574 蜂蜜採取、パン切り機、実行委員会




 魔獣魔物生態研究科では、先日獲ってきた魔獣の解体を行うところから始まった。

 メニューを考えるのは後で、とにかく解体・解体・解体の連続だ。

 シウはそれらを皆に任せて、蜂蜜の効率的な採取をウスターシュと共に行った。巣作りを手伝うウスターシュが知っていた方が良いので、お願いして解体班から外してもらった。

「へえ、遠心分離機、搾り機、かあ」

「どこでも使っているけど、てこの原理を使ったりして女手でもできるように改良したんだ。特許も出しているからこのまま持って行っても良いよ」

「いいの?」

「うん。あると便利だろうし。あ、でも、試作機だって言っておいてね」

「分かった。ところで、これで蜂蜜って終わり?」

「最後にできればだけど、光属性魔法で浄化しておいてほしいかな」

「光属性だけで? 水属性は要らないのかな」

「水属性を入れちゃうと、間違って良い成分も消してしまう可能性があるんだ。菌だけ殺したいんだよね」

「へえ……」

 天然の菌で、悪いものだけを抽出するということも考えたが、この世界の人にそれはイメージできないだろう。なので、光属性だけを使って、浄化をしてもらうと楽にできるし、悪いものだけを殺せる可能性が高い。

「面白い発想だね。分かった。一度、やってみても良いかな」

「うん、えーと、光属性持っていた?」

 彼が持っていないのは知っていたが、聞いてみた。やはり彼は首を横に振って、メルクリオを呼んだ。

 呼ばれたメルクリオは、ウスターシュとシウの説明を聞いて、取り分けた瓶の中に光属性だけで浄化を掛けてくれた。鑑定持ちのステファノにも手伝ってもらい、視てもらう。

「あ、違うね。うん、シウに教えてもらってからは鑑定内容が増えたよ。こんな風に出るんだ」

 高品質と表示されるらしく、最初のものは「混ざりものあり」と出たようだ。

 シウも簡易鑑定にすると同じような表示がされる。

 最近、鑑定魔法の精度を下げられるようになったので、人間以外の鑑定は大分楽になった。調子に乗って鑑定をして回ったせいで、普通に鑑定を掛けたらとんでもない情報量が表示されるから頭の中が面倒だったのだ。

「これ、いいね。応用が利きそうだ」

「メルクリオは便利だなあ」

「ステファノ様の鑑定だって便利じゃないですか」

「そう? だったら2人同時に役立って良かったね」

 じゃあね、と真面目な2人は解体に戻った。




 翌日、生産科では相変わらず発表作品関係なく、違うものを作っていた。

「今度はなんだ?」

「パン切り機です」

「……パン切り機か。またおかしなものを。まあ、構わんがな」

 興味のない人にはトコトン意味の分からないものだろうが、焼きたてのパンは切り難いのだ。冷めるまで待ちたくないので、ちょっと作ってみた。

 何よりも焼き立てパンを薄く切れるのは、なんとなく幸せだ。

 造りは単純で、細い糸を渡した四角い枠を下ろすだけだ。糸は等間隔に並んでおり、幅を調節できるし、糸の張り替えも簡単にしてみた。ネジに通してツマミを捻るだけだからピンと張った状態まで持っていけば良い。

 糸に微振動を与えて軽く下ろすだけで綺麗に切れる。

 ついでに、微振動の包丁も作ってみた。柄と刃の部分の素材が違うこともあって、手に持っても振動がほぼ伝わらないが、よく切れる。ただ、魔核を入れないとダメなので、寿命があった。包丁も寿命があると言えばあるので、10年持つ計算としたら、多少割高な包丁、ぐらいで済みそうだ。

 とはいえ、武器になったら面倒そうなので、お蔵入りである。空間庫に入れて、後は忘れることにした。

 パン切り機も、需要はないだろう。パンが冷めるまでの数時間、普通は待てるものなのだから。これは、シュヴィークザーム専用ということだ。



 午後は生徒会室に行って、文化祭実行委員会の仕事をした。

 文化祭に参加するクラスはもう決まっており、内容の確認や、当日のタイムスケジュールなどを適宜修正する作業を行う。

 なにしろ、何度も修正案が出されてくるのだ。タイムスケジュールも当然やり直しの連続だった。

 提出した申請書類通りに作っていないクラスも多く、生徒会メンバーが度々指導に行っている。シウやプルウィア達は裏方なので、生徒会室で彼等が持ってくる修正案と睨めっこしていた。

 指導に行って戻ってくる生徒会メンバーの中には疲れている生徒も多く、シウはそれとなくお菓子などを用意して置いていた。

 特に、甘い果実を使った角牛乳割りの果実オレは人気があった。

「保温鍋は知っていたけど、保冷容器は初めて見たよ」

 生徒の1人がそんなことを言って、話しかけてきた。タハヴォという男子生徒で、生徒会メンバーだ。

「君が作ったの?」

「あ、はい」

「面白い魔道具を作るものだね。この保温鍋もそう?」

「そうです。シュタイバーンにいた頃、作りました」

「あ、そうなんだ。最近ルシエラで出回っているから、てっきりここで特許を取ったものだと思ってたよ」

 それにしても、魔核の消耗すごいのだろうね、と矯めつ眇めつして魔道具を見ている。

「そうでもないですよ。小っちゃい魔核で、毎日使って2年ぐらいでしょうか」

「えっ!? ホントに?」

 ものすごく食いついてきたので、簡単に説明したら、ぱあっと笑顔になった。

「いや、家で買おうか買うまいか悩んでいたから。てっきり高いものだと思っていたよ」

 ルシエラでの値段は知らないが、特許料はないに等しいのでそう高くないはずだと答えたら、タハヴォはウキウキしてその後の仕事をこなしていた。

 後から、冬の寒いのも夏の暑いのも嫌らしく、せめて飲み物だけは毎回火を起こさずに用意しておきたいと家族で話していたそうだ。どうやら貧乏貴族の出らしい。

 魔力が高いのも彼だけらしく、普段の生活に魔道具を使うのも難儀な事らしい。

 貴族といってもピンキリで、彼は限りなく庶民に近いのだと力説していた。


 午後はずっと生徒会室で過ごしていたせいで、入れ代わり立ち代わり生徒会メンバーと話をすることになった。

 癒しを求めてフェレスと遊びたいと言ってくる生徒もいて、本人が嫌がらなければと断ってから、どうぞと差し出した。

 フェレスもシウが相手をしてくれないので暇だーと拗ねていたから、遊んでくれる相手を見付けて尻尾をふりふり喜んでいた。

 ブランカもリードを付けたまま突撃したり、女子生徒のスカートの中に潜り込もうとしてクロにリードを引っ張られ「ぐぇ」と鳴いて皆に笑われたり、楽しそうだった。

 そんな風に遊んでいても、途中で抜け出してわーっとシウのところへ戻ってくるところもある。ぐりぐり頭や体を擦り付けてから、また遊んでくれる相手を見付けて突進する。

 疲れていた生徒達は一様に笑顔になっていた。


 放課後になるとルイス達もやってきたので、彼等が連れている希少獣も癒しの対象となっていた。

 放し飼いにしても大丈夫な場所として認識されたので、梟型ウルラのアノンや、ルスキニアのケリなどは飛び回っていた。ちなみにウェンディの希少獣は亀型テストゥドなので、皆ほど動き回らないため、のそのそと床を歩いていた。偶に踏まれそうになって、生徒の方が驚く、ということがあったぐらいだ。

 プルウィアもウルラのレウィスを連れており、放鳥していた。彼女はレウィスと一体になっているのではと思われるほど離さないので、珍しいことだった。

 それだけ生徒会に慣れたのだろう。楽しげに仕事をしている。

「これ、また間違ってるわ! 説明に行ってくれたの、誰ですか」

「あ、その、僕だけど」

「ちゃんと説明してくれました? わたし、衛生面が心配だってメモも入れていたのですけど、その紙がありません!」

 たぶん、楽しいのだと思う。

 プルウィアに怒られ? ている可哀想な男子生徒に、数人が同情めいた視線を送っていたが、誰も助けようとはしなかった。

 シウもだ。

 黙って、自分の仕事に専念した。


 実行委員の仕事が終わると、プルウィアは仲良くなった女性陣と寮まで一緒に戻って行った。

 シウは1人で学校を出る。

 校門までは生徒会の誰かが付き添ってくれるが、彼等の送って行くという親切な申し出を断り、徒歩で屋敷まで帰る。

 以前付けられていたこともあり危険なのだろうが、だとすれば他の生徒を巻き込みたくなかったのだ。

 もっとも、全方位探索で常に警戒はしているし、あれ以来、見張ってくる視線はなくなっていた。

 シウに手を出すとしても、今はまずいと思ったのか、あるいはヴィンセントやシュヴィークザームという存在を危惧してか、引いたのだろう。

 ただし、警戒は怠らない。

 ヒルデガルドはシュタイバーンに帰って行ったが、裏で彼女を利用していた人間はまだいるのだ。人の不幸をにやにや笑って見ていた彼は、思い出しても気持ち悪い。

 気を抜かないようにしようと、屋敷までの数分を歩いて帰った。

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