593 試食で育成物の決定、竜人族の盟約




 ハウスもどきも作って、いつでもスライム製ビニールを掛けられるように設置した。農機具を置く倉庫はアエスタースや自警団長のノックスがいたので手伝ってくれ、簡単に作り上げた。そこにロール状のビニールも置いておく。

 農機具の手入れやハウスで使う支柱や棒など、そうしたものは鍛冶を引き受けている男性に任せた。ノウスという名の人で、彼はガルエラドの父親だった。

 ノウスは火山のある場所近くまで行って鋼材を取ってくるそうだ。街へ行くよりは早いし、気楽だと笑っていた。

「でもそれだと自分で抽出しないとダメだから、大変じゃないですか」

「昔、街の鍛冶屋で世話になったことがあるんだ。怪我をして、動けなくなったところを助けてもらってね。そこで知識も学んだ。だから大変ってほどじゃないんだよ」

 竜人族は、怪我をして前線で働けなくなった者が、里に残って各自仕事を割り振ってやるのだそうだ。女性の場合は戦士以外が里で仕事を受け持つ。

 この里は全員が助け合って生きていた。


 夜には戦士達が見回りついでに狩ってきた獲物で、また宴会のような食事が始まる。

 肉の解体は男性に任せ、料理担当の女性達はシウやガルエラドが持って帰った素材で料理を作っていた。

 ウェールとも話し合ったのだが、畑に植えるにしても、好みに合うものを選ぼうと試してみることにしたのだ。

 もっとも、蕎麦は決定事項だ。こんな土地で育つ主食を外すわけにはいかない。

「うん? これはなんだ」

「麺か……」

「こっちはパンだな。街で見たぞ」

 色々な食べ方を知ってもらいたくてパンだけにしてみたり、サンドイッチとして挟んでみたり。スープにパンを浸す方法も教えた。

 蕎麦も麺としてだけでなく、ガレットにするなどして食べやすい方法を模索する。

「こりゃあ、面白い食感だな!」

「肉がより美味しく感じられるぞ。この肉もまた美味いが――」

「それ、コカトリスよ。来る途中でシウ達が狩ってきたんだって。分けてもらったの」

「あれを狩ったのか? すごいな」

「滅多にないご馳走だぞ。こっちは、これはなんだ?」

「コカトリスの卵で作ったオムライス? だって」

 実は米も育てられるのではないかと思って、持ってきているのだ。たとえ無理でも、この里の仕入れ先はシャイターンなので、米を持って帰れるとふんでの披露だ。

「卵! 子供が生まれた時でもないぐらいのご馳走じゃないか!」

 となると、皆がオムライスに殺到した。行き渡らせるために、小さいお椀サイズに数を多くして作ったのだが、皆が取って行った。

「中のこれは、米か? 昔、シャイターンで食べたな」

「旅の間に何度か食べたが、俺は好きだったぞ。懐かしいなあ」

「でも、味が違うが」

「それは味付けしているのよ。皆の評判が良かったら作り方、教わる約束してるんだ。意見、ちゃんと言いなよ!」

「おお、そうか。ウェール、お前が覚えてくれるんなら助かるぜ」

「お前、料理の腕だけは良いもんな」

「なんだって!?」

 軽口を叩きあって皆が騒いでいる。

 これを見ると、ガルエラドの無口で無表情なところは彼本来の性格だということが判明した。

 父親のノウスなど柔らかい雰囲気で優しい感じだったし、母親と姉も明るかった。ところで、この母親と姉は女竜戦士という職業だった。


 シウがフェレス達にも食事を与えていると、ガルエラドとその家族がやってきた。長老ソヌスも一緒だ。

「改めて、お礼を言わせてくれ。竜の大繁殖期を抑えてくれたばかりか、たびたびガルエラドを助けてくれたこと、本当にありがとう」

「あ、それはもう、いいですよ」

「我等も、竜の大繁殖期に備えてはいたのだが、予期せぬことが続いたせいで人出が足りなかった。万が一のことがあれば、人死にが多量に出ていたことだろう。本当に助かったのだ」

 ソヌスも頭を下げるので、シウは慌てて手を振った。

 昨夜から何度もお礼を言われているので、困ってしまう。

「いえ。それに、たまたま近くにいたからです。誰だって、近くで災いが起こったら、自分にできることならなんとかしようと思うでしょう」

「……それができる者ばかりではないのだ」

 ソヌスが苦い顔をして、ガルエラドやノウスを見た。

 後ろでは、ガルエラドの母クレプスクルムと姉アプリーリスが苦笑している。

「……僕は不思議だったのですけど、それこそ竜人族の方々がやっていることこそ、誰にでも出来ることではないと思います。こうした言い方は良くないかもしれませんが、人死にが出てもあなた方には関係ないのでは? 特に人族とは、それほど仲が良いわけではありませんよね」

「うむ」

 それはそうだと、ソヌスが頷いた。しかし、ゆっくりと首を振る。

「盟約なのだ。古代竜の血を引く我等は、それに次ぐ血脈。王が王たる使命を果たさずして、王と名乗れるだろうか。我等は古代竜の血を引く者として、従える竜どもを安定させねばならぬのだ。それに、人族と相容れない部分はあれど、憎んでいるわけでもない。かつては手を取り合い共に仲良く暮らしていた時代もあった。その末裔を、死んで当然とは思えぬのよ」

 もちろん、と、言葉を区切ってシウを見つめる。

「神のように振る舞うつもりもない。我等は我等のできることを、しているのだ。そなたは、ガルエラドからゲハイムニスドルフの話を聞いておるだろう。あの村の者とて、何の強制力もないのに、連綿と受け継いだ記憶によって今もなお、人知れず守っておるものがある。この世界のために、引いてはそれは我等自身のためなのだ。巡り巡って、還ってくるものなのだ。そう、信じている」

「そうですか。詮無いことを申しました。若輩者の戯言として、お許しいただけると良いのですが」

「構わぬ。そうしたことを気にしてくれるのは、そなたが聡いからよ。そして、強いからであろうな」

「強いですか?」

「そう。そなたはきっと、線引きのできる人間ではないかな?」

 ソヌスの言いたいことは分かる。

 シウは、シウのできる範囲でしか人に関わらないし、無理に誰かの不幸を解消しようとは思っていない。

 優しいとよく言われるが、本当に優しい人間は、のんべんだらりと生きたりはしないものだ。シウは、シウとその家族であるフェレス達を第一に考えて、生きている。

「僕は、さもしい人間です。持っている能力を、自分とその周りのためだけにしか使いませんから。それで良いのだと言ってくれた人もいるけれど、時々こうして偉大な方々の話を耳にすると、悩むこともあります」

「我等には我等の思惑がある。そなたには関係のないところで、な。ならば、悩む必要などどこにもないのだ。神ではあるまいし、神であろうとするなど、おこがましい。むしろ、神はこのように些末な事へ手出しするはずもなかろうが、な」

 そうですね、と頷いた。

 神様は、人の生き死にには関係しない。手を出せば、それではもはや、自由な命とは言えなくなるからだ。個として自由にさせてくれることこそが、神の恩恵であり、愛なのだと思っている。

「……心が軽くなりました。ありがとうございます」

「いいや。我等こそ、我等の仕事を手伝ってくれて有り難いと思っている。ガルエラドを良く助けてくれていたようだ。何より、アウレアのことが気がかりであった。久しぶりに見たが、顔色も良くなって本当に安心したのだ」

「そう、顔色がとても良くなっていたわ」

「子供が育つ確率が低いので、心配していたの」

 クレプスクルムとアプリーリスが話に入ってきた。以前、ガルエラドが里帰りした時は彼女達が中心となってアウレアの面倒を見ていたようだ。

「今も、この里には1人しか子供がいないのだけど、育つかどうか」

「そんなに? 栄養状態が悪いのかな」

「そういえば、栄養と言っていたわね、ウェールも」

「さっき食べたけれど、どれもとても美味しかったわ。そうしたことも関係あるの?」

「あります。アウレアは特に菜食主義だったので、ガルも育てるのが大変だったろうけど。でも竜人族だって野菜は必要なはずですよ」

「……確かに、調子の悪い時には野草を食べるわ」

「狩りの間に齧ってね」

 ワイルドな女性2人の話に、シウは苦笑した。

「とにかく、栄養状態を見てみます。その子も、食べるもので変わるかもしれないし」

「ほんと!?」

「それは、有り難い。明日、どうか見てやってください」

 ノウスも喜んで頭を下げていた。彼等の子供ではないが、まるで彼等の子供のように礼を言う。こうしたところが竜人族の性なのだろう。


 ちなみに、アウレアの食事の事を吐かされたガルエラドは、母と姉に随分怒られていた。

 と言っても、彼女達だって野菜は食べずに生きてきた。あまり強くは言えないはずなのだが、ガルエラドは神妙な顔をして説教を受けていたようだ。



 で、晩ご飯なのだが、蕎麦を含めてほとんど受け入れられる味や触感であったらしく、満足度も高かったようだ。

 肉食の彼等にも合うよう、味を濃い目にしてパンに挟んだのも良かった。

 濃い目といっても塩ではなく胡椒やハーブを使ったり、ソースなどで変化を付けただけだから体に悪いということはないだろう。

 蕎麦も、里から出たことのない人には麺をすすって食べるというのが難しく否定的だったけれど、ガレットは食べやすくて人気があった。

 具材を幾つも挟んで丸めて食べるというのが、楽しかったらしい。小麦と混ぜてもちもちさせたのも良かった。

 蕎麦は育てやすいし栄養価もあるのでこれを基本にし、小麦も育てることで決定した。お米も人気はあったが、育てるのに少々難しく、畑初心者の女性ばかりということもあって先送りだ。ただ、味は知ってもらった。いつかきっとお米も里で育つだろう。

 今から楽しみだった。

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