570 貴族の子女の狩り風景




 森に到着すると、素早く馬車を端に寄せ、結界を張って周囲には魔獣避けの薬玉を掲げるなどした。

 夏休みに冒険者ギルドの仕事を受けた経験のあるプルウィアやセレーネ、ルイス達は手慣れた様子だった。先輩冒険者の教えを受けたようで、素人が失敗しやすい薬玉の設置場所も完璧だ。

 ルフィナやステファノ達も一緒に出掛けはしたそうだが、一度や二度ほどでは身につかず、段取りは悪い。

 今も護衛の手を借りて馬車から降りたり、呑気に森の様子を眺めている。

 アロンソとウスターシュは訓練も兼ねて森へは来たことがあるらしく、冒険者のような働きは出来ないまでも物見遊山といった風はなくてホッとした。

 一番の問題人はバルトロメだ。ウキウキと、どんな魔獣が出てくるだろうかと従者に話しかけている。魔獣魔物の生態研究をやっている割には現場へ冒険者として出かけることはあまりなかったようだ。


 アロンソとの打ち合わせで、バルトロメにはガスパロを付け、ルフィナを含めた森に慣れていない生徒は護衛達に任せることとした。浅い場所なら、結界を張れば彼女達でも歩けるだろう。

 一応注意していたので動きやすい格好もしてきているし、学校では最低限の運動もできなければならないので大丈夫だと信じたいところだ。


 本物の引率者と成り果てたガスパロがうんざり顔で皆に合図した。

「じゃあ、森へ入るぞ。勝手に動き回るなよ? 特に先生さん、あとそのへんの貴族の娘っこさん達」

「はーい」

 素直な返事が来るだけましだと、ククールスがシウの横でぼやいていた。

 シウ達は最後尾に付く。

 わき道にそれる生徒を見張るのに丁度良い。

 ところで、生徒達が連れてきた希少獣のうち、争いごとに向いてないものは馬車に置いてきた。御者や、見張りの従者などが残っており面倒を見てもらっている。

 アロンソもイレナケウスのハリーを置いてきた。実家が王都にあるものは、実家に置いてもらっている。足手まといは増やすな、が鉄則だ。

「最近はどんな仕事してたの?」

 フェレスの尻尾を眺めながら、シウはククールスに聞いた。

「護衛が多かったな。先週は貴族の坊ちゃんの付き添いで迷宮まで付き添った。シーカーが休みだったんだな。知らなかったから、この2週間は冒険者ギルドの依頼が増えていて驚いたよ」

「みんな、意外と経験値を稼いでるんだね。てっきり社交界漬けかと思ってた」

「そういうのが苦手な奴とか、あとは軍に入ることを狙っているんだろ? 試験に体術があるってぼやいていたな、この間の男は」

「へえ」

 シウも休みの間の事を話して聞かせた。シュヴィークザームに料理を教えたことなどだ。転移して遊びまわった件は、さすがに誤魔化しようがないので黙っている。

「ご飯作りねえ。相変わらず、やることが面白い奴だな。あ、でも、シウの料理のおかげで迷宮でも楽が出来たな。街で食べるより充実した食生活だったぜ」

「そう言ってもらえると良かったよ。後で追加で入れておくね」

「お、助かるな。んじゃあ、その代わりってわけじゃないが、迷宮で手に入れた素材をやるよ。欲しいのがあれば持っていってくれ」

「いいの?」

「普段は荷物になるから持ってこないやつばかりだ。売るほど生活に困ってるわけでもねえし、むしろシウへの土産感覚だったからなー。要らないのは適当に売るか捨てるかするから、欲しけりゃ全部持ってってくれよ」

「だったら、もらっとく。後でね」

 先頭の生徒や引率係のガスパロなどは、ピリピリした様子で森に分け入っていたが、最後尾のシウ達はのんびりしたものだった。

 この程度の森など、散歩に近い。

 ククールスも気楽な様子で伸びをしている。もちろん、気配は察知しながら歩いているし、生徒達が寄り道しないか目の端で確認はしているが。


 やがて、飛兎の群れがいる穴場スポットに到着した。よく湧いてくる場所なのでガスパロのような古参の冒険者は、新人を鍛えるのに連れてくるそうだ。

 大きさも50cmほどなので恐怖感を与えず、最初に討伐するのに向いていると言われる魔獣だ。

「よし、荷物は後方支援がまとめておけ。待て待て、最低限の荷物は背負っていろ! 万が一、1人になって逃げることになったらどうする。2日ぐらい飲まず食わずで大丈夫だと思っているかもしれんが、それは素人考えだぞ!」

 飲まず食わずで我慢できるのは、ジッとしているからだ。

 魔獣に追われながら、走り回っていたらあっという間に体力が失われる。水分は一番必要だし、食べないと逃げる体力さえなくなるのだ。

 ガスパロは馬車の中でも、皆の持ち物を何度も確認させた。適当にする生徒はいなかったが、彼がいつもやっているやり方を強制した。それは、隣り合う者同士で交換して、確認し合うのだ。

 今回もそれで足りないもの、多すぎるものを発見した。

 それらを調整して、荷物を持たせている。それは貴族だろうと関係ない。教師でもあり領伯の子息のバルトロメも、伯爵令嬢のルフィナでもそれは同じだった。

「斥候が飛兎を追い出すぞ。前衛はそれを捕まえろ。後方支援、お前たちが魔法で網を張れ。前衛の補助だ。いいな?」

 馬車の中でそれぞれの得意分野魔法や、護衛を交えた担当場所を取り決めていたので、ガスパロは各々に指示を出した。

 シウとククールスは全体を見渡す係だ。ようは、この一行の護衛のようなものだった。狩りの最中に他の魔獣がやってくることは多々あるので、それらを警戒したり、万が一危険なことが起こったらどちらか片方が処理に向かう。

 フェレスは勝手に斥候に入っていたので、本人も楽しそうだから任せている。

「よし、皆、位置に着いたな。かかれ!」

 風下からフェレスと護衛の2人が素早く動いて、岩場へと突入した。


 岩場の下にある穴へ、斥候役が燻り玉を投げ込む。巣穴と思しき場所は他の斥候役が押さえており、フェレスは一番の逃げ口を押さえてその上で飛び跳ねた。足音を響かせれば、中でパニックに陥るはずだ。

 案の定、地の下で飛兎達が右往左往していた。そのうち、これは人間じゃないか? と気付いたらしく、人間側の方へ出られる出入口へ殺到した。フェレスが飛び跳ねた場所には警戒して1匹も行かなかった。フェレスもそれが分かったらしく、不満そうな顔をしている。

「≪水の精霊よ、我の求めに応じて水勢一筋となりて噴き出せ――≫」

「よし、出て来るぞ!」

「はい! ≪水撃≫!」

 アロンソが詠唱を溜めていたので、ガスパロの指示に合わせて水属性魔法で高射水を放った。狙いが甘くて、直撃はできなかったものの、飛兎の耳に掠った。バランスを取るために利用している耳は、水の勢いに押されて体勢を崩す。

 そこをメルクリオが剣で倒した。ステファノの従者でもあり生徒でもある彼は剣も扱うため、いつも帯剣していたが動きが様になっている。普段から練習していたようだ。

 その主のステファノは、後方で山羊型希少獣カペルのゲリンゼルを使って、てんでばらばらに向かってくる飛兎をまとめて追い込むよう指示を出していた。調教魔法を持っているので、指示が的確に伝わっている。

 フェレスも向かい側から追い込んでくるので、前衛が切り倒したり、後方支援の魔法によって風を起こして動きを抑え込んだりと皆が頑張っていた。

 他にも、プルウィアが得意の光属性魔法で飛兎の目を潰して、その間にルイスとキヌアが切り倒すなど、連携もできていた。

 連携が上手い分、倒す数も多くて、最終的にはプルウィア組が一番討伐数が多かったのではないだろうか。

「おー、大猟大猟。よくやったじゃないか」

 30分ほどで、25頭も倒すことが出来た。うち、3頭は逃がしてしまったのをフェレスが追いかけて捕まえたものだ。

 積極的に倒してはいけないと言っていたが、場を離れたものは構わないだろうと思ったらしい。実際、逃げられても困るのでちょうど良かった。

 褒めると、生徒達よりもずっと嬉しそうに尻尾を振って喜んでいた。

 もちろん、生徒も大猟ぶりに喜んでいたけれど。


 その場では解体をせず、バルトロメが持参してきた魔法袋に飛兎を入れた。

 他に、ルフィナも父親から借り出せたとかで魔法袋を持っている。それだけでこの一行にはお金があると見られてしまうが、護衛も大量に付いているので盗賊に狙われる心配はなかった。

「さあて、じゃあ、次の狩場へ行くか」

「ガスパロ、あっちに良い獲物がいるぞ」

 ククールスが探索した結果を報告したら、ガスパロは相好を崩した。

「おお、ついてるな、お前ら」

 バルトロメは役に立たないので、クラスリーダーのアロンソが聞き返した。

「良い獲物、ですか?」

「おう。火鶏と岩猪がいるぞ。食べ物屋をやるなら、ここは要るだろ?」

「あ、はい!」

「でも、岩猪は大物過ぎないかな、アロンソ」

 ウスターシュが心配そうに声を掛けた。確かに初心者には岩猪は厳しい。特に後方支援と銘打っているが、その実役に立たない生徒も多いからだ。

 アロンソは悩んだ末に、二手に分かれることにした。

「ルフィナさん達は馬車まで戻って、そこでテント張り、昼の用意を済ませてほしい。僕等の分は要らない。通信魔道具は持っているよね?」

「ええ。分かったわ。さすがにこれ以上、森の奥へ行くのは危険よね」

 足手まといは理解しているらしく、彼女はアロンソの決定に従った。他に、岩猪には厳しいだろうということで、ステファノやレナート達も戻ることになった。当然、彼等の従者や護衛も一緒だ。

「飛兎を解体しておこうか?」

「やれるところまででいいよ。無理しないで。結界魔道具も使って、それでも異変があったら、僕等のことは気にせず逃げるように。いいね?」

「了解。そちらには本職がいるから、任せるよ」

 セレーネ、ウェンディといった女性陣も下がらせることになった。彼女達は夏休みにギルドの仕事を受けて慣れているとはいえ、後方支援だったので前衛には向かない。

 女性ではプルウィアだけが奥へ進むことになった。

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