592 畑造り




 料理担当の女達の中でリーダーのウェールが乗り気になったため、食後にガルエラドを伴って長老ソヌスの家に向かった。

 アウレアは安全な里の中ということで、よたよたと歩いてついてきている。フェレスが見張っているので安心しているが、同じく幼児がちょこまかと動き回っているので大変そうだった。その危険な幼児は、だみ声で場所を示してくれるので、姿が消えても見付けることは容易いのだが。

「溝に落ちたの? はい、≪浄化≫。もうちょっと気を付けて歩こうね」

「み゛ぁ!」

 わかった、という返事なのだけど、全く分かってない風で歩き回っている。旅に出る前後からぐんぐん成長している気はしたが、当然その分、動くようになった。

 旅の間と比べて危険でないことが、本能的にも分かるからだろう。警戒心もなく草むらに飛び込んでいる。その後ろをクロが心配そうに追いかけているものの、彼もまだ幼獣なので、気になる虫がいたらジーッと観察したり。

 子供達はそうした様子で、シウ達のずっと後ろを歩いて来ていた。

 長老の家では、子供が遊びまわっていることもあり、外で話をすることになった。

「ソヌス老、我が里の事を相談して、シウに種や苗などを用意してもらったのだが、畑を作ることに同意してもらえぬだろうか」

「うむ。ウェールが付いて来ているということは、納得済みなのだな?」

「できるなら、やってみたいわ」

「穀物があれば、子供の生存率が高くなるかもしれぬ、ということはゲハイムニスドルフの方々も言っておったことだしの」

 マメで細かい作業ができるゲハイムニスドルフの村でさえ自分達の口を養うほどは作れず、穀類の買い出しを竜人族に頼んでいる。となると、竜人族も自分達で作るよりほかにない。そうしたことをウェールと話し合い、ソヌスは畑造りを許可した。


 しかし、とウェール同様、不安を口にする。

「この地は土が痩せているらしく、穀物を育てるのに適していないと言われたのだが」

 ハイエルフの血を引く人族のゲハイムニスドルフから、残念そうに教えられたとか。

 実際、シウも昨日から今日にかけて鑑定しているが、痩せた土地であった。

「こういうところで、北国でも育つ品種があるよ。蕎麦だけど」

 蕎麦と聞いて、ガルエラドが少し目を逸らした。彼は蕎麦があまり好きでないのだ。

「あとは、小粒だけど小麦もできると思う。その前に大がかりな土壌改良をして、水を引こうか。それと来る途中で見たけど、森は恵み豊かだから、落ち葉を利用して腐葉土を作る。それも混ぜ込んで、畑にするんだ」

「う、うむ」

「すごいわね。そういうことするの?」

 するんです、とにっこり笑った。だてにイオタ山脈で育ったわけではない。あそこでは穀物類は育てなかったが、野菜や薬草など、穀物以外の自給自足はできていた。

「ガルから聞いたんだけど、大昔この里に定住したのは地熱があったからだよね?」

「その通りじゃ。このあたりは何故か雪が残らん。降っても、積もらずに融けて行くのだ」

 少し離れてはいるが、西に火山があり、地熱帯がこちらまで伸びているようだった。

 地下水脈のひとつが高温で、ようするに温泉となっている。温泉に入りたかったシウとしては羨ましい里だ。ただし、当然ながら誰も温泉には気付いていないようだ。ただ、地熱のある特別な場所として住み続けている。

 温泉があることに気付かなかったひとつには、飲み水として汲んでいる井戸が、高い山脈から流れ出る地下水より引いたもので、周辺にも温泉の地下水が上がってくる場所がなかったせいだ。

 もったいない話である。

 もちろん、あとで温泉を引きこむことを相談するつもりだ。

 その前に土壌改良である。

「地熱があるのは、相当条件が良いよ。ハウス栽培も可能だし。僕の住んでいたイオタ山脈よりずっと条件は良いもの」

「そうなのか?」

 ガルエラドが驚いた風で、シウを見下ろした。ついでウェールやソヌスもシウを見下ろしてくる。この里に来てよくよく理解したが、竜人族達は大きい。連れてこられた宇宙人状態で、シウは間に挟まれて居心地が悪かった。

「イオタ山脈……そなた、あのような山奥に住んでおったのか」

「あ、はい。爺様に育てられて10歳近くまで。あそこは、この里より南に位置するけれど、地熱なんてなかったから冬は大変でした」

「おお、そうか。……それでなくとも、深い山だ。子供であれば苦労したであろう」

「ソヌス老、シウは育ての親と2人で暮らしていたそうだ。我等より、よほど大変であったろうと思う」

「なんと、そうだったのか!」

「まあ、それはすごいわね。あたし達より大変な暮らしだったなんて」

 それでも食事にさほどの不満がなかったのは、爺様が冒険者として世界を巡り、いろいろな知識を持っていたからだ。

 閉鎖された社会では、新たな事への挑戦はし辛いだろう。

 実際この里では、いまだに狩りを中心に生活しているのだから。

「とにかく、一度やってみましょう。春になって種や苗を植えるまで、やれることはなんでも」

「ええ、頑張るわ! 任せて!」

 竜人族の女性は力もあるので、どんと胸を叩いて自信たっぷりに答えてくれた。シウより余程、強そうだった。


 ガルエラドには男性陣と共に出掛けてもらった。

 この里なら危険はないし、アウレアのこともシウが面倒を見ておくと言ったのだ。アウレアとの暮らしでは気を抜くこともなかったろうし、久しぶりに仲間と語り合いたいこともあるだろう。

 躊躇いつつも、ガルエラドは同じ竜戦士の男達に誘われて、森へ狩りに行った。

 シウは女性達と畑について講義しながら、土壌改良に取り組んだ。

 と言っても、土属性魔法でひっくり返すぐらいだ。

「竜人族の方々は魔法持ちが多いんですね」

「そりゃ、ね。アンティークィタスドラコ様の血を引いているんだ、当然だよ」

 古代竜、いわゆるドラゴンのことだ。

 今でも生息していると言われるが、竜人族でさえ目にすることは滅多にないという。ここにいる者達も見たことはないそうだ。

「土属性持ちの人がいたら、こうして掘り返すのを手伝ってもらってください。あとで、農作業用の道具も作って置いていきますけど」

「魔法じゃなくて、手作業でやるってこと?」

「いつも使える人がいるわけじゃ、ないでしょ?」

「ふうん。まあ、掘り返すぐらい、あたし達ならなんでもないけど」

 腐葉土は来る時に当たりを付けていたので、一緒に森へ入って取ってきた。運ぶのにも彼女達は大層役に立った。

「す、すごいね……」

「これぐらい、なんてことないよ!」

 はっはっは! と豪快に笑い飛ばして、シートに包んだ土を全員で運んでくれた。魔法袋を使う必要もなかった。

「これを、混ぜるのかい? なんだか、変な虫もいるよ」

「あ、それが良いんだ。ミミズは土を豊かにしてくれるから、それはそのまま置いといて」

「へえ」

「あと、水を引き込みたいから、川から溝を作るけど、何か気を付けることってある?」

「水の魔法でぱっぱとやっちゃいけないのかい?」

「それ、誰でも持ってる魔法? 枯渇することない?」

「……そう言われると、誰でもってことはないし、よく魔獣狩りに行って枯渇することあるね」

 話を聞くと、考えなしに魔法も体力もガンガン使う、脳筋タイプが多いようだ。

 恐ろしいことに女性も、そんな性格の人が半数いる。

「じゃあ、やっぱり、里に弱者だけが残るような事態に陥ったことを想定して、楽にできるよう整備するね」

「う、うん。そりゃ、そうだね」

「それにしても、あんた、魔力量多いんだねえ」

 溝を掘り、側面や底を固めていたら、しみじみとウェールに言われた。

 シウは苦笑しながら、そうでもないよと答えた。実際、今も魔力庫から流用していない。

「20しかないんだけど、節約術を覚えてるからね。無駄な術式を省けば、案外色々なことに使えるよ」

「え、20!? たったそんだけ?」

「人族ってそんなに少ないのか!」

「違うだろ、アエスタース。たったそんだけで、これを作ってるってことだよ。何倍もあるあたしらでも枯渇するよ。計算してみなよ」

「あ、そうか。ウェール、あんた賢いね」

「まあね!」

 彼女達の話を聞いていると、脳筋なのは戦士職を選んだ人が多い。アエスタースというのは女自警団だが、戦士と似たような職種だ。そして、女性の場合は、そこに明るくて気風の良い、というのが付く。アエスタースも底抜けに明るかった。

「あんたも、賢いんだねー!」

 カカカと男のような豪快な笑い方で、シウの背中を叩いてきた。もちろん、前のめりになって溝へ落ちかけた。それを引っ張って助けてくれたのも、当然彼女だった。


 シウ達が畑造りに精を出している間、アウレアとブランカは土をほじくり返して虫を探す遊びに夢中だった。

 クロは土の中から、綺麗な石がないか一心不乱に探しており、表情や行動には出ないが楽しそうにしている。

 フェレスは川遊びをしていて、溝ができたら今度はそこを匍匐前進に利用している。狭い場所が好きなのは分かるが、泥だらけだった。

「水を流すよー。フェレス、知らないからね」

「にゃ!」

 いいよ、と返事が来たので、一時ため置きの取水口から、溝へ向かう側の遮水板を抜いた。勢いよく流れていく水に、フェレスはきゃっきゃと嬉しそうだ。幼児達より遊びに夢中である。

 騒ぎに気付いたブランカも尻尾と耳をピンと立てて振り返った。アウレアと顔を合わせて、ふたりが同時に溝へ駆け寄る。

 危ないなあと思っていたら、フェレスも気付いたらしく溝から出てアウレアを自身の体を使って押しのけていた。ブランカは首の上の皮を掴まれて捕獲だ。

 彼女は抗議の声を上げていたけれど、アウレアはきゃっきゃと嬉しそうだった。

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