594 栄養不足の赤子と、その理由
赤ん坊の名はソノールス、女の子だ。
今、この里にいる唯一の子供だそうだ。
ガルエラドより若い竜人族がいないので不審に思ったら、少し下の者達は里を出て武者修行兼、上役に付いて竜の生息地確認という仕事に就いているそうだ。
つまり、未成年となる子供は、ソノールスだけ。その子もまだ1歳という小ささだった。
「母親は産褥で亡くなったの。元々体の弱い子だったからね。この子はゲハイムニスドルフの村で貰い乳をして半年間育てていたのだけれど、離乳食になって戻ってきた途端にどんどん弱って来たのよ。これを乗り切ると、子供は育つのだけど」
アプリーリスが赤子を抱っこしながら、屈んで見せてくれた。確かに顔色が悪い。
彼女の後ろには自警団長のノックスがおり、聞けば赤子は彼の親戚になるそうだ。
「分かりにくいだろうが、この里では人族のように夫婦とその子供をひとつの家族、という言い方はしないのだ。大昔から続く氏家があり、それを『原初の偉大なる七人英雄家』と言う。その血筋を家と呼んで、特に親しくしている。人族だと親戚という間柄になるのだな?」
「うん」
「もっとも、女手がないなど、いろいろな理由で各家の者が手助けをしてくれるのだがな。最近では夜はアプリーリスが面倒を見てくれている。昼間は年老いた元女戦士がおるので、そちらに任せているが」
片手のないノックスからソノールスを受け取り、彼に断ってから鑑定を掛けてみた。
相変わらず、馬鹿みたいに長い情報がシウの頭の中でどんどん流れていく。必要な箇所だけ抜き取って残りは一切見ないが、気を抜くと情報過多で酔ってしまうので慎重に確認した。
「えーと、ソノールス=ノワ……」
言いかけて、シウの後ろで黙って立っていたガルエラドががばっと抱き着いてきた。
「おわっ」
びっくりして慌てていたら、抱き着いたのではなくてシウの口を押えにかかったのだということが分かった。
むぐむぐ言ってたら、ノックスが苦笑でガルエラドの腕を退けてくれた。
「それでは死んでしまうではないか。相変わらず手加減の知らぬ男だ」
「体が浮いていたわよ!」
「む、そうだったか。すまない、シウ」
「でも、びっくりしたわー。そうか、シウは里の規則を知らないのね」
三人三様の会話を咳き込みながら聞いていると、アプリーリスが気になることを言った。そちらへ視線を向けると、彼女は困ったような顔をして笑った。
「鑑定して、名前を知ったのでしょう? でもそれは口にしないで。わたし達の間ではそれは真名と言うの。番の相手にしか教えない名よ。あとは、親だけが知っている。この子の場合は父親も死んだので、名付けた占術師しか知らないわ」
「占術師?」
「宴には出ていなかったら知らないわね。プルクラという人よ。255歳だけれど、わたしと同じぐらいの年齢に見えるわ」
「えっ?」
「これも知らないでしょうから、教えてあげる。竜人族の中には強い個体が稀に生まれるの。女なら大抵は占術師となるわ。そうした個体は長命なの」
「確か、普通は300年ほどなんだよね、竜人族の寿命って」
「ええ。でも、強い個体達はもっと生きるわよ。人によって違うそうだけれど。ガルエラドもそうよ。強い個体は、真名に更にふたつ目の名を付け加えるの。わたしもガルエラドの真名は知らないから、どういう意味かは分からないけれど」
「へえー」
知らない事実ばかりだ。
「じゃあ、とにかく、ソノールスの真名は見なかったことにする、ってことだよね?」
「そうね。あるいは、将来彼女の夫になるか、よ」
「冗談でも彼女に悪いよ」
「そうかしら。短い寿命の人族と、燃え上がるような恋愛、というのも素敵な気がするのだけれど」
「アプリーリス、無神経なことを言うな」
「ガルエラドは細かいのよ。人族だって寿命の違いは分かっているわ」
姉弟喧嘩が始まってしまったので無視することにして、シウはノックスに向き合った。
「やっぱり栄養不足です」
「そうか、やはりそうなのか」
「今までも、子供達の成長に必要なミネラルなどが足りなかったのかも。肉の獲物は主に魔獣ですよね?」
「そうだが……」
シウの質問の意図が分からないようで、ノックスが首を傾げた。
「魔獣の内臓はどうしてます?」
「あれは毒が多いから、人の身には向いていない。焼き捨てているが」
「でしょうね。扱いが難しいし。騎獣なら食べられるんだけど」
ものによっては人族でも内臓は食べられるのだが、別の利用方法があって食べない人が多い。
「普通の獣はほとんどいないのかな?」
「そうだな、熊ぐらいだろうか」
「肝臓を食べることは?」
「熊の肝臓なら、戦士は食べる。が、新鮮なうちだけだ。狩りの特権として、戦士しか食わんな」
「あれ、栄養過多なんだよね。でもやっぱりそうした理由で幼い子は栄養不足になっているんだよ」
シウの言葉にノックスは項垂れていた。
これまで亡くなった子供達が栄養不足と言われては、確かに衝撃だろう。
肉食種族なので、なんとかここまで生き残ってきたのだろうが。
他にもソヌスやウェールから話を聞いたのだが、大昔は火山近くで豊富な岩塩があり、それを舐めていると力も漲っていたのだそうだ。
ただ、数百年前の竜の大繁殖期に、その岩塩山で暴れたのを古代竜が殲滅したらしい。住処が近くにあり怒り狂ったのだそうだ。普段は賢者のような古代竜が暴れたのだから、当時の竜人族達は驚いたそうだ。
で、巻き添えを食った岩塩山が消し飛んでしまった。
それ以来、竜人族の人口が徐々に減っているそうだ。
当初は古代竜の祟りだとか、大繁殖期を抑えられなかった竜人族への罰だと言われていたそうだが、最近はあの場所の岩塩を食べなくなったからだろうと結論付けているらしい。
「きっと、豊富な栄養素が混じっていたんだろうね」
過酷な場所での生活が続けられたのも、そのおかげだったのだろう。
「とりあえず、食糧改革して栄養を取ろう。その岩塩も見付けられたら良いけど、今後の、次代の竜人族の事を考えたらいつか無くなってしまう素材に頼るより、作れる食糧に移行した方が良いよ。ただ、予備としてそれは置いておきたいよね」
わくわくしてたのが分かったらしく、ウェールには苦笑いされてしまった。
彼女にはコカトリスを飼うと言ったら呆れられたので、岩塩を探すことも、夢物語的な扱いになっているようだ。本気なのに。
昼には、ソノールス用に角牛乳で作った野菜たっぷりの離乳食を用意した。
最初は嫌がって食べてくれなかったが、一口二口食べた後は、すんなり口にしていた。
「ここ最近、食べるのも億劫だったのに!」
「……良い匂いだね。あたしも食べたいけど」
「ダメよ、ウェール。あんた、大人じゃないの! これはソノールス専用なのよ」
「分かってるって。分かってる。ただ、今後の事を考えてね、味見をね」
しつこく要求しているウェールに、余ったらね、とアプリーリスは素っ気なく答えていた。
本当は角牛でも飼ってもらいたいのだが、連れてくる手段がない。
家畜はどうなんだろうと思ったが、ゲハイムニスドルフでは山羊を飼っているそうだが、竜人族が近付くと怯えて騒ぎになるので、里では飼えないということだった。
「じゃあやっぱり、コカトリスだよ!」
「いや、美味しかったけどね」
「あれは美味しいが、だが、この里で育てられるだろうか? 嘴に触れると石化するのだぞ、シウ」
「触らなければ良いんだよ。餌を用意して、卵を産む場所を決めておくんだ。大丈夫だって。それに石化を解消する薬も作れるし」
「え、そんなのあるの?」
「コカトリスの嘴で作るんだよ。ここへ来る途中に沢山狩ったから、持ってるし。薬も作っておけば良いんじゃない?」
「……あんた、天才ね!」
ウェールには煽て挙げられてしまった。
その横でガルエラドには呆れられていたが。
早速、午後にはコカトリス狩りに出かけた。
と言っても、群れがいる場所は離れている。来る途中と言ったが、ほとんど空白の地を挟んで向かい側だ。
ガルエラドにはシウが転移で行くことが分かっていたらしく、他の戦士が危険なので一緒に行こうと言ってくれたのを上手く断ってくれた。
彼にはアウレアと共にクロとブランカの世話を頼んだ。
竜戦士の中にはシウを1人だけで行かせることに難色を示す者もいたが、山でのことはシウの方が上だとガルエラドが言ってくれて、許してもらった。
一応、日帰りするとおかしいので、泊まりで行くことにする。
クロとブランカにはよくよく言い聞かせて、良い子にしてるんだよと頼んだ。
クロには意味が伝わったらしく神妙な顔で「きゅぃ」と鳴いていたけれど、ブランカは「み゛ぁぁ?」遊んでくれるの? と返事がおかしくて、笑ってしまった。
とにかくも、里の生活を充実させるための狩りだ。
シウは心配する面々に手を振って、フェレスと共に里を出たのだった。
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