571 大物狩り、大猟




 バルトロメがしつこく付いて来たがったので、馬車に戻して勝手なことをされるよりはと連れていくことになった。

 そのせいで、ガスパロが馬車に付き添う予定だったが、バルトロメの護衛を半数ほど借りて生徒達に付き添わせることにした。当然、バルトロメの護衛なので最初は断られたけれど、この教師を押さえ込めるならと取引したらあっさり引いてしまったので、普段から相当迷惑を掛けていることが知れた。

 結局ガスパロがバルトロメに付きっ切りで、急遽ククールスが一行を率いて現地に向かうことになった。

 先頭の、斥候はシウが行い、フェレスには最後尾を警戒してもらう。

 やがて火鶏の群れを襲う岩猪の争い場に到着した。


 すぐさま態勢を整えると、生徒達が次々と攻撃魔法を繰り出す。

 詠唱が必要な生徒が多いため、全員が溜めている。普段は杖を持たずにいる生徒も、精度が上がるため杖を使っていた。

 プルウィアは杖なしで、詠唱句も比較的短い。精度も高く、エルフが森での生活に魔法を多用していることがよく分かる。

「火鶏は僕がやるから、皆は岩猪に専念して」

 ククールスをリーダーにしてアロンソ達には岩猪を任せると、シウは火鶏を一網打尽にした。

 火鶏はその名の通り、火を吐き、火に強い。体長1mほどの大きさで、家畜の鶏よりも遥かに大きいが、味はとても良い。倒すのに少しばかり難儀するものの、肉質が良くて人気のある魔獣だ。冒険者はこれが狩れたら1人前だと言う人もいる。

 シウはこれをアクアアラネアの糸で編んだ網で捕える。

「おま、それ、卑怯だな!」

 岩猪を倒すための指示を出していたククールスが、飛行板の上から楽しげに叫んだ。

「なんだよ、その網! 普通に狩るんじゃないのか!」

「だって便利だもん。これ、アクアアラネアの糸だから火を弾くんだよねー」

「そんな高い糸使って、何やってんだ。お前みたいなの、初めて見るわ!」

 ゲラゲラ笑いながらも、ククールスは的確に指示を出していく。

「おい、そこの、水属性魔法で行く手を阻め。蝙蝠持ちは、調教魔法使って誘導しろ」

 名前を覚える気がないらしく、アロンソやウスターシュの特性を口にしていたが、彼等は気にする暇もなく4mの巨体相手に四苦八苦していた。

 護衛達も追い込みに必死だ。剣や槍を使って岩猪に傷を付けながら、プルウィアが待っている場所まで進む。

「よし、ゴム板の上に乗っておけよ。やれ、プルウィア!」

「≪天からの光を地に落とせ、雷撃≫!!」

 空中に発生した小さな火花のような電気が、岩猪の脳天に直撃した。

 プルウィアは固有の雷撃魔法を持たないが、複合技を教えたら使えるようになった。

 その代わり複合技は難しすぎるらしく、一発しか打てない。渾身の技だった。

 岩猪は動きを止めて、地面に縫いとめられたように硬直した。皆がジッと見ていると、数秒後に地面へ倒れ込むように落ちていく。

 ズシンと音を立て、地面を揺らした頃には皆がワーッと声を上げた。


 その場で血抜きをして解体を済ませたのはククールスだ。仕事らしい仕事してないからと、気軽に請け負っていたが、それを見て生徒達は自分達が夏に覚えた解体技術なんて大したことがないと悟ったらしかった。

「火鶏は沢山あるから、後で解体しろよ。最初はそれぐらいから始めるもんだ」

「はい!」

 生徒達の礼儀正しい返事に、ククールスはちょっと照れ臭そうな顔をしていた。

「あー、ところで、プルウィア」

「……なにかしら?」

「最初に聞いた時は信じられなかったが、すげえ大技が使えるんじゃないか。よくやったな」

 褒められて、プルウィアは少し怯んだようだ。

 恥ずかしそうに頬を染めた。

「てっきり倒し切れないと思っていたから、上で見張ってたんだが。悪かったな、信用してやれなくて」

「……いいわよ。それに、わたしもここまで精度が良くなっているとは思ってなかったもの」

「なんだ、ぶっつけ本番かよ。でもまあ、その度胸があるところは冒険者向きだな」

「えっ、そう?」

「ああ。ま、仲間との連携も上手かったし。お前なら慢心することもないだろうしな」

 手放しで褒められて、プルウィアはもじもじと、いつもの彼女らしくなかった。ルイスなどはそれを見て笑ったが、後で仕返しなのか肩をきつめに叩かれていたようだ。


 雷撃の複合技は水と風属性を主に利用するが、きっかけを与えるための金と火属性が必要だ。更に方向性と威力を高めるために風属性魔法をプラスすると、もっと良くなる。

 これだけ複雑な複合技は、使うのに神経を使う。魔力量も相当数を要求されるので、基礎属性のうち闇がないだけのプルウィアにはもってこいの技だった。

 もう少し節約して使い慣れたら、何度も打てそうな攻撃魔法だ。

「シウ、ありがとう。おかげで、肝心な時に使えたわ」

「かなり練習したんでしょう? プルウィアの努力の賜物だよ」

 帰り道、そんなことを話して馬車へ戻った。


 馬車まで戻る間に、幾つかの魔獣を倒した。土蚯蚓もそのうちの1匹で、役に立たないがお土産としてバルトロメに渡すつもりだった。

 その後、大熊蜂を見付けた。これは討伐するかどうか悩む代物だ。調教すれば、良い蜂蜜を大量に獲れるため、通信魔道具でガスパロに相談してみた。

「(……ううむ、そりゃあ滅多に出ない大熊蜂だからな)」

「(試しに、やってみていい?)」

「(構わんぞ。確か、調教魔法持ちがいたな?)」

「(うん。ウスターシュがレベル4ある。こっちは、巣を追うから、残りの生徒を馬車に戻すよ。ククールスに行ってもらう)」

「(よし。ただ、深追いはするなよ)」

「(了解です)」

 通信を切って、話を聞いていたククールスに目を向けると、早速皆に指示を出した。

「よし、じゃあ俺達は馬車まで戻るぞ。その後、俺が後を追う。そっちは――」

「ウスターシュとフェレスだけで行くよ。大熊蜂は警戒心が強いから、大勢だと調教できない」

 護衛が心配そうな顔をしたけれど、シウが大丈夫と笑ったら、不安そうにしながらも従ってくれた。

 ウスターシュ自身、やってみたいと張り切っていたので早速移動する。

 すでにフェレスが後を追ってくれているので、シウ達は急いで追いかけた。


 大熊蜂は1匹や2匹程度なら人は襲わない。むしろ花の蜜や、樹液目当てに飛び回る方で忙しい。魔獣らしくないので、研究者の中には魔獣指定を外そうという意見もあったそうだ。

 ただし、餌がなければ集団で人を襲うし、彼等には魔核が存在している。

 魔核があるものを魔獣と定義しているので、今のところ彼等は魔獣だ。

 こうした曖昧な魔獣も多く、生態研究をしている者としては興味深いようだ。

 ウスターシュも、小声でそうしたことを教えてくれた。

 巣に近くなると自然と静かになった。巣が近いということは、集団になるということだ。人が現れたら、確実に大量の大熊蜂が襲ってくる。

 フェレスは大熊蜂の警戒区域ギリギリのところで静かに待機していた。

「よくやったね。偉い偉い」

「にゃ」

 こういう時は空気を読んで小さな声で返事をする。クロもさっきからジッとして動かない。ただし、ブランカはシウの背中でうごうごと騒いでいた。

 たぶん、みゃあみゃあ鳴いているのだろうが、音が漏れないよう結界を張っている。一応、新鮮な空気が入るよう、空気もちゃんと入れ替えていた。

「1匹捕まえるから、そいつに女王蜂を誘導してもらおう」

「分かった。やり方は本で読んだから、やってみる」

「ウスターシュは他の事は気にしないで。襲われないよう、ちゃんと守ってるから」

「うん、任せる。シウだから安心してられるしね」

 ふうと大きな息を吐いて、気を引き締めたようだ。

 シウはふらふら飛んでいる兵隊蜂を空間壁で囲んで引き寄せた。

 ウスターシュには何をやっているのか分からないだろうが、糸を使って捕まえたのだと言えば、特に疑うこともなく信じてくれたようだ。

 手元に寄せると、結界を張る。これは魔道具を使ったので、ウスターシュも結界範囲がよく分かり、やりやすいだろう。

 中の音も消しているので、警戒音を出す大熊蜂の声(音)は巣には全く聞こえないようだった。

「≪其の者に命ず、我が言の葉を会得し、しもべとなりて我に下れ≫」

 集中しながらだったため、詠唱には時間がかかったけれど、最後まで言い切ったところで兵隊蜂は体を震わせて落ちた。魔力に抵抗できなかったようだ。

「よし、成功だ」

「念のため、命令してくれる?」

「うん。≪其の物、右回りに飛べ≫」

 独特の抑揚を持った声音で命令すると、大熊蜂は言われた通り右回りに飛んだ。複雑な命令は言葉を持たない彼等に通じないが、ウスターシュのイメージ力はきちんと伝わっているらしく、問題はなさそうだった。

「では、次の命令だな。≪其の物、巣の主、一番偉い物を呼んでこい≫」

 兵隊蜂は少しだけ逡巡したようだったが、解かれた結界の向こう、巣へと飛んで行った。

「さて、兵隊蜂が大量に出てきたら全滅させるしかないね」

「勿体ないから、それは止めてほしいなあ。女王蜂、来てほしいけど」

 五分五分だと、自信なさそうにウスターシュは答えた。

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