588 素材買取屋と迷宮で食材探し




 アウレアが長旅で疲れているので、もう少し休んでおきたいというから、出発は翌日になった。

「今日はアクリダの街で、旅の準備をしたい」

「うん。あ、食糧関係はあるからね」

「それは助かる」

 いつもすまんなと言われたが、以前ほど恐縮したような空気は感じられなかった。シウを身内として受け入れてくれているような、そんな感覚だ。

「我が買い出しに行く間、見ていてくれるか?」

「僕も行くよ。フェレス達に任せていたら大丈夫だと思う」

「そうか。では、フェレス、子守を頼めるだろうか」

「にゃ!」

 仕事だ、と判断したらく任せてと頼もしい返事が返ってきた。

「クロとブランカも見てくれる? 大変かな?」

「にゃ。にゃにゃ」

 いつもやってるから平気ー、とこれまた安心できるお返事だ。シウはよしよしとフェレスを撫でて、ガルエラドと出掛けた。

 もちろん、この部屋全体に結界を張っておくことは忘れない。


 表通りを抜けて商店が並ぶ通りへ出ると、街全体が繁盛していることがよく分かるほど、賑やかな声があちこちから聞こえてくる。

「シウから借りている魔法袋のおかげで、さほど入り用なものはないのだがな」

 大きな商業都市などでまとめて購入しているから、安く良い物を大量に手に入れられて、とても楽だと教えてくれた。

「折角アクリダの街に来たので、里へ持って帰ってやりたいのだ」

「ああ、ここでしか買えない物も多いよね」

 時間があれば、ガルエラド自身が迷宮に潜って狩ってきた方が安上がりで済むだろう。ただ、彼にはアウレアがいる。置いていけるはずもなく、連れても行けないので、仕方ない。

「幸い、旅の間に得た竜の素材で、懐が潤ったのでな。魔法袋もあるから多く持っていけるだろう」

「僕の方にも入れておくよ?」

「いや、そちらの量については考えないようにしよう。いざということもある。それから、里の者にも無限大に入ることは言わないようにな」

「分かった。僕だって、そう誰にでもほいほい喋ったりしないよ。今のところ、ガルと、お世話になってるスタン爺さんだけだって」

 拗ねたわけではないが口が尖がっていたらしく、珍しくガルエラドが指でつまむというようなスキンシップを計ってきた。

「ふ。可愛い子供だ。さて、そのスタン爺さんというのは、話に聞く思慮深いご老人のことだな? その方と同列なのは有り難いが、シウは時々抜けているようだから、心配なのだ。我が里の者を疑いたくはないが、いつ何時、どういった理由で裏切られるか分からぬ。……相手は卑怯な振る舞いも厭わない者どもだ」

 罠に掛けたり、人質を取ったり、いくらでも善良な人間を裏切らせる方法はある。そうしたことを平気で行えるのがハイエルフの、とある一族だ。全員がそうだとは思いたくないが、なにしろハーフを忌み嫌い、捜し歩いては殺すという地味に無駄で残忍なことができる者達だ。常に疑いを持って行動すべきだろう。

「じゃあ、転移もしない方がいいね」

「そのつもりだ。少なくとも里へ行くまでは自重してくれ。戻りは、お前の自由だが」

「うん、分かったよ」

 ガルエラドの指示に従います、と宣誓するかのように手を肩の位置まで掲げた。その意味が分からなかったらしく、シウは笑いながら説明して歩いた。


 素材買取屋では通常、そのまま加工販売専門の店に卸すのだが、交渉すれば売ってもらえる。加工販売店で買うよりは安く済むので、交渉が苦手でなければ素材買取屋がお勧めだ。

 ガルエラドもそうしたところを何軒か回って、各店で欲しかったものを揃えていた。

 見た目が武骨で無表情、無口な性質のガルエラドに交渉ができるのか不安だったが、案外淡々とやっていた。相手も竜人族相手に吹っかけることもなく、最初から相場金額で売っている。

「巨大黄蜂の毒袋が50も買えたのは良かった」

「そんなに毒ばかり、どうするの? 狩り?」

「いや、狩りに使うと食べる時に困る。これは外敵から身を守るためのものだ」

 それほど過酷な場所ということだろう。

 アクリダはアルウスとの取り引きもあるのか、蜂系の素材も豊富に揃っていた。

「あ、蜘蛛蜂の糸だ」

「良い物のようだな。加工が難しいが、何かに使えるだろう。主、これも頼む」

 持ってるのにと思ったが、土産に買うものなのだから、シウが口出すことでもないだろうと思い留まった。


 シウはこのアクリダの迷宮は低層階しか潜っていないので、中層階以降から獲れる素材を興味深く見て回った。高いものではトロールの皮などがあった。

「コカトリスの尻尾かあ。立派だなあ」

 コカトリスは珍しく全身から素材が取れる。尻尾は魔力回復薬になるし、皮部分は篭手などに最適だ。空を飛べない怪鳥なのだが、その羽は高級ペンになる。多少加工が必要だが、ひとつの羽でペンになるのだから便利なものだ。

 このコカトリスの嘴で突かれるとその場所が石化する。しかし、その嘴を粉にして基材となるヘルバ液、赤茸などの菌殺しを混ぜると、石化解消薬となった。バジリスクのような強力な魔獣に石化されたら無理だが、コカトリス程度ならば治ってしまう。

 更に肉も食べられる。というよりも火鶏より美味しいとされる高級食材だ。

「ご主人、コカトリスの肉はどこへ行けば手に入りますか?」

「そいつは、かなり前のものだからな。肉はもう流れてしまってるよ」

「そうなんだ」

「ここの迷宮だと中級層より奥に生息しているから、滅多に出ないんだよ。悪いね」

「いえ」

 魔獣魔物生態研究科の授業でバルトロメが「美味しい」と自慢していたので、一度食べてみたかったのだ。目の前にコカトリスの素材があると、急に思い出されて欲しくなってきた。

「うーん」

「どうした、シウ」

「あ、えっと、買い物はもう終わったの?」

「ああ、もうほとんど終わりだ」

 食材はシウが持っているし、もう用事はないと言われた。後は帰り際にある店で、今晩のご飯を買うぐらいだ。

「ちょっとだけ、抜けても良い?」

「それは、構わぬが」

「ちょっと、迷宮に潜ってくるよ」

「……うん?」

 店主も唖然とした顔をしていたが、ガルエラドも珍しくぽかんとした顔でシウを見下ろしていた。


 前に潜ったことがあるから大丈夫だと言い張り、心配するガルエラドに手を振って迷宮まで向かった。

 シウに付き添いたい気持ち半分――迷宮に潜ってみたいという興味もあるようだが――、それでもアウレアのことが心配だからと思い留まった彼は、蜥蜴亭まで戻って行った。

 感覚転移でアウレア達の様子を見たが、遊び疲れて今はお昼寝中だった。

 フェレスは扉の前で仁王立ちしていたので、護衛ごっこを継続中らしかったが。

 そのうちガルエラドが帰るとまた騒ぎになるだろう。

 ほんのり笑って、シウは迷宮の入口へ急いだ。



 今回は正式にギルドカードを提示して、お金を払い迷宮に入った。

 しれっと、他の大勢の初心者パーティー達に紛れて並んで入ったせいか、止められることもなかった。

 転移石も買ったので、戻る時は一瞬だ。

 ちなみに、迷宮内は迷宮から出た転移石を持っていないと転移できないとされているが、試してみたら特に問題もなくシウの能力だけで転移できた。シウだからかどうかそのへんは分からないが、上手くいきそうだと結論が出たので、中層階より下へ一度飛んだ。

 そこから、全方位探索を強化して、目当てのコカトリスを探す。

 2階層下に群れを発見したので、感覚転移の後に転移した。

 幸いなことにこの階層には冒険者が1人もおらず、好きなように狩ることが出来た。

 ようするに、面倒な工作をしなくて良かった。

 手っ取り早く空間壁で囲んでしまうと、1匹をまず首を落として倒すと、その場でさっさと≪解体≫してしまう。後は≪自動化≫で他の個体も一瞬で片付けた。

「迷宮の魔獣の魔核は大きいって聞いたけど、立派だなあ」

 解体されたものを空間壁の外から見て、脳内の記録庫にある書物と比較して驚いた。

「ふた回りぐらい大きい?」

 それだけ魔素が留まって、彼等の餌となっているのだろう。人も多く入ってくるため、活性化しているのだ。

「迷宮自体が魔物だって話もあるし、考えたら怖いなー」

 全然怖いと思ってない顔で呟き、各部位に分けたものをまとめて空間庫に放り込んだ。


 ついでに食材となる魔獣があればと思ったが、出てくるのはオークやオーガだった。

 上位種でもないので脅威ではないし、採れる素材が大したものではないから悩んだが、ひとつ上の階層に冒険者が到達したようなので倒しておくことにした。

 ちょっとした群れになっていたので、彼等には大変だろうと思ったのだ。

 ついでに必要な部位だけ取って、後は放置した。

 そのまま転移石で1階まで戻り、何も取れませんでしたという顔で通り抜けた。


 素材買取屋ではオークの睾丸、肝臓、肉を卸した。オーガは角と皮だけだ。どちらも意外と高値で買ってもらえたので良かった。

「魔核はなかったかい? 親父さんが持ってるのかな?」

 にこにこ顔で聞かれて、魔核狙いか、と苦笑した。

「魔核は魔道具に使おうと思って取ってあるんだけど、要ります?」

「できれば! 中層階のオークやオーガの魔核はそうそう出ないんだ。最近、中層階レベルの冒険者が減ってね」

 上級者はもっと深層へ潜るし、そこそこの冒険者は安全パイを狙って中層へ行かなくなるのだそうだ。この手の波はよく起こるらしく、中層の魔獣の素材が足りなくなる。

「じゃあ、出します。あと、コカトリスの素材も」

 そう言うと、揉み手をせんばかりに喜んで引き受けてくれた。

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