591 竜人族の里、歓迎会と農業改革案




 竜戦士と出会ってから、里へ入るのに1日弱かかった。

 身体能力の高い竜人族達なので、ほとんどの時間を走って進んだ。本来なら、客人に合わせて歩いての移動予定だったらしいが、なにしろシウ達には騎獣もあれば飛行板という便利なものもある。よって、自重しなかったようだ。

 ガルエラドも懐かしい面々と出会えたことで、同じように慣れた森の中を楽しげに走っていた。


 竜人族の里へ辿り着いたのは2週目の木の日だった。

 アクリダの街を出たのが先週の水の日なので、1週間以上かかったことになる。

 それでもガルエラドに言わせると、とても早い行程だった。

 案内役の竜戦士達も、話を聞いてとても驚いていた。


 里では、竜人族が持つ固有の竜声魔法によって、独特の音波を発して連絡を入れてくれ、シウ達が辿り着いた時には多数の人が出迎えてくれた。

「よく帰ってきた、ソキウス・ガルエラド」

 ソキウスとは同志とか仲間という意味である。竜人族は絆が深い一族らしいので、全員が「仲間」というわけだ。

 長老はソヌスという名で、見るからに皺くちゃの顔をした老人だった。濃い褐色肌に完全な白髪で、瞳は金色をしていた。少し濁って見えるのは加齢のせいだろうと思う。

 他の面々を眺めていると、角の在り場所や立派な体格などで同種族だと判るのだが、どういうわけか肌の色や髪の色がてんでバラバラだった。

 大昔、神話時代の古代竜と人が交わったと言う、その名残かもしれなかった。

「そなたが、シウ=アクィラ殿か。わしはソヌス、ウェネリスのソヌスだ」

「初めまして、シウ=アクィラです。こっちが、フェレス、それからクロとブランカです」

 促すと、各自で挨拶をしていた。と言ってもいつも通りの平常運転だ。

「にゃにゃー」

 ふぇれだよー、と気の抜けた挨拶に、

「きゅぃ」

 意味のないただの鳴き声。そして。

「み゛ゃ」

 最近、だみ声になってきたブランカが、お腹が空いた時に出す、甘える声で答えていた。

 そんな幼子ばかりではない。アウレアはちゃんと、フェレスから1人でよいしょと降り立って、挨拶していた。

「アウルだよ。こんにちは!」

 里には以前来たことがあるそうなのだが、赤ん坊に近くて覚えていないらしかった。初めてのように挨拶されて、長老ソヌスは微笑ましそうに相好を崩していた。



 その夜は里で歓迎会が行われた。

 ガルエラドの久しぶりの里帰りだから遠慮するつもりだったのに、長老のみならず、里の人間が入れ代わり立ち代わり誘ってくれるので、シウも参加することにした。

 シウ達は里の中心から少し離れた小高い場所に立つ、広めの小屋に泊まらせてもらうことになったのだが、ここは普段は閉めているそうだ。

 では一体何に使うのかというと、新婚の夫婦が子作りの時に使うらしい。里全体が家族のような狭いコミュニティなので、そのへんは気遣っているようだ。

 他には来客用としても使う。

 こんな辺鄙な場所に誰がどうやって来るのか不思議だが、稀に冒険者が、時折は一度里を出て行った竜人族が懐かしさに戻ることもあるそうだ。里での家を失った者が、泊まるのに使う。

 また、交流のあるゲハイムニスドルフの村から、人がやってきた場合にも泊まってもらうらしい。

 互いに得意な分野のものを持ち寄って物々交換をするそうだ。

 頼まれて、竜人族が街へ赴き買い出しをすることもあるので、その受け渡しも兼ねて里まで出向いてくるとか。

「じゃあ、近いんですね」

「竜戦士だと2日の距離なので、近いと言えば近いかもしれん」

 シウがソヌスと話していると、側近の男性がチラチラこちらを気にしていた。部外者に話すことではないと愚痴っているのを聞いたので、心配なのだろう。

 適当なところで切り上げると、うつらうつらしているアウレアのところに向かった。

 ガルエラドは家族や友人に捕まっており、アウレアのことを珍しくほったらかしにしていた。

 と言っても、アウレアには女性陣が付き添って、あれやこれやと世話を焼いていたが。

「アウル、寝るなら戻ろうか?」

「シウー。アウル、あっちこっち、なの」

 ふらーふらーと身を傾いで、ふにゃりと笑う。まだ起きてはいるようだった。

「すみません、うちの子達もそろそろ限界なので途中で抜けますね」

「あら、本当だ。チビちゃん達、撃沈ね」

 ブランカはフェレスに咥えられて、ぶらんぶらん状態だし、クロもフェレスの上で踏ん張っているが完全に寝落ちしている。

 フェレスの目もしょぼしょぼしているから、シウも抜けることにした。

「じゃあ、あたしらも用意しに行ってあげるよ」

「あ、もう片付けは済ませたので大丈夫です」

「ええ? そうなのかい?」

「はい。魔法でこう、浄化したり、お布団も持参しているし」

「あらまあ! すごいね!」

 興味津々の顔をしていたが、覗きに来るのはさすがに遠慮してくれた。

 女性陣に挨拶して、シウはアウレアを抱っこして小屋に戻って行った。




 翌朝、何故かガルエラドが小屋の土間で寝ていた。

 旅の間も交替で夜番をしたのだが、彼は割と平然と、土の上で寝ていたものだ。肌が強いので困らないと言っていたが、そういう問題ではない。

 家に帰らなかったのかなと思いつつ、朝のいつものストレッチやら運動を行い、裏庭に竈を作って料理に取り掛かった。

 作り終わる頃に、里の中心から女性が数人歩いてくるのが分かったので、表に出るとどうやら朝ご飯を用意して持ってきてくれたようだった。

「男手ばかりで困るだろうと、昨日話していたんだけど……」

「通じてなかったようだね」

「ガルエラドは寝ているのかい、まだ」

「飲みすぎだよ、男どもは」

 皆、豪快に笑っていたので、二日酔いで寝ていたガルエラドも起き出してきた。

「うむ……なんだ、ウェールか」

「なんだはないよ、ガルエラド。あんた、子供に料理を作らせているのかい!」

「……っ、いや、シウは」

 頭を押さえながら、ガルエラドの珍しい失態姿を楽しんでいたのだが、可哀想になって助け船を出した。

「あの、料理は僕の趣味なので。もう作ったぐらいだし」

「えっ、そうなのかい?」

「どこでさ。ここには竈なんてないだろうに」

「あ、裏に勝手に作ってしまいました。ここを出る時にはちゃんと元に戻しておきます」

「いや、それはいいんだけどさ」

 気になるらしく、一緒に裏へ行くことになった。

 解放されたガルエラドがホッとしていたのを、シウは視線の片隅に感じて苦笑した。


 シウの作ったものは、女性陣にはとても好評だった。

 と言うのも、竜人族は「肉」好きなので、ほぼ食べるのは肉のみという種族らしいのだが、それだけだとやはり女性は飽きるのだそうだ。

 体の調子も悪くなるので、時には山菜を採って工夫していたらしい。

 里では女性数人がまとめて全員の料理を作る仕組みで、肉しか狩って来ない男性陣に代わり、山菜を採る女性もいるとか。秋の季節なら恵みも多いが、冬になると厳しく、涙ぐましい努力でなんとかやりくりしているそうだ。

 ちなみに街で調味料も買っては来るそうだが、概ね、近くの岩塩山から取ってくる塩だけで味付けするらしい。

「本当はハーブも欲しいのよ。でも、持って帰るにも荷物になるからね。やっぱり穀物が一番足りないから、諦めるしかないのよ」

「ハーブ、育てたら良いのに。穀物も」

「……穀物は無理よ。このへん、厳しいんだよ? まめなゲハイムニスドルフの村でさえ、賄いきれてないんだから」

 里の中を鑑定して歩いたが、畑らしいものはほとんどなかった。あまり良い土地ではないようだ。

 その上、肉が主食として長くやってきた竜人族は、食の改革に乗り出すことはなかったらしい。野菜や穀物を食べるようになったのも、ゲハイムニスドルフの影響があったとか。

「農地改革して、この土地でも食べられるものを植えたら良いんだよ。外への買い出しも大変だろうし、やってみる価値あると思うんだけどな」

 実はガルエラドにも相談されて、種や苗を持ってきている。もちろん植えるのは来年の春になるだろうから、それまでに畑を準備すれば良い。

 あとは調味料だが、ハーブは意外と森の中で採取できるものだし、なければ植えたら良い。幸いにして北国でも、魔法を使える竜人族なら育てることは可能だ。

 それに、胡椒の木も森の中で見つけた。これは肉を食べるなら絶対にお勧めである。

 例にもれず、この世界でも胡椒は本来暖かい地域で採れるものだ。けれど、珍しい品種も存在していて、黒胡椒ほどではないが独特の風味を持つ緑胡椒というのが寒い地域でも生えている。シウもイオタ山脈で暮らしていた頃、普段はそれを使っていた。

 作った料理を披露しながら、そんな話をしていたら、女性陣はかなり乗り気になってくれた。どのみち、畑作業などは女性の仕事になるらしいので、彼女達がやる気なら上手く行くだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る