590 空白の地、原初の場所
国境を超えるのに2日かかって、山中へ入ったのが3日目だった。
そこから3日かけて北へ向かい、ブラオンシルワという急峻な山脈が続く、深い森へと入る。ただし山脈の南側麓を選んで進んだ。
山越えする必要はないのだ。手前の空白の地という場所の境目を行けば良い。
「空白の地って、どういう意味?」
「その名の通りだ。何もない」
首を傾げた。どうせならと、感覚転移で上空の高い場所から視てみると、荒野が延々続いていた。砂埃で視界が悪く、場所を変えてみる。竜巻のようなものがあちこちで起こっていた。
「何もないね……」
「視えるのか? そうか、そういうこともできたのだったな」
「不毛の大地か」
ペンペン草ひとつ生えない場所。生き物の気配が全くなかった。しかも延々と広がる大地で、隠れる岩場ひとつない。
「まるで、何かに一掃されたみたいな場所だね」
そう言うと、ガルエラドがハッとした顔でシウを見た。
「そんな風に見えるのか」
「うん。元々は平地だったのだから、きっと栄えていたんじゃないかと思ったんだけど。抉れた跡もないし、争い事にしても、妙な跡だよね」
「そうか」
それきり、ガルエラドは黙ってしまった。
今回、ものすごく大回りをして里へ向かうのだが、それには意味があった。
近道ルートは、黒の森を背後に歩くため、いつ何時魔獣の群れに襲われるか分からない。スタンピードもたびたび起こるので、ガルエラドでさえ1人での踏破はかなり厳しいそうだ。
また、そのルートを通ると、ハイエルフの一族から分派したゲハイムニスドルフの村に知られることになるため、避けたかったのだと言う。
アウレアを引き取る勇気のない彼等に、見付かりたくないというわけだ。
また、シウという外部の人間を連れているため、変な勘繰りを持ってほしくなかったらしい。思案の結果、面倒なルートをガルエラドは選んだのだった。
シウ達は空白の地の周辺をなぞるように進んだ。
遠回りだけあって距離はあった。しかし、ガルエラドが驚くほどのスピードで進めたのは、シウが彼の足に付いていけるだけの体力があり、かつアウレアをフェレスが運んでくれたからだ。
また、ガルエラドには冒険者仕様の飛行板を強制的に覚えてもらった。
基礎属性魔法が各レベル3ずつあるので、ただの飛行板でも良かったが、ハイエルフに襲われた時のことを考えて冒険者仕様のものにした。もちろん、ガルエラドに合わせた調整も行った。
安定して飛べるよう彼の体重移動の癖などを掴んで重しを付けたり、足の間にアウレアを挟んでも飛べるよう、安全帯も付け加えた。
アウレアは飛竜にも乗れるし、フェレスのような中低空飛行にも慣れているため、飛行板への恐怖はないようだった。
それでも落ちた時の怖さを、ブランカと共に教え込んだ。
ガルエラドは過保護すぎて、ちょっとした痛みも覚えさせたくないような守り方をしていたが、それではだめなのだ。
シウを育ててくれた爺様のようなスパルタもどうかと思うが、適度に教えてあげなくてはならないと思う。
夜、アウレア達が寝静まった後に、そうしたことを懇々と説明したら、ガルエラド自身も思うところがあったらしく納得してくれた。
そうこうするうちに、いよいよ空白の地が途切れる場所が見えた。
南側から北へ向かい、ぐるりと西へ向けて進んでまた円を描くように南へ降りたところだった。上空から視ると空白の地は長方形型に荒野が広がっている。
際なのでそうそう危険な魔獣に出会うこともなく暇だったから、感覚転移で観察を続けていたがとにかく空白の地は生き物の気配が一切なかった。
鑑定すると地面から微かに毒砂のようなものが混ざっていたけれど、すぐに死ぬというようなレベルではない。
地中深くまで視れば、水源もあった。汚染されているかどうかは実際に近くで鑑定しないとはっきり分からないが、北のブラオンシルワの山脈から流れ込んでいるため問題なさそうだ。
どうしたらこんな風になるんだろうと、暇すぎて考え込んでいたが、ふと、あることを鑑定していないことに気付いて掛けてみた。
「あ、魔素がないんだ……」
全くないとは言わないが、ほとんど存在していない。正しく不毛の土地だ。
空気と同じなのだから、周辺より流れ込んでも良いようなものなのに。不思議に思って、境目のあたりを鑑定してみた。
こちらは不安定ながらも存在している。ただし、何か見えない揺らぎのようなものがあって、少し場所が違っただけで魔素の量が低下していた。
結界が張られているわけでもなし、面白い仕組みだ。
中に入って調べてみたいのだが、ガルエラドから絶対に入るなと言われているので、その言いつけは守らねばならない。
里に行けば、何らかの理由が知れるかもしれないので、それまで我慢していようと思った。
ところで、空白の地と奥深い山脈の麓のちょうど境目を通るせいで、岩場の多い斜面の草原、といった場所を飛ぶことになる。
そうしたところは魔獣も潜んでいるので、気を付けないといけない。
旅の間には「思ったほど危険な魔獣は出ない」とはいえ、他の森と比べたら頻繁に出てくる。飛べない魔獣はこの際無視して相手にしないが、飛んでくるものは早々に片付けた。
大抵、シウとガルエラド、どちらかが交替で行った。
ガルエラドは竜戦士という職業だけあって、素晴らしい動きで魔獣を殲滅してしまう。特にアウレアを気にしないでいいという状況は、久々に思う存分力を振るえるらしくて、どこか嬉々として戦っていたようだ。
根っからの戦士なのだろうが、ちょっと引くぐらいオーバースキルである。
でも、そうして発散しているからか、あるいは久しぶりの里が近いからか、ガルエラドは機嫌が良かった。
空白の地を抜けて、森に入ると魔獣も増えた。
「解体やっちゃうよ」
「悪い、頼んでばかりで」
「簡単だし、いいよ」
この森では、シウが初めて見るナーデルハーゼという兎型の魔獣に出会った。肉は美味しいのだが体毛を針にして飛ばすので厄介な魔獣だ。バルトロメが喜びそうなので何体かは解体せずに保管した。
ここに来るまでに岩場も通って来たから、グララケルタという蜥蜴の魔獣を大量に狩ることも出来た。このグララケルタの頬袋は魔法袋に作り直すことが出来るので高値で取引される。群れのリーダーも数匹狩れたので、となると大きい魔法袋が作れるから相当な額になるだろう。
他に岩場ではガーゴイルも捕えた。空を飛ぶので厄介な魔獣のひとつだった。こちらは爪や翼、岩のような皮などが素材として使える。
ショックなのは、コカトリスだ。まさかの大量出現である。迷宮に潜る必要がなかったと、ちょっと、いやかなり後悔したものだ。当然、全部狩ってまわった。
草原ではカニスアウレスという、ジャッカルそのものでふた回りほど大きい魔獣も出てきた。こちらはガルエラドが殲滅してしまった。
面白いところだと、トレントだろうか。これも初めて見たが、ゆったりとのたくた歩いてくるので脅威は微塵も感じられなかった。放っておくと旅人の精気を吸い取るそうなので、倒しておく。これを倒すのは少々厄介で、本体が硬い木で出来ており、魔剣でもない限り切り倒せない。一番良いのは水分を吸い取ることで、魔素吸収でも良いらしい。専門の魔道具も売っているそうだ。
シウは魔法が使えるため、あっと言う間にその場で倒せた。硬い木だから加工は難しいが、高級な武器の素材となるためこちらも取っておく。
竜人族の里はオリーゴロクスという名で、原初の場所という意味である。何か特別な意味合いが含まれているのだろうが、ガルエラドからは里の名しか聞いていない。彼は古代語には興味がないらしく、逃亡中に遺跡へ立ち寄っていくらか解読できるようになった程度だと言っていた。
であれば、里の名の意味についても深く考えたことはないのだろう。
この古代語についてだが、基本的にはシウの記憶にないものばかりで構成されていたが、固有名詞などはラテン語やドイツ語風のものが多く混ざっている。
前世で暇に飽かせて見ていた公共放送の語学学習のおかげで耳に馴染みがあり、今世で古代語を学ぶ際には覚えやすくて助かった。
たぶん、シウのように転生した者の中に記憶を引き継いだ者がおり、言葉を作る仕事に就いたのだろうと考えている。
残念ながら、古代語には日本語らしきものが存在していなかった。ただし、ロワイエ歴になってからならば、それらしきシステムや魔道具が発明されていたので、日本人の記憶保持者もいたのだろうと思っている。和製英語が冒険者の間で残っているのも、彼等が勇者だったり冒険者をやっていた証拠だろう。
さて。里がある場所まであと1日というところで、警戒中の竜人族戦士と出会った。持ち番で周辺地域を回っているらしい。
「ガルエラド、サートゥルニーのガルエラドか!?」
高い木の上から、大きな声が降ってきた。2人セットらしく、もう1人は警戒している。余所者のシウがいるからだ。
もっとも、彼等はシウが「視えて」いることには気付いていないようだった。
気配を絶って、こちらの様子を窺っている。
ガルエラドが声を張り上げて答えていた。
「そうだ! 客人を連れている。長老ソヌスから連絡が入っているはずだ」
「聞いている。少し、待て」
隠れていた1人が他に人がいないか、罠はないかなどを確認してから合流してきた。数分後、竜人族の戦士2人がシウ達の前に現れた。
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