573 弟子入り確認、体験コーナー作り




 秋休みが明けて、火の日となった。

 せっかくの始まりの日なのに、空はどんよりと曇っている。これからラトリシア国はこうした空模様が多くなるのだ。湿気のないカラリとした季節も一瞬で終わったような気がする。

 冬の鬱陶しい天気は、それだけで気が滅入りそうだ。

 もっとも、子供は雨が降ろうと元気なもので、フェレスも天気なんてなんのその、尻尾をふりふり歩いている。

 空を見上げることもないので、全く気にならないのだろう。

 そのフェレスの足元にはリードを付けたままブランカがちょこまかと歩いている。

 クロはちゃっかりフェレスの背中に乗って揺れを楽しんでいた。

 研究棟に入ると、すぐ抱っこを止めて放し飼い状態にしているのでこうなっている。

 もちろん、他へ迷惑がかからないよう見張ってはいるが、大抵はシウかフェレスの傍にいるので問題が起こったことはない。

 むしろ、研究棟の生徒達は大半がにこやかに接してくれる。残りの少数派は、全く意に介さない派だ。研究の事で頭がいっぱいらしく、周囲を見ていないのだ。よって、フェレス達の方が避けて歩くぐらいだった。


 古代遺跡研究科の教室に入ると、いつものようにミルト達が一番乗りしていた。

 挨拶の後、昨夜の出来事を話してみた。

「昨日、リュカに薬師へ弟子入りして学んでみるか聞いてみたんだ」

「えっ」

「いきなりどうしてだ?」

 従者のクラフトが心配そうな顔で問うた。

「本当は学校へ通わせてあげたかったんだけど、ロランドさんがあちこち調べた結果、諦めたんだよね。どうしてもハーフ差別は避けられないし、どうかすると教師まで差別意識を持っているとかでね」

「ああ、そうだろうな……」

 純粋な獣人族であるミルトでも、獣人族だからと人族至上主義者から差別されることもあるらしいので、嫌そうな顔をして頷いた。

「でも、同年代の子との触れ合いはとても大事だと思うんだ。現に僕は、幼い頃を爺様としか過ごさずに来たから、ちょっと変でしょ?」

「……まあ、普通、とは言い難いな」

「自分で言えてしまうのが、シウらしいな」

 素直に答えたミルトと、失笑するクラフトが対照的だった。

「大人の顔色ばかり窺っているのも良くないし、メイド達はどうしても甘やかしてしまうから、少し早いけど将来設計を立てるためにも聞いてみたんだ。カスパルは自分から言い出すまで待っていたらって言ってたんだけど、ちょうどいい話があったから」

「そうなのか。でも、そういえば、あいつ、薬草作りを手伝うのが楽しいって言っていたな」

「うん。よく手伝ってくれていて、最初はほら、親の手伝いをして褒めてもらう、って感じかと思ってたんだけど」

 きっかけはそうだったかもしれないが、本人が興味を持っているかどうかはよく分かる。事実、リュカは薬草を処理して薬にする過程をとても楽しんでいた。

 自分の作った咳止めが、メイドの役に立ったことも嬉しかったようだ。

「ソロルにこっそり、ハーフでも薬師になれるか、聞いていたみたい。それで薬師ギルドに相談したら、弟子入り制度もあるしと前向き返答だったし、リュカ自身も師匠候補に会ってみたいって言ってね」

 勇気を振り絞って頑張ろうとする姿に、スサなどは後ろで涙を零して聞いていたものだ。それを見たロランドは気が早いと苦笑いだったけれど。

「薬師ギルドのギルド長が、良い人を探してくれるそうだから、お願いしようかと思ってるんだ」

「そうか。あいつ、そこまで考えたのか」

「もちろん、失敗したってそこで終わりじゃないってことも教えたよ。ブラード家が後ろ盾なのは変わらないし、独り立ちできるまでは面倒を見るということも約束したからね。その独り立ちだって、無理せずできると判断するまで許さないって、ロランドさんは念押ししていたぐらいだし」

 どちらが親ばかなのか分からない発言だが、それだけ気に掛けているのだ。

「始めの一歩だね。というわけで、上手くいけば弟子入りして働くことになるから、家庭教師の時間がずれるかもしれないんだ」

「ああ、分かった。それに対応して、教える内容も変えないといけないしな」

「ミルトも勉強しないといけないな」

「……分かってるよ。うるさいぞ、クラフト」

 ぶつくさ言いながらも、ミルトはリュカのためにあれこれ勉強してくれるのだろう。

「でも、リュカはよくその話を受けたよな? 本当なら、シウに教えてもらいたかっただろうに」

「うーん。でも、リュカもそのへんはなんとなく理解しているみたい。僕が教えないのには、ちゃんと理由があるってことに」

 敏い子なので、どこかで理解して納得している風だった。

 元々、我儘を言わない子なので我慢しているだけかもしれないが、弟子入りの話をした際にちゃんと説明はした。

 いわく、教えるのが嫌なのではない。同年代の子と、学ぶ、ということを知ってほしいのだと。また、複数の人から学ぶことで、その違いを身に着けてほしいとも伝えた。

 シウのやり方が全て正しいわけではない。師匠の教えが全てでもない。人によって考え方は違うから、その中から一番だと思うものを、自分で作り上げていくことが大事なのだと話した。

 まずは違いを知り、そしてあらゆるものを疑い、その結果調べ直す。そうしたことを学ぶだけでも、儲けものだ。

 リュカは真剣な表情でシウの説明を聞いて頷いていた。

 今は理解できなくても、いつか分かってくれるといいなと思う。必死でシウの言葉を咀嚼しようとしていたリュカなら、もう分かっているかもしれないが。



 ところで、文化祭の出し物でもある、疑似遺跡発掘体験コーナーの設置場所が決まった。本校舎から研究棟へ抜ける渡り廊下の繋ぎ目に近い、校舎外側の庭だ。

 よくそんな場所が取れたなと感心したが、フロランが再三に渡って生徒会に直談判したそうだ。研究発表の場所も近くが良いため、わざわざ建てると言い出したらしく、仕方なく近くの教室を空けてくれることになった。

 その教室から、廊下を少し歩いて庭に出て、植え替え待ちの一区画を利用する。終わればすぐさま、植え替えをしたいと庭師から言われているので手伝うことが、この場所を借りる条件だ。

 早速、木組みなどの材料を運んで、地面に穴を掘った。

 設計図は出来上がっており、その設計図通りに土を掘りだしては埋めるの作業を繰り返す。

「あ、シウ、その骨はこっちに。領主門を示す梁は斜めに、そうそう」

 アラバが上から指示して、あっちこっちと埋め込む物を移動させた。設計図通りにはいかないようで、何度もやり直しを要求された。

「シウは心が広いな。俺なら絶対に怒ってる」

「ミルトは心が狭いのよ!」

「俺は普通だ。あ、おい、あそこ踏み固めておくんだろう?」

「待って、そこ、補強しないと。次の分に、地下水を流す予定なの」

「……そこまで本格的にしなくても。一体誰がやると思ってるんだ」

「人死にが出たらどうすんだよ」

「トルカさん、止めてくれ」

「無理よ。この設計図だって、秋休みの間ずーっとニヤニヤして書いていたのよ」

「……シウ、自己判断で安全対策施してってくれ。頼む」

「うん、分かった……」

 地上からがちゃがちゃ言っているのを、深い場所から苦笑いで聞いていたシウだが、土の中はなかなかに静かだった。

 一生懸命土掘りしているフェレスを止めると、真っ黒になってしまったブランカを任せて、ところどころに安全対策用の魔道具を設置したり、土壁を固定化して補強を繰り返した。

 少しずつ土を埋め戻し、大体設計図通りに作っていく。

 途中、クロが銀細工を気に入って持って帰ろうとしたり、ブランカが横穴を開けようと掘り出したのには困ったが、昼前にはなんとか終了した。

「じゃあ、次回で上部分をやりましょうか。その間に雨が降ったら困るわね」

「シートを掛けておくよ」

 水を弾く油を引いたシートを掛けて、こっそり魔法で結界も張って固定化した。解除するまでは誰も何も入れない。

「あー、真っ黒になったね。どうする? 着替えに戻るかい?」

「浄化を使えるから。クロ、ブランカもおいで」

 フェレスは自動で浄化されているが、クロとブランカには手作業で行う。

 自動で浄化されることを当然と思っていたら、汚し放題の性格になってしまってよろしくないだろうと判断したからだ。

 もっとも、すでに汚し放題の兆しは見えている。

 特にブランカは、躾をするのがちょっと怖いぐらいだ。フェレスの上を行くようで、今から心配だった。



 お昼ご飯は魔獣魔物生態研究科でいつものように食べた。

 生徒のほとんどが来ており、一緒になって食べている。プルウィアも、先日のことをウェンディと話していた。

「遅かったわね、シウ」

「午前の授業が押してて。文化祭の出し物で、疑似遺跡発掘体験コーナーやるんだ」

「ああ、確か、五棟の外側の庭を使ったやつね?」

「知ってるの?」

「実行委員で、その申請書類見たのわたしだもの。最初、却下したの」

「わあ」

「その後、ティベリオ会長に何度も直談判に来て、大変そうだったわ」

「だろうねー」

「シウの取っている科目って、変な人が多いわよね」

 彼女の発言に、生徒達の視線が集まってしまった。

 プルウィアが何よ、と皆を見回すと、

「このクラスも、ってことかしら?」

 と、ルフィナに言われていた。プルウィアは自らの発言に気付いて、苦笑した。

「そういえば、このクラスも変な人が多いわよね」

「あなたもその一員なのよ」

「あら、わたしは普通よ」

 冗談めかして、プルウィアが宣言すると、途端に生徒達がきゃあきゃあと騒ぎ出した。

 ようするに変だという自覚は皆にあるようだ。

 楽しげな会話に耳を傾けつつ、シウは昼ご飯を取り出して用意を始めた。

 それにいち早く気付いて駆け付け、最初に食べたのは何故か教師のバルトロメだった。

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