589 餌付け、出発、聞きたがりの国民性
迷宮へ潜っていた時間の方が短かったぐらい、素材買取屋で時間を食ってしまった。
それでもちゃんと夕方までには戻れた。
フェレスも拗ねるでなく、わーいシウだーと飛びついてくる程度で、ホッとした。
クロとブランカはお昼寝中らしい。アウレアは二頭を起こさないよう、そうっと歩いてきてシウに抱き着いた。
「お昼は食べた?」
「うん。エビの、焼いたの」
ガルエラドが屋台で買ったようだ。他には、シウが作って魔法袋に入れている蕎麦や野菜料理などを食べたらしい。
「シウ、食べた?」
「食べたよー。迷宮でちょっとつまみ食いして、出てきてから屋台でヤキソバ食べてきた」
「そば!」
「アウルのは、蕎麦粉で作るやつね。屋台のは小麦粉で作る、ソース味のだよ」
「ソース……コロッケの?」
「そうそう」
「アウル、コロッケ好き」
にっこり笑って、またシウに抱き着いてきた。
美味しいものを作ってくれる人、大好き、といった感じだろうか。よしよしと頭を撫でていたら、奥からガルエラドが出てきた。
「迷宮で良い物を狩れたか?」
「コカトリス、いっぱい取ってきたよ」
にんまり笑ったら、ガルエラドが少し目を瞠った。
本当に狩って来たのか、という思いと、期待感だ。肉好きの彼にとっては、嬉しいに違いない。
「晩ご飯はもちろん、コカトリスの肉で何か作るね」
「……楽しみだ」
無表情ながら、声には嬉しさが滲んでいた。
ガルエラドがあまりに美味しそうにバクバク食べるものだから、アウレアもジーッと見ていて、とうとう食べると言い出した。
小さ目の唐揚げを渡すと、少しだけ思案してから、パクッと口にする。
途端に、白い肌にぱあっと赤みが差した。
「おいちい!」
幼児語になってしまったアウレアが、ほっぺたを押さえながら嬉しそうに笑った。
「とっても、おいちいね!」
「うん。もっと食べる?」
「たべる!」
コカトリスの肉は、柔らかいのに脂っぽくなく、胃もたれしない食後感があった。これも高級食材として人気の秘密だろう。どの部位でも肉の味が濃いのに、獣特有の臭みがなくて美味しかった。
唐揚げも、チキンソテーでも、蒸し鶏にしてサラダと混ぜても火鶏の上を行く。
「もっと狩っとけば良かったかな……」
食べ物には妥協しないシウなので、ついつい愚痴めいた呟きを口にしていた。
ちなみにフェレスも、コカトリスの内臓は喜んで食べていた。聞いてみたら、しっとりもちもちしていて美味しいのだそうだ。
もっともフェレス語なので、どこまで本当か怪しいところではあるが。
その夜はベッドを並べて、フェレス以外が一緒になって寝た。
最初は自分だけ除け者ーと拗ねていたが、ベッドの上に前足ふたつを置いた時点でミシッと音を立てたので諦めたようだ。
ガルエラドでさえ、乗ったらミシミシ音が鳴るのだ。
彼も、寝返りを打つのが怖いと、苦笑していた。
翌朝、シウたちはアクリダの街を出発した。
まずはエメ街道を北へ抜け、シャイターン国へ入った。
移動は馬車を使う。アクリダの街で馬車ごと借りて、シャイターン国の街で返す。交易が盛んなので、こうした商売も成り立っているのだ。
ガルエラドたちとは、シャイターン側の辺境伯領にある街で合流すれば良かったのかもしれないが、そこでは長く滞在できない理由があった。
というのも、アクリダほど大きい街ではなく、その上人族が多いために他種族の出入りは覚えられやすいのだそうだ。
そのため、馬車を返すのもシウの役目となった。
ガルエラドたちは街の外で待機となる。
実際、シウ一人で馬車を返しに行ったのだが、ものすごく詮索されてしまった。
「子供だけで返すなんて、何を考えているんだ。親はどうしたんだね?」
「あの、僕これでももうすぐ成人です」
「なんだって? 小人族かい?」
根掘り葉掘り聞かれて、辟易してしまった。
シャイターン人は、合理的な物の考え方をする人が多く、損得勘定に優れているそうだ。商売人の国と言われたりもする。その反面、合理的な割には、いやだからこそかもしれないが「人の話に首を突っ込む」人が多いようだ。情報収集だろうが、しつこいとうんざりしてしまう。
「内緒です。でないと、捕まってしまうので」
「おお、そうか! そうだな。分かった。黙っているよ」
小人族とは言っていない。が、それらしく含ませておく。
受取人の男性も重大な秘密を知って納得したようだった。
街を出るまでの間にも、人の目があった。悪気はないようだが、よそ者への関心の高さが、居心地悪い。
これではガルエラドも滞在しづらいだろう。
街を出ると、森で待機していた皆と合流した。
「大変だったろう。悪かったな」
「シャイターンの南部の港市場ではそうでもなかったから、驚いたよ。おせっかいというか、悪い言い方をすれば下世話な感じだね、ここの人たち」
ぐいぐい入り込んできてパーソナルスペースを侵害してくるタイプだ。
「ああ、そうとも言えるな。ははは」
門番からも、入る時と出る時にしつこいぐらい話を聞かれた。
入る時に質問されるのはよく分かるのだ。何をしに来たのかだの、調べるのが彼等の仕事だ。しかし小人族の夜の作法はどうやるのだと聞かれた時には、正直バカ者を見る目になってしまった。
街を出る時も――確かに手ぶらで移動手段を持たない状態で子供が一人出るのだから不審ではあるのだが――やたらどこの村の子供だ、親に頼まれて来たのか、金は持っているのか出して見ろと、しつこかった。
もしかして賄賂を要求されているのかなとは思ったが、その時は考えつかなかった。見かねた他国の商人が助けてくれたので、その隙に逃げたからだ。
後になって、商人が心付けを渡していたのを知った。
というのも、様子が気になって、こそっと感覚転移で見ていたからだ。ついでに彼等の会話を聞いてみたら、案の定と言えばいいのか、えげつない話をしていた。
「親がいないなら、捕まえて奴隷商に売れたんじゃないか?」
「珍しい小人族だろ」
「邪魔が入ったからなあ」
「でも、あんまり目立つことは止めろよ。ばれたら領主に殺される」
「分かってる。けど、こんな黒の森に近い場所へ配属されてみろよ、それぐらいの金儲けがないとやってられないぜ」
「まあな。湿気た街だしよ。花街もろくな店がねえ」
隊商の通過点に過ぎない街で、しかも辺境の場所ということで兵士には面白くないのだろう。だが、ひどい話だった。
オスカリウス領ほど黒の森に接しているわけでもないのだから、安全だと思うのだが。それでも嫌なものは嫌らしい。
「というわけで、あの街に寄りたくない気持ちがよく分かったよ。アウルがいたら、誘拐されていたところだ」
「シウでも心配だったのだがな。ただ、お前は強いから、安心していた」
珍しくぷりぷりしているシウを、ガルエラドは頭を撫でて宥めていた。
「助かったよ」
「うん、まあ、もう怒ってないけど」
恥ずかしくなって、俯いてしまったシウだ。
ところで、ここから先は徒歩となる。平地の場所は通らず、よって街にも入らない。
後は延々と山に分け入り進むだけだ。
飛竜で行くことも考えたそうだが、最近の竜の大繁殖期で思うように捕まえられず、また使った飛竜がハイエルフ側に渡れば、行路がバレるかもしれない心配があった。
元より、里の人間は滅多に飛竜での出入りを認めていないので、徒歩しかないのが普通のことらしい。
「アウルが小さいのでどうなることかと不安だったが、シウのおかげでかなり楽ができるな」
シウというよりはフェレスのおかげだ。今もフェレスの上にアウレアが乗っている。眠くなっても大丈夫なように騎乗帯を改良していた。アウレアが寝てしまうと、飛んで移動するようフェレスには頼んでいた。
それまでは皆と足並みを揃えている。
「僕のおかげって言うと、あれだね。ガルは肉が食べたいんだろー」
「ははは。そうだ。肉がいい。お前の料理は美味いから、食べ慣れるのが怖いな」
「そう言われると益々調子に乗っちゃうなあ。でも、作るのも食べるのも好きだから、同じように美味しいって言ってもらえるのはやっぱり嬉しいよ。アウルも蕎麦を食べてくれるしねー」
「ねー」
話を聞いていたアウレアが、ねーと言いながら首を横にしていた。可愛い仕草だ。
ガルエラドは、蕎麦はさっぱりダメらしく、複雑な顔をして神妙に頷いていた。
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