572 女王蜂調教、オークション、薬師ギルド
結果的には成功した。
大熊蜂の女王蜂が怪訝そうに出てきたところを、またシウが空間壁で捕まえて呼び寄せたのだ。兵隊蜂達が不審そうにしていたので、遮断する空間壁まで用いた。
その間にウスターシュが何度か調教魔法を繰り返し、なんとか女王蜂を従えさせることが出来た。
その後、女王蜂と巣にある幼虫や卵を取り出して結界で囲み、即席の橇に乗せて運んだ。
馬車で待っていた生徒達は皆、その成果に驚いて喜んだ。
巣も持ってきたのだが、かなり大きく、蜂蜜も大量にあった。
「すげえな、お前さん」
ガスパロに褒められて、ウスターシュは嬉しそうだった。
「こんな大きな巣じゃ、討伐依頼が出てもおかしくなかったぜ。2人だけで、よくやったもんだ」
「あ、僕は調教だけで、残りの始末は全部シウがしたんです」
「それでも女王蜂の調教は難しいんだぜ。よく頑張った。神経使っただろ? おい、お前さん方、横になれるようしてやるんだ」
「はーい。ウスターシュ、こっちへ来なさいよ。広いわよ」
「あ、うん。じゃあお願いしようかな」
精神力を必要とするので、へばっていたウスターシュは横になることにしたらしい。シウに手を振って、馬車に乗った。
「で、シウが残りの兵隊蜂を始末してきたのか?」
「ほっといても女王蜂がいなくなれば、いずれ死ぬと思ったんだけどね。冒険者を襲ってもいけないし」
「よしよし。さすがだ。素材としては売れないだろうが、ギルドに言って討伐依頼扱いにしてもらおうぜ。ちょっとは金が出る」
「別に要らないけど」
「なんだ、持ってきてないのか?」
「何かに使えるかもと思って、持っては来たけど」
「よし。それが冒険者ってもんだ。持てるなら、持って帰る、が基本だぜ」
ガスパロの言葉に、ククールスが隣りで笑った。
「俺も、使いもしないもの、持って帰ってるからなー。後でシウにやる予定なんだ」
「そうだな。シウなら何かに使ってくれそうな気がするよな!」
がははと笑って、ガスパロが馬車の御者台に乗り込んだ。
「お前らは、また最後尾を頼むぞ」
「了解」
ククールスは飛行板に、シウはフェレスに乗って警戒しながら、王都まで戻った。
ちなみにククールスからは、スケレトゥスという骸骨の魔物の骨を大量に貰った。特にどうという使い道のない代物だが、シウがこの手のアンデッド系魔物を見たことがないと言ったので、覚えていて持って帰ってくれたようだ。
他に岩蜥蜴、コカトリスなどもあった。素材として売れはするが、高値でもない。
ククールスは貯金はないけれど、お金に困るほどの冒険者ランクでもないので、売るつもりはないそうだ。
そもそも宵越しの金は持たず、魔核だけ取っておいて後は知らない、とやるタイプだ。まあ、食べ物があれば大丈夫だろうから、もらったお返しにとシウはせっせと作り置きしていたものを彼の魔法袋に入れた。
風の日は、ウスターシュが調教した大熊蜂の女王を売り出すオークションに顔を出した。ウスターシュもアロンソと一緒になって会場に来ている。
こうしたものはギルドへ売るよりもオークションに出して、商人に買ってもらった方が高値になるので、そう勧められて手続きも代行してもらったらしい。
実家で飼えれば良いのだが、調教魔法持ちが家族におらず、設備投資できるほどの財力もなかったから諦めたそうだ。
「長期的に見れば、自分達で飼った方が良いんだろうけどね」
「でもまあ、貴族の僕等には難しいよ」
学生のウスターシュが飼えるはずもなく、実家にも強く頼めなかった。アロンソも仕方ないよと慰めていた。
その代わり今回のオークションで得られる売上は全部彼の個人資産となるので、嬉しい臨時収入である。
オークション会場には冒険者ギルドから交渉担当のコールも来てくれた。シウのクラスメイトだと知って、気にしてくれたようだ。
「シウ殿には世話になっているからね。それに新人冒険者さんに便宜を図っておくと、後々ギルドに還ってくるとの算段もあるんだよ」
などと言ってウィンクしていた。ウスターシュ達も頻繁ではないにしろ、ギルドの仕事を受けたこともあるので、そうした風にしてくれたようだ。有り難いことである。
ウスターシュもコールの親切に気付いているので、お礼を言っていた。
実際のところ、オークションでは事前の商品紹介で、コールが立て板に水のごとく説明してくれたおかげもあり、かなり高値で落札された。
「全国菓子博覧会が行われるから、今、甘いものが大量に必要なんだよ。今からだと蜂蜜の採取に間に合わないかもしれないが、大会後にドーンと売れる可能性もあって商人からすればどうしても必要なものだったというわけさ」
「いえ、コールさんの説明に呑まれたのもありますよ。さすがでした。ありがとうございます」
「いやあ、困ったな。下心があるからですよ。ほら、またその調教魔法を使って、大熊蜂が発生した際にはぜひともよろしくお願いします」
「あ、僕で良ければもちろん」
「おっと、言質は取ったよ? 良かった、調教魔法持ちの人は少なくてね。大抵、貴族に雇われて、騎獣担当になるんだ」
にこにこ笑って、コールはウスターシュと取引していた。
その後、落札した商人からもラブコールをもらって、大熊蜂の巣作りを手伝うところまで約束させられていた。
もちろん、契約となるのでコールが間に入り、きちんと相場価格の支払いをする旨の契約書を交わしていた。
ウスターシュにすれば、美味しい仕事になったわけで、終わりよければで万々歳のようだった。
光の日は、薬師ギルドに呼ばれたので、出向くことになった。
「やあ、シウ殿。わざわざ呼び立ててすまないね」
ギルド長から挨拶され、ソファに座ると早速、例の薬用飴玉の補助について話が始まった。
「知り合いの貴族に話をしてみたら好感触だったんだ。それで、上奏するにも根回しが必要だから、それとなく広めてもらうことにしたよ。君の話を聞いてとても感心してらした。名前を出したら納得していたから、よくご存知のようだ。どうせなら、君の口から直接ヴィンセント殿下に話を通されては、とも言われたのだが」
「あ、それは公私混同になるので、止めておきます」
「うん、だろうね。君なら断ると言っておいたよ」
ははは、と笑われた。でもちょっと、残念そうな顔もしていたので半分は期待していたのかもしれない。
シウは言い訳がましく、ギルド長に説明した。
「今回の話だけなら良いシステムだし、折角の人脈を生かせばと思わないではないんですけど。別件であれこれあって、突かれると困るんですよね。えーと、ようするに、別口で貴族に睨まれているんです」
分かりますかね、と膝の上のクロとブランカに視線をやると、ギルド長は「ああ、そうか」と納得顔になった。
「目を付けられておるのか。そりゃあ、大変だ。それなら、あまり口出ししていては、足を引っ張られかねない。いや、悪いね。つい、先走ってしまったようだ」
「いえ。力になれなくてすみません」
頭を下げると、ギルド長も期待していた分の落胆をすっかり消し去ってくれたようだ。
そこで帰るとギルド長も困るだろうし、少し話をすることにした。
ついでというとなんだが、気になることがあったので聞いてみる。
「この国では薬師になるのに試験があると聞きましたが、誰にでも門戸を開いていますか?」
「おや、興味がおありかな? しかし、君はすでに薬師の教師となれるほどの知識があると聞いている。今更試験を受けずとも、ましてや冒険者ギルドの会員ならばいくらでも薬は買わせてもらうのだが」
冒険者ギルドの会員ならばというのは、身元確認としての意味合いが強く、ここで何かやらかせば連動して冒険者ギルドでも仕事が出来なくなるという意味での「信用」問題となる。決してシウだけを特別扱いしたわけではない。
「いえ、僕ではなくて。実はお世話になっている家で、同じくお世話になっている子供がいて薬草に興味を持っているんです」
「ふむ」
「学校へ通わせたいのですが、この国ではハーフに対する差別がひどいと聞いて、本人も怖がっていますから家庭教師任せなんです。でも、できたら同年代の子と学ばせてあげたいんですけど――」
成る程、とギルド長は頷いた。
「この国のハーフへの差別は根深いものでしてな。お恥ずかしい限りです。わたしなどは他国へ修行に参りましたので特に気にはしませんでしたが。そうですか。いや、試験を受けるのに問題はありませんぞ。そう、働くことも。ああ、そうだ!」
ギルド長はポンと手を叩いた。
「どこぞ、良いところへ弟子に入るのはどうでしょうかな。子供達を多く学ばせている、良い薬師も多いのです。学校へ通いながらという子もいるので、1日縛られるわけでもない。下働きからですが、通いも可能ですし」
「……宜しいのですか?」
「もちろん。建前でなく、本音としてハーフ差別をしない者を厳選して、今度ご紹介しましょう」
「でしたら、僕も本人に確認してみますので、よろしくお願いします」
「むろん、互いに無理があると分かったら解消しましょう。ことは子供の未来に関わりますのでな」
良い人のようで、そこまで言ってくれた。上手く行かなかったときのことまで考えてくれるのは有り難い。
シウはギルド長と握手して、薬師ギルドを後にした。
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