は鼻の下を伸ばして聞き入っていた。


 ディーノは魔道具開発科に入っているので、それらの展示や説明をするのだと言っていた。

「シウがいたらなーって思うよ。大盛況になるだろうな」

「でも、良い魔道具もあるんでしょ? 商人を呼び込んでみたら? 盛況だと思うけどなあ」

「商人は呼ぶ。でも、一般人にも興味を持ってもらいたいんだよ。なにしろ、買ってくれるのは一般人だろ?」

「てことは、庶民向けの魔道具も多いの?」

「まあね。と言っても、シウが言っていた通り、値段との兼ね合いなんだよなー。開発費用を上乗せするとどうしたって足が出る。学校の授業だからこんなことやってられるんだ。難しいよ、商業に乗せるのって」

「だろうね」

「シウはよく、特許料をあんな設定にするな」

「まあ、僕の場合は元手がほとんどかかってないから」

「人件費が要るんだって」

 ディーノは授業が進むにつれ現実を知り、頭が痛いとぼやいていた。


 他のクラスの出し物に関する噂話なども聞きながら、シウとプルウィアは実行委員なので詳細には加わらなかった。

 たまに裏話を知りたいと聞いてくる者もいたが、やんわりと断った。

 プルウィアなどははっきりと、

「実行委員が内情を話すわけないでしょう?」

 そう、あしらっていた。

 彼女らしいが、そうやって冷たく突き放しても、男子生徒達は相手をされて嬉しいとばかりににこにこ笑っている。シウにはちょっと理解し難い、年頃男子の生態なのだった。




 午後は新魔術式開発研究科の授業だが、このクラスは出し物など一切やらないので、通常通りに授業が行われた。

 4時限目の、場面展開の速い映画のようにコロコロ切り替わる授業を終えると、5時限目から補講が始まった。

 相変わらずヴァルネリには横に張り付かれているが、半分以上無視してラステアの補講を聞く。

「この間考えた複合技は、理論上は可能なんだが、使える人間がいなくてね。なにしろ、僕は金と土と光と闇と無しか持っていない」

 それだけあれば普通はすごいのだが、全属性持ちが羨ましいとしきりにぼやいている。実践できれば、研究もし易いというのが彼の意見だ。

 ちなみにヴァルネリには、鑑定魔法と展開魔法、固定魔法という3つの固有魔法があり、かなり優秀なのだ。

「攻撃魔法はそう作れないからね」

「あ、そういえば」

 脳内で素早く計算して、人身御供を出すことにした。

「僕も理論上可能だと判断して、複合技を教えたんですけど、練習の結果使えるようになった生徒がいますよ」

「えっ、どこ! どんな内容!」

 食いついてきたので、誰かは言わずに複合技を説明した。

「雷撃です。ちょっと面倒くさいので、一発しか打てませんが」

 水と風、更に金と火にプラスして風属性を使うと話したら、ヴァルネリが頭を抱えた。

「な、なんて面倒くさい……」

「術式はこうです」

 さらっと書きながら、仕組みを説明する。

「僕も雷撃は考えたけど、途中で諦めたんだ。使える人間が少なすぎると判断して」

 横目で眺めていたヴァルネリは、段々と身を乗り出してシウのメモを一心不乱に読み始めた。

「まさか、それできっかけを作るなんて……。方向性を強化させるために、風属性を追加、か。とんでもないことを考えるなあ」

「もっと節約できないか、考えていますが」

 回りくどいことをしているが、イメージ力だけなら本当はそんなに要らない気もしている。

 場所指定も不要だろう。なにしろ、そこに当てれば良いのだ。ただし、シウ以外の人間が使うとなれば、指定は必要だ。

「指定が難しいんですよね。固定魔法に近いので、なんとかなりそうな気もしますが」

「ううむ。固定魔法か」

 話を振ると、途端に思考の海に潜って行った。

 よし、と拳を作ってラステアの話を聞く体勢に戻った。

 彼の横ではマリエルが苦笑していた。わたし達よりよっぽど扱いが上手いですと以前言われたが、その時と同じ顔をしてシウを見ていた。


 授業終わりに、ヴァルネリが連れて行かれるのを手を振って見送り、シウはファビアン達と久しぶりの「放課後のひと時」を過ごした。

「さっき、先生を煙に巻いていたね。笑ってしまいそうになって、我慢するのが大変だったよ」

「でもあの複合技、すごいね」

「実践した子もすごいよ」

 誰だい、と彼等の目線が訴えていたので、ここは素直に答えた。

「プルウィアという女子生徒です。かなり練習したみたいですね。とっておきの攻撃魔法を幾つか持っておきたいと言っていたので、教えたんですけど」

「女子生徒か。だったら攻撃魔法を持っていたいだろうね。その子は貴族の子?」

 ジーウェンが聞くので、首を横に振った。

「違うと思います。あれ、どうだろう? エルフに貴族とかってあります?」

 誰にともなく聞いてみると、皆が首を傾げつつ、ああという納得声を発していた。

「エルフの少女と仲が良いって聞いていたけれど、本当に親しいんだね」

「そうかな。でもヒルデガルドさんの話を最初に教えてくれたのは彼女だったし、最初は嘘を教えられて誤解していたみたいだけど、真相を知ってからは良くしてくれるかな。この間も護衛みたいに、生徒会室まで送ってくれたりして」

「……男女逆だねえ」

 ランベルトには笑われてしまった。

「弟のように思われてるのかな? でも、エルフの女性と仲良くしてるなんて、少し羨ましいよ」

「そうですか? 僕、他にエルフの男性と、あ、冒険者仲間にも1人いて仲が良いですよ。会える機会って意外と多いし、羨ましいと言われるようなことは」

 ラエティティアやククールスを思い出すと、どうしても「羨ましい」からかけ離れているので笑いながら話してしまった。が、貶すように聞こえてもいけないので途中で口を噤む。そこに丁度良く、ジーウェンが話しかけてくれた。

「いや、やはり美しい種族だからね。見ていると癒されるというのか、羨ましいんだよ。彼等は孤高なところがあるから、仲良くしていると聞かされると尚更羨ましく感じるんだ。これはもう人族の価値観の問題だからね」

「シウが特別なんだよ。気にならないなんて」

 オリヴェルが言う。

「でもそこがシウの良いところだね。人を見た目や、地位で識別しないところが」

 自分もそうありたいなと、呟くようにオリヴェルは笑顔で話した。

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